4.邂逅⑷
この部分は前半説明ばかりですが、後半はバトルシーンへの導入になるので是非読んでください。
VIII
これ以上ないくらい時間に余裕持って家を出発したので、少し語ろう。俺の家は冒頭に説明した通り時々偶に断水が起き、金属部分は錆びきっており、さらには床が軋むようなオンボロのアパートの隅に住んでいる。欲を言えばもう少し綺麗な家に住みたいのだが、事故物件以外の他の物件よりも格安で風呂、便所付きであるのと、管理人さんの人間性の良さでここに住むことに決めた。
実家はサタンポリスからやや遠く離れ、鉄道駅からも遠い貧しい農村にあり、自宅通学だと無理があるので貧しいながらも下宿をしている(下宿先もサタンポリスから少し距離がある)。実家からの仕送りはあるがそれだけでは到底足りずアルバイトをして漸く生活できる程の金額が手に入る。
最近、妹の副業が読者モデルだということを知りそれ以降ヘソクリの在り処やその手掛かりを嗅ぎ回っているが少しも手掛かりが見つからない。(ここまで来ると最早兄としての尊厳が無いのは自明だ。)
ボロ屋の周りは田畑に囲まれその間を貫くように舗装路が真っ直ぐ伸びている。当然周囲に遮るものがなく家からも近未来化したサタンポリスに林立するビルの数々をはっきりと見ることができる。
サタンポリスとその郊外地域の境界線には高さ10メートル程の城壁のような壁がある。そこはサタンポリスへの不法進入を阻むゲートとなっており許可証を有する者のみがサタンポリスへ入ることができる。(入国審査のようだが若干違う。)
この壁により都市部と農村部が明瞭に分かれ、それは宇宙からでも判るほどだ。俺は学生証の裏の許可証でいつも出入りをしている。
壁を通り越えればそこからは魔術都市サタンポリス。10キロメートルおきにしか無かったコンビニもここでは500メートル間隔にあり、コンビニ業界間での熾烈な競争を目の当たりにできる。もうこの辺りから高層ビルがちらほらと見え、壁の内外でのギャップを助長させる。
中心に行けば行くほど車の交通量も増え、約10キロメートル離れただけでこれほど違うのかと初めは驚嘆していた。しかし、今ではありふれた日常の一部となっている。
やっと家を出発して1時間、学校に到着した。
俺の通う西日本呪術学校は中心部のやや南側に位置しており、サタンポリスがまだ田舎だった頃に国が広大な敷地を買い占めて建った。今では都市化により敷地が以前より狭くなったが、それでも国内で最も盛んに呪術教育・研究が行われている。
また5年制という特殊なカリキュラムで1・2年は高等学校に相当し必修科目の消化と呪術の基本習得を行う。3・4・5年は大学に相当し専攻を決め、より深い内容の勉強や研究、高度な呪術の習得に勤しむ。ここを卒業すれば4年制大学を卒業したとみなされ、大学院に進学することができる。普通に高校3年間と大学4年間で最短7年間かかるものがここでは最短5年間で済むため入試は時に苛烈となり、ここの学生はほとんど並の学力ではない(俺のようなバカを除く)。しかし、7年分を5年分に圧縮するため考査は難しく留年率もやや高い。
1年の棟は正門に入って突き当たりにある新しくも古くもない、至って普通の校舎である。乗ってきた自転車をいつもの不細工な駐輪場にいつもの場所で止め、いつものように、少し早いが校舎に入った。
IX
本来ならば今日の補習は来る必要がないが、俺はとある事情(わざわざ説明するのも面倒臭くなってきた)により来ざるを得なくなった。朝早く来たのも相まって早朝の静寂が学校の敷地内全体を支配していた。
俺は急ぐ必要もないのにいそいそと教室に入った。暇だ。
補習が始まるまでにあと1時間ほどあるので学校周辺をあてもなく歩いてみた。本当にあてもなく、だ。そんな出会い頭で学校に遅刻しそうで急いでいる女の子と衝突して、そこから恋が始まった––––––––なんていうラッキーを見越して歩いているわけではない。そもそもそんな事を考えている時点で奇跡なんて訪れやしない。奇跡とは何気ない所で起きるから奇跡なのだ。
