第七話 身体検査と体力測定⇒そして武仁が不憫
竜心が第一関門の体力測定をなんとか乗り越えていきます。
竜心の高校生活3日目。
竜心は昨日と同じく朝5時に目を覚まし、「逆身法」で20倍の負荷をかけながらのランニング、動きの型の演習などをこなし、いつもの訓練を終わらせた。
その様子を知らない人が見ても、「武道をやっている若者の熱心な稽古」くらいにしか見えないだろう。
「逆身法」は、元は単体で2倍の負荷をかけることすら珍しい技術で、竜心は独自の領域まで高めて極端な使い方をしているため、コントロールが難しく、1時間以上継続することは竜心でも至難の業だ。
竜心は「これがずっと使えるようなものなら学校でボロを出すことも減るだろうにな……」と考えるものの、「さすがに無理か……」と諦め、まずは目の前のできることをがんばろうと気持ちを改め、「逆身法」を解く。
シャワーで汗を流し、昨日と同じく純和食の朝食を作って食べ、8時に家を出て、浩信と合流するために昨日の待ち合わせ場所と同じ場所に向かう。
昨日浩信から「まだ、他のクラスメイトに声をかけられた時のアドリブが不安だからなー」と言われたためだ。
竜心は少し悔しくは思うものの、初日と2日目の実績を考えると反論できない。
今日は先に浩信が待っていた。
「おはよう」
「おう」
と挨拶を交わし、連れだって学校に向かう。
普通の登校時間なので学校に向かう生徒も多い。
周りに聞こえても問題ないような、無難な会話を選びつつ、浩信が竜心に話しかける。
「今日から授業だが、問題なさそうか?」
「ああ、中学校までの授業はこちらと変わりがないし、今日の授業の予習も昨日の夜にしてきた」
言外に、「沙桜島でも普通の授業みたいなことをやっているのか?」という意味も含めて聞いてきた浩信に、竜心は答えた。
浩信が続ける。
「相変わらず真面目ちゃんだなー ま、お前らしいか」
「そういうお前は……割と要領よくこなしそうだな」
浩信が、見た目の「チャラい」雰囲気と違って頭の回転が速いことを知っている竜心は返した。
浩信は竜心が何を考えたのかを思い当たって、少し笑いながら、
「はっ。まーその辺は問題なくやってんな。
ちなみにタケとケンは見た通りだぜ。
タケは中学の時はいつも赤点スレスレで、ケンはいつも上位に入ってた」
武仁と賢治の見た目そのままの印象通りの話に、竜心は納得しながら「なるほどな」とうなずいた。
滝本駅から坂を登り、校門が近づくと、何人かの生徒が校門の脇に立っていて校門に入っていく生徒に挨拶しているのが見えた。
そのうち一人は生徒会長の静のようだ。
静が竜心と浩信に気付いて声をかけた。
「おはよう。古賀君、山本君」
「おはようございます」「どもっす」2人は昨日と同じように挨拶を返す。
「古賀君、今日は普通の時間なのね」
と初日と2日目に早い時間に会ったことを思い出して静が竜心に話を振る。
「あ、ええ」と答えになっていない答えを竜心が返す。
「ふふっ。学校にはだいぶ慣れた?」
「あ、はい。会長やこっちのヒロのおかげで、思っていたより早く馴染めたような気がします」
そこで浩信が茶々を入れる。
「まーまだまだ浮いてるけどなー」
「うるさい」
静は2人のやり取りを見て「ふふっ」と微笑み、
「そうしているのを見ると、確かに馴染んでいるように見えるわね。
よかったわ」
と嬉しそうに言う。
竜心は静の思いやりが嬉しく、「ありがとうございます」と頭を下げて礼を言う。
「ふふっ。堅苦しいのは相変わらずなのね。
じゃあ、今日から授業もあるから、がんばってね」
という静の言葉に、「はい」「どもっす」と言葉を返して2人は校門に入っていく。
下駄箱の前で、裏門からきた賢治が2人に挨拶した。
「やあ」
「おはよう」「おっす」
「竜心はヒロと同じ方向に住んでいるんだね。僕とタケはこっちの方からだよ」
と賢治が裏門を指して竜心に言った。
「ああ、俺の方が少し離れているけど方向は一緒だな」
と竜心は答えた。
3人が1-Hの教室に入ると、先に来ていた武仁が3人に気付いて挨拶した。
「よう」
「おはよう」「おっす」「やあ」
「タケは来るのが早いんだな」
と竜心が武仁に話しかけると、
「今日から早速バスケ部の朝練に参加したんだよ」
と早く来た訳を武仁が答えた。
すぐに8時半の始業時間になり、担任の茜が教卓ついて出席を取り、朝の連絡事項を話し始めた。
「今日から授業が始まるから、みんながんばろうねー
一限目は国語だから最初は私の授業だよ!
