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異端討伐戦~前編

「なんだ、これ、は……」


 買い物を終えて帰宅し、家の前に辿り着き、家の裏手に虫が集っている事に違和感を覚えた俺は、誘われるようにして裏手に回った。そこに広がっていた惨状を見て、思わず買った食料が入ってる袋を落としてしまう。


 それは巨大な骨だった。俺の体躯の数倍はあろうその巨体が、肉と内臓を失った状態の姿で、こんな場所にある。それだけでも十分に異常ではあるのだが、なにより異常なのは、その骨の主についてだ。


 この辺りは、近くに人間の住む、ダーカルという大きな街がある都合上、巨大な獣は存在しない。したとしても人間に害を成すような獣では無いはずだし、そうじゃない獣は自警団によって排除されている。だからこの骨の主は獣で、おそらく人間に害を成すような獣では無かっただろうと推定出来る。


 それよりも問題なのは、その獣が骨になっているという事だった。家を出る時に裏手を確認していなかったから、家を出た時既にあったかどうかは解らない。だが、昨日はこんなもの無かったはずだ。となればこの骨は昨日の夜から今までの時間帯に掛けてここに来た物と思われる。普通に寿命で息絶えたとしても昨日の今日で骨になるはずが無い。何者かによって捕食されたという事だ。


 だが、先述した通り、この付近に危険な獣は存在しない。こんな巨大な獣がなんとか生息出来ていたとしても、さらにそれを捕食出来る程の危険な獣などが居るはずが無い。


 まさか、俺を打倒しに来たやつらの仕業か?


 さっきその話をバルドとしてきたせいか、余計にそんな事を考えてしまった。


「言ったはず」そう答えたのは、猫の姿から人間の姿に変わったリグナだった。「――晩餐用」


「ああ、猪の骨なのか」


 なんだ犯人はお前か。成る程なお前なら納得だし確かに買い物に行く前に猪を狩ってきたとは言っていたが、こんなにデカイとは思わなかった。


「お前なら良いんだが、なんでわざわざこんな骨を持って帰ってきたんだ」


 普通に邪魔だろこれ。マニアなの? 骨でも集めてるの? それとも主を狩った記念にでもしたいの? リグナの事だから全部外れだろうけど。


「骨は、非常食」


「……さいですか」


 テンションが右肩下がりだった。でも体は両肩下がり。このまま関節が外れるんじゃないか、ってくらいの勢いで肩を落とす。というか骨が非常食って。お行儀の悪い神族様だこと。まあ、こいつならそれが妥当だろうけど。


「非常食にするならこんな所に放置しないで、バラして保管庫に入れてくれ。目の毒だし衛生上にも悪い」


「……めんどくさい」


「いいからやれ。じゃないとお前の好物たる羊の肉はもう金輪際買ってこない」


 高いんだからな、あれ。


「すぐやる」


 せっせと働き出す幼女(みたいな感じの本当は俺より長生き)。こと食料の話となれば早くて助かる。


「あー、うちは目が回ってきたかもー」


 フクロウの姿で俺の肩に乗ったままだったウノが体制を崩した。しかし落ちる寸前の所でなんとか堪えたらしい、が、爪が食い込んでるよ爪が!


「あははー。わざとじゃないもーん」


 楽しげに言いながら、翼を広げて飛び立つウノ。しかしその飛行は上には向かわず、すぐ地面に着地した。もうフラフラしていない辺り、目が回った、というのは嘘だったようで安心した。これほど強烈な血の匂いを嗅いでいたら本当に目が回るだろうからな。というか俺やウノが歴戦の猛者じゃなかったらもう今頃倒れてるであろうレベルだ。


 ウノが地面に着地してしまった、ということは、家に入る前に足を拭いてやらんといかんな。泥が付いてしまっただろうし。


 そう考えてる俺の横では、幼女姿のリグナが、素手でその骨をバッキンバッキンやっていた。エグイなおい。それ保存する前に粉末状になって使い物にならなくなるんじゃないか?






