悪戯な運命
悪魔っ子たるリグナとの出会いとは、簡単に言ってしまえば、殲滅戦に参加したくなくて召集から逃げてた俺の家に、腹を空かせたあいつが忍び込んでいたというものでしたー。伝説との邂逅としてどうなのそれ、とは自分でも思う。しかしウノとの契約のきっかけも食料問題だったからな。季節問わず、常に安定した食料が得られる種族は聖族の中でも一握りだから、他の種族からしたら死活問題になってしまうのだ。
しかも悪魔族はもう絶滅している。リグナ以外の固体は確認されていないし、リグナの存在を俺が公開していないから、当然、世間的に見たら存在しえない種族という事になってる。
そんな種族に文明とかがあるか、と聞かれたら、当然あるはずが無い。文明の力等に一切頼らず生きてきたリグナは、野生児同然の、獣のような生活を送っていたようだ。
だが幸運だったのは、その知能がまだ退化していなかった事。
最初は餌付けして(というか、これ本当に悪魔族なのか? 悪魔族に似た新種とかじゃないのか? とかって思いながら、言葉も使わないリグナに餌をやってた)、少しずつ言葉を教えていった。飲み込みが早かったのが最大の救いだったといえよう。
あとは、僅かながら悪魔族が使っていたという言語も話せたようだからそれも救いだった。自慢だが、俺は悪魔族の言葉を使えるんだぞ。絶滅した現代では無意味だが。言葉を理解するようになってから、悪魔族の姿のままではいつ騒ぎになるか解らないと思い、契約を結び、擬態させた。そういう経緯だ。
今は猫の姿に戻っているリグナと、フクロウの姿になっているウノを肩に乗せて、家に向かっている最中だ。固体に宿る生命力はどの姿に擬態しても変わらないから、可能な限り小さい姿になっているほうが傷の回復が早い。かくいう俺も怪我をしているわけだが、俺のは掠り傷程度だから、問題は無い。
問題なのはウノとリグナだ。封印された状態で八十の軍勢と戦っていたリグナは勿論のことながら、そのリグナに俺の血を届けるため、飛んで火に入る夏の虫になったウノ。当然、怪我をしてしまった。さらに怪我をしたその状態でリグナを俺の元へ送り届けたというのだから、ウノ様々である。
「情けないな」
召喚師は、個人であっても軍師のような役割を担う。戦力たりえる使役獣をいかにして使うか、というのを、戦局を見誤る事なく使えるような、状況理解能力と冷静さが必要になるのだ。
その配慮が足りなかった。
リグナとウノが怪我をしたのは、完全に俺のせいだ。
「ご主人は悪くないよー。同調変換にはすっごい隙が生まれるから、あのタイミングじゃあ出来なかったし」
ウノは言う。冒険のおかげで、というべきか、冒険のせいで、というべきかは定かではないが、こいつも怪我に慣れてしまっているのだ。緊張感や危機感に欠けるかもしれないが、戦闘が終わった後ならむしろ、精神的に救われる。
「そう言ってくれると助かる」
今ここで自責を重ねたところで、ウノと口論になるだけだ。ウノに無駄な体力を使わせないためにも、大人しく礼を言っておく。しかし、のんびりしている暇は無い。家にはトリノも居るのだ。念のため、早く帰らなければならない。
先の戦闘のせいで、買った食糧は潰れてしまった。食べれなくはないから食べるし、ここに居るのはこと食べ物においては貪欲なやつばかりだから、文句を言われる事も無いだろう。
――話は変わるが、俺は、村から追放されるような形で旅に出た。最初から、望んで冒険家になったわけではないのだ。
俺の師、クリセイム・ゼフト・アルタールもまた冒険家だったのだが、彼のように冒険に出る気はさらさら無かった。しかし、まだ幼かった俺は自身の中に溢れる知的好奇心を抑えきれず、最も多くの知識を得られそうな事をしたい、と思い、召喚師になったのだ。
召喚師になれば他の種族とのコミュニケーションも取れるため、他の人間では取得しえない知識さえ身に付けられる。そう思ったから。
師弟になった者は、自分の名前と性の間に師の名を挟むという慣わしがある。師匠も自らの『ゼフト』の名を残したかったらしく、俺に召喚師としての技術やらなにやらを教えてくれた。
