第四話 入学式翌日⇒そして友人が増える
竜心の友達づくりがちょっと進みます(^^)
入学式の翌日の朝。
竜心は朝5時に目を覚まし、日課の訓練をこなし、汗を流してから、純和食の朝食を作って食べた。
昨日の夜は、昼に食べた仰天盛りのラーメンのおかげであまり食欲がなかったため抜くことにしたが、さすがに翌日までは引きずらなかったようだ。
テレビをつけ、朝のニュースを見て、7時になったところで家を出た。
今日は早めに浩信と待ち合わせて、今日の行動の確認をしながら通学することになっている。
竜心が滝本駅近くにある本屋の前で待っていると、左の方から石が飛んできた。
竜心はそちらの方を見もせず、音も立てずに左手の指先でその石を捕まえた。
「アウトだ」
石が飛んできた方から浩信がやってきて、竜心に話しかけた。
「う……」
竜心は気まずげにうなだれた。
浩信が指摘する。
「あれくらいだったら、別に素直に当たれとは言わんが、石の方を見てもうちょっと大きくよけるくらいは必要だな」
「……わかった」
竜心は早速のポカで少し凹む。
浩信はニヤリとしながら聞いた。
「ところで、昨日あれから大丈夫だったか?」
竜心は苦笑しながら、
「ああ。夕食はまだ食欲がなかったので抜いてしまったが、今朝はもう大丈夫だった」
と返した。
浩信はくっくっと笑いながら続けた。
「いくらお前でも胃袋までは鍛えてなかったんだなー」
「食べる量の訓練というのはなかったな。必要になる場面が想定できんし。
……毒物に体を慣らす訓練や飢餓に耐える訓練はやっていたんだが」
素で返す竜心に、浩信は驚いた。
「毒……飢餓……か。『ありえねえ!』と返す前に、お前ならと納得してしまうのが笑えるなー
ところで、当たり前だが、今みたいな話題は『ナシ』だからな」
「ああ、さすがにそれはわかる。今は話が聞こえる範囲に誰もいないことを確認しているからな」
昨日と違って少し余裕があるようにみえる竜心が返した。
浩信が質問する。
「誰もいないことを確認って、気配かなんかでもわかんのか?」
「もちろん目でも確認しているが、その気になればある程度人の位置くらいには気付けるよ」
「お前、なんでもありだな……」
浩信が呆れた様子をみせる。
立ち話を切り上げ、学校に向かって歩き始めたところで浩信が切り出す。
「とりあえず、今日の段取りだが……
まず第一段階ということで、直接フォローできる範囲の俺のツレ2人と一緒に動くことにする。
お前がボロを出しても致命的なものでなけりゃフォローできるだろーよ」
竜心は浩信の配慮に感心しながらうなずく。
「今日はオリエンテーションと部活の説明くらいだから、それほど気を付けないといけねーイベントはなさそーだけどな。
昨日決めた設定は忘れんなよ?」
浩信の注意に、竜心は「わかっている」とうなずきながら返す。
浩信は続けて言う。
「直近で問題がありそうなのは、身体検査と体力測定かな。
お前、身体検査でボロが出そうなものって何かあるか?」
竜心は少し考えて答える。
「あるとしたら体に傷があるくらいだが、古武術でそうなったとしておけば、まあ大丈夫……かな?」
「でけー刀傷とか銃創とかはねーよな?」
「ああ、それはない」
「ならそっちは何とかなるか……
問題は体力測定の方だな」
竜心は沙桜島でも体力を測ったことはもちろんあるが、それとは全然違うんだろうなと思い、
「体力測定って何をするんだ?」
と聞く。
浩信は中学校での体力測定を思い出しながら答える。
「握力とか背筋力とか……とにかく筋力を測ったり、柔軟性を測ったり、あと走ったり跳んだりの運動能力も調べるか」
竜心は昨日のことを思い出しながら確認する。
「その辺り、一通り高校生の平均とか上限とかを調べておいた方がいいよな?」
「もちろんだ。それと、測定の時に周りのヤツの記録を確かめておけよ。
