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召喚師という仕事

 召喚師(しょうかんし)。それが、俺が持っている技術であり役職だ。封印師(ふういんし)から派生した役職なのだが、勝手が違い過ぎて割と知られていない。人数も少ない。


 戦士にも剣士や槍士が居るうえ、魔法師にも黒魔法師やら白魔法師等、形式は様々だ。錬金術師なども魔法士扱いである。


 そして、召喚師というのは呼んで字の如く召喚する技術を身に付けた者の事を言うのだが、魔法のように詠唱を唱えたりするだけ、というわけにはいかない(といっても、魔法も魔法で面倒なプロセスを要しているのだが、端から見ても気づかないような工程のため無視しよう)。


 召喚する、というと、なかなかどうして無知な子供達は『どこからか呼び出す』様を想像するが、それが出来たらおそらく賢者とかになれる。瞬間移動をする種族もあるにはあるが、そういった特殊な力は魔法の域を逸脱しているため、人間には再現不可能と言われている。


 ならば召喚師は何をもって召喚を成すのか。


 召喚師による召喚は、まず『契約』が必要になる。


 例えば、今俺の肩に乗っているウノ。こいつが一番長い付き合いのやつなのだが、こいつとの契約は『安定した食料を供給する代わりに、俺のために戦え』という具合だ。条件が成立したら互いの血を混ぜたものを呑みあって契約は完了する。そして召喚師は契約が成立した暁に、その契約対象を別の種族の姿に変更させる事が出来る。今、リグナとウノが獣の形をしているのも、つまりそういうことだ。


 契約されたほうは自らの意思で元の姿には戻れないうえ、魔力の類を保持していた場合それらは召喚師の血のほうに蓄積されていく。といっても、召喚師が勝手にそれを使う事は出来ないから、使える条件が揃わない限り霧散したと言っても過言は無いわけだが。


 つまり、召喚師というのは店長なのだ。そして契約を受けた側が従業員。店長側から契約を破棄する事も出来るし、契約になんらかの不備があれば、従業員から辞める事も出来る、というのが最大のネックである。

 

 とても不便で管理も面倒であるが故に、好んで召喚についてを学びたがる人間が少ない。師匠となれる者が少ないというのも理由のひとつだ。なんならこの技術を持ってるというだけで変人扱いされる。召喚師だからって理由で俺を泊めてくれなかった宿とか潰れればいいのに。……俺が経験しただけでも三桁の宿が潰れるな。


 何故、召喚師がここまで人気が無いのか。そして毛嫌いされているのかといえば、『他種族や獣とも手を組んでいるから』というのが最大の理由だろう。


 人間は自分達が一番偉いとでも思ってるのか、他の種族を見下す傾向にある。エルフ族やエンジェリア族然り、交流が深い種族の事は認めてるのにも関わらず他の種族は見下すのだ。何様だと聞きたい。人間様か。お前らあれか、神族の仲間入りでも目指してるのか。


 とまあつまり召喚師たる俺は結構嫌われ者の資質があるわけだ。子供の頃も召喚師の修行してるってだけで何度も苛められたからな。修行とかもこっそりやっていたのだが、バレた瞬間親に泣かれた。


 それ程までに嫌われているはずの召喚師でも――


「お、レクターさん、久しいな。魚見てくか」「勇者様。焼きたてのバレムがあるよ」「おいそろそろ新しい鎧見ていけよレクター」


 ――こんな様子だったりする。


 魔王討伐してからこの街に来た俺だが、この街の人間は俺が召喚師だという事を知らない。魔王討伐の報酬を受け取らないでひっそり暮らそうとしてた俺を、アルメリア教団ってとこのやつらが誘拐し、魔王討伐の報酬を半ば無理矢理渡してきたのだ。


 教団から帰ると、街のやつら全員に俺が勇者だとバレていた。さよなら俺の平穏。というわけで今に至る。


「今回は買うものが決まってんだ」「焼きたてか……。いや、どうせ家へ運ぶまでに冷めるだろうから、保存が利くやつで」「鎧とかいらねえ」


 逐一そんな対応をして、物販に忙しい商人達を通り抜けていく。この街、ダーカルは結構栄えた街で、大陸内で七番目に大きな人里と言える。百はあると言われている人里の中の七位だ。自治街(民主主義を掲げて代表を立てない人里)の中では一位になるくらい人が多い。


