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そして俺は堕落しました

 魔王討伐から二つ程季節が過ぎた現在、魔王の脅威は今のところ無が、それはあくまで今のところは、の話。そのうちまた、どっかの種族が魔王城を占領して、次の魔王となる事だろう。だとはいえ少なくとも今は平和なのだから、それに甘えるのは良い事だと思う。


 そういうわけで俺は、魔王討伐の報酬で人里離れた森建てたマイハウスにてくつろいでいた。


「レクター。帰った」


 玄関のほうから、淡白な喋り方をする若い声が聞こえた。見ると、長い金髪が目に入った。見えたんじゃなくて直接目に入ったんだ。


「……近い」


 せっかく帰ったとか言ったのに、その後がよろしく無い。音も無くしかも光速で忍び寄るとか反則の領域。


「人間の形。慣れてない」


 何の気なしに言いながら俺から離れたそいつは、布キレ一枚を巻いただけの服装と、そこからはみ出した白い手足を大げさに振りながら土を掃った。


「またまたご謙遜を。というか、掃除が面倒だから中で掃うのやめろっていうも言ってるよな」


 子供に説教をする親の気分だ。といっても、こいつも見た目だけは幼女だからな。気分倍増。しかし実年齢は俺の数倍。


 しかしそういえば、


「おいリグナ。お前、どこに行ってたんだ? 街じゃないのか?」


 人里に行ったとしたら、何かと購入品等が入った袋を持っているはずだ。しかしリグナは手ぶらだった。


「違う」


 確かに、出かける時はどこに行くかを聞いてなかったが。


「散歩か?」


 問うと、リグナは首を横に振った。


「レクターが行かないから。変わりに行った。狩り」


 青い瞳を細めさせて、妖艶に微笑むリグナ。舌なめずりするその様は、獲物を見つけた肉食獣のようだった。


「狩りって……なんで」


 聞くと、リグナは不機嫌そうに眉を寄せ、当たり前のように答える。


「晩餐用……?」


「夕飯だったら、街で買ったものがあるだろう。肉だってたんまりあるし」


 確かあと三日分は残ってたはずだ。


「それは……」


 露骨に顔を逸らすリグナ。不振に思って首を折り、保管庫のあるほうを見た。ここからでは中は見えない。が、大体予想は出来る。


「つまみ食いしたのか……」


「違う。コレは高潔なる神族の末裔。そんな意地汚い事、しない」


「目が泳いでるぞ」


「つまみ食いじゃなくて盗み食い」


 意地汚さが増してるぞ。


「食うなら食うって言えって、いつも言ってるだろ。物覚えの悪い神族だな」


 嫌味を込めて言うと、リグナはその場にへ垂れ込む。


「この姿は消費が激しい……。腹が減って」


「それは解ってるから、食う時は俺に言えって言ってるんだ。無闇に狩りなんてするな」


「狩りなんてするな……。魔王討伐した人間からは想像も出来ない言葉」


「茶化すな」


 リグナの頭を引っ叩くと、彼女は小首を折って、俺の隣に座った。床にダイレクトだ。そろそろ椅子も買ってみるか。いや、要らないな。無駄なものが増えるのは嫌いだ。


「で、何を狩ってきたんだ?」


「人間」


「晩餐用って言ってたよな、さっき……」


 恐ろしい場面を想像してしまった。神族だけに、生贄的な意味で。


「猪」


 そりゃ冗談だろうよ解ってたさ。


「外に置いてきたのか?」


「そう」


「他の獣に取られるぞ」


「もう骨だけ」


「あっそ」


 沈黙。しかし拾い食いならぬ狩り食いをする神族ってなんなんだよ。こいつらに神って名付けて大丈夫なのか人間。


「……で、俺の飯は?」


「……あ」


「あ、じゃねえよ……」


 保管庫にあるのをつまみ食いしておいて俺の分は狩って来ないとかこいつ自由過ぎる……。


「ったく」


 仕方ないから立ち上がると、隣で座っていたリグナも俺に続いた。


「狩り?」


「楽しそうに言うな。街に行くんだよ」


「街に狩り?」


「晩餐用……」


 また嫌な想像をしてしまった。街に狩りとか、俺は魔族か。


「狩りじゃなくて買いに行くんだ。ウノも連れていくつもりだが、お前も来るか?」


「コレは、サンドイッチを求めてる」


「はいはい」


