違える思い
翌日。勿論わざわざ街に来て、買出しだけで済ませるつもりは無い。
先に買い物を済ませた俺は、肩にフクロウ姿のウノを乗せたまま、頼んでいた調べ物がどうなったかを確認するため、バルドの家に向かった。
「頼んでた調べ物の調子はどうだ?」
家に残してきたトリノとリグナが気になるから、玄関より先には上がらずさっさと本題を持ち出した。するとバルドは、俺達を出迎えた時と同じように笑い、
「お前の予想通り、確かに噂は広がってたな」
そう答えた。
「しかし、噂話よりも確かな情報が入った」
と、バルドが部屋の奥を顎でしゃくった。そこには誰も居ない。……と、思っていただのが、散らかったガラクタの上で、むくりと起き上がる人影があった。
「す、すみません師匠! 疲れて眠ってしまっていました!」
台詞から察するに、彼女こそバルドが取ったという弟子なのだろう。バルドの弟子というから筋骨隆々の男を予想していたのだが、予想とは正反対の細い少女が居た。
茶色い短髪は無造作に散らばっている。寝癖だろうか。大きな瞳からは幼さが窺えるが、どうだろう、見た目から年齢を予想するのが難しい外見だった。
というか。
「あぁぁぁあああああああ!」
そいつは俺の姿を見るや、大声を出して指差してきた。奇遇だな、俺もそうしたいと思ってたところなんだ。
「れ、レクター・オリオンがなんでこんなところに居るんすか!? なんでわたしの所在がバレたんすか!」
偶然だとしか言いようが無い。俺だって予想だにしていなかった。
「なんだお前ら、知り合いだったのか?」
暢気に言うバルドだが、知り合いというか、なんというか。
「えっと、まぁ、そんなとこだ」
流石の俺でも、バルドの弟子が襲撃者だった、なんて、驚かないほうがどうかしている。
「こいつはセレナ。こっちは俺の戦友、レオンだ。初対面らしからぬ挨拶を交わしてたから、驚いたぞ」
笑いながら俺達を席に通すバルド。俺は警戒心をむき出しにしているつもりは無いのだが、向こうが敵意を顕わにしていた。それもそうだ、襲撃者本人だもんな。
するとバルドはセレナの視線に込められたそれに気付き、セレナの頭を小突いた。
「襲撃者云々の話を修行中にしていたらな、こいつの顔色がおかしくなったんだ。そして問い詰めてみれば、自警団が犯人だと言うじゃないか。むしろこいつも襲撃に加わっていたとはな。何故それを言わなかった」
こうもあっさり見つかるとは思っていなかったが、これはどうなのだろう。敵が身内だった、っていうのより、質が悪い気がするぞ。
「…………すんません」
唇を尖らせながら不機嫌に言うセレナ。何か言うべきか、とも思ったが、バルドの弟子だと思うと強く言えなかった。
「俺もまさかこいつがそんな事をするとは思っていなかったからな、全てを教えないと破門にすると言ったんだ。したら白状した」
という事は、修行事態は上手く行ってるのか。道理であのメンバーの中で唯一と言っても良い程度には骨があったわけだ。バルドの弟子ならな。武器も斧だったし。
しかし、
「自警団、か」
少々厄介なやつらに目を付けられていたものだ。
「上からの指示で、仕方なかったんす」
顎をしゃくれさせながらセレナはそんな言い訳をする。上からの命令なら確かに仕方ないが、もし俺に悪意があったら今頃どうなってたと思ってるんだ?
