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異端討伐戦~後編

「連れて行きたいなら無理矢理連れてけ。俺は自分の足で行くつもりは無い」


「あい解った」


「覚悟しろ!」


 二人の前衛が突進してくる。長身の男のほうが僅かに速い。その足取りは確かに、ある程度の修行を積んできたものだろう。ただし、所詮はある程度だ。


 ズシ、と、長身の男が何か重いものにのしかかられたかのように身を屈めた。それでも進もうと試みているが、その足は床に貼り付けられたかのように動かない。次に、ゴツイ男にも似たような事が起きた。しかしこちらは体格が良いからか、体力自慢なのだろうそいつはかろうじて動く。


 弓士が弓を放った。だがそれは空気中で突如失速し、後方に弾かれるように床に落ちた。


「なん、だ。これは……!」


 身動きが取れない長身の男が呟くと、その言葉に威力が伴ったんじゃないかと思う程のタイミングと勢いで、大きく後ろに弾き飛ばされた。粘ってた分だけ反動が大きかったらしく、その飛距離は後衛の魔術師が居る所にまで及ぶ。


「……くっ……この力はなんだ……」


 ゴツイ男の手がリグナを掴もうとする。この力の発信源がリグナだと解ってやっているのだとしたら大したものだ。この力は人間で言うところの魔法みたいな物なのだが、リグナは魔法士が要する一切の詠唱を唱えていないのだ。


「アルマードレイト」


 答える必要など無いというのに、リグナは答えた。


「アルマード……レイト……?」


 ほらな、知らない、みたいな反応をした。アルマードレイトなんて単語、知ってるやつは少ないぞ。


 その未知の単語に困惑したのか、気が抜けたのか、はたまた体力の限界か、ゴツイ男もついに後方へ弾き返された。この力を数十秒耐えたってだけでも褒められる結果だ。俺だったらあの長身の男よりも早く根を上げる。


 そのゴツイ男と入れ替わるようにして、後衛の魔法師の詠唱が終わった。


 短刀から迸るのは一筋の雷撃だ。


 それは一直線にリグナに襲い掛かるが、リグナに届く手前で失速し、首を横に倒すというアクションだけで容易に回避された。


 リグナの横を通り抜け、直線上に居た俺へと向かう雷撃。しかし雷撃は雷撃でしかない。俺は手に持ったままにしていたペンを横に投げた。部品の一部に鉄が使われた、結構上等なペンだ。雷撃はその鉄に誘導されるように、狙いを俺からペンに変えた。


 バチバチ! と、ペンが悲鳴を上げる。あーあ、高いんだぞ、それ。まあ、俺が無事ならまた買えばいいか。予備もあるし。


「くっ……」


 悔しそうに舌打ちをする魔法師。


 再び体制を立て直していた二人の前衛が、懲りずにまた突進してくる。今度は弓矢も同時に襲ってきた。


 しかし、さっきの二の舞にしかならない。


 弾き返される弓矢。足止めされる二人の前衛。


 だが、アクションが変わった。


 弾き返される事が解っていたからか、長身の男は下手に足掻きはせず、ゴツイ男の背中を蹴りながら後ろに飛ばされた。背中を蹴られた事でゴツイ男の前進する力が強まる。


「おらああああああ!」


 おおよそ二人分の突進が、ひとつの体に宿った。それを弾き返せる程の力は、今のリグナには無い。


 それでも、リグナは怯まない。むしろ、相手がこの力を切り抜けてくる事など想定の範囲内だ。


 ゴシャ、と、何かが潰れる音がした。


 その不快な音の発信源はゴツイ男の腕だ。肩から下がおかしな方向へ曲がり、全身が捩れる。その力に耐え切る事までは出来なかったらしいその男は、空中で一回転して地面に叩き付けられた。かわいそうに、痛そうだが、多分脱臼程度で済むだろう。


 リグナが使うアルマードレイトという力は、様々な力を捻じ曲げる効果がある。それを空間に使えば結界みたいになるし、生物に使えばこのように、体を捻じ曲げてしまうことも出来る。


 それでも、侵入者達の攻撃は続く。


「「喰らえ!」」


 後方で二つの声が重なった。弓士と魔法師だ。


 繰り出されたのは、電撃を纏った矢だった。


 弓と雷撃の相乗効果で速度を増し、雷撃は弓を媒体としているため、さっきみたいに小さな鉄に反応して狙いが逸れてしまうような事は無い。


 少し不味いか、と、焦ったのは一瞬だった。


 リグナがアルマートレイトの力を強めた。人間の姿で出せる最大限の力を、その矢の進行上に集中させる。捻じ曲げられた矢は砕け散り、切っ先の鉄に着いていくように雷撃も霧散する。


