読み手不在の冒険譚(エピローグ)
世界征服を考える、というのは、どれほど気の遠くなる事なのだろう。ダーカルでの事件の後、使役獣によってなんとか脱出出来た俺達は、皆が皆重傷を負いながらも住処など無いため、色々な所をさ迷っていた。そしたら先述した通りのほの暗い疑問が生まれてきた。
そしてそれこそ魔王の専売特許のような気もしたので、本人、というか、魔王経験者に聞いてみる事にした。
「阿呆か。そんな下らない妄想をする余裕など皆無だった」
狼姿のトリノは答える。旅立ちから一週間が経ち、少しだけ野宿に対する感覚も戻ってきた頃だ。といっても、俺ってば結構重傷だったからな。リグナが狩ってくる獣肉をとりあえず焼いて食うだけの生活をしているため、正直体力は付いてない。そのせいで気だるいからだろうか。トリノの小言がやけに新鮮に感じる。
「言っただろう。我々は、人間に指名され、魔王にならねば異端として、すぐさま殲滅すると言われた、と」
そうだ。あの魔王討伐戦の時に聞いた事だ。魔王にならなければ無条件で滅ぼされるが、魔王になれば、自分が負けなければ滅ぶ事は無い。ならば、抗う他に無かったと。
それでも、
「この言葉は半信半疑、頭の隅に入れておく程度にしておけよ。貴様に言った通り、貴様は貴様の感覚のみを信じろ。虚言に惑わされているという可能性もあるのだからな」
客観的過ぎるトリノの意見は、参考的過ぎて参考になりそうにない。いわゆる難し過ぎます先生、というやつだ。なんだこの無駄な例え。
曰く、人間は、内の平和を守るために、内乱等を起こさせないために、外部に敵を設けているのだという。真偽は不明で実証は無いが、歴史を見てみるとなんとなく、そんな気もしないでも無い。魔王討伐から次の魔王出現までの期間が、妙に定期的だったようにも思うのだ。
「そもそも貴様に、世界を統べる甲斐性などがあるのか。最後の最後で、魔王に留めを刺す事すら出来なかった貴様に」
もっともな指摘に、押し黙る他なくなる。あと一突きで殺せた魔王に留めを刺す。そのためだけに、いったいどれほどのものを犠牲にしてきた事だろう。
俺のこの不甲斐なさは、それらの全てを水泡に帰し、あまつさえその水すらも蒸発させてしまった。犠牲の全ての意味を、価値を、無かったものにしてしまった。大罪人という他あるまい。アルメリア教団に出頭したら即座に処刑されて、さらに一族が末裔まで呪われるだことだろう。まあ、俺にはもう一族とか無いが。
「これしきの批判に耐えられぬなら、そもそも奇怪な質問などするな」
機嫌を損ねたらしいトリノはそっぽを向いて、そのまま聞く耳なんて持たないぜ、みたいな態度を取る。もう、これ以上は何を言っても無意味だろう。
「ああ、そうだな」
だから俺は頷いた。
そして、トリノが聞く耳を持たないからこそ言える言葉を紡ぐ。
「これで、割り切れそうだ。ありがとう」
今まで、どこか、俺は正しいのだと信じていた。俺の行動を世界のせいにしてみたり、歴史をとことん調べて屁理屈捏ねて、悪者をアルメリア教団とか国とか人間のお偉いさん方のほうだと仕立て上げて、心の中で自分の立場を守ろうとしていた。でも、ダーカルの一件で吹っ切れた。これで断言出来る。悪いのは俺なのだと。
召喚師ってだけで俺を追い出した村。それは、俺が警告を無視して修行を続けたからだ。
俺を泊めてくれなかった宿。召喚師は人間が忌み嫌う邪族を引き連れているのだから当然だ。
全て俺のせいだ。元を辿れば俺が悪い。となれば、誰かが間違えなければならないような回答は、俺が引き受けよう。元より間違いを犯している人間なのだから、今更恐れる事もあるまい。それに、召喚師が嫌われているからと言って召喚師という立場を捨てる気は毛頭無いのだ。
「ごッしゅじいいいいん!」
突如降り注いだ奇声とフクロウ。受け止める事が出来ずに顔面にそれを食らうと、体重と仰け反った自重に耐えかねて、そのまま後方に倒れた。
「……ウノ……。何を、やっているんだ……?」
傷が……傷が、開いた……。
「むむむー。もう飛んでも大丈夫かな、大丈夫だよね。そう自分を信じてみたら本当に飛べたけど、急に傷が開いちゃって、落ちちゃった。てへっ」
「何割がわざとだ……?」
「わざとだなんてそんな言い方は酷いなー。一割くらいは本気で飛べると思ってたよ」
「つまり九割はわざとなんだな……?」
「まっさかー。十割がわざとだよっ。本当は、と、べ、て、た」
「お、まえ……」
がくっと項垂れて、説教する気力も沸いて来なかった。無茶すんな馬鹿、と言ってやれない俺は、どれだけこいつに甘いのか。
「レクター」
俺がウノを顔の上からどかして立ち上がると、リグナが俺を呼ぶ声がした。今は野宿の準備中だったのだが、そういえば、リグナの姿がさっきからどこにも無い。どこから声がするのだろう、と辺りを伺うと――巨大な骨がそこにあった。