最初の授業はどう進めるかの話がほとんどだと思うけど、しっかり聞いてね!
昼からは身体検査と体力測定があるから、男子は1-Gの教室に行って、女子はこのままこの教室で着替えてね!」
茜が「身体検査」と言ったところでクラスメイトの女子が騒ぎ始めた。
予めわかっていても気になるものらしい。
「男子はのぞいちゃダメだよー」
と茜が付け加えると、武仁が「えー」と冗談でブーイングを入れる。
すると学級委員の那美が、
「タケ、サイテーね!」と非難の声を上げ、他の女子も武仁を非難し始めた。
武仁は慌てて「冗談だって」と弁解する。
「名張君、絶対だめだからね!」
と茜にまで注意されて、武仁は困った顔をしながら「わかってますって」と返す。
浩信や賢治は武仁を見て笑い、竜心は「俺がボロを出す姿はあんな風なのかな……」とわが身を重ねて怖がる。
朝の連絡が終わり、茜は次の授業があるのでそのまま教室に残って那美たち女子と雑談している。
武仁の周りに竜心・浩信・賢治が集まり、
「災難だったな」
と竜心が同情の声をかけると、浩信と賢治が吹き出して笑い、武仁がより凹む。
「ちょっとノリで言っただけなのにみんなひでーよな」
と武仁が言うと、
「タケはそういうキャラだからね」
と賢治がつっこみ、また武仁が「ははっ」と乾いた笑いをこぼす。
一限目の鐘が鳴り、茜が生徒に向けて声をかける。
「それじゃ、授業を始めるからみんな着席してー」
生徒が全員着席したところで、茜が授業の進め方から話し始める。
他のクラスメイトがだいぶ茜に慣れて少しゆるんだ雰囲気の中、竜心だけが背筋を伸ばし、真剣に話を聞いている。
浩信はそんな竜心を見て、「ま、あれはあれでいいか」と考える。
二限目、三限目、四限目も同じように授業の進め方の説明があり、昼休みになった。
竜心・浩信・武仁・賢治の4人はすぐに学食に向かい、手早く昼食を済ませて1-Hの教室に戻った。
武仁が竜心に話しかける。
「竜心、午後は俺らと一緒に回るだろ?」
「ああ、そうしようと考えている」
竜心が答えると、
「お前の結果がどんなもんになるか楽しみだな」
と武仁は期待した顔で言ってくる。
「それは僕も楽しみだね。腕の力がタケより強いってことだけでも期待できるよね」
と賢治も便乗してくる。
竜心は「はは……」と言葉を濁しながら、内心「ボロを出してしまわないか?」とかなり緊張している。
昼の予鈴が鳴って男子は荷物を持って1-Gの教室に向かう。
武仁はまた女子に非難されないように、そそくさと1-Hの教室を出る。
竜心・浩信・賢治の3人は苦笑しながら武仁についていく。
1-Gの女子とすれ違いながら1-Gの教室に入っていく。
竜心以外の3人は、1-Gの友人・知人と「よう」と声を交わし、4人は空いている一角に集まる。
昼の本鈴が鳴って、女子がいなくなってから着替えはじめる。
武仁がいち早くカッターシャツを脱いでTシャツ一枚になり、無駄にポージングを決めている。
スポーツに真面目に取り組み、体を鍛えこんでいることがわかるその肉体に「おー」と周りから声が上がる。
竜心が着替えようとカッターシャツを脱ぐと「おおっ」と武仁が声を上げた。
「なんつーか、闘う男ってカンジだな」と感心した声を上げる。
スマートだがかなり鍛え上げられていることがわかる筋肉の付き方と、いくつも目につく傷跡が、いかにも武術をやっていたという印象を周りに与える。
竜心は少し照れた様子を見せて、
「何言ってるんだ」と言いながら、素早くジャージ姿になる。
武仁は笑いながら竜心に声をかける。
「はっはっは! マジで期待できそうだなー 勝負しようぜ!」
賢治が茶々を入れる。
「全部負けちゃうんじゃないの?」
武仁はそれにも笑いながら返す。
「それでもいーんだよ! 勝負することに意味がある!」
賢治が呆れながら、
「相変わらず脳筋だねー」
と返す。
1-G、1-Hは身体検査からとなっているので、4人は指示された教室に向かう。
順に並んで測っていく。
先頭の武仁は、身長180cm、体重72kg。
「去年から2cm伸びたぜ! ついに180cmの大台だ!」と大喜び。
次の浩信は、身長172cm、体重62kg。
「まーこんなもんだろ」と普通の反応。
その次の賢治は、身長165cm、体重53kg。
