ウチはそういうのやってません
某所某ビル。ここにはこじんまりとしたメイド喫茶があった。しかし一度入った人は皆口を揃えて言う。
「あそこはちょっと違う」と。
カランカラン
ドアに取り付けられた鐘が乾いた音を立てる。これは客が入ったサインだろう。
「いらっしゃいませ」
曲がりなりにも接客であるから挨拶はする。しかし、接客スマイルはおろか無表情。それがこのメイドA。
「あれ、ここメイド喫茶ですよね?」
「そうですが、なにか?」
メイドAは「なにを言ってるんだこいつは」という思考を包み隠さず顔にだす。それに客は不満を抱きながらも疑問を呈した。
「『おかえりなさいませご主人様』じゃないんですね」
「ウチそういうのやってませんので」
「そ、そうですか」
客はその返答に毒気を抜かれ、妙にあっさりとしているメイドAに萎縮した。
メイドAは見た目だけで言えばかわいい。身長が160㎝に満たないことが誰にでもわかるような体格。顔は幼さを感じさせるもそこには凛とした美しさを感じさせるように真っ直ぐな目。
客はそんな子に真っ直ぐ見られ萎縮してしまったのだ。
「ではこちらのお席にどうぞ」
そしてメイドAは客を案内する。
この客、実はメイド喫茶というものに入ったことがないのだ。テレビで何度か見かけたことはある、その程度の知識。そして入った理由も「他の喫茶店が近くになかったから」というだけだ。そんな人がここに入ったらイメージは壊されることは想像に難い。
「ご注文決まりましたらお呼びください」
「はい……」
あいも変わらず無愛想な店員はこれまた無表情に淡々と客に告げる。客は萎縮し返事をする。そして無愛想なメイドAは出入り口のレジに戻るのであった。
(意外とフードメニューが充実している……。しかも想像より全然安い)
メニューを開いて客は驚いた。フードメニューだけでもざっと40品以上ある。これは喫茶店というよりもはやレストランの域である。しかもドリンクはついでのように端に追いやられている。そしてその料理全てが600円以下という、おおよそのメイド喫茶のイメージと比べて安い値段なのである。
「あの、」
「はい」
そして客は店員を呼ぶ。するとまた無愛想なメイドAが来る。
「この本日のブレンドコーヒーを一つ」
「本日のブレンドコーヒーをお一つ」
「あと、ティラミス。以上で」
「ティラミスがお一つ。ご注文以上でよろしいですね」
「はい」
「しばらくお待ちください」
そしてメイドAは厨房の方へメニューを伝えに行く。
(なんか普通にレストランとか食堂だなぁ)
客はメイドAがいなくなってからそう思った。メイドAの前でそういうことを思わないように心がけるあたりこの客は真面目なのだろう。
・
・
・
「お待たせしました〜」
客のもとにコーヒーをトレイに乗せて運ぶメイド。その声は気の抜けるような、それでいて庇護欲をくすぐられるようななんとも間の抜けた声。明らかにメイドとは態度が違う。
「こちら本日のブレンドコーヒーと、ティラミスになります」
「……どうも」
客はメイドAとメイドBのキャラの違いに驚いていた。
(ギャップが凄い)
メイドBは肩甲骨の下まで届く黒髪。人の毒気を抜くような垂れ目。そして誰が見ても165㎝以上あるというような体格をしており、メイドAよりも体の凹凸がはっきりしていた。
「ご注文以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
そしてメイドBは厨房の方へと歩いていった。
一抹の疑問を覚えながらも客はコーヒーに口をつける。
(……美味しい)
加えてティラミスも食べてみるとこれまた絶品であり、客がなぜ自分以外に人がいないのか不思議に思うほどであった。
そして客が目の前のカップと皿に向き合っている時ふと、厨房の方から声が聞こえた。
「あの………う?」
「…………だね」
なにか従業員同士の連絡だろうか、そう思い客はたいして気にもとめていなかった。
そしてカップが空に、皿の上に何もなくなった時に客はメイドAに声をかけられた。
「お客さん、どうでした味?」
不意にかけられた声に少し驚きながらも、客は「ご主人様って言わないんだ」と思考を巡らせながら、
「美味しかったです、とても」
と、賛辞の言葉を述べた。
「そこでお客さんにお話があります」
するとメイドAは含みのある言い方で客に話しかけた。
「お客さんウチで働きません?執事として」
「ふぇ?」
メイドAが客に持ちかけた話は簡単に言うとスカウトであった。何故僕?そんな思考をグルグルと頭の中で回しながら客はメイドAの言葉を反芻していた。
「なんか店長の発案で執事を募集するとかになったんですよ。それで貴方に白羽の矢が刺さりました 」
「え、と……え?」
客はまだよくわかっていないようだ。客が厨房の方を見るとガタイのいいいかにもおじさんと言ったような男が包丁を持って腕を組んでいた。それを見て客は「僕に拒否権あるのかな?」と思ったらしい。
「いかがなさいます?」
客はもう一度横目で厨房の方を見た。するとやはり包丁を持って腕を組んでいるおじさんが……
「や、やります」
そしてこのメイド喫茶に執事が増えた。
▽
「いらっしゃいませ」
「あれ?『おかえりなさいませ』じゃないの?」
某所某ビル。そこにあるメイド(執事)喫茶に一組のカップルが入った。そしてかけられた言葉にカップルの男が疑問を投げる。
「申し訳ありません、当店ではそちらはやっておりません」
執事は慣れた様子でその言葉を言った。
客(執事)は多分眼鏡。
お読みいただきありがとうございます




