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禁忌魔術少女と異端な高校生魔法師  作者: 太郎田じゅんせー
第1章 邂逅
7/13

5.邂逅⑸

更新が予定より遅れました。

今回は戦場シーンです。

 X




「さぁ、かかって来い!」


 俺は、闘志に満ち(あふ)れた様子で郡山に言った。つくづく思うが、これだけ情熱的になれたのも久しい気がする。

 それと同時に、自分の能力を用いた対戦は過去になく、心臓の鼓動は最高潮に達していた。


「その意気だ。」

 郡山は相も変わらず(りん)とした表情を変えることなくそう言った。

 顔にこそ表さないものの、俺は落ち着いて思考することができなかった。いざ対戦するとなると、魔法すら発動する間もなく郡山が圧勝し、ディメノを明け渡すことになる。その不安が俺の脳内を支配した。


「私からかからせてもらう。」

 と郡山が言うと左手を勢いよく前方に出した。すると、俺の2ブロック程背後にある大凡(おおよそ)10階建てのビルが轟音(ごうおん)とともに浮き上がった。


 地面とビルを強引に引き剥がしたために、電気は稲妻が走ったかのような閃光(せんこう)を発し、音はビル群の中を反響するのみだ。それと同時に下水管も断ち切られ、どす黒く変色した粘性のある液体が下から湧き出て、上から滴り落ちた。悪臭は異様なものだった。10年ほど前に放置されて以来、手入れは当然行き届いていない。それ故のものだろう。


 正直、吐きそうだった。意識が吹っ飛びそうだった。戦意はすでに削がれ、立っているのがやっとだった。

 郡山は浮かせたビルを俺の頭上斜め後ろに移動させ、その状態を保ったまま、

「君に猶予を与える。」

 と言い出した。激臭に()せ返ることなく、閃光に眩むことなく。それは感情の起伏に薄い郡山からの余裕の表情なのだろうか。


 降参


 突然、その2文字が脳裏を(よぎ)った。同時にディメノのことについても思い返すようになった。


「3」

 郡山がカウントダウンを始めた。


 俺はなぜディメノを保護しようなんて思ったのだろう。そう考えだした。思えばあの日妹が殴り掛かってこなければ、病院に行かなければ、あの暑い暑い夏の駅前に行きさえしなければ、飴を与えず素通りすれば。そうすれば、ディメノは俺に会うことも、俺を覚えることも無かったに違いない。


 飢えそうな、可憐な女の子だったからなのか。俺はロリコンだからなのか。違う、違うはずだ。

 考えろ、考えるんだ、俺。


「2」


 迫る短い郡山のカウントダウンのうちに。

 ディメノに手を差し伸べた理由、ワケ、目的。禁忌魔術少女だと知って、どうしてそれでも彼女を(まも)ると決めたのか。


 朦朧(もうろう)としつつある意識の中、必死に答えを探し出す自分がいた。

 “そんなのに答えなんてあるのか?”


 目の前に俺とそっくりの薄い影が突然現れ、俺に問う。

「どういうことだ?」

 俺は胃からこみ上がるものを唾と同時に飲み込み、影に問い返した。


 “だから、人助けに理由や答えが存在するのかと訊いている。”

 影は少し呆れた様子を(にじ)ませながら、再度訊いた。


 答えは単純なはずなのに、この時はなぜか考え込んでしまった。思考回路が鈍ってしまったのか、いや違う。

「それは……」


「1」


 郡山が最後のカウントダウンをする声はいつよりも通っていた。

 俺は影の質問の意図を解した。人助けに理由や答えがあればそれは本当の人助けではない。偽善者(ぎぜんしゃ)の所業だ。

 俺はどこかで答えを探し出そうとしていた。その時点で俺はディメノを保護する権利はないと思った。降参した方がディメノのためでもある。


「そうだな。理由を考え出した時点で駄目だってことか。」

 俺は影に溜め息っぽい感じで言った。

 “答が解ればいい。じゃあ勝負はどうする。”


 そうだ。今は郡山との勝負だ。もう決着はついているも同然だ。

「降参だ。俺にはディメノは荷が重い。」

 “降参は認めん。荷が重いなんて無責任だ。手を差し伸べておいて今更諦めるだなんて、お前はその程度で折れるのか。お前が助けたんだからお前がディメノを守れ。勝つか負けるかは一回ぶつかってみてから決めろ。まだ勝負は始まってない。”


 影は俺に怒りを滲ませながら俺に言い寄った。

 確かにそうだ。ディメノを保護した。禁忌魔術使いで、敵対組織から狙われていると知っても動じずに受け入れた。それができているにも関わらず、郡山との勝負はあっさり諦めようとしている。

