回想〜京2〜
そして、その二週間後、京介はナタの国に旅立った。約束通り、週一回葉書きが届く。京介の短い言葉が書かれた絵葉書。
朝、郵便受けに届いているそれを手にした雪花が、白菊を呼ぶ。
「菊ちゃーん。京君からよー」
ガタン!ガタガタ!バン!
「ありゃ転んだぞ……」
「そうね……」
天井を見上げる彰と雪花。低血圧の白菊は、朝が苦手だ。朝一番で葉書きが届くのは、わかっているのだが、起きられない。毎日この調子である。上の音が止んで、居間の扉が開いた。
「いたた……」
「大丈夫?」
京介が派遣されて半年、ナタの内乱は治まりつつあるとラジオがなっていた。
「そろそろ、帰って来られるんじゃない?」
「だといいんだけど」
励ましてくれる雪花に、白菊は弱く笑ってかえす。
しかし、淡い期待とは裏腹に、翌週には内乱が激化したと報道がはいる。ナタ国の中心部で、反政府軍が不意打ちの攻撃、負傷者・死者・行方不明者が多発しているとのこと。
白菊たちが、その報道を聴いたのは晴れた昼下がりだった。彰は不在で、店には白菊と雪花と竜とヒカル。
"国内は落ち着きを取り戻し、ナタの人達に笑顔が戻ってきました"
先日、京介から届いた葉書にはそう書いてあった。情勢は日々変わる。まだ細かい状況が把握出来ていないため報道は大まかな事しか流れなかった。
「嘘……」
白菊は立ち尽くす。雪花はかける言葉がない。"大丈夫"なんて何の根拠もない言葉を言えるわけがない。
「宅配で〜す」
店の扉が開くと共に、間延びした声。ご苦労様ですと、雪花が受け取る。送り主は京介だった。
「菊ちゃん、京くんから小包よ」
立ち尽くしていた白菊は、我に返り雪花の元へ行く。箱を開けると、壊れないように何層にも包まれた髪飾りが入っていた。
「帰ってきた時でいいのに」
"白菊に似合うと思ったので送ります"
小包には、そうメッセージが添えてあった。
「早く、菊ちゃんに見せたかったのね」
白菊の黒髪に、映えるであろう、宝石を散りばめたような、でもシンプルな髪飾りだった。
「つけてみたら?」
「雪花さん、つけて?私こういうの下手だから」
恥ずかしそうに、白菊は雪花に頼んだ。
「いいよ。じゃあ、鏡持ってこようか」
「うん」
お客がひいた昼下がり、カウンターに鏡を持ってきて、鏡の前に白菊を座らせ、雪花が髪飾りをつけてやる。
「どう?」
「ありがとう」
白菊は鏡の前で、髪飾りがよく写るように動くと、左耳の近くで揺れる。そこに外でヒカルと遊んでいた竜が戻ってきた。彰も一緒である。
「お帰りなさい。竜、菊ちゃんによく似合うでしょ?」
「豚に真珠だな」
どこから覚えてきたのか、憎まれ口をたたく竜。
「そんな言葉、どこで覚えてきたの⁉︎」
素早く竜を捕まえて、両頬をムニッとつねる白菊。もがき騒ぐ竜。
「白菊、そんなんじゃ髪飾りが泣くぞ?」
「兄さんまでひどい」
竜を離して、雪花に抱きつく白菊。
「二人ともいぢめないの」
白菊をなだめながら、夫と息子を叱る。
「悪かった。よく似合うよ。なぁ、ヒカル?」
「ワン」
みんなの胸の奥に追いやった不安は、翌日、具現化する。
虫の知らせか、白菊は早くに目が覚めた。そして呼び鈴が鳴る。こんな早くに誰だろう?と、玄関に向かう白菊。そこに立っていたのは、軍部の人だった。
「五十嵐京介さんの、お身内の方ですね?」
「はい」
「五十嵐さんは、ナタ国で激化したと内乱で、子供を助けようとして、重傷を負い。亡くなられました」
「…そうですか……」
「こちらに、詳細が書かれております。では、失礼します」
白菊が手紙を受け取ると、軍部の人は帰って行った。玄関の扉が閉まると、白菊はその場に座り込む。そばにいたヒカルが心配そうにすり寄る。
「白菊、誰だった…って、おい!白菊?」
玄関に座り込む白菊に、異変を感じて駆け寄る竜。呼ばれ竜を見る白菊の瞳は虚ろだった。
「……竜」
「どうしたんだよ⁉︎」
白菊は、握りしめていた手紙を竜に渡す。それを見た竜は、慌てて両親を呼ぶ。その間に、白菊はふらりと立ち上がり外に出る。
「白菊!」
竜が呼び止めるのも聞こえない白菊。その後をヒカルが追う。白菊が向かう先は、店から離れた丘の上の合歓木。木に寄りかかり、ペタリと崩れ落ちる。
「京」
一度、名を呼べばとめどなく溢れる涙。それを引き金に何度も何度も名を呼ぶ。その声は次第に掠れていく。白菊は両手で顔を覆う。静かな泣き声が丘の上に流れる。ヒカルは、少し離れた場所から、その姿を見守っている。
どのくらい時間がたったのだろう。白菊を見つけたのは彰だった。
「白菊……」
遠慮がちに呼ぶ声に、白菊は顔を上げて彰を見る。
「何も言わずに飛び出してしまって、ごめんなさい」
心配そうな彰に、もう大丈夫だと笑顔で答える。それから数日後、京介の遺体が帰ってきて、葬儀が行われた。