 その様を見届けようとしたのが隙となった。


 後衛二人の影に隠れていたのであろうもう一人が突然姿を現し、小斧を両手に一本ずつ携え駆けてくる。スピード戦に特化しているのか、なかなかの速さだった。


 そいつは女だった。短い茶色の髪が靡くとそれが残像のように半歩後ろに着いていく。一瞬、本当に一瞬だけ、見惚れそうになってしまう程、美しい仕草に思えた。


 その女はリグナに切りかかるが、軽く避けられた。攻撃のスピード自体はそこそこのようだ。しかし思いっきりが良いと言うか、胆力があるというか、その女はリグナに追撃をするのではなく、俺のほうへと駆けてきた。


「覚悟っ!」


 その女による叫びながらの攻撃を一歩後退して回避すると、逆側の手に握られていた小斧が襲い掛かってきた。さらに半歩後ろへ下がって回避する。女が距離を詰めて来る。攻撃される。後退して避ける。


 それをもう二回程繰り返したところで、俺は回避方法を変えた。右上段から振り落とされた小斧をしゃがんで回避すると、そのまま水面蹴りを見舞わした。女は体勢を崩して倒れる。


「動きが直線的過ぎるな」


 嘆息しながら、そんな事を言った。


「二刀流の長所は手数の多さだ。それ故の対応力、応用力こそが最大の魅力と言えるだろう。にも関わらず、お前の攻め方は正直過ぎる。武器を活かしきれていない」


 と言っても、筋は悪くないと思うのだ。見たところまだかなり若いようだが、それにしては速いほうだったとも思う。まぁ、こいつも敵なんですがね。


 アルマードレイトを一点集中モードにしていたりグナがようやく助け舟を出す気になったらしく、床に倒れていたその女の体が不自然に回転し、子供の前転のようなものを繰り返しながら仲間達の元へと戻って行った。恥じらいと痛みと怒りのトリプルパンチを食らった女は真っ赤な顔をしてこっちを睨んでくるが、正直そこはどうでも良い。


「これで、力の差は解ってもらえたか?」


 ぶっちゃけ俺は何もしてないが、俺は大物ぶって偉ぶる。


「それにしても、見くびられたもんだな」思わず嘆息してしまった。侵入者達が、この力量差を見て唖然としているからではない。「これでも俺、元勇者なんだけど?」


 言いながら振り向く。そこには、違う所から侵入していたのであろう、黒尽くめの男が居た。その手には、隠密行動用の黒い短剣が握られている。暗殺者というやつだ。元よりこっちが本命だったのだろう。俺に姿を見られた暗殺者は唇を噛み、しかしすぐ近くまで迫っていたという優位性からか、自重などは一切せずに突っ込んできた。


 俺は現在武器を持っていない。多分保管庫のどこかにある。防具も身に着けていないから、丸裸も同然だ。というかここは俺の家だぞ。マイハウスで武装する程、俺は用心深くなれない。家に居てまで何かに警戒するとか絶対に嫌だ。侵入者達はそれを見越して家の襲撃に来たのだろうが、残念ながらひとつ大きな勘違いをしている。


 暗殺者の短刀を持つ手首を掴み、一気に捻り上げた。


「……っつ!」


 ここで悲鳴を上げない辺り、暗殺者としての修行はちゃんと積んだ人間らしい。しかし熟練度が足りない。こと戦闘において、修行を積めば一人前だと思ってるやつが多すぎる。そういう勘違い野郎が居なくなれば、冒険家とかの死亡率はグンと下がるだろうに。


「召喚師だから肉体戦は苦手だと思ったか?」


 実戦を経てこその戦闘だ。さっきの女然り、こんな熟練度のやつらに歴戦の猛者たる俺が簡単に負けるはずが無い。


「そんな明らかな弱点を抱えたままで魔王が倒せたとでも思い込んだのか? あいにく俺は、この召喚師の力をそこまで信用出来ていないんだ」


 こんなのは高慢な自意識過剰なのかもしれない。だが、その実力差は、暗殺者の手から零れ落ちた短刀が証明していた。


「暗殺者の弱点は隠密行動するために最低限の防具と武器しか持たない事にあるんだ。見つかったら距離を取るのが定石だが、スピードでその弱点を克服する事も出来る。……お前は遅い。さっきの女のほうがよっぽど速かったんじゃないか? 先手を確実に取れるスピードを手に入れられるまでは、無闇に突っ込まない事だな」