なんて不毛な事を考えながら歩いていた。何かがおかしい。おそらく俺は道に迷ったのかもしれない。しかし俺が知っているはずの道でそんな事があるはずがない。なぜなら学校からバイト先への最短経路で放課後になるとよく使っているからだ。
行けども行けどもビルの間の暗い道から出られない。右に曲がり、左に曲がり、さらには引き返してもみた。来た道を辿るも出口が全く見当たらない。
路地裏は各ビルのエアコンの室外機で朝にも関わらず灼熱地帯と化していた。ここはスマホを使おうと今更になって思ったが、こんな時に限って充電切れになり、ただ俺のズボンを下ろす錘に成り下がっていた。そんな中、
「初めまして、という事になるかもしれないな。」
と、どこかでみた事があるような女がクールな口調で俺に話しかけて来た。
身長は女にしてはかなり高く俺の身長をはるかに凌いでいた。目鼻立ちは明瞭で虹彩は碧色と日本人には珍しい。金髪の前髪は眉を隠し、後ろ髪を後方で1つに束ねている。
胸元の大きく開いた無地の黒Tシャツに下はダメージジーンズといった感じだ。出るところはしっかり出ていて、谷間の自己主張は俺の過去見てきた中でトップクラスに相当する。ダメージジーンズも太ももの際どい部分が破れていて、正直着ているのに目のやり場に困る。
そんなこともあって、街を歩いていれば二度、三度と振り返ってもおかしくないほど人目を惹く出で立ちだった。
「誰だ?」
「私を知らない、と?」
「いや、何処かで見たことがあるんだが、名前まではよく分からないな……」
「私は郡山明里だ。君と同じそこの呪校の1年だ。見たことがあるのはそのせいだろう。東堂梁也くんに用があってずっと探していたよ。」
そう、呪校で何度かすれ違ったことがあったのだ。
「何の用だ?」
「ディメノって子についてだ。」
俺はその時訳が分からなかった。なぜこいつはディメノのことを知っているのか。ディメノの存在は俺と沙耶乃しか知らないはずだ。他にもいるとしたら––––––––敵対勢力、そうなればこいつの仲間がディメノを狙っているに違いない。
「何でディメノを知ってるんだ?お前、敵対勢力か?ディメノはやらんぞ!」
「そうではない。東堂くんはディメノを家で保護しているらしいな。」
「なぜそこまで知っている。ディメノの存在は俺と妹くらいしか知らないはずだ。」
「そこに私も居たらどうするか?」
「何言ってんだよ!ディメノは俺の家で保護してんだよ。お前が俺の家の場所を知るわけないだろ!」
「これを見てもそう言うのか?」
と言い出すと周りの風景が変わった。同じ路地裏ではあるが、近くに大通りがあるのか、先程よりも騒々しい。まさかこれは–––––––禁忌魔術なのか……
「私の能力は『回転』。これは呪術によるものだが、禁忌ではない。一見瞬間移動と思われがちだが、プロセスが全く違う。原理は中心と対象物を設定し、その距離を一定にしたまま対象物を円運動させる。ディアースの内核の中心と地表の対象物にそれぞれ媒体を多数集中させ、内核を中心にして対象物を回転させる。」
郡山は間髪入れずに続ける。
「もちろん中心から対象物までの距離が一定のまま回転するから目的地に地形の起伏があったり、長距離移動したりすると空中に着地したり、地面に埋まったりする。瞬間移動に応用でき便利に見えるかもしれないが、不便なことが多い。そして、対象物には呪術で処理してあるから建物や山程度の物ににぶつかっても透過するだけだ。さっきだって私と君は移動中多くのビルを貫通して進んで行ったはずだ。」
しかしそれでも疑問が残る。これでは郡山がディメノの存在を知っている理由が説明できない。さらには俺は『圧力調節』魔法により超強力な魔術ではない限り魔術は効かないため、郡山の呪術力も如何程かは気になるところだ。郡山は続けて、
「君は魔術があまり効かないようだね。珍しいものだ。」
と郡山は拍手して言った。続けて、