「わたしは最近ここに連れてこられた末端の兵士だから、逆らえないんすよ。あのパーティーは皆そうだった。元勇者に奇襲なんてかけたくないのは皆同じだったんす。でも、上がやれって言うから……」
相変わらずえげつないな、自警団のお偉いさんは。そういえば確かに、以前街で聞いたな。兵士を増やした、と。それがこいつらってわけか。
「だからって、自警団にそんな権利があるのか?」
自警団はあくまでも自警団。この街では統治もしているとはいえ、元は街を守るための兵団でしかなかったはずだ。それなのに自分達から攻めるとは……。しかも強制任務、というのが気に食わない。
「知らないっすよ」
頬を膨らませてセレナは答える。
「わたしが来た時には既にそういう命令平気でしてきたっすから、そういう権利があるんじゃないすか」
俺の知らない間に世間は変わるものだ。
「だから、わたしは悪くないっす」
「言い訳をするな、セレナ。みっともないぞ」
「す、すんません……」
バルドに怒られ、しゅんと肩をすぼめるセレナ。中々素直じゃないか。しかし、俯いているはずのセレナの視線は何故かちらちらと俺のほう、いや、正確には俺の肩へと向けられていた。
「……触りたいなら触るか?」
「いいんす――違う! いいっす!」
目を輝かせたかと思えばハッとして、すぐに敵意を見せる。忙しいやつだな、こいつも。ようはウノに触りたいんだろ? 見目麗しきハーピーが擬態したフクロウ。神秘的と言っても過言じゃない程に綺麗な毛並みしてるからな。
「ウノ。セレナの肩に乗ってやれ」
「いやだ」
即答すんなよ。いつもは「あいさー」って素直に俺の言う事聞くじゃん。
「ふ、フクロウが喋った!? なんでっすか!? それ、なんの手品っすか!?」
成る程、確かにバルドの弟子だと思った。こいつも頭が足りないらしい。先日の奇襲で、俺は少女姿のウノをハーピーへと変えてみせた。その時点で俺の役職が召喚師だと知れたはずだから、このフクロウも使役獣なのだ、という予想くらいなら、誰にでも行き着くと思ったのだが……。
ふと、バルドが微笑ましい表情をしている事に気付いた。
「なんで笑ってるんだよ」
この面倒な状況で笑える理由が解らない。
「なに。少し昔の事を思い出していただけだ」
俺の指摘を気にする事なく、バルドは表情を崩さない。
「気持ち悪いぞ」
正直に言うと、しかしバルドは笑うだけで何も答えなかった。
「……昨日のご主人に同じ事を言いたい……」
俺の肩の上で嘆息するウノ。それを聞いて、確かに昨日、俺もバルドと同じ発言をしたなと思い出した。もしかして俺あの時、今のバルドと同じ状態だったのか?
「いいからウノ、セレナに触らせてやれ」
重ねて言うと、ウノは「うー」と呻きながらも、ぱたぱたとセレナの元へと飛んでいった。
セレナはそれこそ幼い子供のように目を輝かせ、自分の肩に乗るウノへ、恐る恐る手を伸ばす。しかしすぐにひょいっと引っ込めて、一度深呼吸をして、またもう一度手を伸ばしてを何度か繰り返していた。
とりあえず数秒間程その光景を見守った後、俺はバルドと向き合う。
「しかし、奇襲が自警団によるものだったとなると、これからは余計に、傷付けないように帰す必要があるよな」
願わくば全員無傷でお帰り頂く。結構な手間だぞ。
「直談判はせぬのか?」
「自警団にか? そうだな。それもひとつの手かもしれないが……」
なにかしらいちゃもんつけられそうな気がするから、それは最後の手段にしたい。
ここ、ダーカルの自警団は人数が総員百には届くであろう組織となっている。増員されたとのことだから、正確な人数は知らないが。ともかくそんなもんに手を出してみろ。すぐさまお陀仏だ。俺が体術だけでなんとか出来るのなんてたかだか数人程度のはずだし、どうしようもない、という事もある。
「なんなら俺も共に講義するぞ。魔王討伐を成した仲間が困っているのであれば、例え火の中水の中。何度であろうと飛び込んで見せよう!」
拳を掲げて力強く宣言するバルド。しかし、バルドにこれ以上、直接的な協力をさせるわけにはいかない。本来なら、こうやって顔を合わせる事も許されないであろう行為のはずのに、どうしても頼ってしまう。
