回想〜京〜
ー2年前ー
「いらっしゃい」
客が来たことを告げる鈴が鳴る。来たのは、黒髪に眼鏡の書生風の男。五十嵐京介。
「珍しいな。夜勤明けか?」
「まぁな。濃いめのブラックコーヒー頼むよ」
「はいよ」
「白菊は?」
疲れのせいか、浮かない顔の京介。
「ヒカルと一緒に散歩だよ」
「そうか……。彰。ナタ国の医療支援に行くことになったんだ」
彰はコーヒーを淹れる手を止め、京介を見る。
「期間はどれくらいなんだ?」
「決まっていない」
「浮かない顔をしているのは、行くのがどうとかでなくて、白菊か?」
「あぁ」
彰は知っている。京介が白菊を好いていて、たぶん白菊もそうだろうことも。
朝だというのに、妙に空気が重い。そこに白菊が帰ってくる。
「ただいま」
「お帰り」
彰の声に張りがない。ヒカルが京介の足に擦り寄る。
「やぁ、ヒカル。元気そうだね」
「ワン」
「今日は、夜勤明け?」
手を洗い。エプロンをつけながら白菊が聞く。
「まぁ、そんなところ」
「顔色悪いね。夜勤大変だった?」
「いや」
京介がヒカルを撫でる手を止めた。それが合図だったかのように、彰が買い出しに行ってくると店を出た。
「やるせないな……」
彰はタバコに火をつけ、ため息と共に歩き出した。別に買い物に行く必要なんてなかった。しばらく二人だけにしてやりたかった。
「白菊」
「ん?」
「俺、ナタの国に医療支援で派遣されることになった」
「え?」
焼き菓子のストックを確認していて、京介に背を向けていた白菊は振り返る。
「いつから?」
「二週間後、いつ帰って来られるか分からない」
「そっか」
そう言うと、白菊は京介の後ろにまわり、京介と背中を合わせる。背もたれのない椅子は、座っている京介の背中に立っている白菊の背中を合わせるには調度いい高さ。
「しばらく会えなくなるね」
「そうだな」
白菊の身体は小さく震えている。"行かないで"背かなを通して、その思いが京介にも伝わる。
「向こうにいる間、葉書きを書くよ。そうだな、週に一度、必ず」
「うん」
白菊は、泣いていた。本当は危ない所に行って欲しくない。行かないでと言いたい。でも、京介の仕事だから仕方ない事もある。
「白菊」
「なに?」
呼ばれても振り返らない。いや、振り返れない。
「白菊」
京介が背中を離し立ち上がり、白菊の肩をとり自分と向かい合わせる。泣いている白菊を、まっすぐに見つめる。
「必ず帰ってくる。だから泣くな」
京介は優しく微笑み、白菊を抱きしめる。その行動は、白菊の涙を止めるには十分なものだった。
「好きだ」
一度止まった涙は、また流れ出す。白菊は、抱きしめ返すので精一杯だった。