 言いながら、暗殺者を侵入者達が固まっている方に放り投げた。しかし飛距離が足りずに途中で落ちた。全力で投げたつもりだったのに……。


「それにしても……」


 少し、違和感があった。この面子の戦闘力が普通過ぎるのだ。


 なんらかの補助魔法を受けているかもしれない、とさっきリグナに警告はしたが、補助魔法を受けていてこの実力のはずが無い。強度も硬度も速度も普通過ぎる。そこらへんのソロでやってる冒険家のほうが強いのでは無いかと思うくらいだ。だが、こいつらは七人でここに来たはず。もう一人が外で待機しているはずなのだ。


 ということは……。


「家ごと焼き払うとかは簡便してくれよ?」


「「「「「っつ!?」」」」」


「うわ、解りやすいなお前ら」


 やっぱり実戦経験足りないだろ。


 こいつらは時間稼ぎで、外に居るやつが何かしらの細工をしている、もしくは強力な魔法を行使するための詠唱をしている、といったところか。だとしたらそろそろまずいが、この人数を相手に素手の俺が一人で立ち迎えられるはずがない。つまりリグナはここに残さなければならない。


 となると、


「ウノ。いけるか?」


「いつでもあいさー」


「じゃ、頼むわ」


 言いながら、俺は親指を噛んだ。


 ウノはリグナ程強くないため、封印されたままでは戦えない。リグナはこれでも神族だからな。まさに腐っても神族。封印されてなおも常人の数倍強いとかただの化け物だ。


 しかしウノはそうじゃない。だから、


「レクター・ゼフト・オリオンの血と名の下に命ずる。使役獣ウノの封印を限定解除」


 親指から滲み出た血をウノに飲ませた。半ば舐めるような仕草だが、そこは気にしない。


「――召喚」


 発言と共に発現する。少女の姿をしていたウノが瞬く間に大きくなり、先の少女の時と同じくらいにまで膨らんだ。しかしさっきと最も違うのは、腕だった。


 手と言えるかは定かでは無い。それは翼だった。


 他の箇所は人間と変わらない。しかし、手の変わりに翼がある、と考えてくれればいい。あとは、足の掻き爪が超鋭い事ぐらい。


 ハーピー。それはウノの種族の名前。


「じゃー、言ってくるよーご主人」


 陽気に言いながら飛び立って、天井に頭をぶつけていた。しかし今は突っ込む空気では無いかな、と自重し、馬鹿を見送る。


「ハーピー……初めて見た……」「しかし、人語を話していたぞ」「ハーピーはコミュニケーションを取らない種族だったはずなのに……」


 そりゃそうだ、俺が教えたんだもの。


 しかしこいつらいい加減、召喚師を甘く見すぎだろ。召喚師は他の種族と契約を結ぶ事が多いのだから、他の種族とコミュニケーションを取れるんだぞ。種族によっては普通に話せるし。邪族とか意外と愉快なやつら多いんだぜ? 下ネタばかり言うやつらも居るが。


 そういうわけで、


「ところで今のハーピーも先の魔王討伐戦に参加した猛者なんだが……外に居るやつ、助けに行かなくてもいいのか?」


 正直に言ってみた。あいつ、結構強いからな。


「悔しいが、これは勝てん」


 ゴツイ男が言う。解ってるじゃん。引き際も肝心だぜ。


「引くぞ」「おう」「解った」「……ちくしょう」


 言って、急ぎ家から出て行く侵入者達。おいおい片付けくらいしてけよ。いや、あんま散らかってないけど。それでも霧散した矢の破片とか、足に刺さったらどうするんだ。リグナとか裸足がデフォルトだぞ、この子を怪我させたら俺割りと本気でブチ切れるよ? 前線に立たせたのは俺だけど。


「……片付けるか」


 初めからあいつらを追いかけるという選択肢は無い。ただ、


「ご主人、あいつら逃げてったよー」


 戻ってきたウノをフクロウの姿に戻して、


「どの方向に逃げたか解るか?」


 確認をする。


「一応解る」


「なら、尾行よろしく」


「りょーかいあいさー」


 迷わず即答して飛び去っていくウノ。頼りになりますウノさん。超愛してる。魔王討伐の旅路の時とかソロで冒険家やってた時も散々救われたからな。多分そこらへんの人間よりも愛してる。というかどの人間よりも愛してる。魔王討伐の時に協力した勇者メンバーよりも長く一緒に旅をしてきたからな。あくまで店長と従業員みたいな関係でしかないが、ウノが人間だったら迷わず求婚してるね。


 といっても事実、俺とウノの関係は契約ありきで成り立っている。この契約が無ければきっとすぐにさよならだ。……なんで俺人間なんだろ。ハーピーとして生まれればウノに求婚出来るのに。種族差別とかマジでろくでも無い。思わずため息を吐いてしまうくらいだ。


 それにしても。


「最近、増えてきたな」


 やはり、この襲撃には何か裏があるとしか思えない。


 これが考え過ぎだとしたら、どれだけ幸福なことだろう。

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