第三十話 日常に迫る危機(後日談)⇒そして日常へ
13日中には投稿できませんでしたが、第一章の最終話をお送りします!
竜心が○ンパンマンとして沼井組の本拠地を撤収してから30分ほど経った後。
ファンファンファンンファン……
38台のパトカーが沼井組の本拠地と2つの拠点を目指して向かっていた。
滝本市に長く住む者でも見たことがないほどの台数に、物見高い者は表に出てきて、同じように出てきた者と言葉を交わす。
「おいおい何事だ!」
「何だ何だ!」
「あっちに向かっているぞ!」
「何があったんだろ?」
「観に行かない?」
「行っちゃう?」
特に物見高いものはパトカーが一番多く向かっている方向へ走り出す。
沼井組の本拠地だったビルの前に次から次へとパトカーが止まり、民間人を遠ざけるためにロープを張ろうとパトカーから出た警察官も、ビルにぶらさがっている組長と幹部5人を見て動きが止まる。
「おい! ぼーっとしてねーでさっさとロープを張れよ!」
集まった警察官の中で一番地位が高そうな男が大声を上げ、動きが止まっていた警官は慌てて動き出す。
本拠地の担当になっている30台のパトカーが全て到着し、ビルに突入する体勢が整ったところで、先ほど声を上げた男を含めた50名がビルに突入する。
他の49名は、まだビルに潜伏する者がいるかもしれない可能性を考えて緊張しているが、声を上げた男は緊張感なく入っていく。
その男の周りにいた警察官が「さすがは坂中警部」と感心している中、その男「坂中 武蔵」は、
(聞いちゃーいたが、思ったよりもとんでもねーことになってんな)
と呆れているのだった。
回収した組員、特にロープで吊り下げられていた組長と幹部は「○ンパンマンが……○ンパンマンが……」とつぶやきながら震えている。
同時に押収した拳銃や日本刀などが語る物騒な状況とそのつぶやきが異様にミスマッチ感を醸し出し、その場にいた武蔵以外の警察官は、何のトラブルもなく「組同士の抗争」の結果を押さえることができた安心感よりも困惑が先立っていた。
武蔵は今回の捕り物の経緯の原因でもある、昔馴染みと呑みに行った時のことを思い出していた。
……
「おう! よく来てくれたな!」
「おうよ! 全くこの忙しいときに呼んでくれやがって」
先に店に来ていた孝信が、孝信のいる個室に入ってきた武蔵に声をかけ、武蔵はわざと作ったしかめっ面で返した。
孝信は、
「まーそういうなって」
と言いながら、武蔵がいつも頼む酒を武蔵を先導していた店員にボトルで頼んだ。
武蔵は作ったしかめっ面を崩して笑いながら、
「まー休むいい口実になるんだけどな」
と言って孝信の前に座る。
孝信は店員が注文を伝えるために去ったことを確認してから、
「忙しいのは沼井組のせいかい?」
と声を潜めて言った。
「なぜそれを! ってお前ならどっからでも情報は入ってくるか」
と武蔵は諦めたようにつぶやく。
店員にいつものように料理をまとめて持ってこさせ、雑談を交わしているうちに料理も酒も出揃ったところで、孝信が切り出した。
「沼井組の件について話がある」
「……何となくそんな気がしたぜ」
と武蔵は苦笑しながら答える。
孝信が続ける。
「沼井組の本拠地と拠点は調べがついてるか?」
「あー、まあ当たりはついてるってところだな」
「こちらではもう調べはついている」
と言って孝信は本拠地と2つの拠点の住所を告げた。
「かーっ」と武蔵は右手で頭を押さえながらうめいて、
「こっちも本拠地と本拠地に近い方の拠点は当たりをつけたんだがな。
確信がなかったうえに、遠い方の拠点はまだ分かってなかったよ。
ったくやってらんねーな」
と文句を言うように孝信に返した。
孝信も苦笑しながら、
「まあこちらにも事情があってな。
本気で調べたんだ。
それで、これがこちらの用件なんだが……警察はしばらく手を引いてくれないか?
それと、こちらが伝えた時間帯には人払いもお願いしたい」
と告げた。
「はあ!? 何だそりゃ!
今までお前にはいろんな面で世話になってるから、こちらもできるところでは融通を利かせたりしてきたがなー。
こっちにもできることとできねーことがあるぞ!
俺はな、事件の解決のためなら融通を利かせることもあるが、不正に手を貸したことはねーし、これからもするつもりはねーよ!」
と武蔵は感情的になって言い放った。
孝信はそんな武蔵を見ても態度を変えずに、
「それは分かっている」
と一言で答える。
武蔵はグラスに入った酒を空になるまでぐいっと飲み干し、「ふーっ」と一息ついて、落ち着いてから孝信に話しかけた。
「まあ、お前がどういうヤツかも長い付き合いで知ってるつもりだ。
何か、俺も納得できるような理由があるのか?」
「ああ、聞いてくれるか」
と孝信は微笑んで、浩信たちの計画を竜心が絡むところだけは誤魔化しながら説明した。
武蔵は話を聞いて呆れたように言った。
「はー。こちらは何の被害もなく無傷で沼井組を取り締まれる、ね。
馬鹿じゃねーの?