それがバレて村の他の子供達からいじめられて、親にも伝わって泣かれて、召喚師なんてやめなさい、とかって何度も言われた。しかし得意の反抗期でそれを乗り切ろうとしたら勘当された。教会の神父にさえ見放された俺はいざ逝かん村の外、ってなもんで、師匠と共に旅へ。そしたら師匠ってば適当な人間の度が過ぎて、使役獣に契約破棄されて、挙句殺された。あれは怖かった。
とりあえず、師匠が死んだせいで路頭(というか森)に迷いそうになった俺を少しの間世話してくれたのがなんと……その師匠を殺した元使役獣様でした。いつ食われるのかな、って、超ビビッてた。
その元使役獣は天狗族だったのだが、邪族の中でも最も聖族に近い存在と言われていたからか、結構独特なプライドがあったらしい。一緒に過ごしていくうちに、邪族も悪者ばかりじゃないんだな、と知った。
そして天狗と別れ、一人でなんとか冒険が出来る程度になった頃にウノと出会い、冒険も本格化して、ついには魔王まで倒してしまった、というわけだ。
自分で言うのもなんだが、俺の人生はかなり波乱万丈である。
こんな波乱万丈な人生を淡々と生きてきた俺は、どちらかと言えば気が長いほうだと思う。魔王討伐の時のパーティーにはよく『お前、怒らないよな』って言われた。世辞かもしれないが。
怒る時は怒るのだが、怒り慣れていないせいか、迫力が無いだけだろう、と、俺は思う。
でも、だけど、それでもだ。
家が無くなってた。
これは怒ってもいいと思うんだ。むしろ怒らないといけないと思うんだ。
しかも無くなる、というより潰れている、というような有様で、より正確に言えば捩れている、というような状況でして、その家の前でくつろいでいるトリノはともかく、捩れてるって何。家が捩れるってなんなの?
「……リグナさん……? これはいったい、なんですか?」
これはもう確実にリグナさんのアルマードレイトの力ですよねー。普通にこんな大きなものがこんなふうに捩れるとかありえませんからねー。
「…………壁が無くても、家は家」
「天井まで無くなってたら廃屋って言うんだぞ。もしくは巣だ」
少なくとも文明ある種族の住処ではない。家の前で野宿とか、なんだそれ。勘当された日の夜を思い出すわ。
「俺が言いたいのは、どうしてこんな状況になったのか、っていう話だ。この瓦礫の山がなんだったのか、っていう話じゃない」
詳しく説明を求めるとしかし、返答はとても短かった。
「急いでたから」
ふむ、つまり、早く俺を助けに来るために、家とか構わず巻き添えにしてアルマードレイトをフルで使った、って所か?
おいおいおいおいそれこそなんだよふざけんなよこれじゃ怒れないだろ。
「解った。許す」
「あー、許すんだ」
ウノが苦笑していた。どうせ、どれくらいの事しでかしたら俺が怒るのか、みたいな事でも気になっていたのだろう。この話はここでおしまいだ。
「トリノ。すまないなこんな状況で。流石に今日は狩りにもいけないだろ? だったら、一緒に食おう」
くつろいでいるトリノに歩み寄って、潰れてしまった布袋を掲げる。
すると僅かに顔を上げたトリノは、
「なんだ。しっかりと持って来れたのか。てっきり、襲われた拍子に無惨な形になってしまっているだろうと思っていたのだが」
ゆったりとした口調でそう言った。
日はもうとっくに沈んでいる。こうして見るとやはり、狼姿のトリノは闇夜が似合う。
「無惨な形にはなってるが、食べれなくはない」
苦笑しながらそう答えると、トリノはすくっと立ち上がる。そして、背中に隠れていたものを見せてきた。肉と何かの石だ。
「これは……火打石だな」
火を熾すための道具だ。今はもっと便利な発火用具もあるのだが、生憎それらは瓦礫の下。探そうにも明日の朝にならなければ無理だ。
「狩りにも行ってきた。悪魔族の娘が敵を殲滅してから、貴様らの帰りが遅かったからな。この数なら事足りるだろう」
「…………」
どういう風の吹き回しだろうか、と、思わず警戒してしまった。まさか、トリノってばこのタイミングで心を開いてくれたとか? だとしたら超うれしいんだが。
「先日の朝食の礼だ。あの分は働く、と言っていただろう」