「何遠慮はするな! 俺は、あのパーティーの誰であろうと、困っているのなら無条件で手を貸すぞ」
どうしても、頼らされてしまう。
「もし、そいつが悪事を働いていたとしたら?」
なんとなく、嫌味を込めて言った。冒険をしていた時から思っていたのだが、バルドのこの無用心な信頼はなんなのだろうか。どうしてこうまで他人を信頼出来るのだろう。契約によって関係を築く召還師の性が、信頼というものの価値感の違いに、時折背筋が凍る。
「なんだ、その質問は」
バルドは一瞬呆けていたが、質問の意味が解らなかったわけではないらしい。腰に手を当て堂々と立ち、強い口調でこう言った。
「連れ戻す。必要とあらば共に闇に落ち、手を伸ばす。救うなどおこがましい言い方はしない。――状況に応じ、剣さえも交えよう」
困ったな。そう思った。
背筋が凍りついたせいで、俯く事さえ出来なかった。
臭い。台詞が臭いぞバルド。娯楽用の冒険譚のようにくさくて、そして眩しい。
「そうか。お前が仲間でよかった」
だから、頼ってしまうのだろう。猪突猛進のバルドは、だからこそ、魅力的なのだ。真っ直ぐで、正しい。そしてその正しさを曲げないだけの力を持っている。俺が間違いを犯せば、きっとこいつが止めてくれる。
「今更か。俺は、霊族が襲っていた村の事件の時から既にそう思っていたぞ」
「初めて出会ったところじゃねぇか。つうか、そん時はまだ仲間じゃなかったろ」
ははは、と、俺とバルドは揃って笑う。
その時、ばきん、と、椅子が割れる音が。
驚いて振り向くと、そこには少女姿になったウノと、その下敷きになっているセレナが。
「なにやってんだ、お前……」
じっとりとウノを睨む。ウノはいそいそと自分の体に布を巻きつけながら、不機嫌そうに言う。
「こいつ、ご主人を悪く言った」
「だからってそんだけで踏み潰すな。ほら、そこどいてやれ」
そうやってウノをセレナの上からどかすと、セレナはばっと起き上がり、さらに目を輝かせた。
「今、変身したんすか!? って、もしかしてその姿、ハーピーってやつになった人じゃないっすか!? 本当はハーピーなんすか!? まじすか!?」
まくしたてるように連続で放たれる質問。まさかとは思っていたが、こいつ召喚師を知らないのか? 戦士でありながら? どんだけ無知なんだよ。
「あんたに教えるうちの情報は無いよーだ! そんなに知りたかったらさっき言ってたご主人の悪口を取り消せ!」
「はいっす! レクター・オリオンは勇者の風上にもおけないようなやつだなんて、心にも無い事言ったっす! すんませんした!」
「許す! そうだよ、うちは本当はハーピーなんだよ!」
おい、なんつー会話してんだ、お前ら。さりげなく俺を傷付けるの辞めろよ。
「ハーピー見るの初めてっす! うっは、綺麗っすね、その羽!」
「今はハーピーじゃないこけどね。てかこないだ見なかったけ?」
「襲撃ん時はびびっててそれどこじゃなかったっす!」
素直過ぎるだろ、バルドの弟子。
その後もよくわからん事をきゃんきゃんはしゃいでいた二人を見ていたのだが、何がきっかけだったかは解らないが、俺とバルドは声を合わせて笑った。しかし、その笑い声は何故か、どこか乾いているような気がした。
いや、違うな。バルドのほうはいつも通りだ。
乾いていたのは多分、俺の耳だ。
「それじゃ、俺はそろそろ行くとする」
「おう、気を付けろ。俺は今、こいつの修行に付き合ってる最中だからな」
「悪いな、邪魔して」
「構わんさ」
立ち上がり、ウノがフクロウ姿になるまで待った。少女姿からフクロウに変わっていくウノの姿を名残惜しげに見つめるセレナ。
「ところで、レオン」
「なんだ、バルド」
ウノがフクロウに擬態を終えた辺りで、バルドの口調が変わった。神妙な口調で、まるで昔を懐かしむように、遠い目をしている。
「もう、冒険はせんのか」
それは、聞き飽きた質問だった。
「したくない。それが本音だが……」
「現状ではどうだ?」
言葉を詰まらせた俺に、どこか期待するような表情を向けるバルド。