 魔王討伐で貰った報酬は、一生働かずに暮らせそうなくらいは貰った。しかし俺の場合同居者が居るうえ。この家を建てたため。少なくとも遊んで暮らす余裕までは無い。

パタパタと素足で俺の後に続くリグナ。これも同居者の一人。ちなみに人間じゃない。


「街に行くんだから、姿変えろ」


 言うと、リグナはムスっと唇を結んだ。ムスだけに。上手くないな。


「どれに?」


 リグナは首を傾げる。


「一番小さいのに」


「窮屈。嫌」


「だめだ。じゃあ連れて行かない」


 ちょっときつく言い過ぎたのか、リグナは俯いた。その気持ちは解らんでも無い。


 リグナ自身はメタモルフォーゼ(擬態や体系変化)を使えない。しかし、そこで俺の能力がちょちょいのちょい、で、擬態出来るようにした。


 擬態にも様々あるが、リグナの場合は――


 しゅるる、と、リグナが纏っていた布が床に落ちた。


 大人の頭よりは少し大きめの白猫へと姿を変える。ちなみに人間に擬態した時は幼女なのに、なんで猫になると明らかに大人なの? ってくらいしっかり成長している。だが、いつ見てもこの変身シーンはよろしくない。なにがよくないかって、弾幕とかがあるべきだと俺は思う。


 幼女が急速に小さくなりつつも、猫耳が生えて尻尾が生えて、少しずつ骨格が変わって、という流れの途中、半分人間半分猫の姿になってる時があるのだが、これが保護欲を呼び覚まして離してくれないんだ。育てたくなる。もう育ててるけど。


「よし、少しの間我慢しろな」


 そう言いながら顎下を撫でてやると、気に入らなかったのか拗ねているのか、猫バージョンのリグナはプイっとそっぽを向いてしまった。


 この家には四つの部屋がある。ひとつはこのリビング。もうひとつは俺の寝室。もうひとつは倉庫で、もうひとつはリグナ達の寝床だ。


「おいウノ。街に行くが、お前も来れそうなら来るか?」


 リグナ達の寝室の扉を開けると、中には三つのベットが並んでいる。その真ん中のベットのさらに真ん中に居るフクロウへと声をかけた。緑色の模様が施された、灰色主体の美しきフクロウ。


 するとそのフクロウはゆっくりと翼を拡げ、


「むむむー、御主人の誘いとあらば無碍に出来ないけどなー。飛べるかなー。まだムリそうだなー。もしかしたら一生飛べないかもしれないくらいの深手を負ってたからなー、うちは」


 花々しいその見た目と、悪戯っぽさが滲み出る乙女ちっくな声との相性は相変わらず尋常じゃない。そのフクロウを俺はウノと呼んでいる。こいつは俺の使役獣で、ふた季節前の魔王討伐戦の時も一緒に戦ってくれたやつだ。こいつが言う深手、というのは、その時の魔王にやられたものの事。だからその戦いを強いた張本人である俺は、そのネタを持ち出されると弱い。


「……じゃあ、俺の肩に乗るか?」


「ご主人のおおせのままにっ!」


 ウノは翼をはばたかせ、俺の肩まで飛んで、しっかりと着地した。おい、今こいつ普通に飛んだぞ。


「やっぱここが一番落ち着くー」


 しかし今更振り落とすのも気が引ける。完全に寛いでるし、他でも無い使役獣ちゃんのためだ、尽くそう。ちなみにこいつがもう一人の同居人。同居獣?


 ふと、足元にもう一人の同居人たるリグナが擦り寄ってきた。というか爪で引っかかれた。


「……狩り、疲れた。コレも、乗せて」


 さっきまでピンピンしてたくせに、調子の良い事を……。


 とりあえずリグナは放っておいた。こいつは甘やかしすぎるとダメなんだ。気をつけないとな。


 そして、


「おい、トリノ。お前はどうする」


 もううひとつのベットへと声をかける。しかしシーツにくるまって姿も見せてくれないトリノは、当然のように返事もしない。


 その反応を見て、ウノが言った。


「無駄無駄。ご主人の声どころかうちの声にも反応しないしそいつ」


 なんだ、それだと俺の立場がお前より下だ、みたいに聞こえるんだが。


 そんなことより、来ないなら来ないで構わない。夕飯を買いに行くだけなのだから、そもそもこんな大所帯にならなくてもいいのだ。


「じゃあ、夕飯まで待っててくれ」


 そして、俺とそのご一行は、マイハウスを後にした。そういえば、リグナが一緒に行くなら、もうひとつついでの用事も済ませておこう。

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