「…………」
これを見て絶句しない者が居るのだろうか。いつだかの猪の骨よりは幾分か小さいとはいえ生々しい骨が眼前にあるのだから、そりゃ驚くし恐怖も覚える。骨の後ろから、幼女姿のリグナが現れた。まあ、予想はしていた。
「これ、持ってく」
「どこにだ」
「旅」
「だめだ」
荷物になる、なんてレベルじゃない。粉末にしたところで虫が集りそうなほど、まだ、グロテスクな血や肉の欠片がこびり付いていた。それに、用途に無駄が多すぎる。
「そもそも」俺はひとつ、深く嘆息した。「どこからそんなものを持ってきたんだ。お前、十分前まで近くに居ただろう」
「そこで狩ってきた」
「骨を?」
「生きてる状態」
「……瞬殺……」
しかも食べる時間を考慮すると、ものの数分で退治され、捕食されたという事になる。俺が見ていないところでのリグナの野生さは尋常じゃない。
「だが、わざわざ狩り食いなんてしなくても、まだまだ食料はあるし、そろそろ人里に着く。明日になれば補充も出来るんだから、狩りなんてしなくても平気だろ」
というか、節約すれば生きていける程度の金はあるからな。しかし、リグナの観点は俺らの常識では測れないものだ。
「退屈だった」
「とりあえず、そんな理由で狩られた猪に謝罪しろ?」
暇だから狩る。まさに悪魔の発想。
「猪じゃない。狼」
リグナは淡白にそう言った。
「変わらないからな。種族が違うから許されるとか、無いからな」
しかも狼でかいな。もしかしたら邪狼とかじゃないのか。獣じゃなくて邪族を狩って食ったとなれば、それこそ大問題だぞ。倫理的に。
「大丈夫。あまり美味しくなかった」
「何も大丈夫じゃない。何ひとつ大丈夫じゃない」
無意味に殺されて無意味に侮辱された狼さんに、とりあえず敬礼。この狼がトリノじゃなくて本当に良かった。リグナのやつ、いつか間違えて召喚師の使役獣を狩ってきそうだな。……ウノとか本当に大丈夫だろうか。どっちかを隔離しておいたほうが良いのではなかろうか。
ふと、トリノが鼻で笑った。
「使役獣に振り回される召喚師。良い様だ」
それは嘲笑だった。貴重なトリノの笑顔っ、とかって喜んで振り向いたら、そこあったのは狼の無表情でした。うわ、俺ほんとなんなんだ。
「おいトリノ! ご主人を馬鹿にするなよ!」
パタパタと飛び立ちながら出されたウノの助け船。
「先ほど足蹴にしていた者がよく言う」
「はうあ!」
即座に沈没。いや、墜落? どうでもよくはないがウノは、本当にもう飛んでも平気なようだった。トリノの言葉で落ちたけど。
「レクター」
再びリグナに呼ばれて振り向くと、さっきの骨が無くなっていた。ちゃんと片付けをしたのなら偉いが――
「これで持っていっても大丈夫」
――粉末状になっただけだった。
「大丈夫じゃない、何ひとつとして問題しかない」
混乱したせいで文法がおかしくなってしまった。それもしょうがないと思う。
リグナは残念そうに頬を膨らませた。
「諦める代わりに、次の場所で骨を買って」
「どれだけ骨が好きなんだ? この間の猪の一件で骨が好きになったのか? だとしたら諦めろ。骨なんてどこにも売っていない」
ダシとかにすればなんとかいけるかもしれないし、確かに栄養もあるのだが……だからどうした、という話なわけで。
「ならコレが売る」
「そもそも持ち歩くな」
売る程かき集める気か。絶対に売れないからな、それ。
「ご主人!」
今度はウノが俺を呼ぶ。
「こいつ、うちの事を鳥頭って馬鹿にした!」
びし、とトリノを指差すウノ。まあ、実際に今は鳥なわけだし。
「落ち着けウノ。お前は少し――頭が悪いだけだ」
「ご主人!?」
俺なら援護してくれると思っていたのだろう。ウノはがくっと地面に倒れて、泣きべそをかくフリをした。
「ご主人にまで、馬鹿にされた……」
「なんかその反応だと、俺も馬鹿みたいに聞こえるんだが?」
一応、俺も知識はあるほうだぞ? むしろそのために、知識のために色々なものを犠牲にしてきたとも言える。
「馬鹿が馬鹿を馬鹿にするとはな」
トリノの嘆息。
「俺は馬鹿ではないと思うんだが」
「うちも馬鹿じゃないよ!」
「「いや、それはない」」
「ハモった!?」
正直俺も驚いた。まさか、トリノと意気投合する時がくるとは思っていなかったのだ。しかし、
「貴様と思考が同じだったなど……吐き気がする」
解りやすく嫌われてるみたいだな、俺。
「レクター」
再三のリグナの呼び声。
「なんだ」
振り向くと、手に持っていた骨の粉もしっかり捨てたリグナは、
「腹減った」
そう言った。
「さっきどでかいの食べてたよな……」
超ド級の晩餐を一人で済ませたはずだ。無限大の胃を持っているわけではないこいつには、食べられる量にも限界がある。……はずだよな?