……って言うところなんだが、お前なりの確信はあるんだろ?」
「ああ。もちろん100%ではないけどな」
「っ! 確実じゃねーってのは困るな。
俺のキャリアがどうこうって話じゃねー。
他のもんにまで迷惑がかかるんじゃ話は聞けねーぞ?」
「もちろんわかっている」
孝信は深くうなずいて続ける。
「こちらが人払いを頼んだタイミングで、署の方で行動を起こす準備をしていてくれればいい。
もし、その時こちらが失敗しても、後の収拾をつけられるように。
その時は俺が全力をもってフォローするつもりだし、今後何をやってでもその穴を埋めてやる」
孝信が覚悟を決めて放ったその言葉で、武蔵も覚悟を決める。
「その準備をしておけば、お前がうまくいった時は無傷で全面解決。
うまくいかなかった時でも警察側で問題を解決できる状況には持っていけるわけだな」
「ああ」
孝信はまた深くうなずく。
「わかったわかった!
お前の話に乗ってやるよ!」
武蔵が「降参!」というように両手を上げながら同意したことを伝える。
孝信は緊張を解いて、
「まあ、よろしく頼む」
と武蔵のグラスに酒を注いだ。
……
(まったく、あいつの思い通りに丸く収まっちまったな。
あいつの思惑通りかもしれんが、こちらの想像は大きく上方修正させられたぜ。
後は辻褄合わせが俺の仕事か。
俺はまだしばらく忙しいままかね……)
武蔵は一つため息をついて、来る時に乗ってきたパトカーに乗り込むのだった。
山本家では作戦が全て終了した後の検討会が行われていた。
「……というように沼井組の組長以下、全員が警察に回収されたそうだ」
孝信が武蔵から連絡を受けた内容を話す。
浩信は「ふーっ」と大きく息を吐き、沼井組に関係する問題が最後まで無事に解決できたことでほっとする。
孝信は呆れたように苦笑しながら、
「それにしても、竜心君はすごいな。
沼井組の全員が丁寧に拘束されていて、警察は本当に回収するだけだったそうだ。
窓からぶら下げられた組長と幹部を回収するのには苦労したそうだがな」
と続けた。
浩信はニヤリと笑いながら、
「竜心が担当するところだけは全く問題ないと言っただろう?」
と答えた。
孝信はまた苦笑しながら続ける。
「実はな。
襲撃作戦がうまくいかなかった場合のリスクヘッジができていなかったことを叱ろうと考えていたんだ。
もしうまくいかなくても事態が収まるように準備してな」
「そうだったのか!」
と知らされていなかった浩信は驚く。
「まあ、今回はそれだけの信頼性が裏にあったのであれば問題ないが、うまくいかなかった時のリスクヘッジは常に考えておくようにな」
「……わかった」
窘める孝信に、浩信は反省する。
孝信が少し意地の悪そうな表情になってさらに続ける。
「あと、愛心保育園の園児の件だが、実際には巡回は必要なかったな。
人件費などのコストの面で考えると効果を上げなかった」
浩信は少し考えてから、
「それはすまなかったと思ってる。
でも、万が一にでも狙われる可能性があるなら、手を打たないとダメだと思ったんだ。
効率で考えれば、可能性の低いところに手厚い対処をすべきじゃなかったかもしれないが、『まさか』で済ませられないところにはちゃんと手を打って作戦を進めたかった」
と頭を下げる。
孝信は「アッハッハ!」と笑いながら浩信の頭にポンと手を置く。
「いや、お前の考えは正しかったと俺も思っているよ。
リスクに対する考え方は二つあってな。
一つは日常起こり得るリスクに対する考え方。
これは『そのリスクが起こる確率』と『そのリスクにより受ける影響』の掛け算で考えて重要性を判断する考え方だ。
こちらで考えると愛心保育園の対処は間違っていたことになる」
そこで一呼吸おいて孝信は続ける。
「もう一つは致命的なリスクに対する考え方。
どれだけ可能性が低くても一度起こって対処できなければ致命的なダメージを受けること。
例えば、地震が起きた時に業務が停止し、その後の復旧のことも考えていない会社は、一度大きな地震が起きればもう元のようには立て直せないだろう。
アメリカでは大統領と副大統領は絶対に同じ飛行機に乗らない。同時に殺された場合には国を臨時で運営することもできなくなるからだ。
この考え方で行くと、愛心保育園の対処は正しい。
お前は大事なものを見極め、正しく判断できたと考えていい」
孝信の言葉を受けて、浩信はもう一度「ふーっ」と息を吐き、右手の拳をグッと握って小さくガッツポーズを決めるのだった。
今回の騒動のもう一つの原因、沼井組につけこまれた村上家の分家に、静と久美と繁信が向かっていた。
久美は静と滝本高校では先輩後輩の仲だったことから、繁信は一人は男性がいた方がいいだろうということと孝信では表向き大げさになり過ぎることから、選ばれて静についていくことになった。
先に電話を入れ、今から向かうことは告げてある。
