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勇者のお仲間

 そういうわけであっちもこっちもよく見れば諍いだらけの街なのだが、流石に人通りが少なくなる場所も存在する。その奥へ進むと、もう一人の勇者が住む家がある。俺はそこに訪れた。


「バルド。上がるぞ」


 中に居たのは筋骨隆々の巨体の男。魔王討伐時に俺と同じパーティーだった仲間の一人だ。


「おう、レオンか。よく来たよく来た」


 ばっはっは、と、無意味に、そして豪快に笑いながら、バルドは俺を家に招き入れる。家の中は散らかっていて、足の踏み場に困った。しかし壁際に目を運ぶと、一角だけ整頓された箇所がある。その壁に飾られているのは巨大な斧だった。


 戦士の派生である斧士が彼の役職。そして、俺のパーティー内で最大の攻撃力を持っていたやつだ。


「しっかし珍しいな、お前さんのほうから俺んとこに来るとは。晩飯食ってくか?」


「いや、違う違う」


 俺は後ろの扉が閉まった事を確認すると部屋の真ん中へなんとか進み、テーブルの上にサンドイッチを置きながら、ウノとリグナを肩から降ろした。


「いいぞ」


 そう言うと、フクロウの姿をしたウノと猫の姿をしたリグナが擬人化を始める。なんとなくバルドには目隠しをしておいた。なぜなら、リグナもウノもメスだから。


 金髪碧眼の幼女、リグナ。対し、ウノは少女だった。緑色の髪は肩までのワンレングス。人間年齢だとだいたい十五くらいだと思う。しかし擬人化のくせにこいつは胸部がたいへんよろしくない。目のやり場に困るという意味でよろしくない。幼女たるリグナに半分分けてやってくれよってくらい。リグナは気にしていないだろうが。


 擬態を終えた二人は同じように、布切れを体に巻きつけるだけだった。予想してはいたが、その姿を見たバルドが関心したように言う。


「良い体になったなあ、ウノは!」


 あー、もうなんだよこの肉ダルマ!


「バルド。いつも言ってるが、こいつは邪族だぞ?」


 ぐったりしながらバルドの肩に手を置く。抜群の安定感。超筋肉な触り心地。


「しかし、乙女だろう?」


「違う。メスだ」


 召喚師とはいえ、いや、召喚師だからこその譲れない一線。人間と他種族を同じにしないで欲しい。


「そんな……ご主人、酷い! うちとは遊びだったんだ!?」


 白々しく声を荒げるウノ。しかも自分の体を抱き寄せる仕草までするもんだから、うっかり擬人である事を忘れそうになった。


「遊びってなんだよ……。お前とはまず種族が違うだろ」


「うう……。そんな悲しい事を言われないために、うちはこうやって、姿まで変えたんだよ?」


「いいや違うね。お前が姿を変えたのは安定した食料を俺から貰うためだ」


 つまりは人間と一緒に居る事で、人間特有の安定した生産力にたかろう、って魂胆なわけ。そもそも契約自体がそうなっている。


「つれない事を言うんじゃないレオン。物欲も愛情のひとつだぞ」


「流石に物欲は愛じゃないだろ」


「愛に決まってるじゃないか御主人!」


「いいや違うね、そんな愛なら俺は要らんし!」


 バルドとウノが共闘を始めやがった。そういやこいつら、前回の魔王討伐の旅路の時も仲良かったな。そう思えば微笑ましい。


「……レクター」


 ふと、ここに来てから黙っていたリグナが俺のズボンの裾を引っ張った。


「ん、なんだ」


 聞くと、リグナは至って真剣な面持ちで、サンドイッチをもしゃもしゃしながら言った。


「――愛とは欲望。だから欲望は愛。……逆説的に、物欲も愛」


 ほんとこいつの発想は自由だなおい! そして行動も自由過ぎる。お前いつの間にサンドイッチの箱を開けたんだ?