できれば俺らと回って、それより少し上くらいにしとくのが無難かもなー」
浩信の案に、
「その方が助かるな……」
と返す。
滝本駅から坂を登り、滝本高校の校門が見えてきた辺りで話を他の人に聞かれてもいいものに切り替えた。
「そーいやーお前がこっちに出てからどれくらいになるんだ?」
「受験するための願書を出す前くらいに出てきたから……もうすぐ一ヶ月になるかな」
「だいぶ慣れてきたか?」
「来た当初よりは慣れたけどな。街を歩いてどこに何があるかは大体把握したつもりだけど、よくわかっていないことの方が多いよ」
「まーお前がいた島にないものも多いだろうしなー」
2人が校門を抜け、校舎の下駄箱に向かっている時、1人の女生徒が竜心と浩信に気付いて向かってきた。
生徒会長の静だ。
「古賀君だったよね? おはよう。 山本君も、おはよう。 随分早いのね」
微笑みながら2人に声をかけた。
「おはようございます」「どもっす」と2人は挨拶を返す。
静は昨日のことを思い出し、
「古賀君は、今日もここに通うことを実感したかったのかしら?」
と冗談を言うように声をかけてきた。
どう答えたものかと戸惑っている竜心をみかねて浩信がフォローした。
「いやー こいつが高校でどう振る舞ったらいいかわかんねーって言うんで、早めにきていろいろ教えてやろーと思ったんすよ」
「ふふっ。山本君が面倒をみているってことは、それだけ面白い子だと思ったのかしら?」
「ええ。こいつは真面目そうに見えていろいろと面白いボケをみせてくれますしねー」
竜心は浩信のフォローにほっとしつつ、この2人は知り合いだったのかと思いながら2人を見ていた。
静がそれに気付いて竜心に説明した。
「山本君とは同じ中学校の先輩・後輩だったのよ。いろいろ気が付く子で、生徒会の手伝いをしてもらったこともあってね」
「そーいや、先輩は高校でも生徒会長なんですねー」
「ふふ。なんだか生徒会の仕事が私に向いてると思えてね。一年生の時に書記をさせてもらってからずっと生徒会に所属しているわ」
「先輩らしいっすねー」
竜心は知り合い同士のテンポのいい会話についていけず、ふんふんと聞くことに専念していた。
話しに区切りがついたところで、
「そろそろ行くわね。生徒会の仕事があるの」
「朝から忙しーっすねー」
「今日の部活説明会とか、いろいろ準備しないといけないことがあってね」
と静が立ち去ろうとする。
竜心は「この人は昨日といい、今日といい、本当にがんばっているな」と感心して、
「朝早くからご苦労様です」
と声をかけた。
その微妙な間に、静と浩信は同時に吹き出して、竜心に声をかけた。
「ふふふっ。本当に真面目ね。ありがとう、がんばるわ」
「本当にクソ真面目な奴だなー」
静が去ってから、竜心は浩信に聞いた。
「さっきの俺は何かおかしかったか?」
「おかしーっつーか。間が悪いというか変わっているというかなー」
竜心はよく理解できず、困った顔をする。
「まー気にすんな。話のテンポとかこーゆーのは慣れだ、慣れ。
もっと気にしなきゃなんねーことがあんだから、そっちを優先して考えろって」
と浩信に言われ、「それもそうだ」と納得する。
竜心と浩信はまだ誰もいない1-Hの教室に入った。
竜心は自分の席に、浩信はその隣の席に座り、向かい合わせになって、浩信が説明を始める。
「とりあえず今日紹介する俺のツレのことを話しておくぞ。
2人とも同じクラスだ。
まずは名張 武仁。俺はタケって呼んでる」
竜心は昨日の自己紹介を思い出して、
「ああ、あの背が高くてがっしりした体格のヤツだな」
と武仁の印象を話す。
「ああ、そうだ。よく覚えてんなー
タケは細かいことは気にしねーし、お前からすれば付き合いやすい方だろ。
中学からバスケ部……ってバスケはわかるか?」
「ああ、スポーツについてはこっちにきてから図書館で大体の内容とルールくらいには目を通している」
「そっか。