だが、まあ、仕方ない。腹が減ったというのなら、甘やかしてやろう。それくらいの働きは、これからもしてもらう事になってしまうだろうしな。
だから俺は、食事の準備を始めた。といっても、外だから焼くくらいの調理しか出来ないが。
今か今かと、人間の姿になって待っているウノ。
じーっと、俺が調理する手を見つめ続けるリグナ。
なんでもないかのようにしながらも、時折腹の虫を鳴かせているトリノ。
俺達は今や、アルメリア教団が公式に認めた賞金首だ。まぁ、街ひとつ落としたのだから当然だろう。だが、何故だろう。なんとなくだが、なんとかなる気がした。なんつったって街ひとつ落としちまうようなメンバーだからな。なんかそう考えると無敵な気がしてきた。気がするだけだろうが。
そういうわけで、こんなくだらない現状報告でもってこの冒険譚を締めくくろうと思う。
元勇者。非戦闘種族。悪魔。元魔王。
これが、今の俺の、間違いだらけの最強パーティーだ。
え? ここで終わり? と思う方も居るかもしれませんが、その通りです。これで終わりです。その終わりまで見届けてくださった皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとう。
さて、間違いだらけの最強パーティーはいかがでしたか? お楽しみいただけたでしょうか。とはいえこのあとがきを読んでいる人に「楽しくなんて無かったよ!」と言われたらショックで立ち直れなくなりそうです。なんなら「二話目で切ったww」と言ってくれたほうがよっぽど楽です。
さて、そんな悪ふざけも程ほどにしまして、作品紹介、というより説明を。
いわずもがない世界ファンタジーです。主人公が既に魔王を討伐した勇者である、という点と、魔王や人間の天敵が味方、という設定は、僕の中では斬新なつもりですが、まぁ斬新かどうかはさておき、この作品のテーマは実は「歴史」です。
奴隷解放というのはこの現実世界でも行われた事ですね。奴隷だった黒人が人間宣言をする、というのが実際の歴史ですが、その際立ち上がったのは一人の黒人でした。奴隷として働かされていたほうの人間が、最初に動き出したのです。勿論、最初のうちは疎ましく扱われていたようです。なに馬鹿なことを言っているんだ、というように見られていたそうです。奴隷にされていた黒人達すらも、彼の言い分を認めなかったそうです。なにせ、黒人からすれば白人は加害者で、悪なのですから。黒人と白人は相容れないと、そう跳ね返されていたとか。
しかし彼は言いました。「改革に必要なものは、他のなんでもなくただ『許す』ことだ」と。すなわち、白人達は自分達と肌の色が違う人種の存在を許し、黒人達は今まで受けてきた被害を許して水に流すことだ、と。
その言葉が、被害を受けていた黒人達を変え、いつのまにか加害していた白人達の意識も変えて、奴隷解放が成されたとか。うろ覚えなので色々と違っているかもしれませんが、こんな感じのが、現実世界での史実です。
この物語では、完全なる開放はなされませんでした。なにせ主人公が孤独ですからね。作中でトリノとバルドも言っていた通り、「人間など、単体では何も出来ん」「出来るさ、ただ、一人で出来ることは少ないだけだ」これに尽きます。レオン一人で改正できない。だから、レオンが悪役を演じて闇に落ちることで、奴隷達に「選択の権利」を与えた。それだけのことのために、レオンはあそこまでしでかしたのです。というと、少しはかっこよく見えますかね(笑)
ちなみに、レオンが作中で言っていた「許すさ」というのも、その開放宣言から捻っております。パロディーです。言っちゃえばパクりです。でも、ほら、かっこよかった、よね?
とまぁかなり長々しくてしかも辛気臭いあとがきでしたが、この「間違いだらけの最強パーティー」を閲覧くださいましてまことにありがとうございます。願わくば僕の他作品でもお会いできたらと夢見つつ、締めとさせていただきます。
ではっ!




