第九話 学校の日常⇒そしてまたバレ……なかった
竜心が高校生活に馴染んでいきます。
竜心が携帯電話を購入した翌日の朝。
いつも通りの浩信・武仁・賢治の3人と合流した竜心は、嬉しそうにポケットに入れていた携帯電話を取り出し、武仁に見せて、
「これを買ったんだ」
と昨日の放課後は部活でいなかった武仁に携帯電話購入完了を報告した。
滝本高校の他の生徒にとっては当たり前のことでも、竜心にとってはどこか誇らしく、『普通の高校生』への道が一歩進んだことが、物の証拠として携帯電話に表れているような思いを持っていた。
「タケ、連絡先を交換しよう」
と竜心がストレートに武仁に要求した。
武仁は、
「お前、買ったばかりのおもちゃが楽しくて仕方がない子供みたいだなー」
と笑いながら、付き合いよく自分の携帯電話を取り出して竜心と連絡先を交換する。
そんな竜心を3人は温かい目で見ている。
生真面目で質実剛健といった印象がある竜心だが、今はどこか子供っぽいようにすら思える。
周りのクラスメイトの中でも同じように思った者がいて、竜心たちの方を見ていなくても聞こえてくる話だけで竜心が可愛らしく思えて口元が緩んでいたりした。
友達の女子と話していた那美が竜心たち4人の方に来て、
「古賀君、昨日といい、今日といい、何だか可愛らしいわね」
と竜心に話しかけた。
竜心は自分ではわからず「そうかな?」と返すが、那美だけでなく那美と先ほどまで話していた女子まで微笑ましそうに竜心たちを見ていた。
昨日までで、ほとんどの授業の方針説明が終わり、今日から本格的に授業がスタートする。
竜心は、授業中ずっと姿勢よく背筋を伸ばし、教師の説明を真剣に聞き続けているため、教師からすると当てやすいのか、午前中の授業全てで質問をされ、答えることになった。
1-Aの担任で学年主任でもある数学教師も、相変わらずの厳粛な雰囲気で授業を進めるが、竜心の態度が気に入ったのか、竜心に答えさせるときには雰囲気が少し柔らかくなり、他の生徒を驚かせた。
昼休みの学食で、いつもの4人で食べている時、武仁が竜心に向かって言った。
「竜心、お前運動だけじゃなくて勉強もできるんだなー」
竜心は「そうか?」と首を傾けながら、
「俺は一応授業の予習をしてきてるからそう見えるだけじゃないか?」
と言った。
武仁は「まいった」というような仕草をしながら、
「お前は本当に真面目だなー ちゃんと努力をして勉強ができるってところが嫌味がなくて逆に負けた気がするぜ」
と竜心に言った。
竜心は困った顔をしながら、
「お前は俺にどうしろというんだ?」
と返した。
武仁はそれには答えず、「はー」と大きくため息を吐いてテーブルの上につっぷした。
竜心が困った顔を浩信と賢治に向けるが、その2人は竜心と武仁のやりとりを見て笑って取り合わない。
竜心は「こういう時はどうすればいいんだ」と思いながらも、
(こういうやりとりが前に浩信が言った、「こっちの普通」に繋がっているのかな)
とも考え、そしてこういったやり取りを楽しんでもいる自分にも気付いた。
昼休みの後の五限目と六限目の間の休み時間。
竜心がトイレに行って教室に戻る途中、担任の茜が前が見えないくらいに積み上げた荷物を持ってよろよろと階段を昇っていることに気付いた。
「危なっかしいな」と思って注意を向けると、次に踏み出す茜の足が階段でひっかかることが気配で察知できた。
竜心がいる位置から階段まで10mほどの距離、茜は階段の10段目ほど。
誰も竜心に注意を払っていないことを即座に確認し、茜が足を階段にひっかけて体のバランスを崩し、背中から落ちようとしているところで、無音で一瞬の内に茜の後ろまで移動し、茜が持っていた荷物を右手で奪い、左手で茜の背を支えた。
「え? え?」
茜は何が起こったのが全く分からず混乱した。
階段でつまずいて「しまった!」と考えて目をつぶっていたのに背中が支えられている。
「藤堂先生、危ないですよ」
と竜心が茜に声をかける。
「え? 古賀君?」
余計に茜が混乱する。
「落ち着いて、ちゃんと立ってください」
竜心はゆっくりと指示した。
「あ、はい」
茜が気を取り直して、自分の足で立つ。
茜が「はー」と一つ大きく呼吸して、
「古賀君が助けてくれたのね?」
と確認した。
竜心は、
「ええ。俺が階段の下を通った時に『先生危なっかしいな』と思って見ていたら急にバランスを崩したので……」
と説明した。
茜は、
「えー。 古賀君が後ろにいたなんて全然気付かなかったよー?」
と疑問を挟んだが、竜心が冷静に、
「先生は荷物を持っていたからそちらに集中して気付かなかったんじゃないですか?」
と話すと、
「あーそーかもねー」
と納得したようだ。
そこで竜心が右手に荷物を持っていることに気付き、
「あー ありがとー 荷物も助けてくれたんだねー
それにしても、私が両手でもがんばらないと持ちあがらなかったのに、古賀君は力持ちだねー」
と、ほんわかとお礼と感想を言う。
竜心は「鍛えていますから」と言いながら、階段を昇り、
「どこに運べばいいですか?」
と茜に聞いた。
「あー ごめんねー ちゃんと私が持つよー」
と茜が謝ると、
「ついでですから」
と断って茜の目的の場所まで運んだ。
六限目が終わり、茜が終わりのホームルームの為に1-Hの教室に来る前に、竜心は浩信にメールを打った。
「すこしまずいかもしれんばれてはいないとはおもうがとうどうせんせいをたすけるのにたいじゅつをつかった」
ちなみに、竜心は昨日の夜に練習して、かなり早く文字を打てるようになった。
浩信は「なんだこりゃ?」と一瞬思いながら、頭の中で、
「少しまずいかもしれん。バレてはいないと思うが、藤堂先生を助けるのに体術を使った」
と変換すると、「なんだと!」と驚いた。
竜心に確認する前に茜が教室に入ってきた。
連絡事項について話した後、
「先生さっきの休み時間にねー 階段で転びそうになったところを古賀君に助けてもらっちゃったのー
古賀君本当にありがとねー」
と全員の前でお礼を言った。
浩信は茜の様子を見て、「どうやらヤバい部分はバレていないみてーだな」と安心した。
クラスメイトは「古賀君カッケー!」「すごいねー」と竜心を褒め称えている。
茜は付け加えて言った。
「先生、職員室でも『1-Hの古賀は真剣に授業に取り組んでいていいですね』って他の先生にも言われたのよー
先生嬉しかったわー」
下心が露骨であれば「点数稼ぎ」と言われそうだが、竜心の人柄をなんとなく掴んできたクラスメイトは素直に「本当に真面目だな」と感心した。
竜心は照れているところを必死で顔を取り繕っている。
そんな竜心をクラスメイトがまた温かな目で見る。
浩信は、
(少し目立ち過ぎな気はするが……まあ特に問題はないか。
この調子なら、思ったより早く第二段階も乗り越えられるかもな)
と考えていた。