「私は理由あって色々な魔術師と魔法師に会ったが、こんなにも効きづらいのは今まで初めてだよ。でもな、私にかかればそんなのは無意味だ。」
「なぜそう言い切れる。」
「私はディアースの核に強力な力をかけている。そうすれば対象物を魔術が効かない人間に定める必要性はない。要はディアースごと回転させるというわけだ。対象物への呪術処理もディアース表面の人工情報を一旦初期化、つまり建物、道路のような人工物を一時的に取っ払うことで同様の効果が得られる。」
「ディアースの自転、公転には影響ないのか?」
と俺が郡山に訊くと、自信に満ちた表情で、
「そのことについては問題ない。地中、地上の情報改変後すぐに復元すればさして影響は少ない。それ以前の問題でもあるが、私は100万~200万体もの呪術媒体を制御している。一般人でもせいぜい100体が関の山だから君の特異体質も限界に近いはずだ。」
「それで、お前がディメノの存在を知ってる理由を説明できていないぞ!」
郡山はうっすらと不敵な笑みを浮かべながら、
「これで大体は説明がつくはずなんだがな。話は単純明快だ。実は君が知るずっと前からディメノを観察していた。彼女の周りだけ空間が歪んでいたのを不審に思ったからだ。そしたら禁忌魔術だった。少しでも同次元内移動の兆候を見せると中心をディメノ、対象物を私とし、常にディメノと等距離を保ち続けた。まるでストーカーのようにな。しばらくそれを続けると、君がディメノと会った。するとディメノは君に会った以来感情に変化が見られた。そこで東堂くんも観察対象に加えた。住所はディメノが勝手に特定してくれたから容易だった。これで説明はついただろう。」
郡山の長い説明は終わり、俺は学校へと戻ろうとした。しかし、郡山がかけた『回転』魔術がそのままだったため、郡山にここはどこかと尋ねようとした。
そのとき、また周囲の景色が変わった。今度もビル群の間の狭い通路だが、都会らしい喧騒は全くなく、重く沈んだ空気が周囲を流れる。建物や道路には至る所にひび割れの箇所があり、苔が生し背の低い草などが生えていた。それは、小説や映画に出てくるような棄てられた都市のようだった。雲行きが怪しく、どこかカビ臭い。
「ここは何処なんだ?」
俺はどこにいるか判らない郡山に叫ぶようにして訊いた。
「ハークット、と言ったら納得してくれるか?」
ハークット––––––––––それは嘗て国際魔術都市として栄えていた都市だ。サタンポリスの発展により魔術関係者、住人共々ハークットを棄てるようにして去っていき、現在では無人で一帯は廃墟と化している。
「なぜ、何のためにそんなところに!」
「今から私と勝負するんだ。」
「その前に俺を帰せ!」
「落ち着け、落ち着け。この勝負は君がディメノを保護できる能力を測る試験みたいなものだ。人通りの多いサタンポリスで勝負つけたら建物が崩れてタダでは済まないからな。私は3年前、ディメノの監視役だった。それだから解ることだが、ディメノは時々暴走する。一度暴走すればそれを収めるのに高い能力と体力を要する。私を超える能力がなければ、君にはディメノを任すことはできない。」
郡山のこの言葉には衝撃を禁じえなかった。ディメノが少なくとも3年前には禁忌魔術を身に着けていたこと、郡山もディメノを保護していたこと、ディメノが時折暴走を起こすこと、など。どれも初耳であり、郡山から詳しい情報を聞き出すためにも勝負を引き受けた。
「じゃあ、勝負を受ける。」
すると、郡山は急に俺の前に現れた。
「ここでルールを決める。場所はここ中心とした半径200メートルの範囲内だ。勝敗はどちらかが立ち上がれない、または降参した場合に決める。東堂くんが勝てばディメノを保護する権利を与え私はディメノのことについて包み隠さず話す。負ければ私がディメノを保護すると同時に以降私とディメノには関わらないでくれ。これでいいな?」
「いいだろう、望むところだ!」
またまた更新が遅れました。更新速度を上げるよう努めますのでよろしくお願い致します。