タケはバスケ部でレギュラーでかなり運動ができる方だ。体力測定の時は目安にするといーだろ」
「なるほど。わかった」
「もう一人は、清永 賢治。こいつのことはケンって呼んでる。
背は普通でちょいとひょろいが、運動は平均くらいにはできる。
こいつはタケとは反対にインドア派……室内でゲームとかやるのが好きなタイプだ」
浩信は一呼吸おいて続ける。
「タケとケンとは小学校から一緒でずっとつるんでる。俺が打算なく付き合っている、本当に気のいい奴等だよ。
お前の『普通の高校生』としての試運転の意味もあるが、そーいった建前もあんまし気にせず付き合ってやってくれや」
そんな友人を紹介してくれるという浩信に、
「ああ、わかったよ。ありがとう」
と竜心は感謝を込めて返す。
話しているうちに、生徒が普通に登校してくる時間になり、ちらほらと生徒が教室に入ってくる。
まだ2日目であるだけに、同じ中学のグループで固まって話をしているようだ。
武仁と賢治は始業時間ギリギリに連れだって教室に入ってきて、浩信と「おっす!」と挨拶を交わし合う。
浩信はオリエンテーションで体育館に行くときに2人を紹介することにして、自分の席に着いた。
始業時間の8時半になり担任の藤堂先生が入ってきた。
「みんな、おはよー! 今日はまずオリエンテーションだからねー 体育館に行って、学校生活の説明を受けてもらいます。
その後は部活動の紹介を先輩たちがしてくれるから楽しみにしていてね!
オリエンテーションは9時半からだから、それまでには体育館で並んで待ってるようにねー」
と、教卓についた途端、一気に今日の予定を話し終えた。
そこで何かに気付いたかのように「はっ」という顔をして、
「みんなごめーん。出席が先だったー」
と、生徒の名前を出席番号順に呼び、全員出席していることを確認する。
「せんせーちゃんとしてよー」という女子の声に「ごめんねっ」と笑ってるところなど、まるっきり生徒にしか見えない。
藤堂先生は生徒に温かい目で見守られて少し居心地が悪くなったのか、「それじゃまたあとでねー」と駆け足で教室を出ていく。
「一時間ほど時間があるならちょうどいいな、紹介するぜ」
浩信が竜心に声をかける。
竜心と同じ列にいる賢治の席の周りに、竜心・浩信・武仁・賢治が集まる。
浩信が武仁と賢治に竜心を紹介する。
「おう! 昨日こいつとツレになったんで紹介するぜ! 昨日自己紹介してたけど、遠い島から来たド田舎者の竜心だ!」
「……なんだその紹介は」と竜心が文句をこぼす。
武仁がスポーツマンらしい爽やかさで竜心に話しかける。
「はっはっは! ヒロはいろいろテキトーだからなー
俺は『名張 武仁』だ。タケって呼ばれてるからお前もそう呼んでくれよな。
お前は自己紹介の時に遠くから来たってのと、かなりいいガタイをしてるなってので覚えてるぜ」
「ああ、俺は『古賀 竜心』だ。ヒロからは竜心と呼ばれているし、そう呼んでくれ」
「了解だ!」
次いで賢治が落ち着いた口調で話しかける。
「僕は『清永 賢治』だよ。みんなにケンって呼ばれている。
僕も遠くから来たっていうのが珍しくて覚えているよ」
「そうか。ヒロにも言われたが、遠くから来る者はほとんどいないみたいだな」
「小学校、中学校でもほとんど見たことないからね」
賢治が返す。
浩信が続けて竜心のことを紹介する。
「こいつ、こんな堅苦しー口調で話してクソ真面目にみえるが、いろいろ抜けてるところがあってな。
なかなかおもしれーやつだぜ。
昨日は朝早くから校門の前でぼーっとつっ立ってて思いっきり浮いてんのになかなか気付いてなかったしなー」
「う……それを言うか」
竜心は思い出してまた少し凹む。
武仁と賢治はそれをみて同時に吹き出す。
「はっはっは! なんかその『抜けてるところ』ってのもわかる気がするぜ」
「確かにね」
「それにしても、お前、かなり鍛えてるだろ?
