前進
「あれ以来、菊は少し変わった。どこがと言われると難しいんだがな」
「そうだったんですか……」
静かに語られた悲しい出来事が、暁が白菊に感じていた違和感の正体だった。
白菊に、前を向いて笑っていて欲しいと、暁は強く思った。
「京、久しぶり」
白菊は、丘の上に来ていた。目の前には、今が盛りと花が咲いている合歓木がたっている。昔、京介と彰とよく遊んでいた場所。京介がいなくなってしまったあの日、思い出の全てを木の下に埋めた。髪飾りを除いて。
「あのね。最近、ようやく笑えるようになったの。きっかけをくれた人がいるんだけど、その人、今まで一人で戦ってきて、今も一人で戦おうとしていて、ほっとけないの。京、私ね。ようやく前に進めそうだよ」
白菊は、木に寄りかかり、本を読んだり、横笛を吹いた。笛の音色は、優しく流れる。気がつけば昼をとうに過ぎていた。
「そろそろ、帰らないと」
立ち上がり、木にそっとふれる。ここには京介の魂はないけれど、思い出が残っている。
「また来るね」
合歓木を見上げていると、名を呼ばれる。
「白菊」
振り向けば、ヒカルと一緒に暁が立っていた。
「暁、どうして……」
「心配したんだぞ」
“どうして、ここに?”と聞く前に、怒られた。
「ごめんね。もう大丈夫。帰ろう?」
合歓木から離れ、暁にも帰路を促し、歩き出す白菊の腕を暁が掴む。
「どうしたの?」
暁は、白菊をまっすぐに見つめる。
「あかつ……」
「大切な者を残して、死んでしまった者が願うのは、残してしまった者の幸せだ」
「⁉︎」
暁の言葉に、白菊は目を見開く。
「泣かない強さも必要だ。でも、無理している白菊をしったら、そいつはどう思う?」
白菊は何も言えない。
「俺だったら嫌だ」
「な…んで……」
白菊の瞳からは涙が溢れる。
「彰さん達には、黙っていてやるから、泣きたいだけ泣けばいい」
暁がグイッと白菊を抱きよせる。抱きしめられたことに驚いたが、あたたかさに、今までせき止めていたものが一気に溢れ出す。白菊はそのまま泣き続けた。しばらくして暁は重さを感じた。
「白菊?」
呼びかけても返事はなく、規則正しい寝息が聞こえてくる。泣き疲れて眠ってしまったらしい。
やれやれと、暁はフッと笑う。白菊の背中を支え膝裏に手をかけ抱き上げ、帰路につく。ふと甘い香りがして、合歓木を振り返る。
“ありがとう”
暁は、そんな声が聞こえた気がした。