 この世界には様々な種族が存在している、というのは、先述した通りだ。さらにその様々な種族をランク付けしている呼称のような物がある。


 文化を持たず、言葉等のコミュニケーションも持さない種族を総じて『獣』と呼ぶ。生命体ランク付けの最下層の生物達だ。家畜とかスライムとかが一例。


 コミュニケーション能力を持っているが文化が無い種族。もしくはその逆を総じて『邪族(じゃぞく)』と呼ぶ。最下層では無いが、知性、もしくは理性、もしくは双方を併せ持つ生き物の中では最下層と言っても過言では無い。ゴブリンや鬼系のやつらが一例。


 コミュニケーション能力と高く長い文化が認められている種族を『聖族(せいぞく)』と呼ぶ。邪族との一番の違いは歴史があるかどうか、ぐらいしか無いようにも思えるが、歴史ある文化には文明が生じる。生まれもっての性能の高さでは邪族のほうが優れているという事もしばしばあるが、文明の力によってその差は逆転してしまう。だから、文明があれば聖族になれる、って事になる。人間とかエルフが一例。


 『神族(しんぞく)』の定義は酷く曖昧なのだが、獣の逆だと思ってくれればいい。獣は定義じゃ計れない程様々な能力が劣っている種族がなるものだが、神族は定義じゃ計りきれない程、様々な能力が優れている種族に与えられる。なんだよそれ獣に失礼だろう、と思わなくもないが、遥か昔、エルフと人間が共闘して勝手に作り上げた基準らしいからな。人間である俺にケチを付ける資格は無い。


 種族の名称の中に魔族(まぞく)というものは存在しない。魔族、魔物というのは、魔王となり人間に反旗を上げた種族に対する名称だ。人間ばっか狙うなよ、エルフも狙え、と思わなくも無いが、エルフは人間と違い、他種族を蔑み見下すだけの高慢な種族では無い。アルメリア教団を介して様々な知識を広め、蛇族が聖族になれるようにするにはどうしたらいいか、等の指導もしている。文明の独占をしない、この大陸の父親みたいな存在なのだ。


「結局、一番現金な種族は人間だ、っていう事なんだよ」


 俺は資料を床に投げ捨てながらそう言った。それに対峙するように床に座っているのは、幼女姿のリグナである。リグナは意味が解らないと言いたげに小首を傾げ、


「一番の権力者は人間だったはず」


 そう言った。


 その疑問は最もだ。この大陸で最も強い権力を持っているのは人間であるのは間違いないが、こう歴史の話をすると、どう考えても一番偉いのはエルフだという事になる。もしくはランク付けで上位に居る神族だ。


 俺は手に持っていたペンを指先で転がしながら答える。


「そこがこの大陸の歴史の味噌なんだが……そうだな、簡単に説明すると、数の問題なんだ。人間のほうがエルフの数倍も繁殖していて、最も多く繁殖しているからこそ、その文明の力をより開花させていった。魔法師、封印師、戦士、と、こと戦闘に置いても、文明の力だけで邪族には簡単には負けない力を得た。さらに生活面においても同じだ。人間の暮らしが最も高い水準にある。水に困らないし、全季節安定した食料を確保出来る種族はそんなに無いからな」


 そこまで説明してようやく、リグナはなんとか納得した。納得といっても俺は説得をしていたわけじゃない。ただの勉強だ。リグナは人間じゃないから人間の歴史を知らない、というだけではなく、長年に渡り孤独で、獣に近い生活をしていたため知識というものが圧倒的に足りないのだ。神族というと生まれた時から既に勝ち組、みたいに思われているところがあるが、そうとは限らない。