狼の姿では武装した人間とは戦えないが、獣なら狩れる。そういう事だ。
思わず、頬が緩んでしまった。
「ああ。ありがとう。トリノ」
礼、というだけでも、充分嬉しかった。
どうでもいい相手には借りを作りたくないんだ、と、トリノは思ってるかもしれない。でも、それが解っていても、トリノが狩ってきたものだ、というだけで、その生肉がやけに旨そうに見えた。なんなら生のままでも……は、ムリだな。とりあえず、すぐに食べたかった。
食事の準備は、いつもより手間取った。
まずはテーブルになりそうなものを探した。ハンカチや紙も無い、皿も無いという状況で地べたにそのまま置く、というのは、流石の冒険家でも抵抗がある。冒険家だから野性的みたいな印象が巷にはあるようだが、あれは酷い偏見だ。冒険家でも超えてはならない一線は弁えてる。領土とかは弁えないけど。
適当な木の板を引っ張り出して、軽く洗い、使えるようにした。次に火を熾さなければならない。しかしこれはもう手馴れたものだ。発火道具が無い、なんて、旅路には付き物だったからな。天狗とか超早かった。極めればそこらへんの発火道具よりも早く発火出来ると思う。
肉の解体も、事前にトリノがやってくれていた。あとは食べやすいように切れたら良いのだが、そんな事のためにこの脇差を使いたくない。これでも魔王討伐を共に過ごした愛刀なのだ。仕方ないからかなり大きめのサイズの丸焼きで我慢する事に。
後は簡単だ。いつも通りにすれば完成。
バルムと肉の丸焼きセットだ。なんて体に悪そうな……。
「ご主人。野菜は?」
やはりウノにつっこまれたか。食の亡者め。ちなみにリグナは食の王者な。
「日持ちさせたかったから芋とかを優先して買ったんだが、茹でたりしないと使えないものばかりになっちまった。焼いても食べれない事は無いが、そうするにも何かで包んだりしないと焦げちまう」
しかもそれは野菜とは言えないな。バルムは栄養価も高いから、それで納得してくれないだろうか。栄養価といえば、リグナが保管庫に入れていた骨はどうなったのだろうか。潰れたかな。最初から殆ど粉々だったが。
ともかくとして、準備は終了だ。
「じゃあ、文句があるやつは食うな」
言って、俺はさっさと食事を始める。さっさと始めてさっさと終わらせるつもりは無い。しかし、より長い間、この食事を味わいたかった。
ウノとリグナ。トリノも、食事を始める。ウノとリグナは食事のしやすさ優先で人間の形に戻っているが、やはりトリノは狼の姿のままだった。
静かに時間が流れていく。
ゆっくりと、その食事は終わりに近付く。
かつて、この思いを様々な場所でしてきた。
他種族に好意的なエンジェリア族と意気投合したのに、そこから離れないといけなくなった時。世話をしてくれていた天狗が、世話をするのは今日で最後だ、と言った時。使役獣との契約を破棄した時。魔王討伐に向け、最後の休憩できる場所から離れた時。
本当に、様々な所で味わってきた感覚。まだ、慣れる事が出来ない感覚。
――ここでの晩餐は、これで最後だ。
そう実感してしまった時のこの感覚だけは、やっぱりまだ、苦手だ。
「皆。話がある」
食後、明りにしていた火も消してから、俺は言った。家が無い現状、当然部屋割りなどは存在しない。必然的に一同に会する場面になっている。
「うな?」「なに」「…………」
各々の返答を見せると(トリノは無言だが)視線が俺に集まった。
あー、嫌だな、とこの後に及んで、それを口にするのが怖くなった。
「あー、その、なんだ」
喉に砂でもねじ込まれたんじゃないかと思うような異物感があるせいで、声は掠れていた。
頭を掻いて俯く。頭を掻いていた手が首まで下りてくる。そんなどうでもいいことに意識がいってしまうせいで、意思まで揺らぎかけた。
でも、逃げるだのなんだの、という問題ではない。これは、言わなければならない事だ。
「……明日、ここを離れて、旅に出る」
その言葉に続いたのは沈黙だった。重いのかも軽いのかも解らないのは、ウノもリグナもトリノも、それぞれが違う事を考えているからだと思う。
沈黙に重さなんて無い。重いのは心境だ。心が重くなるから、こういう沈黙を重く感じるんだ。
