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白菊のしらべ  作者: 柊 さつき
16/20

前進2

トンボが飛び交う季節。外にいても過ごしやくなった。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

入ってきたのは、ブロンドの髪の長身の男。瞳は水色。見るからに異国の香りがする。男はカウンター席に座り、メニュー表を見る。

「ご注文は、いかがなさいますか?」

「オリジナルブレンドのアイスコーヒーでお願いします」

「かしこまりました。お客様はご旅行の方ですか?」

見かけない客に、白菊はコーヒーを入れながら話しかける。

「いいえ。ここのお祭りに呼ばれた手品師です。ギルと言います」

「でも、お祭りは少し先ですよ?」

「少し観光してみたくて、泊めてくれる方にお願いして、早く来させてもらったんです」

ギルはにっこりと笑うが、ちょうどそこに暁が買い出しから帰って来ると、暁を見て驚きの色をあらわす。

「いらっしゃいませ。俺の顔に何か付いていますか?」

「失礼しました。以前に似た方を見かけたもので」

「暁は、いろんな所を旅してきたから、どこかですれ違ったかもね」

「旅をされていたんですか?」

「はい。今はこちらで厄介になっています」

「そうですか……」

ギルはそう言うと何やら思案顔で、コーヒーを口にする。その後は、たわいのない話しをして店を出た。

店を出た途端、ギルの表情は冷たいものに変わった。彼が歩き出すと、彼の数歩前にシンプルな洋服に、銀の長い髪の女性が立っていた。

「アリアナ」

ギルが目の前の女性の名を呼ぶが、彼女は答えない。ただ憂いを帯びた瞳でギルを見つめている。ギルは、アリアナが何も言わないのを気にすることもなく話しかける。

「心配しないで。ようやく見つけたから、もう少し待っていてね」

そう言うと、ギルはアリアナの横を通り過ぎ歩いて行く。ギルの歩き出した後には、アリアナはいない。


ギルが店に来てから、しばらくたった夜。暁は隣の部屋に引き上げるのが早くなった。

「暁、どうしたんだろう。夕食も食べないで」

「菊、忘れたのか?今日は満月でぞ」

「あっ……」

満月の日は、鬼の力が強くなるのだと、暁は言っていた。

「そっとしといてやれ」

「でも、苦しんでいるなら、一人にしちゃいけない」

白菊も、いつもなら彰の言葉に従うのだが、今日は暁を一人にしてはいけない様に感じた。白菊は暁の元へ行く。

「き……」

白菊を止めようとする彰の肩に雪花が優しく触れる。ヒカルが白菊の後を追う。

「菊ちゃんに任せましょう?きっと大丈夫」


白菊は、母屋から隣の部屋へと入る。

「暁、大丈夫?」

呼びかけるが返事がない。不躾だとは思ったが、白菊はそのまま足を進める。暁は、窓際にいた。でも、いつもと雰囲気が違う。

「暁」

「来るな」

それだけ言うと、暁は窓から外に飛び出して行った。白菊は後を追う。

「ヒカル。兄さんに知らせて」

一緒に来ようとするヒカルに、白菊がそう言うと、ヒカルは白菊を気にしながらも、母屋の方へ走って行った。白菊は、何度が見失いかけながらも暁を追うと丘の上に出た。満月の光に照らされて、暁はいた。

「暁」

「……くっ」

苦しそうに膝をついた暁に、白菊はかけ寄る。

「来るな‼︎」

さっきより激しい拒絶の言葉に、白菊は一瞬怯むが暁に近づく。あと少しで背中に触れるかと思った次の瞬間、ドンと大きな音とともに白菊は、合歓木の幹に飛ばされた。

「かはっ……」

暁が自分を振り払ったのだと気づくまでに時間がかかった。背中に痛みが走る。そして次には、シュッと左頬に風が掠めたかと思うと、ひとすじの血が流れる。すぐ目の前には、鬼人化した暁がいた 。暁の右手が白菊の左頬の近くにある。

髪は灰色、瞳は紅に染まり、額には一本の角がある。怒っている様な苦しんでいる表情をしていた。これ以上、白菊を傷つけない様にと、ギリギリでこらえている。そんな暁に、白菊は恐怖心よりも、悲しみの方が上回る。

「暁」

白菊は、静かに名を呼び、暁を抱きしめる。初めは振りほどこうともがいて、唸っていた暁だったが、次第に大人しくなった。

「しら…ぎ…く」

弱々しく、途切れ途切れに言葉を紡ぐ暁に、白菊はハッとして彼を見る。

「暁!?」

瞳は紅から、普段の色に戻っていく。

「すまない……」

「私は大丈夫だよ」

暁は、白菊に謝ると気を失った。暁を支えきれず、木の幹を背もたれに座り込む白菊。暁の髪の色も戻り角も消えている。鬼人化が治ったのだと、白菊にも分かった。少しした、遠くの方でヒカルの鳴き声が聞こえた。

「ヒカル」

背中にはしる痛みにもかかわらず、ヒカルを呼ぶ。白菊の声が届いたのか、しばらくしてヒカルと彰があらわれた。

「菊!」

「兄さん、暁が……」

ヒカルと彰の姿を見て安心したのか、抑えていたものが涙とともに一気に湧き上がって、うまく言葉が出ない。彰が駆け寄り、暁の様子を見る。

「大丈夫。気を失っているだけだ」

白菊から暁を離し、肩を貸す様に彰が暁を背負う。ヒカルさ白菊に擦り寄り、左頬の傷に鼻を寄せる。

「菊、立てるか?」

「うん」

東の空が明るくなってころ、白菊たちは家に着いた。着くとすぐに、暁をベットに寝かせる。

「菊ちゃん、暁君は私が観ているから、休んでらっしゃい」

何があったのか、聞かずに雪花は、白菊を休ませようとしてくれる。

「ありがとう。でも、暁のそばにいる。目を覚ましたら、どこかに行ってしまいそうで……」

「わかったわ。何があったら呼んでね」

本当は、少しは眠って欲しい雪花だったが、白菊が思いつめた様子で暁を見つめているので、白菊のしたい様にさせた。

「兄さん、ありがとう」

「俺はいい。何か飲み物作ってくるから、待ってろ」

雪花たちは、部屋を出る。ヒカルは白菊のそばから離れない。


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