前進2
トンボが飛び交う季節。外にいても過ごしやくなった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
入ってきたのは、ブロンドの髪の長身の男。瞳は水色。見るからに異国の香りがする。男はカウンター席に座り、メニュー表を見る。
「ご注文は、いかがなさいますか?」
「オリジナルブレンドのアイスコーヒーでお願いします」
「かしこまりました。お客様はご旅行の方ですか?」
見かけない客に、白菊はコーヒーを入れながら話しかける。
「いいえ。ここのお祭りに呼ばれた手品師です。ギルと言います」
「でも、お祭りは少し先ですよ?」
「少し観光してみたくて、泊めてくれる方にお願いして、早く来させてもらったんです」
ギルはにっこりと笑うが、ちょうどそこに暁が買い出しから帰って来ると、暁を見て驚きの色をあらわす。
「いらっしゃいませ。俺の顔に何か付いていますか?」
「失礼しました。以前に似た方を見かけたもので」
「暁は、いろんな所を旅してきたから、どこかですれ違ったかもね」
「旅をされていたんですか?」
「はい。今はこちらで厄介になっています」
「そうですか……」
ギルはそう言うと何やら思案顔で、コーヒーを口にする。その後は、たわいのない話しをして店を出た。
店を出た途端、ギルの表情は冷たいものに変わった。彼が歩き出すと、彼の数歩前にシンプルな洋服に、銀の長い髪の女性が立っていた。
「アリアナ」
ギルが目の前の女性の名を呼ぶが、彼女は答えない。ただ憂いを帯びた瞳でギルを見つめている。ギルは、アリアナが何も言わないのを気にすることもなく話しかける。
「心配しないで。ようやく見つけたから、もう少し待っていてね」
そう言うと、ギルはアリアナの横を通り過ぎ歩いて行く。ギルの歩き出した後には、アリアナはいない。
ギルが店に来てから、しばらくたった夜。暁は隣の部屋に引き上げるのが早くなった。
「暁、どうしたんだろう。夕食も食べないで」
「菊、忘れたのか?今日は満月でぞ」
「あっ……」
満月の日は、鬼の力が強くなるのだと、暁は言っていた。
「そっとしといてやれ」
「でも、苦しんでいるなら、一人にしちゃいけない」
白菊も、いつもなら彰の言葉に従うのだが、今日は暁を一人にしてはいけない様に感じた。白菊は暁の元へ行く。
「き……」
白菊を止めようとする彰の肩に雪花が優しく触れる。ヒカルが白菊の後を追う。
「菊ちゃんに任せましょう?きっと大丈夫」
白菊は、母屋から隣の部屋へと入る。
「暁、大丈夫?」
呼びかけるが返事がない。不躾だとは思ったが、白菊はそのまま足を進める。暁は、窓際にいた。でも、いつもと雰囲気が違う。
「暁」
「来るな」
それだけ言うと、暁は窓から外に飛び出して行った。白菊は後を追う。
「ヒカル。兄さんに知らせて」
一緒に来ようとするヒカルに、白菊がそう言うと、ヒカルは白菊を気にしながらも、母屋の方へ走って行った。白菊は、何度が見失いかけながらも暁を追うと丘の上に出た。満月の光に照らされて、暁はいた。
「暁」
「……くっ」
苦しそうに膝をついた暁に、白菊はかけ寄る。
「来るな‼︎」
さっきより激しい拒絶の言葉に、白菊は一瞬怯むが暁に近づく。あと少しで背中に触れるかと思った次の瞬間、ドンと大きな音とともに白菊は、合歓木の幹に飛ばされた。
「かはっ……」
暁が自分を振り払ったのだと気づくまでに時間がかかった。背中に痛みが走る。そして次には、シュッと左頬に風が掠めたかと思うと、ひとすじの血が流れる。すぐ目の前には、鬼人化した暁がいた 。暁の右手が白菊の左頬の近くにある。
髪は灰色、瞳は紅に染まり、額には一本の角がある。怒っている様な苦しんでいる表情をしていた。これ以上、白菊を傷つけない様にと、ギリギリでこらえている。そんな暁に、白菊は恐怖心よりも、悲しみの方が上回る。
「暁」
白菊は、静かに名を呼び、暁を抱きしめる。初めは振りほどこうともがいて、唸っていた暁だったが、次第に大人しくなった。
「しら…ぎ…く」
弱々しく、途切れ途切れに言葉を紡ぐ暁に、白菊はハッとして彼を見る。
「暁!?」
瞳は紅から、普段の色に戻っていく。
「すまない……」
「私は大丈夫だよ」
暁は、白菊に謝ると気を失った。暁を支えきれず、木の幹を背もたれに座り込む白菊。暁の髪の色も戻り角も消えている。鬼人化が治ったのだと、白菊にも分かった。少しした、遠くの方でヒカルの鳴き声が聞こえた。
「ヒカル」
背中にはしる痛みにもかかわらず、ヒカルを呼ぶ。白菊の声が届いたのか、しばらくしてヒカルと彰があらわれた。
「菊!」
「兄さん、暁が……」
ヒカルと彰の姿を見て安心したのか、抑えていたものが涙とともに一気に湧き上がって、うまく言葉が出ない。彰が駆け寄り、暁の様子を見る。
「大丈夫。気を失っているだけだ」
白菊から暁を離し、肩を貸す様に彰が暁を背負う。ヒカルさ白菊に擦り寄り、左頬の傷に鼻を寄せる。
「菊、立てるか?」
「うん」
東の空が明るくなってころ、白菊たちは家に着いた。着くとすぐに、暁をベットに寝かせる。
「菊ちゃん、暁君は私が観ているから、休んでらっしゃい」
何があったのか、聞かずに雪花は、白菊を休ませようとしてくれる。
「ありがとう。でも、暁のそばにいる。目を覚ましたら、どこかに行ってしまいそうで……」
「わかったわ。何があったら呼んでね」
本当は、少しは眠って欲しい雪花だったが、白菊が思いつめた様子で暁を見つめているので、白菊のしたい様にさせた。
「兄さん、ありがとう」
「俺はいい。何か飲み物作ってくるから、待ってろ」
雪花たちは、部屋を出る。ヒカルは白菊のそばから離れない。