「はー……伸びてない」と落ち込む。
最後の竜心は、身長176cm、体重68kg。
「ふむ」とうなずく。武仁が、「見かけの割に重いな」という印象を持ったようだ。
4人は指示されて体育館に向かう。
竜心はかなり緊張している。
浩信が竜心の尻をパーンと叩き、「まーがんばれや」と声をかける。
竜心は「おう」と返し、少し緊張が解けて浩信に感謝する。
まずは握力の測定。
武仁が右で76kg、左で68kgとかなりの数字を出す。
浩信は左右ともに50kg前後。
賢治は左右ともに30kg台で少し凹むが全国平均と同じくらいだろう。
竜心は握力計自体を初めて見る。
前3人の筋肉の動きと数値を参考に、「これくらいか」と力を調整する。
右が86kg、左が84kgという数値になり、後ろに並んでいる生徒も「すげー」と声を出す。
竜心は「これで大丈夫だったか?」と少し不安になるが、武仁から「負けたぜ!」と称賛を受け、度を超えたものをみた反応ではないことに安心した。
それから上体起こし、長座体前屈、と回っていき、竜心は何とか高いレベルにはあるものの不自然ではない数値を出していく。
体育館では最後に反復横とびの測定場所に向かった。
武仁が75回という結果を出したのを見ながら、竜心は「古武術をやっているという設定上は少し多めに出していいか」と考えていた。
92回という結果を出し、計測していた先生は「こんな数字は初めて見たな……」と感心している。
武仁が、
「竜心!おめーすげーな!!」と感動しながら声をかけてくる。
竜心が少し困った顔をしながら浩信を見ると、呆れた顔をしながら「まー致命的じゃねーよ」という表情をしているようにみえて、冷や汗をかきながら「ギリギリ大丈夫か……」とほっと一息ついた。
4人は体育館を出てグラウンドに出る。
かなりの人数がグラウンドにいて記録に一喜一憂しているようだ。
まず50m走の列に並ぶ。
竜心は先ほどの例もあるので、武仁の記録に揃えようと考える。
「俺と走ろうぜ!」という武仁と並び、走り始める。
スタートは少し遅めで武仁の少し後ろにつき、最後に追い付いて2人とも6.5秒。
武仁が「はーっ はーっ」と激しく息を吐きながら、
「竜心の方が速いと思ったんだけどな」
と声をかけてきた。
竜心はギクリとしながら、
「スタートのタイミングで失敗したな」
と返す。
「そうか」
と武仁はあっさり納得する。
ハンドボール投げ、立ち幅とびは無難に終えて、最後に1500m走が残っていた。
1500m走は一度に50人ほど走り、5人の先生が10人ずつ計測する形で進めていた。
4人の直前に走っている50人の中で苦手な生徒がいたらしく、2名が周りに応援されながら走っている。
それを見ながら武仁が竜心に声をかける。
「これが最後だな! 部活でいつも走ってるから長距離には結構自信があるぜ!」
竜心は言葉を選びながら、
「そうか……俺も毎朝走っているからそれなりに自信があるぞ」
と返す。
「そっか!」と武仁は好敵手の存在に嬉しそうだ。
浩信は「これはいつもだりーんだよなー」と愚痴をこぼし、賢治は「僕は自信がないから憂鬱だよ……」と不安を口にする。
直前の最後まで走っていた2人がゴールし、歓声が上がると、武仁は「そろそろだな!」と気合を入れる。
竜心は「ああ」と武仁に応えながら、
(高校記録は3分40秒前後だったな……4分に抑えるか)
と考え、200mのトラックを1周32秒と計算してそのペースを守ろうと考える。
浩信が一緒に走る50人の中の一人の細身の男子を見ながら、
「あいつは陸上部で長距離の選手だったヤツだな」
とつぶやく。
武仁は「そうか!あいつに勝ったら自慢できそうだな!」と嬉しそうに言う。
竜心は浩信が「その男子を目安にしろ」と言っていることに気付いて無言で感謝する。
竜心を含めた50人の1500m走がスタートする。
竜心は1周32秒のペースを正確に算出して走り出す。
かなり早いペースで竜心を知らない大部分は「あいつ、よくいる最初だけ目立とうとするヤツだろ」と考えた。
武仁が「やるな!」と竜心についていく。
陸上部の男子は、竜心だけでなく、それなりに運動ができそうな武仁がついていくのを見て、序盤はもう少しゆっくり走ろうという方針だったがつられてスピードを上げる。