「愛情を注ぐ対称が違うだろ」


 嘆息しながら、痛くなってきた目頭を押さえた。サンドイッチのことはもうどうでもいい。


「食料を得る対価に愛情を注ぐとか、娼婦の考えだろ。そんな愛情なら余計に要らん」


 するとその言葉に納得したらしい三人は頷いた。よかった。これで話が戻せそうだ。……と、上手くいかないのが世の中である。誰よりも強く頷いていたバルドが、「成る程成る程」と連呼した。


「食料を得る対価に愛情を注ぐのが娼婦の考えだというのならば、あれだな、子供は皆娼婦だな。親に愛情を注ぎ食料を得ているから」


「そういう解釈止めてくんないか!?」


「そしてお前からサンドイッチを貰った事で歓喜している俺もまた娼婦だ!」


「俺が悪かったから話を進めさせて!」


 お前が娼婦とか気持ち悪過ぎる!






 残念ながらその流れから始まった俺イジリは十分程続いた。いつかやりかえしてやる。ところで俺が持ってきたサンドイッチはどこに行ったんだ? 俺、まだひとつも食べてないんだが。


「しかし」一段落して落ち着いて、全員がバルドの用意した椅子に座ってから最初に口を開いたのは、椅子を用意してくれた当人であるバルドだった。おい、その手に持っているサンドイッチ、お前何個目だ。「綺麗な体になったな、というのは、なんの冗談でもないぞ、ウノ」


 そういう意味だったのか、と、思わず最初のセクハラ発言を変態のそれみたいに扱った自分が恥ずかしくなり、サンドイッチ云々について言うタイミングを逃したという事と相成って言葉を失った。


「うへへー、まーね」


 対するウノは最初から解っていたかのように、満面の笑みを浮かべて答える。布からはみ出した両腕をばっと拡げ、羽ばたくように振り回しながら言葉を重ねた。


「さっきもフクロウに擬態してる時ふっつーに飛べたし、もーそろそろ完治かなって感じ」


 ウノは、魔王討伐戦の時に酷い重傷を負ったせいで、この間まではフクロウに擬態してる間も飛べなかった。バルドは、その傷が治って良かったな、というつもりで言ったようだ。


「それでそっちは……なんだったか」


「リグナだ」


 バルドが金髪碧眼の幼女を見ながら唸っていたため教えてやった。そもそもここには、バルドにこいつの紹介をするために来たのだ。思い出そうとしていたバルドには悪いが、正真正銘の初対面である。


「新しい使役獣か? ということはお前、冒険家を再開するのか!?」


 ガタンッ、と、椅子が倒れる程の勢いで立ち上がるバルド。その目には純粋な輝きがあって、その眩しさについ、目を逸らす。


「いや、そのつもりは、無い」


 言葉がスムーズに出ない。喉に魚の骨でも詰まったのではと思う程の息苦しさを誤魔化すため、微笑んでからそう答えた。


「しかし、召喚師が新しく使役獣を設けたのならば、何かをするつもりはあるのだろう?」


 バルドの言葉も最もだ。店長さんは、開けない店のために従業員を雇ったりしないだろう。そんな感じだ。


 だが、


「お前は確か、『殲滅(せんめつ)戦』には参加したんだったか?」


 と、俺は問う。問うというより、確認だ。こいつが殲滅戦に参加しないはずが無い。


 バルドは頷いた。


「当然だ。殲滅戦もこなさなければ、本当の魔王討伐とは言えんからな。おっとしかし案ずるな、お前が殲滅戦に参加しなかった事を責めているのではないからな」


 後半の誤魔化すような早口に、思わず失笑が漏れた。


 バルドに対する失笑では無く、自分に対する失笑だ。


 殲滅戦とは、魔王が討伐された後に行われる、魔族殲滅のために有志を集め、さらには様々な国から軍隊を要請するという、魔族を滅ぼすための大規模な作戦の事だ。人間達は人々の平和のためだのなんだのと掲げているため士気が高く、勇者によって魔王を討たれた魔族は当然士気が低い。そのため勇者達が魔王を倒した後に行われるのが定石となった作戦。


 士気の違いは勿論、魔族は指揮者も失っているため殲滅が容易となるのだが、俺はその作戦に参加しなかった。魔王を倒した猛者であるにも拘わらず逃げたのだ。


「あの時は、使役獣も居なかったからな」


 言い訳じみた事を言って、それを自分の胸の中にも押し込んだ。しかしそれは事実でもあるため、嘘にはならない。


 そして、それを把握しているであろうバルドは言う。


「それに、魔王討伐のための旅路は長く、険しかった。疲れてしまうのも仕方の無い事だし、もう何とも戦いたくないと思うのも、頷ける。誰にも責める事など出きまい」


「そう言って貰えると、助かる」


 あの旅路は、本当に長かった。この巨大な大陸の最北端にある魔王城までの物理的な距離は勿論、様々な苦難があり、途中で死んだ者も居た。今となれば、尋常じゃないほどの精神的距離もあっただろう。もう一度あの道を歩め、と言われたら、震えが止まらなる。


