3.邂逅⑶
更新が遅れました。次回はもう少し早く更新したいと思います。
V
「うっ……何処だ?……俺の家か……。」
意識が戻った。外で倒れたはずなのに、気が付けば俺の家の畳の上だった。
「よかった〜。やっと起きてくれたんだね。」
と言い少女が俺の視界に現れた。俺にはいろいろ疑問があるが、まず気になったのは
「どうやって俺の家の場所を知って俺の家に入ったんだ?」
少女は大人の女性のような落ち着いた声色で言った。つくづく思うが本当に二重人格ではなかろうかと疑う。
「単刀直入に言うとあなたの脳の記憶を司る部分、すなわち海馬からあなたの家の位置情報を引き出した。そしてここへ瞬間移動した。」
俄かに信じ難いとは思ったが禁忌魔術ならと納得している自分がいた。
「あのさ、誰かから命を狙われてるよな?」
「ええ、秘密警察から。私は禁忌魔術を使用したから秘密警察に国際指名手配されている。」
「そうじゃなくて、秘密警察以外でだよ。」
「もちろん。他にもたくさんいる。」
「例えば誰だ?」
「言ってもどうにもならない。」
「それでもいい。それにこれから一緒に住むんだ。同居人の事情くらいは知っておかないとな。」
「一緒に住むとは?私は本来ここに居てはならない存在。居続けるとあなたの命さえ危ない。」
「いいんだよ。お前みたいな奴が放って置けないんだ!飯はどうする!またこの前みたいにアメで満足する生活から抜け出そうとは思わないのか?」
子ども相手に感情的になってんじゃねぇよとその後の俺は突っ込みたくなるだろう。
「思わない。そもそも私の周りには目に見えてないだけで、多数の監視がいる。そして、彼らは隙を見計らっては私に攻撃する。そういう意味でさっき私はあなたの命さえ危ないと言った。私は基本的に攻撃を受けてもダメージを極限まで小さくすることができる。しかし、私の隙をついて致命傷となるダメージを与えれば、間違いなくあなたに被害が及び即死に繋がりかねない。私1人だけで死ぬはずが、一緒にいることであなたにまで犠牲になるのは看過できない。」
「海馬を見たなら俺の能力は知ってるはずだ。『圧力調節』。最近この能力に磨きがかかってあることが可能になったんだ。それはだな、魔術による攻撃が全く通らない。魔術は能力発動媒体が精霊、霊魂、神などだから、発動媒体がない魔法にはできない奇襲攻撃や、攻撃時不可視化状態などができる。
しかし俺の『圧力調節』は環境の劇的な急変に弱い発動媒体を変性させて働きを失わせる。つまり魔術の発動を妨害するということになる。ただお前みたいに魔術力が強いと俺では防げない場合もあるがな。」
「確かに何度かあなたに魔術をかけたが上手く行かなかった。ただレグヴェルディナボ語話者の魔術師になるとあなたの魔法を無効化されてしまう恐れがある。私があなたに魔術をかけることができたのはレグヴェルディナボ語で魔術発動の呪文を唱えたからあなたに魔術がかかった。私が確認しただけでレグヴェルディナボ語話者の魔術師は全世界に3人。」
「それでもいいさ。何と無くなんだが俺はそいつらを倒せる自信があるんだよ。もしそいつらに出くわしたら正面から突っ切って行けばいいさ。」
「そんなに一筋縄では……」
「あ、そういえばこの前近所の人から角砂糖を沢山貰ったんだった。そんなに沢山も要らないからあげる。」
聞いていて面倒臭く感じたので、少女が話していたのを割り込んで好物の砂糖の話に無理矢理切り替えた。ここを面倒臭がって蔑ろにしたことを悔やまれる事件が遠かれ近かれ起きようとは知る由もないだろう。
「わーい!くれるの?」
案の定誘導できた。シリアスモードから変わるのは早かった。
「いいよ〜。但しだ、但し。俺の家にずっといることだ。そしたら、いつでも食わせてやるから。」
「はーい!」
俺は偶然にもテレビで子どもの誘拐のニュースを見かけて、誘拐犯はかくも容易く無垢な子どもを連れ去るんだなと思い惘然と憤怒の感情がなぜかこみ上がってきた。
そういえば、この子の名前は?親は?と俺の家で保護する以前の問題に今更気付いた。自分が馬鹿すぎて誘拐犯のこと愚痴ってんじゃねぇよと思う。
「ねぇ、名前は?あとお父さんお母さんは?」
「名前……わからない。お父さんお母さんは……忘れた。」
「本当にだな?真面目に答えてな。」
「本当にわからない。思い出せない。」