でも、ならどうして、俺はこの沈黙を重く感じないのか。
「妥当だろうな」
意外な事に、その沈黙を破ったのはトリノだった。罵倒でもされるかと思っていたのだが、
「こうも頻繁に奇襲を受けていては夜も眠れん。私は構わん」
利害の一致。成る程、トリノらしい。
「これも、住処は気にしない」
流石は元野生児リグナ様。その寛容さは悪魔族所以ですか? 悪事が当然たる状況に身を置いていたら悪事が当たり前過ぎて逆にどうでもよくなるとかっていうあの心境ですか? ……考えてみたらリグナは他の悪魔族とは一緒に過ごしてないんだから、影響もなにも無かった。
そして、ウノは、
「ご主人のおおせのままに」
いつも通りの笑顔で、しかしいつものような元気さが欠けた口調で、そう言った。
「すまない」
俺が頭を下げて、本当の意味で、最後の晩餐会は解散となった。
解散したはいいがなかなか寝付けなかったのは、多分色々な理由があってのことだろう。これから始まる冒険への不安とか、久々の野宿だからとか、本当に色々。
近くの小川に足だけ突っ込んで、真夜中の暗い空を見上げていた。何かを考えているわけではない。むしろ、何も考えたくなかった。そして、寝付けなかったのは俺だけではなかったらしい。
「これからどうするつもりだ」
後ろから声がして振り向くと、そこにはトリノが居た。狼の姿のまま川の前まで来て、俺の隣で、星を見上げる。
「どうもできないかもな。とにかく、お前達との契約を破らないように気を付けるつもりではいる」それでも、と、俺は続けた。「保証は出来ないかもな」
かもな、ではなく、出来ない、が正解だった。しかし、そこで断言できるほどの甲斐性までは、俺には無かったらしい。
「そうか」トリノは呟き、無関心そうに、嘲笑を浮かべた。「人間に迫害された人間の行く末か。なかなかどうして、面白そうじゃないか」
「やめてくれ。冗談にしては笑えない」
とはいえ、迫害される事にはもう慣れてしまっているのだが。なんだよこの慣れ。
「人間のために戦った事実が帳消しにされてしまうほどの迫害っぷり。相変わらず見事な掌だな。人間の上層部は」
面白くてたまらない。愉快だ。そう言いながらも、トリノは決して、嘲笑以外の笑みは作らない。それはきっと、彼女が本当の笑顔というものを忘れてしまったからだ。
「……そうだな」
そう答えるしかなかった。掌返しの早さと潔さは、見上げすぎて軽蔑さえ覚えてしまいそうだ。おいおい首が折れちまうよってくらい。しかし、そのきっかけを作ったのは俺自身である。ならば、俺に責任が無いというわけでもなければ、むしろ迫害は妥当だと言えよう。俺は、契約してはいけない者と契約を結んでいるのだから。
「貴様には悪魔族の娘が付いているのだから、大抵の事は心配無用だろうがな。それでも、私との契約は忘れるな」
念を押すように言われ、俺は嘆息した。
「解ってるさ」
どうだか、とトリノに言われ、同時に、自分でも思った。
トリノとの契約は、極めて抽象的なものだった。すなわち、客観的視点であり続けろ。
世界の現状を見極めろ。というのが、彼女との契約だ。
誰にも左右されるな。誰の言葉も信じず、自らの知識と見解だけで判断し、なおかつ何が正しく、何が間違えているかを見誤るな。それが出来るのならば、契約を。そういう内容だ。
現状ではそれは出来ていると思う。つまりあれだろ、風見鶏の物まねはするなって事だろ? 簡単だよ。しかし残念ながら、その簡単な事が出来ていなかった。俺はバルドを信じてしまった。頼ってしまった。トリノに感づかれていないのが唯一の救いだ。もしかしたら、見ないフリをしてくれたのかもしれないが。
「それにしても、アテの無い旅か」感慨に浸るわけでもなく、ただ淡白に呟くトリノ。「本当に、愚かだよ。人間は」
黄色い星と赤い星の追いかけっこのように、どこまでも、踏み違える事なく、平和とは程遠い場所を邁進する。確かに、愚かとしか言いようがない。
きっと、バルドを含めた勇者達と出会わなければ、俺も人間を嫌いになっていただろう。そう思うくらいには、愚かだ。
その人間の中に、俺も含まれている。




