紫薔薇と黒蜥蜴(仮)
大き過ぎるほどの雨粒が降り注ぐ朽ちた小屋で、
紫薔薇と黒蜥蜴は互いの感触を確かめながら抱擁する。
ボタボタと音を奏でながら落ちてくる雨粒は、
黒蜥蜴と紫薔薇の身体を強く強く濡らしてしまっているというのに。
どれくらい抱き合って居ただろうか。
そんなことはどうでも良いのかもしれない。
紫薔薇の小さくて華奢な身体に、
黒蜥蜴はゆっくりと近づいて行く。
黒蜥蜴は初めて出逢った日から考えていた。
彼女の涙を掬う事は出来ないけれど、
彼女の痛みを和らげる事は出来るはずだ。と、
黒蜥蜴はゆっくりと唇を這わせながらくちづけをする。
紫薔薇は緩やかなぬめりを感じながら、
黒蜥蜴は毒となる雫を唾液で拭い、
双方共に黒蜥蜴は紫薔薇を、
紫薔薇は黒蜥蜴を愛でる事しか頭に無い。
黒蜥蜴が毒となる雫を拭っている時、
毒の刺激の所為なのか彼の熱の所為なのか、
ピリピリと身体が痺れてきた紫薔薇は黒蜥蜴の身体にしがみ付いて吐息を漏らしながらも、
熱くなった体を押し付けるように強く強く黒蜥蜴の身体にくちづけをする。
貴方だけに抱きしめられたいと、
貴方とずっと一緒に居たいと。
そういう想いを籠めて。
紫薔薇は熱くなった吐息を弾ませながら黒蜥蜴の眼を見つめた。
黒蜥蜴は紫薔薇の身体に入る力が弱くなった事を感じて焦りながら、
紫薔薇に眼を合わせて、
大丈夫かと、何処か苦しいところがあるのかと、
そう彼女に声をかける。
肌に熱を帯びている紫薔薇は黒蜥蜴に弱弱しく口を開いて。
私の心が苦しいの。貴方の傍にいたい。
そう言葉を紡いだ紫薔薇は眼を潤ませて黒蜥蜴を見ている。
自身の口から愛しているとは言えない。言ってはいけない。
愚かさを知っている自身の心に棘を刺して紫薔薇はその想いを口には出さなかった。
黒蜥蜴は紫薔薇の言葉を聴いた瞬間、
全身に大きな力が血と共に廻るのに気付いて、
紫薔薇の身体を出来るだけ優しく包み込んだ。
そんなにも辛そうな想いをさせてしまったのは俺が原因だと。
俺が君に想いを告げなかったからこそ、
招いてしまった結果なのだと。
そう思った刹那、
黒蜥蜴は、
紫薔薇に眼線を合わせてはっきりと告げた。
俺は、
君を幸せにしたい。
君と一緒に幸せになりたい。
だから俺と一緒に此処から逃げようと。
紫薔薇は驚いた顔をして黒蜥蜴の手を強く握り、
雨粒にも負けないくらいの涙を零しながら、
とても愛らしい笑顔を見せた。
しばらくすると雨は止んだが、
彼らが互いの家へ戻る事は無く。
あの大粒の雨の日を境に、
二人を見たものは誰も居なかった。
その後、国中の者が彼らを探したが、
二人が居たとされる小屋には、
棘の抜け落ちた白い薔薇と
蜥蜴の尻尾が残されていただけだった。