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魔法使いにできないコト  作者: 水無雲夜斗
第一章 その魔法使いは、
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その魔法使いは、 1-1

 日常とは、とにかく面倒くさいものである。

 学生は日中学業に身を投じ、さらにはおぼつかない友人関係の中、嫌なことがあっても我慢して、それを維持することに努めなければならない。放課後になったらなったで家に帰り、ゲームやネットができると思いきや、家庭によっては家事を手伝わなければならないし、さらに複雑な家の事情で両親とギスギスした雰囲気の中無言の食事に身を投じたり、兄弟の恨みや妬みといった視線を一身に受け続けなければならない。

 社会人になればなおさらだ。

 ブラック企業で一日中会社に縛り付けられ、良心を持った新入社員なら馬車馬のごとく働かされる。いわゆる社畜。

 さらに社会では人間関係がかなり複雑なものとなり、嫌な上司や取引先にへこへこ媚びへつらって頭を下げなければならなくなるし、金の話が絡んで殺されるまである。

 ともかく、日常もとい人生とは面倒臭いものである。

 そんな世界で俺は何故生きているのか。何を求めているのか。ここ哲学。

 ひとまず、ここまでの話はどうでもいいとして、時は放課後。

 まるで頭に入ってこない数式を右から左へと受け流し、適当なことを考えつつ数学を凌いだせいで、よほど体力を消費したのだろう。俺の頭は完全に疲れきっていた。

 自分の席でぐっと伸びをして机に突っ伏すと、これから家に帰らなければならないことを考えてさらに気分が憂鬱になる。家に帰ること自体はいいが、そこまで歩くのが面倒なんだよなぁ。


 「おーりーなーしーくん!」


 そんなことを考えていると、肩を思いっきり叩かれながら名前を呼ばれた。

 叩かれたといってもそんなに痛くはなかったが、イラッ☆としたので顔を上げると、そこには見知った顔がいた。


 「青柳……」


 青柳(あおやぎ)祐斗(ゆうと)。馬鹿みたいな顔をしたツンツン頭のクラスメイトだ。


 「どうしたどうした元気がないぞ。男たるものいつも太陽のように輝いていなければならんぞ、俺のようにな!」


 特徴は、無駄に馬鹿ということだろうか。


 「お前は幸せそうだなぁ」

 「何を言っているんだ折無クン、彼女がいない時点で俺が幸せなわけがないだろう!」

 「あれ、このまえ彼女できたって言ってなかったっけ?」

 「ああ、彼女ならたくさんいるぞ。ディスプレイの向こう側にな!」


 清々しいまでの残念発言である。しかも無駄に大声だったせいで、そこかしこでくすくすと笑う声がしたり、女子からは冷たい視線を送られたりしている。

 とはいえ、青柳はクラスでは馬鹿キャラとして通っており、どのカーストにも所属しない中立的存在だ。だからこんなことをして恥をかいてもさほど問題ではないのだ。


 「で、何か用か?」


 俺が問うと、青柳はそうだそうだ、と俺の前の席(既に帰宅したのか、その席の主はいない)に座る。


 「俺達が入学してからもう一ヶ月経った。どうだ、目当ての女の子は見つかったか?」


 え、なんなのこいつ。俺がそういうの探してる系DQN男子だと思ってたの?

 確かに俺がこの私立鳳城高等学園に入学したのは今年で、今は4月の終盤だが、俺はそういう話に特に興味があるわけではなく、クラスの女子ともあまり関わりはない。


 「いや、何言ってんだお前」

 「何って、一人くらいいるだろ、可愛いと思う女の子とかさ」

 「いや、いないけど。そもそも興味ないし」

 「お前、ばっか! こういうのは出会い方が大切なんだ。新しい学校、新しい生活、そして青春時代の代名詞とも言える高校! これだけのシチュエーションが揃ってて、彼女の一人もできないとか悲しすぎんだろ!」


 それはいわゆる美少女シミレーションゲームとやらの鉄則なのでは。

 ああいうのは主人公と女の子が大抵何らかの印象的な出会いをするものだが、シミレーションというだけあってあれは幻想だ。

 現実なんてカーストが上位のヤツらが大抵見た目だけ可愛い女子を独占し、カースト下位の人間に関しては男子と女子間の関係がまるでないまである。

 そんな一般論も知らず、カースト外に属する青柳は力説を続ける。


 「いいか、高校生活ってのはたった3年だ。3年しかねぇ! そして、学園モノのエロゲやラノベで主人公してるヤツは大抵高校生だ。つまり、高校生というものは、男子にとっては主人公の時期であり、女子にとってはヒロインの時期でもあるんだよ!」