 俺はそうやって震え出した足を手で押さえ、立ち上がっていたバルドに座るよう促した。そして一息ついてから、


「――殲滅戦に参加しなかった俺を、異端者扱いする人間が現れた」


 そう言った。


「っつ!?」


 ガタンッ、と、さっきよりも強い音を立てながら倒れる椅子。同時に立ち上がるバルド。さっきなんのために座らせたと思ってんだ、またそれをやらせるためじゃねえよ。


「落ち着いてくれ」


「いや、しかしそれは」


「いいから。落ち着いてくれ」


 言いたい事がありげに口を閉ざすバルドは、倒してしまった椅子を直して、もう一度座り直した。


「……それは、本当なのか?」


 喉を鳴らして唾を飲むバルド。それに答えたのは俺ではなくウノだった。


「焦ったなー、うちまだ完治してないのに、ご主人が居ない時に来た時もあったもん」「俺が一人の時もあったな」「……コレだけの時のあった」


 ウノ、俺、リグナの順で言うと、バルドは頭を抱えた。


「……そんなに何回も来ているのなら、確かに厄介だな。よし、ならば俺が用心棒をしてやろう」


「いや、頼みたいのはそうじゃないんだ」


 思考が短絡的過ぎる。


「用心棒をしてもらっても、いつ来るか解らない相手だ。時間が無駄になりすぎるし、そこまでしてもらうのは流石に悪い。だから、その奇襲してきたやつらの出所を探ってみて欲しい」


 バルドは黙って頷く。そこに迷いは無い。


「街で俺に対する不満とかの話は結構流れてると思うんだ。魔王討伐以来、働かない勇者とかなんなんだよ、みたいにな。その後を辿ればきっと、そうなるよう仕組んでるやつにあたるはずなんだ。めんどくさい作業になると思うが、お前以外には頼めない。頼めるか?」


「当然だ!」


 今度は椅子が吹き飛ぶ程の勢いで立ち上がり、バルドは強く、拳を握った。


「旧友であり戦友であり、かつて幾度も背中を任せた男が困っているのだ。当然やらせてもらう。むしろやらせてくれ!」


 そう言ってバルドは、嬉しそうに笑うのだった。


 頼もしい限りだ。隠密な行動など出来なくとも、猪突猛進な行動力があるこいつは、魔王討伐の旅路の途中、いかなる困難にも先陣を切ってみせてくれた。


 何よりもただ仲間のために。


 こいつがそう思ってくれている事は、長い月日を経て体験し、よくよく理解している。


 だからこそ、安心出来る。


「そういえば」ふと、この話を始めるより前から気になっていた事があった。「椅子の数が増えてるよな」


 以前までは俺とウノとバルドの三人分しかなかったのだが、今日来てみたらリグナの分の椅子も用意されていた。俺達のためのものでは無いとすると、新調されたこれは一体誰用なのか。


「ああ、それなんだが、俺は弟子を取る事にしてな」


 というバルドの返答に、耳を疑う。


「……弟子?」


 思わず聞き直してしまうくらいだ。このバルドが弟子だと?


「ああ、弟子だ」


 聞き間違いでは無かったようで、得体の知れない不安がこみ上げてきた。


「……お前が、教えるのか?」


 こう言ってはなんだが、バルドは説明が下手だ。バルドが道案内をした時の遭難率は俺がトリノに無視をされる確立に等しい。おおよそ十割だ。自分で言って虚しくなった。


「そうだ」


 堂々と胸を張っているところ悪いのだが、バルドが弟子に教えた事がちゃんと弟子に伝わっているのか気になる。


「……まぁ、頑張れ」


「ああ、頑張るとも」


 いや、バルドではなく弟子のほうに頑張って頂きたいわけですけれども。


 だっておまえ、


「ああ!? 何故俺の椅子が粉々になっているのだ!?」


 弟子のために椅子を新調して自分で壊してちゃうくらいの脳筋だからな。心配にもなる。


 それはお前が自分で吹き飛ばしたからだよ、とは、当然だが言わないでおいた。

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