「もしかしたら近いうちに出るかもしれない。冒険に」
それが事実だった。正確には、出ざるを得ない、だが。
「俺は、お前が書く冒険譚、好きだぞ」
冒険譚。冒険家が旅の途中に書く記録の事なのだが、書く者によっては冗談を交えたりして、それを売って小銭にしたりしている。狩りだけで生計を立てるのには限界があるのだ。それで嘘の冒険譚を書いたりするやつも居るから、俺はあまり好きじゃない。
それに、俺の冒険譚は誰かに喜ばれるような物では無い。むしろ燃やされる事もしばしば。いや、最初の自己紹介の職業は召喚師です、って文だけ読んで燃やすとか冗談でしょ? なんて思ってた頃が、今となれば懐かしい。
「俺は、俺の冒険譚が好きじゃないんだが」
それでもマニアにはたまに売れるし、自分の冒険だ。道順とか何があったののかとかを忘れないためにも、書かなければならない。
「皮肉的でありながら公平だ。好き嫌いは分かれるだろうが、少しでも他種族に関心がある者なら、きっと好きになる」
そんなもんかね。と、内心で嘆息する。
皮肉を書いてるつもりは無いし、公平のつもりも無い。ただ昔苛められてた経験を思い出す度に『人間うぜえ』とかって書いてたけど。そりゃ売れんわ。人間に売るのに人間の悪口書いてどうする。
「その前提、つまり誰も好きにならないって言ってるのと同じだぜ?」
もしも恨みや驕りも関心のひとつだと言うのなら、他種族への関心というのもあるかもしれない。でも、それなら余計に、俺は誰にも好かれないだろう。
「はっはっは。そうかもな」
バルドにしては珍しく、抑えた笑いだった。
そして俺がウノを肩に乗せた所でようやく、俺を解放する気になったらしい。別れを告げる変わりに手を振って、そして、
「冒険に出るのなら、俺も誘え」
そう言った。
ああ、良いかもしれないな。バルドが居てくれたら、どれだけ心強い事か。少々知識の足りないバルドに変わって、俺がバルド視点の冒険譚を書く、というのも、売れそうな気がする。
「そこに居る弟子はどうするつもりだ」
笑いながら指摘すると、セレナのほうも「そうっすよ!」と連呼していた。しかし、バルドはセレナのほうを一瞥するだけで、なんでもないかのようにまた笑う。
「こいつはこの短期間で急激に成長しているからな。そろそろ俺の教える事は終わる。あとは、こいつが経験を積めば卒業だ」
他人を信用するのが大好きなバルドにとっては、当然の言葉なのだろう。至って平然と告げられたその言葉に、俺は羨ましさを感じた。セレナのほうは、悲しそうに俯いている。
だが、なんにせよ、俺の答えは変わらない。
「……ああ、なら、考えとく」
誘う事はきっと無いから。
だから、誘わない言い訳を考えておく。その本音を含めて隠した言葉。
バルドはこの副音を聞き取れないだろう。こいつは愚直だから。捻くれ者の俺とは根本たる筋が違うから。
そして、バルドの家を後にした。なんだかんだでセレナとのやり取りが楽しかったのか、さっきまではしゃいでいたウノがいきなり静かになったが、そこには触れないでおいた。
今はそれよりも、嫌な予感がした。
考え過ぎかもしれない。
しかし、とにかく家が心配だった。
もしも今、自警団のやつらが今攻めてきたらどうなる? リグナだけで対処出来るか? いや、むしろリグナがちゃんと家に居るかも心配だ。少々長居し過ぎた。
こういう時の嫌な予感程頼りになる感覚はそう無いだろう。
そして、街を出て、森に入り、さらに駆ける速度を上げようとした時だった。
「探しました。レクター・ゼフト・オリオン様」
そう言って、一人の男が道を塞いだ。騎士の格好をしている。鎧も中々に上等なもので、戦闘準備万端に見える。
俺は立ち止まり、そのブレーキで肩に乗るウノが落ちないように支えた。
「何か用か?」
問う。
本来ならば聞く必要の無い事を。
「そう警戒なさらずに。我々はただ、アルメリア教団の教えに則り、あなたを異端者として連行したいだけなのです。身の潔白に自信があるのなら、抵抗など不要でしょう?」
気付けば、俺とウノは、十人近くの男に囲まれていた。