「把握した」


 めんどくさそうに、ため息と一緒に呟くリグナ。絶対に把握していない。この授業から早く開放されたいだけだ。


「ま、人間の歴史なんてものは俺も興味無いからな。ただ、この種族のランク付けにおいては覚えておいて損は無いはずだ」


 種族の説明については結構な自信がある。召喚師には必須の知識だからな。


「…………」


「露骨に嫌そうな顔をするな。俺との契約が無いとしても、知識はあって越した事は無いんだからな」


「……めんどう。狩りさえ出来れば生活は出来る」


「だが、狩りして入手した食料には手を加えたほうが旨いだろう?」


「……悪くはない」


「なら決まりだ。お前自身の生活水準を上げるための知識だと思えば、今は勉強が嫌でも、近い内必ず役に立つ」


「レクターとずっと一緒に居れば、生活は安定」


「俺はお前より短命なんだ。俺が死んだ後はどうする」


「一緒に死ぬ」


「……愛が、重い」


 心中とかやめてくれ。気軽に死ぬ事も出来ないじゃないか。いや、気軽に死んだりしたらそれも問題だが。


 そこで、寝室のほうからパタパタと羽を広げる音が近づいてきた。フクロウ姿のウノだ。


「ご主人、なんか、家の裏に武装した人間が数人集まってるよー」


「あー、解った解った。んじゃ適当に――マジで……?」


 暢気な口調で報告されたもんだから暢気に返答してしまったが、武装した連中とか、確実に俺狙いだろ。


「ちなみに、何人くらいだ?」


「七人くらい」


「んー、多い、というほどでも無い、が……。ウノ、とりあえず人間の姿になっておけ」


「あいさー」


 相手の実力や相性次第ではどこまでも不利になる可能性を考慮すると、ウノは極力戦わせたくない、なんて言っていられないかもしれない。だとしたら、迅速に変身出来る姿になっておいたほうが良いだろう。


 対してリグナは人間の姿でもある程度の力を発揮出来る。封印してもなお漏れ出る程の力をこいつは持っているのだ。


「リグナ。行けるか?」


 聞くと、リグナは小さく頷く。しかし、


「勉強より、狩り」


 不吉な事言うなよ、人間を狩るとか言うなよお前は魔族か。


「殆どの力は制限されてるとはいえ、気を付けろよ? 間違えて殺すとかは無しだからな」


 そんな事したら本当に異端者になってしまう。そうなったら取り返しがつかない。


 だが、そんな悠長な事も言っていられなくなった。


 ガタン! と、派手な音を立てながら家の扉が蹴飛ばされる。俺の家が!


 進入してきたのは四人だった。二人は剣を手に持ち、頑丈そうな鎧を身に纏って、先陣を切って部屋の中へ。しかも土足だ。……俺の家が……。


 後方にて構えた二人の内、一人は弓矢を携えていた。もう一人は宝石が埋め込まれた短刀を持っている。魔術師だ。宝石の色が紅蓮だ、という点から、攻撃魔法を使ってくる魔術師だろうう。


 さっきウノが外には七人居ると言っていたから、補助魔法の使い手は外に居るのかもしれない。となると、


「既に補助魔法の恩恵を受けている可能性が高いから、リグナ、一応気を付けろ」


「……解った」


 幼女姿のリグナが一歩前に出る。変わりに俺とフクロウ姿のウノは後方へ。


 侵入者達の一人、剣を掲げたゴツイ男が言った。


「レクター・オリオンとお見受けする。我々はアルメリア教団の教えに則り、貴殿に異端の疑いがあると見做し、拘束する。おとなしく連行される事を推奨する」


 だ、そうです。やっぱりそうなります? って感じだ。最近の侵入者は大義名分まで掲げてくるもんだから性質が悪い。


 アルメリア教団は大陸最大の宗教だ。そこが決めた原則は下手したら世界を変えてしまうってくらいすごい信仰な。素晴らしい大儀名文なわけだが、


「アルメリア教団からお達しは?」


 問うと、ゴツイ男の横に配置された長身の男が変わりに答えた。


「そんなものは無い!」


 おいおいそれで大義名分を掲げるとかおかしいだろ。


「だが、貴様が異端者である事は自明の理。アルメリア教団本部に赴き、調べて貰えばそれが証明されるはずだ!」


 つまり、冤罪で自白しろ、って事か? もしくは、勇者でありながら殲滅戦に参加しなかった事、そのものが異端だとでも言いたいのだろうか。だとしたら少し笑えない。せめて冗談に出来るような内容であれば助かったのにな。


「悪いが覚えが無い」


 そう答える他に無かった。が、当然侵入者達は納得しない。


「ならば、怪我せぬように、この場は大人しく捕まっていただこう」


「元勇者と言えど、魔王討伐以来働かずに修行さえも怠った、堕落した貴様には負けない程度の修行は積んできた!  逆らうのならば覚悟して貰う!」

 堕落とか言うなよ自覚はしてるが。


 今にも突進せんとし身構える二人の前衛。後衛の二人も、次の手にすぐさま動けるように構えている。おいこら弓士。弓を引くのは流石に気が早いだろ。しかし、俺の前に立つリグナは一切のアクションを起こさない。微動だにせずにただ、侵入者達を見つめていた。


 つまり、準備完了だ。

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