何かやってたのか?」
と武仁が竜心に聞いた。竜心は、「きた!」と思い、想定していた設定で答える。
「ああ、島では古武術の道場に通っていたな。
こちらに来てからも日課の訓練は欠かしていない」
「古武術? それ、どんなの!?」
横から賢治が食いついてきた。ゲームや小説でしか知らない『古武術』に興味津々のようだ。
竜心は考えていた設定の続きを話す。
「ああ、古武術というのは島伝統のものでな。空手とか柔道とかって有名な武道とはかなり毛色が違うんだが……
無手も剣術も棒術も込みで、ルールとかはないし、勝てるなら何でもやるってところだったな」
竜心はできるだけ元々やっていたことをぼかして話したつもりだったが、浩信は設定について少し行き過ぎを感じたのか、眉をひそめている。
竜心はそれを見て「まずかったか?」と思い、修正として付け足す。
「……まあ、そんなカンジの建前で、各技術の訓練をやってたよ」
説明を聞いてかなり行き過ぎた実戦を思い浮かべていた賢治は、最後の捕捉を聞いて、現実味がない(しかし真実に近い)イメージを修正し、
「なるほどね」
と納得する。
浩信は「早速かよ……」と呆れつつ、顔には出さずにホッと安心する。
武仁は竜心の話を聞いて、
「そっかー かなり鍛えてんだな! 俺もバスケやってて、それなりに鍛えてんだよ。
竜心、いっちょ腕相撲やってみねーか?」
「腕相撲?」
「なんだ、腕相撲もしらねーのか?
こー机の上で肘を立てて、手を組んで、肘を上げないようにして自分の内側に手を引き寄せるんだよ」
武仁が説明しながら右手を賢治の机の上で構える。
竜心は「第二弾が来た!」と思い、
「わかった」
と武仁の真似をして、腕相撲の体勢を組む。
「おいおい、いきなりだな」
と浩信が呆れた風に声をかけながらも、机の上で組まれた手の上に自分の手をのせ、
「そんじゃ、『レディー、ゴー!』の掛け声で始めんぞ」
と特に竜心に向けて説明する。
「レディー、……ゴー!」
と浩信が掛け声を上げた瞬間、武仁が右腕に全力をこめる。
竜心は「加減、加減」と頭に念じながら、力を抜いて、武仁がかけてくる力で少し引き倒され、武仁の腕力を推測して、少しずつ力を込めていく。
「つええ……!」と武仁がうなる。
竜心はふと、「平気な顔をしていてはまずいか?」と思い当たり、「うおおおお」と声を出す。
浩信は「こいつ演技が白々しいな……」と思いながらも、「まあギリギリセーフなラインかな」と安心する。
ゆっくりと竜心が自分の左に手を引き倒して、武仁の右手の甲が机についた。
「くあーーー! 負けた!
竜心、お前すげーな!」
武仁は負けた悔しさ3割、尊敬7割といったカンジで竜心を称賛する。
賢治も、
「タケがここまで敵わないのは久しぶりにみた気がするよ」
と感心する。
いつの間にかクラスの他の男子も勝負に見入って「すげーな」「お前ならどーよ」「無理無理!」と友人同士で意見を交わし合っている。
浩信は「頃合いか」と見計らって、
「はっはっは! なんか盛り上がったな!
さて、そろそろ時間だし、体育館にいこーぜ!」
とその場を締め、ある程度打ち解けた4人でオリエンテーションのために体育館へ向かった。
オリエンテーションと部活紹介まで進めるつもりでしたが、長くなってしまったので分割します~