 こう説明すると立派な場所に住んでいると思われがちだが、如何せん立派とは言いがたい悪条件がある。


 そのうちのひとつが、


「なぁ店長さんよ、ちゃんと税金払ってもらわないと、この街の平和を守りきれなくなっちゃうでしょ? 義務だよ義務、解ってる?」


「しかし、いきなり納税額が増えたと言われても困る! そんなすぐには用意出来ん!」


 あれだ。


 鎧(といっても安そうな鎧だが)を身に纏った兵士三人組が、サンドイッチ屋の前で啖呵を切っていた。


 兵士、と言うと語弊があるだろうか。あの三人組はこの街の自警団の連中なわけだが、代表が居ない分、街を守るために戦う彼らが権力を得て、ああなった。


「増えたっつってもそんな大した税率じゃないんだから、ちょっと食費抑えれば払えんだろ? こちとら抱えてる兵の数を増やしたから、払ってもらえないと困るんだよ」


「そもそも兵を増やす必要なんかあったのか!? 今は魔王も居らんし、この街の近くにも危険な獣は住んどらんだろ!」


「街を守るってのがどういう事なのか知らねぇやつがつべこべ言うんじゃねぇよ! 何様だてめぇ!」


 一触即発。立ち聞きした限りではどちらが悪いとも一概には言えない状態だが、黙って見過ごして良い空気では無さそうだ。


 ……仕方ない。


「なにやってんだ」


 自警団員と店長の間に割って入ると、自警団員は舌打ちし、店長は安堵の息を漏らした。


「レクターさん、来てくれたんすか!」


「助けるためじゃないけどな」


 偶然というかなんというか。ほら、わがまま娘がサンドイッチを欲しがってたから。


「元勇者様に見苦しい所を見せちまって心苦しいんですが、無関係の人は下がっててもらえますか」


 と、自警団員の一人。なにそれ、敬語なの? なめてるの? どっちなの?


「関係の有無なんて、それこそ関係無いだろ。揉めてるんだろ? 具体的にはどうしたんだよ」


 聞くと、二人が同時に説明し始めようとしたもんだから慌てて落ち着かせた。二人同時に話を聞くなんて、俺には出来ない。


 話を纏めるとこうだ。自警団の連中は兵の増強をしたのだが、今の税率ではそれら全ての食費を賄いきれないため、増税を余儀なくされた。しかしサンドイッチ屋の店長はつい先日材料の入荷をしたばかりで、増税分の金をすぐに支払う事は出来ないという。

 納税を先送りにする、という選択肢も提案したが、自警団曰く、それをやってしまうと他の納税者に示しがつかなくなるとのこと。確かに、納税の先送りが出来るのだと知ったら、納税者の何人かは納税に対する危機感が薄れ、なし崩しで問題に発展する事になりかねない。


「無いものは無いと言っているんすけどね」


 呆れた様子で嘆息する店長。


「大した額じゃねぇんだから、払えなくは無ぇはずなんだがねぇ」


 負けじと啖呵を切る自警団員。どうしたのお前、自警団員なのにやさぐれちゃったの?


「ちなみにいくらだ?」


「三千ディーラっす」


「……微妙……」


 ここのサンドイッチ三十人前だ。確かに大した額では無いかもしれないが、一人の食費分で考えると、単純計算で十日分に当たる。まぁ、毎日サンドイッチだけを食べてたら、の話なのだが。


「ちなみに店長の所持金は?」


「二千二百ディーラっす」


「絶妙だな……」


 サンドイッチが八個売れれば払えるわけだ。


 それくらい見逃してやれと思わなくも無いが、自警団にも彼らなりのルールがある。そしてこの街は彼らによって機能しているわけだから、彼らのルールがこの街のルールといえよう。


「じゃぁ店長、サンドイッチ十個、俺が買う」


「え!? いいんすか!?」


「ついでだついで。自分達が今日食う分は自分達で稼げ」


「ありがとうございます!」


 大げさに感謝されてしまったが、実際は本当にただのついでだ。ウノもリグナも一人前じゃ足りないだろうし、これから会いに行くやつへの土産にも調度良いだろう。


 そういうわけで手土産も確保した俺は、早々にその場から離れた。その時に後ろから舌打ちが聞えたのだが、意識していなかったため、誰の舌打ちかまでは解らなかった。




 と、このように、自治体だからこその諍いというのがある。大陸最大の自治街だからこそ、そういう諍いの数も指折り上位だ。見たとおり自警団が仕切っているのだが、彼らへの不満は住民の中で溜まる一方。どうして俺がその愚痴とケアをしなければならないのかという話だ。

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