五話目
人のブラックな感情を書きます。
楽しく書くことをモットーにしてます!
「若宮さん、元気にしてたか?」
案の定、彼女は公園に居た。
公園は暗く、車の音や、人の音が全く聞こえない。恐ろしい程の静寂に包まれていた。
俺は、この雰囲気に飲み込まれていた。
ーー逃げたい。
本音を言ってしまえば、今すぐにでも逃げ出したい。でも、逃げるわけにはいかない。
震える体を必死に抑え、歯を食いしばり、拳を握り締めて俺は彼女に歩み寄る。
《お前に会って、気分が優れなくなったよ」
「そっか、そいつは残念だ」
彼女の猫のオーラこそは消え失せたものの、髪は長く、尻尾が生えている。
あの時と何も変わってはいない。
公園の中心に凛と立ち、妖艶で、禍々しい雰囲気を纏いながら俺の正面に居る。
ハハッ、やっぱり怖いな……。
「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!》
突然笑う。
高らかに。
空気が震える。彼女の笑い声だけで、木が吹き飛びそうになっていた。
想定外。
そう、想定外。一体誰が、どこのどいつが彼女がここまで人間をかけ離れた存在になっている事に気付くのだろうか……?
人間に戻れるのか?
その疑問が頭の中に蹂躙していた。すかさず頭に迷いが駆け抜けて行く。
なんて力になってるんだよ。
彼女の力で木だけでは無く、俺も危うく吹き飛びそうになる。
堪えろ。
堪えて、耐えろ。
《お前も、なかなかどうしておかしい奴だ。むざむざと私に殺されに来たのか? 良いよ。殺してやるよ。目的も果たせてないから、鬱憤が溜まってるんだよ」
目的を果たせてない。
つまり、彼女はあのカップルを襲えてない。
間にあったんだ。
安堵している俺をよそに彼女は笑う。楽しそうに、あざとく、悪魔的に笑っている。
「本当か?」
《本当の本当だ。今すぐにでも殺しに行きたいほど、イライラしてんだよ」
とりあえず、彼女を止めないと。
最善策は犠牲者を出さないことだ。
気をしっかりと保ち、意識を彼女に集中しようとした時。彼女はいきなり殴ってきた。
「なっ!?」
彼女の拳は俺の腹に当たる。
肋骨が折れて、内臓が破裂する。血を吐き出し、激痛が走る。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ!?」
痛い! 痛い!
体こそは、貫いてはいないものの耐えれない痛み。
ダメだ! 気を失うな。 彼女の全てを受け止めてやるんだ!
「お前の、嫉妬を……全部、俺に、ぶつけろ!!」
痛みを堪えて、叫ぶ。
必ず、彼女をなんとかしてみせる。
俺の声に呼応するように、彼女はこう言う。
《なんで! あいつなのよ! 告白したのに、答も聞けないし、挙げ句の果てに他の女と付き合うし、私の気持ちはどうなるのよ!!」
俺に襲いかかる全ての攻撃を、ギリギリ躱しながら彼女の嫉妬を聞き入れる。
今まで静寂だった公園に彼女の声が轟く。虚しくそして、悲しい心の叫びが轟く。
そっか……気づいてもらえなかったのか……好きって言ったのにもかかわらず、気づいてもらえなかった。
俺の口が勝手に動く。
「つらいよな? 悲しいよね? 好きな人に気づいてもらえないって……」
ーー激昂。
《お前に何が分かるんだ!!」
怒りが籠もった彼女の拳が俺の左肩を破壊した。
「分からない! けど!!」
そうだ、言おう。
「そのつらそうな顔見てたら、つらいって事ぐらい分かるよ……」
彼女の全ては分からない。
嫉妬の全てを理解は出来ない。
でも、つらいって事ぐらい分かる。
《黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ!!」
顔を殴られ、肘で額を割られ、蹴りで右腕が折られ、首を掴まれ地面に叩きつけられて、馬乗りをされて顔面を殴り続かれる。
あぁ、痛い。
けど、彼女の受けた心の痛みから比べれば小さい痛みなのだろう。
俺は彼女の右頬にそっと、手を当てる。
「そうだ、そのまま俺に……全部……ぶつけて楽になれ……」
パンチが止まる。
ワンコの力で再生した顔で初めて見たのは、彼女の泣いている顔だった。
俺の顔に涙が落ちてきた。
涙を流しながら、こう言った。
「なんで、そんなに私に優しくするの?」
口調が……。
戻った。猫と融合した声じゃない。彼女自身の優しい、落ち着く声だ。
口調だけじゃない、尻尾も、爪も、牙も、元に戻った。
ボサボサで女の子らしさが全く感じられない、長い髪の毛が抜け落ちて、ショートカットに戻る。
「決まってる。優しく出来ない理由は俺には無いからだ……」
彼女は俺の胸に顔を埋めて声を出して泣く。
俺は、そっと、彼女の頭を撫でた。
体が痛い。
フッ、いつものことか……これで若宮さんを勾玉から救い出せたのかな?