そんなことが果たしてあるのだろうか、いやないと反語文にしたいところだが、この子は名前も両親もいないことがどうやら本当のことのように聞こえた。困ったなと小さく独り言を零すと
「じゃあ、名前つけて。」
「はあ〜。あ?名前?勝手に付けていいのかよ。思い出せない以上は仕方ないか。名無しだと後々不便だしな。」
学校の一般教養の授業で習った人の名前しか思い浮かばない。
「ノブコは?」
「やだ。」
「アケミは?」
「やだ。」
「ナンシーは?」
「やだ。」
名前を付けてと言う割には注文が多いなとは思うものの女の子なら仕方がないと思った。適当に言ったのが見透かされたかのようだ。実際そうなんだがな。
「ん〜、そうだな。『ディメノ』だ。これでどうだ?」
「気に入った!今日あたしはディメノね!」
「よし、今日からお前はディメノだ。そして今日からこの家の住人だ。」
ディメノ––––––次元を意味する英語dimensionを少し変えただけの単純な名前だが、本当は実の親が付けた名前があるのに俺の思い付きの名前を付けて良いのだろうかと何処か後ろめたい感情になった。
「ここに住んでいいの?」
「勿論だとも。お父さんお母さんが居ない子を一人きりにしてはおけないよ。家はボロ屋でたまに不便なところがあるけど雨風は凌げるから大丈夫だ。」
これで住人は俺と妹の沙耶乃(正直数には入れたくないのだが)とディメノの3人となった。
ふと窓から外を見渡すと日の明るさは薄れいつもの夜を迎えようとしていた。今日は奇妙な事ばかりだったが日常を惰性に過ごしていた俺にとって少し刺激になったのかもしれない。
VI
ボロ屋の錆びた扉が軋む音が郊外の夜の静寂に鳴り響いた。それは沙耶乃が帰ってきたことを知らせる合図であった。永遠に帰って来なければ良いのだがと切実に思う気持ちを押し殺し押し殺し、「おかえり〜」とでも珍しく言おうとしたときのことだった。
「ぐはっ」
沙耶乃が突然俺の腹を拳で殴ってきた。本当にこの癖は治してほしいものである。
「あんだけ飯作って待ってろって言ったのに全く作ってねぇじゃねぇか!!」
「すまんすまん。忘れてたって。」
「さっきまでメール送って既読が付かないと思えばアンタの後ろにいるよくわからない外人の子にケータイ触らせてるわけ?」
何でこんなに口が悪いのだろう。当然知ってはいたが度がすぎるのではないのか。正直俺の妹と認めたくはない。
そう考える一方で仕方のないことだとは思う。家の扉を開ければ見ず知らずの人間がいるのだからそれが子どもであろうと不審に思うはずだ。
「いろいろあってこの子は俺の家で保護することにしたんだよ。」
「何で?どうしてそんな余計なことするの?」
「余計なことって……。聞けば親がいないし、食べ物もロクに食ってないから一時的に保護してんだよ。」
「腹減ってる奴くらい放っておけばいいじゃない。そもそも此処に住む以上何かしらの能力くらい身に付けないといけないのに無計画で来るから給料の安い仕事しかできずに貧乏になってるんじゃないの?」
10年前田舎だったサタンポリスが今や世界的な魔術都市になったのは大量に入って来た移民のお陰である。それは紛れも無い事実だ。しかし多数の移民の中には魔術が使えず凋落してしまった者もいる。それも事実だ。
「確かにそうかもしれないな。でもな、ここに移住して来た人たちは来るとき相当な覚悟があったはずだ。希望を持ってたはずだ。元々ここにいた俺には分からないがな。」
「分からないなら根拠にならないじゃない!」
「ならないな。」
「からかってるの?」
「そこでだ。お前が人間の心を持っているなら俺がこの子を助けた意図くらいすぐにわかるはずさ。」
「それって私が人間の心を持ってないと遠回しに言ってるわけ?」
「分からないなら、な。だって困った人間を助けるのが本来の人間のあり方だろうよ。お前は知らんだろうが、俺は……」
「はいはいはい、わかったわかった、わかったから。」
と俺が話しているのを割り込んで沙耶乃は嫌々納得したようだ。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ディメノの声だ。俺は急いで声のする方へ向かう。
「どうした!」
ディメノは風呂場にいた。俺はそれをお構いなしにオンボロのドアを勢い良く開けた。そこには全裸姿に隠すべき所を泡で隠したディメノがいた。
「きゃっ!」
と驚き手元にあった桶を俺の顔面目掛けて思いっきり投げた。