 「で、お前はヒロインになりそうな子と出会えて、現在主人公できてんのか?」


 「バッカだなお前、そんな、おまえ……言わせんなよ」


 だんだん尻すぼみになっていく言葉に、まぁ予想通りすぎる回答を見ました。

 所詮現実なんてそんなものだ。二次元世界など他者の妄想に過ぎず、稀有な例である実体験談モノの作品もアテにしてはならない。

 全世界の高校生が作品の中の主人公やヒロインのようになれていれば、今頃この世はお花畑だろう。基本的に人生はハードモード以上で始まるのだ。


 「俺のことはどうでもいい!」


 唐突に立ち直った青柳は、次に俺をズビシィ!! と指差す。


 「お前はどうなんだ」

 「そもそも恋愛に興味がない場合はどうすればいいですか、先生」

 ものすごい棒読みでそんな風に返すと、青柳はガックシと肩を落としてため息を吐く。

 「お前ってほんと冷めてんなぁ。なんなの、中学時代フラれたりしたの?」

 「いや、まず恋愛自体をしたことがない」

 「え、じゃあ近くに親しい異性がいなかったパティーン?」


 最後よくわからない単語が出た気がするが、多分「パターン」のことだろう。その言い方にはものすごくイラッとしたが、ひとまずスルーしておく。

 質問への返答だが、中学時代のことを少し思い出す。


 「親しい異性はいなかったな。かといって、別に避けられてたわけでもない。用事があれば話す程度の、いわば知り合いみたいな関係の人が多かったな」

 「折無……」


 何故か同情の眼差しを向けてくる青柳。肩に置かれた手が軽くウザい。


 「安心しろ、高校ここなら彼女ができる」

 「いや、だからいらないって」


 いるんだよなぁ、高校なら彼女ができるって思い込んでる新高校生。無駄な希望持つ前に言っておくけど、美人な先輩と知り合いになんかなれないし、二年になっても可愛い後輩なんてできません。まして、同学年の女子なんて声かけることすらできないレベルで近寄り難いので注意だ。勇気を出して話しかけてみたところで、下心丸出しなのバレて警戒されるか、うまくいっても3年間友達止まりの関係なんてザラにある。

 まぁ、これは本での知識から勝手に推測したものに過ぎないので、一概にそうと言えるわけではないが、高校生活なんて大体そんなものだろう。


 「そうだ、折無には彼女など必要ない、必要なのは俺のような悪友だ」


 と、左手下方から声。

 ぬっと机の下から真っ直ぐ上に向かって生えるように出てきたのは、長身の男だった。


 「うおっ、高野……」


 ぎょっとした声で青柳が彼の名を呼ぶ。

 高野銀一(たかのぎんいち)。隣のクラスに所属する、なんか変なヤツだ。特徴は変なヤツだ。

 隣のクラスの人間ではあるのだが、何故か俺にやたらと執着してくるヤツで、何かとこちらのクラスに来ることが多い。そのせいあってか、青柳含め俺達三人はなんだか一つのグループとして認識されているらしい。


 「やぁ折無武月、ご機嫌麗しゅう」

 「お、おう、なんで下から現れた?」

 「そんな些細なことはどうでもいい、しかしなにやらおもしろそうな話をしているではないか」

 「そうなんだよ聞いてくれよ高野、こいつせっかく高校に入ったってのに、彼女いらないっていうんだぜ?」


 身を乗り出して力説する青柳。

 それに不敵な笑みを浮かべて下あごをさすりつつ対応する高野。


 「うむ、知っている」


 じゃあ何故聞いた。


 「彼女などどうでもいいではないか、どうせ我々のような男に寄り付く女子などいない」


 うんうん、と頷くクラス中の女子達。といっても教室に残っていた数名だが。

 高野の言うことは正しい。まず青柳は下心丸出しなのと馬鹿なのでモテない。高野は生粋の変人で何を考えているのかわからないので気味悪い。そして俺だが、そもそも恋愛に興味がなく、異性と親しい関係を構築しようとしないので、何もない。

 やったぜ、俺達モテない高校男子トリオだ。もっとも、この二人と同じにされるのは俺としては心外であるが。

 そのことを悟ってか、青柳はずーんと暗い雰囲気を纏って突っ伏してしまった。まぁ放っておいていいだろう。


 「で、何の用だ、高野?」


 これ以上話が続くのも面倒なので、強引に話を変更させる。すると高野もそれに乗った。


 「ああ、その件なのだが、少々面倒なことがあってな。頼みたいことがあるのだが、この後時間はあるか?」

 「ん、まぁ家に帰ってもやることないし、あることにはあるけど」

 「そうか、それなら早急に取り掛かってほしい。今すぐ来てくれ」


 あいよ、と答えて俺は席を立つ。

 面倒だなぁ、と心の中で思った。

 得てして頼み事とは面倒なものだ。やりがいがあろうとなかろうと、労力を使うことに変わりはない。

 だが、俺の体は自然と立ち上がり、何の躊躇いもなく高野の後へ続いた。

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