淡々と走る竜心を後ろからついていった武仁は、3周目で「このペースで最後まではさすがに無理だな」と考えて少しスピードを落とす。
陸上部の男子は、「陸上部が自分の専門で負けるか」と意地になり、そのままついていく。
竜心と陸上部の男子はかなり速いペースでトラックを回り、3周目の終わりごろに周回遅れの最後尾の生徒を抜いていった。
5周目で50人の中で真ん中より少し後ろあたりを走っていた賢治を抜いた。
6周目に入って、それまで竜心にピタリと張り付いていた陸上部の男子の息が大きく乱れ、「畜生!」と言いながらガクッとペースが落ちた。
竜心は「4分ちょうどだとさすがに疑われるか」と考えて2秒ずらし、4分2秒でゴールした。
続いて武仁が4分25秒でゴール。
ペースを乱された陸上部の男子は何人かに抜かされ、5分を少し過ぎたところでゴールした。
浩信が5分半ほど、賢治が6分ほどでゴールしてきた。
自信がなかった賢治も平均くらいのタイムだ。
浩信は明らかに手を抜いたらしく、ゴールした後も余裕の顔をしている。
息を整えながら武仁が竜心に声をかけた。
「お前……マジですげーな! 俺も結構やる方だと思ってたが、お前には負けたぜ!」
賢治もかなり疲れた表情をしながら声をかけた。
「僕を抜いていくところを見たけど、淡々と速いペースで走ってたね! 本当にすごいや!」
竜心は「う……そうか?」と外目には照れているような態度で答えた。
浩信は、「こいつは大丈夫だったか不安になっているな」と察しながら、
「それなりにできるヤツだと思ってたが、思ってたよりすげーヤツだったんだなー」
と肩を叩きながら声をかけた。
竜心は浩信の言葉に、「一応大丈夫だったってことだよな?」と思い、肩の力を抜いてほっとしていた。
4人は身体検査も体力測定もすべて終了し、結果が書かれた用紙を体育館前の箱に提出して、1-Gの教室に戻った。
着替えながら武仁が何度も言っていた感想をまた言っている。
「いやー 竜心はすごかったよなー」
「ほんとほんと」
と賢治も同意している。
「あー……まあ、島には何もなかったから体を動かすことくらいしかやることがなかったしな」
と竜心は言い訳する。
武仁がさらに竜心を褒める。
「いやーそれを言ったら俺だって体を動かすくらいしかしてねーけどよ。お前には敵わないって思ったぜ!
なんつーか、まだ先があるってことがわかって、燃えてきたぜ!」
竜心がその爽やかな考え方に「こいつは本当にいいヤツだな」と思いながら、
「お前ならまだまだ伸びるだろうな」と言うと、武仁は「そうか?」と嬉しそうに笑った。
4人とも着替え終わり、武仁が、
「今日は部活はないんだけどよ……竜心と張り合ってさすがに疲れたから帰ってひと眠りするかなー」
と言うと、賢治も、
「僕も本当に疲れたよ……帰って寝たい」
と疲れきった声で言う。
浩信が「そんじゃ、とっとと帰るか」と声をかけ、4人は荷物を持って下駄箱に向かう。
身体検査と体力測定が終わったら自由に帰っていいことになっていた。
下駄箱を出ると、武仁が、
「俺たちはこっちだから」
といって裏門を指さし、「じゃあな」と賢治と連れだって帰っていく。
浩信が「俺たちも行くか」と竜心に声をかけ、正面の校門に2人で歩いていく。
滝本高校から滝本駅への下り坂の途中で、浩信が脇道を指さしながら、
「こっちの公園に少し寄っていくか」
と竜心に声をかけた。
子供が10人もいれば手狭に感じるような小さい公園についたところで、浩信が竜心に声をかけた。
「さて……なんとか体力測定を乗り越えたな」
「ああ……ところどころまずいことをした気もするが」
と少しうつむきながら竜心が返した。
「まー想定の範囲内だな」
と浩信が何でもないように言い、竜心はほっと一息ついた。
「だが」
と浩信が続けると、竜心がびくっと反応する。
「『かなり運動が得意』じゃなく、『ずば抜けて運動が得意』というキャラ設定に変更だな」
「そうか……」
竜心は神妙に答える。
「ま、『平均的な高校生』には大きく遠ざかったが、一応は『普通の高校生』の範囲内だな」
と浩信が言うと、「そうか!」と竜心が嬉しそうに答える。
浩信が最後に付け加えた。
「これで第一段階は何とかクリアだ」