 俺は何をしようとしていたのか、と自分を軽率さを認識させられた。


「ゼロ。準備はできたな。では行くぞ。降参は無しでいいな。」

 郡山の声はビル群の中で反響していた。


「よし。降参は無しだ!さあ、来い!」


 俺は影にも郡山にも叫ぶようにして言った。影はすっと消えていき、俺の頭上でずっと浮いていたビルがそのままの形で落ちてきた。


 落ちてくる様子は、この前車と事故りそうになったのとちょうど同じで、これまたスローモーションのように遅く体感的には長く感じた。避けようにも体が思うように動かず、このままでは避けられないことは目に見えてわかっていた。

「アレを使うしかないな。」


 と俺は小言で言った。中心の赤い点を落下点付近に設定し、周囲の大量の空気をその赤い点一点に集める。集めた空気を圧力球と呼び、その内部は非常に高圧である。これに境界面を付加することによって、物体に対する物理的な干渉力も付与され、攻撃や防御にも応用できる。(今までは防御用に使っていたのが殆どだった。)

 圧力球に境界面を付け、圧力球を一気に解放した。これにより球内の圧力が大きく変化したため、爆発に近い現象が起きる(今後これを爆発と呼ぶ)。


 爆発はここ一帯に多大な影響を及ぼす。中心から半径20メートルまでにある建物は全て粉砕し、郡山が持ち上げて落としたビルも例外なく粉々になった。

 ガラスはスコールのように一気に降り注いだ。粉塵(ふんじん)が高く広範囲にわたり広がって、視界を(さえぎ)っていた。


 俺は反射的に魔法が発動して境界面が作られたため、無傷で済んだ。しかし郡山は近くにいたため、ガラスで大怪我を負っている可能性もあった。加えて、廃墟であってもビルを勝手に壊してしまったこともあり後悔した。俺はやりすぎたかもしれないと思った。

 視界を遮っていた砂塵が(ようや)く明けた。俺が魔法を発動させた場所はさら地になっていた。


 そのとき、

「なかなかやるな。油断していたら病院送りになりかねなかった。」

 郡山は驚きの表情一つ見せずに言った。少し離れていたため細部までは判らなかったものの、怪我はなく至って正常のようだ。


「しかし、それでは精々私の攻撃を防ぐのがやっとだろう。」

「どういうことだ?」


「君の迎撃は規模こそ大きいものの、確実なものだった。だが、それは迎撃に限った話なだけであって、攻撃とはまた別だ。攻撃に関していえば、君は私に打撃ダメージを与えることはほぼほぼ無理だろう。」


「それは判らないだろ!」

「ああ、判らないさ。半分は推測だからな。一般論だと能力はは同時に1つしか発動できないが、私のは例外で同時に複数を発動できる。桁外れの媒体を制御(コントロール)しているから、分散させても大きな威力を保つことができるというわけだ。それ故に、魔法に関してはこの例外に該当するものはない。」


 郡山は軽く咳込んで続ける。

「最初の攻撃は媒体を1つに集めて攻撃した。だから防げたのだろう。次からはそうもうまくはいかない。」


 そう郡山が言うと左手を前に出し、今度は掛け声を発した。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」


 すると、左腕を紫色のオーラのようなものが取り巻いた。紫色のオーラのようなものは四方八方に散らばり、やがて見えなくなった。

 道路のアスファルトが突然剥がれ破片となり、宙を舞い俺をめがけてやってきた。紫色の空気が媒体だということに気づいた時にはもうすでに遅く俺は瓦礫(がれき)に埋もれてしまった。


 間髪入れずに、別の粉々になったアスファルトが追い討ちをかけるかのように一斉に飛来してきた。俺は境界面付きの圧力球を爆破することで飛んできた破片を処理した。

 郡山の言う通り、魔法は同時に複数を発動することはできない。正面から飛来した瓦礫を処理していると、右側から来た瓦礫の塊に気付かず右腕にまともに食らってしまった。


「ぐあぁぁぁぁっっっ!」


 右腕は折れていないものの、血が絶えず流れ出る。砂埃(すなぼこり)が舞っているせいで傷口に()みて痛い。まだ立つことは出来るが、次の一発も同様に食らえば敗色は濃厚となるに違いない。


「あんまり時間はかけていられないから次で勝負をつけるぞ。」

 郡山は余裕綽々(しゃくしゃく)ともいえるような口調で言い放った。郡山の姿はついには見えなくなり、抵抗の余地すら与えないといった意図の表れだろうか。


 前方左の20階建てほどのデパートと思しき店を引っこ抜いた。閃光も激臭も何もかもがどうでもよくなってきたくらいに感覚が麻痺(まひ)してきた。近づいてくる速度は今までの比ではない程に速い。