そう。彼女は憧れていたんだ。好きな人と付き合っている嫉妬した相手に。
彼氏彼女に憧れて、彼氏彼女に嫉妬する。
誰もが感じている事にたまたま、偶然、偶発的に勾玉を持った猫につけ込まれたんだ。
「猫さん、もう止めよう? これじゃ逃げるだけだよ。ちゃんと面を向かってあの人と話さないと」
彼女が泣き止み、静かに立ち上がり、実体化している黒と白色が混ざり合った猫にそう言った。
そうだ。まだ猫が残ってたんだ。
体が動かない。ヤバい……このままじゃあ、勾玉を取り返せない。
《私の可愛い安曇に、何を吹き込んだ!!》
猫の腕の攻撃で、俺の体は簡単に吹き飛び、近くにあるビルの壁に勢いよくめり込んだ。
猫は悠々とこちらに向かって来ている。
殺す気だ……俺を殺す気なんだ。
激痛で気を失いそうになった時に、ポケットから一枚の紙がひらひらと地面に落ちた。
札だ。
神西さんはこれを予想して、俺に神社に向かえって言ったんだ。
この刀はこの時のために。
そう思っているのだが体が動かなければ意味がない。
《速水、体を貸してもらうぞ。やりたくはなかったが、致し方あるまい》
ワンコが俺の中に入ってくる。
傷がみるみるうちに治っていくのが自分でも分かった。
これが、ワンコの力……これなら、猫を。
「行くぞ、猫神》
札を拾い、札が刀に変わる。
俺の両頬に一つの縦線の赤いラインがあった。きっとワンコと融合したからだろう。
《戌神、図に乗るなよ!!》
「やめて、猫さん!!」
彼女の必死の制止を振り切り、俺に襲いかかる。
俺は、いや、俺達は刀を鞘から抜く。
が、しかし、刀は有り得ないくらいボロボロだった。よくこれで原型を保っていたものだと、この時思った。
「あの、小僧!!》
小僧とは多分、神西さんのことだろう。
「チッ!!》
俺達は猫の鋭い爪の攻撃をジャンプして、躱す。
体が軽い。
不思議な感覚を感じながらワンコに身を任せる。
「ぬぁあぁぁぁ!!》
ボロボロの刀で猫の背中を斬りつけるが、斬ればしなかった。
なんで、神西さんはこんな、神西さんには失礼だが、使えない刀を……。
《ふざけているのか!!》
猫の腕によって体は地面に叩きつけられた。
息が……出来ない。
なんて一撃だよ……体がもうボロボロになった。
直ぐに立ち上がり、俺達は距離を取ろうとしるが鋭い爪で体を抉られる。
「ぐあぁあぁぁぁぁ!?》
押されている。圧倒的に強い。
《これで、死ね!!》
地面に転がっている俺達を、再度爪で攻撃した時に札が目の前に出現した。
あの札は……?
「悪をもって、悪を斬る。正義をもって、正義を斬ると同じく、その妖刀 叢雲は、邪気をもって邪気を絶つ」
聞き覚えがある、若くて、やる気のない男の声。
「神西さん……》
神西さんが助けに来たのだ。
吹き飛ばされた腕は完全に治っている。
良かった……。
「さぁ、君の目的を果たすんだ」
ワンコは刀に黒色のオーラを込める。
あれが邪気。
ボロボロだった刀は研ぎ澄まされ、街灯に照らされ、鋭く光る。
日本刀の輝かしい光。刀が生きているみたいだった。
《この人間が!!》
神西さんに襲いかかろうとするが、妖刀 叢雲で猫の腕の皮を切り裂く。
血という文字が噴き出す。
血ではなく、本当に血という文字が噴き出す。
それにも驚いたが、刀が斬れている事に驚いた。
「はぁぁあぁぁぁ!!》
息つく暇もなく、猫の体を切り裂く。
返り血を浴びながら、斬り続ける。
気がついたら、猫が倒れていた。
「これで、終わりだ》
妖刀叢雲で切り裂こうとした時に、若宮さんが前に立っていた。
「なんで……?》
「もう、許してあげて……これ以上、猫さんが傷つく所見たくない」
俺達は静かに刀を降ろす。
今は、彼女を見守ろう……今の彼女なら大丈夫だ。
《何故、我を助ける?》
若宮さんはにっこりと微笑み、猫にこう言った。
「決まってるよ。私の友達だから」
《お互い、良い仲間をもったな。猫よ》
《全くだ》
猫から体の黒い部分が消えていく。
すると、黒い部分が集まり、勾玉ができた。
あれが、勾玉……。
「帰ろう。ワンコ、俺達の家に」
《あぁ、勾玉は吸収してからな》
皆さん、いきなり語り部が変わって驚く人もいるかもしれませんが、気にしないで下さい。ここからは短いですが若宮安曇が語らせてもらいます。
私は今、放課後の学校の屋上に居ます。
この話しに幕を下ろすために、けりをつけるためです。
「あの、正石君……」
正石君。私が好きな人。
振られた人。
想いを伝えなければならない人。
言おう。はっきりと、自分の気持ちを、ちゃんと動いてね、私の口。
「あなたの事が好きでした」
言えた。
これで、終わりじゃない。もう一人想いを伝えなければならない人が居るんだ。
行かなきゃ。
私は正石君に頭を下げて急いで、屋上から出て行く。
またしても語り部は変わります。まぁ、元に戻るだけなんだけどね。
にしても、若宮さん遅いな……一緒に帰ろうと思ったのに。
「なっ、室久佐君!?」
若宮さんだ。
玄関で待っていただけなのだが、えらく驚いてる。
どうして?
「いきなりですが、室久佐君。結婚を前提に私と付き合って下さい!」
「え?」
今日、俺に人生で初めての彼女が出来ました!
嫉妬編はこれで終わりです。
感想待ってます!