「痛え……」
その桶は俺の額にクリーンヒットして俺はその痛みに暫く蹲った。
これには怒りされ覚えたがよくよく考えると、少女とはいえある程度羞恥心を弁えた歳頃だ。ここはノックもせずに急に入った俺に非があることにし素直に謝る。
「すまん、ディメノ。」
「いいの。ちょっと驚いただけ。」
と、それほど気にはかけていない様子だったので続ける。
「で、どうしたのか?」
何をしているのかと思えば浴槽用洗剤で体洗ってた。
「おい、それで体洗ったら……」
「目に入った。痛い!」
言わんこっちゃない。
「すぐに水で洗うんだ!俺が水出すから!」
と言い蛇口を捻るも水が出ない。また断水かと思い、非常用に溜めていた水をほとんど使い目を洗った。
「目は大丈夫か?」
「大丈夫。よくなった。」
「危ねぇ。ったく勝手に俺の家のもの使うんじゃねぇよ。」
「うん。」
「あと風呂用洗剤で体洗うんじゃねぇぞ。急いで流さないと肌が荒れるから。ディメノ、水無いから近くの川まで行くぞ。バスタオルやるから。ほら早く!」
「つかまって。」
「え?」
「あたしにつかまって。」
どこかへ瞬間移動したようだ。どうやら此処はどこかの川の河川敷のようだ。近くに手頃なバケツを見つけた。
「川汚すといけないからバケツに水汲んでから流すぞ。おいしょ!」
「ひっ!」
「よく体擦れよ。じゃないと洗剤だから肌が皮膚が荒れるぞ。」
これでもかというくらい大量の水で洗い流した。
「よし、戻るぞ。」
ディメノにつかまって俺の家に戻った。
「はぁ、今度からは俺の家で何かするときは一言俺に言うんやぞ。いいな。」
「はーい。」
こう注意したもののディメノに振り回されるのがこれで終わりなわけがなかった。
夕飯や風呂は近所の人の家で済ませ慌ただしい1日がこうして終わった。
VII
次の日俺は何かに踏まれているような痛みで目が覚めた。外は日が出て間も無く、薄暗い。寝起きでぼやけた目をなんとか凝らしてよく見ればディメノが俺の寝ている布団の上で飛び跳ねていた。
「痛い痛い、何してんだ。」
「リョーヤが勝手に1人で寝るから寂しかった。」
久しぶりに下の名前で呼ばれた気がする。普段はトドヤンとばかり呼ばれていたから反応に困る。
「え?だって流石に1人で眠れるだろ?」
「あたし眠れないもん。」
「おいおい、どんだけ甘えるんだよ。俺も流石に疲れたからゆっくり寝かせてくれ。」
「そういうことじゃない。」
「じゃあどういうことだ?」
と訊くとディメノはシリアスモードで答えて、
「私は高度な禁忌魔術を使用する能力を得ている代わりに一般的な人間ひいては古代生物のほぼ全てが行うと言われる睡眠という行為が如何なる手段を用いたとしても不可能である。要約するに、私の禁忌魔術の副作用が不眠である。」
「それじゃあ、俺の家で暮らす前はどうやって夜を明かしてたんだよ?」
「高次元空間跳躍。」
そういう使い方があったのかと感心した。
「じゃあそれ使えよ〜。」
普段通りのノーマルモードに戻って、
「いいじゃん。構ってくれたって。」
と頰を膨らませ少し不満げに言った。「はぁ〜、やれやれ」と小声で言うとそれを聞き取ったのか、
「ずっと一人で寂しかったんだからね。」
と急な転勤で遠距離恋愛せざるを得ないとある男の彼女が言いそうな台詞(※あくまでイメージです※)をぶっ込んで来た。
「俺は至って普通の人間だからゆっくり寝たいんだ。すまんがこれからも高次元空間跳躍を使ってくれ。」
「はーい。」
なんていうことが日常と化していた。このようなたわいの無い会話の間にもディメノを攻撃し続けようと試みる連中は確かにいた。
ディメノに起こされて不本意ではあるが、早起きできたのでゆっくりと朝の支度をしつつディメノの世話をした。妹?そんなの知らん。中坊は夏休みだからそのまま寝かせとけ。俺は補習なんだ。
「これなあに?」
「あぁそれか、ルービックキューブっていうやつだ。全ての面の色を揃えるパズルのようなものだな。」
「ふーん、面白そうだね。」
「まぁちょっと難しいがな。」
支度も終わりたまには余裕を持って学校行こうと俺は思った。
「行ってきま〜す。留守番頼んだぞ。」
「行ってらっしゃ〜い。」
さてこの会話を最後にしたのはいただろうか。
伏線とは何気ない日常の片隅に潜んでいるのかもしれない。
次回もお楽しみにして下さると嬉しいです。