 またスローモーションの感覚だ。後ろから、横からもも迫り来る何かを感じる。振り向いたらその時点で負けが決まってしまう。それは判っていた。だが逆に、この刹那の間に俺を勝利へと導く一手があると確信した。


 考えろ。あと少しで何かが思い浮かぶはずだ。1須臾(フェムト)秒さえあれば世界だって変えられる、そんなアイディアを。

 俺を取り囲むように迫り来るビルの数々。詰まる俺との距離。

 そのとき俺はふと思った。


「俺は魔術が効かない。それなのに何故、郡山の攻撃は通るのだろうか。俺の体は郡山の操る無数の媒体に悲鳴を上げているのだろうか......いや違う。媒体にビルを操るように指示しただけだ。それを凶器に俺を殴ろうとした。そうすれば魔術は俺ではなく、ビルに作用し魔術の効かない俺にでも打撃ダメージを与えられる。」


 これで逆転の糸口が掴める。


「郡山の攻撃を止めるには、一つずつ処理をするのはナンセンスだ。じゃあ圧力球の爆発範囲を拡張して、同時に複数の対応をするのか。それは(いたち)ごっこになり(らち)が明かない。長期戦は俺が不利になる一方だ。要は攻撃の根本、つまり媒体の動きを封じる必要がある。」


 解までのアプローチは出来ている。あと一押しだ。

(そもそ)も、どうして俺は魔術が効かないのだろうか。」

 こういう切羽詰まった時に限って、呑気(のんき)な思考をしてしまう。


「俺の『圧力調節』魔法のせいか。魔術の能力発動媒体インヴォケーションメディアは全て、急激な環境変化に弱い。特に温度、媒体活動域の組成、圧力、加速度の急変には滅法(めっぽう)弱く、新式の魔術師でさえも克服出来た者は数少ないほどだ。俺は圧力を変化させる能力を持っているから魔術を無効化できるし、脊髄(せきずい)反射的にそれを発動させれば魔術の影響を受けない。」


 経験上、発動媒体に俺の魔法を発動させるよりも、それを制御する魔術師に発動させるほうが断然効果は大きい。

 しかしいかんせん、問題は郡山の姿が見えないことにある。これでは攻撃の根絶には至らない。


 この間にも止むことなくビルは迫りに迫っている。この時には遂に、逃げても手遅れになる程近づいている。

「これでチェックメイトだな。」

 郡山の姿は未だに見えていないが声は後ろで、それもかなり近くに聞こえる。


 ここまで来た俺は、この現状を窮地だとは少したりとも思ってはいなかった。むしろ逆転勝利は明々白々でそれだけを信じた。

「それはこっちのセリフだ!この勝負は俺が勝つ。今からその証拠を目に焼き付けてさせてやる!」

「ほう」

「これが『圧力調節』の真髄だ!うぉぉぉぉぉぉっっっっ!」


 俺を中心として半径100メートルほどの圧力球を作る。境界面なんて作っている暇はない。この圧力球内の空気を抜いていく。球内の圧力は瞬く間に下がり、絶対真空に近づいていった。真空中の空気は吸うと危険なので圧力を最小にした後、徐々に元の圧力に戻していった。今まで一番力が入った瞬間だったが故に、目は固く閉じていた。


 しばらくした後、俺は目をゆっくりと開け、周囲を見渡す。ビルは俺の1メートル手前で停止し、俺に当たることはなかった。俺の背後にいた郡山は魔術が発動できず困惑の表情が(うかが)える。一方、俺は自分の(ほお)(つね)り生存を確認する。


「なぜだ。なぜ『回転』呪術が使えない。」

 (いささ)か取り乱した表情を見せる郡山。そこで俺は懇切(こんせつ)丁寧に説明する。


「簡単だ。『圧力調節』で周辺の圧力を急低下させたんだ。圧力の急変などの環境の急変は能力発動媒体インヴォケーションメディアの働きを著しく鈍らせ、時には媒体に後遺症を(もたら)す。お前が魔術を発動できないのは媒体が物体に影響を及ぼせない程に弱くなっただけだ、」

「そうか。『圧力調節』を少し甘く見ていた。媒体に干渉できる能力であればディメノを制御できるだろう。ディメノの世話を宜しく頼む。」


「つまりは?」

「そう、私の負けだ。」


 郡山は降参した。郡山の唯一にして最大の武器である『回転』魔術が媒体の失活により使えず、無力になった。自分の武器を失った状態で負ければ悔恨の念に駆られるだろうが、郡山からはそれがまるで感じ取れない。むしろ、戦う前よりも明朗で屈託がないように思われる。


 この戦闘でハークットという名の戦場は廃ビル群にポッカリとミステリーサークルができたかのように更地(さらち)と化した。

次回もお楽しみに

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