村上家の分家は四家あるが、その内三家は本家から様々な事業が任されていて、それなりに交流もあり、静も親しくしている。
今から向かう分家のみ、事業を任されてもうまくこなせず、静の父親が代わりに立て直すと「横暴だ」と文句を言ってくるようなところで、本家からも他の分家からも煙たがられている家であり、その当主「村上 誠」はまさにその家を代表したような人物だった。
滝本高校の空手部主将と同じ「誠」という名前だが、空手部主将の誠は名前の通り誠実な人物であるのに対し、「村上 誠」は名前が皮肉にしかなっていないという人物だった。
今から会いに行くのはその「村上 誠」である。
「静も本当に大変ね。まだ高校生なのに、こんなことに巻き込まれちゃって」
久美が静に話しかける。
「いえ。私よりも、先輩のご家族みんなを巻き込んでしまって本当に申し訳ありません」
静はすまなそうに謝る。
久美はポンと静の頭に手を置いて、
「謝ってもらうよりも笑ってくれる方が嬉しいわよ」
と笑いかける。
「はい!」
と静も笑顔を返す。
「まあ君や竜心君たちのおかげでヒロも自然体になれて成長できているようだし、こっちがお礼を言いたいくらいなんだけどね」
と繁信は静に微笑みながら話しかける。
「いえ、そんなことは」
と静ははにかみながら繁信に答える。
久美と繁信と話しているうちに、静は緊張がほどよくほぐれ、「気を遣ってくれたのだな」と気付いて2人に感謝していた。
そして、目的の分家に到着する。
静が住む本家の家と変わらないかそれ以上の規模の邸宅で、しかしどこか寂れたような雰囲気が感じられる。
入り口で家の使用人が待っていて、3人を中に案内する。
この案内している使用人は事情を知らないようで、特に3人に対して客人として以外の意識はないように振る舞っている。
応接室の扉で、「お客様が参られました」と使用人が声をかけると、「入れ!」と大声が部屋の中から聞こえてくる。
3人には明らかにその声が虚勢だとわかり、苦笑しながら使用人が開けた扉から部屋に入っていく。
中では身長は静より少し高いほどだが体重は静の倍以上は余裕でありそうな、肥えた60歳の男が足を組んで応接ソファに座っていた。
席を進める様子もないが、3人は気にせずその男の前に座る。
使用人が出て行ってから、静は微笑みながら単刀直入に切り出した。
「観念してください」
声をかけられた男、「村上 誠」は分かりやすいほどに汗をかきながら、
「な、なんのことだ?」
と答えた。
静は微笑みの表情を変えないまま、
「沼井組が組長以下、ほとんど警察に捕まったことはご存知でしょう?
どのように捕まったかご存知でしょう?」
と質問するように告げた。
「ワシは何も知らん! 何のことか分からん!!」
更に汗をかきながら、首と手をブンブンと振りながら「村上 誠」は答える。
静はそれが聞こえなかったかのように、
「本家のおじい様も、お父様も、今回の件を大事にしようとは考えていません」
というと、分かりやすいくらいに「村上 誠」の顔は明るくなる。
「……但し、今回の件で、本家並びに他の分家とは完全に縁が切れたものと考えてください」
と静が続けると、この世の終わりのような顔になる。
静はさっと立ち上がり、久美も繁信も合わせて立ち上がる。
「今後何があっても助けはないものと考えてください。
そして、また何かを裏で動こうとしたその時は……」
そこで静は目を細めて、
「沼井組と同じ目に遭うことを覚悟してくださいね」
と伝えた。
「村上 誠」は放心状態になって応接ソファに沈み込んだ。
静はもう振り返りもせず部屋を出た。
村上家の分家を出て少し離れてから、
「いやー! 何だか静すごかったわー」
と久美が静に声をかけた。
「うんうん。高校生とは思えない迫力だったね」
と繁信も同意する。
「いやそんなことは……」
と静が照れて言葉を濁す。
少し歩いてから久美が、
「それで、あの家はどうなるの?」
と静に聞く。
静は首を横に振りながら、
「元々、本家と他の分家の支援がなければ既に潰れていたような家ですので、何もしなければ潰れていきますね」
と答えた。
「そんな状況でさらに欲を掻いたのか。何ていうか、ああはなりたくないっていい見本だなー」
と繁信は自戒するようにつぶやく。
「その欲が沼井組を呼び寄せることに繋がったんですから、本当にいい迷惑ですね」
と静は大きなため息をつきながら言うのだった。
竜心の家に浩信・賢治・静と更に武仁が集まり、明日から4人は学校に復帰するということで、事情を知っている武仁を交えて5人で打ち上げをすることになった。
浩信から武仁にある程度の事情は伝えていたが、改めて何があったかを詳しく説明する。
説明をしながら上映した「○ンパンマン作戦」の映像で武仁が大いにウケて笑いまくる。
「アッハッハッハッハ! マジで○ンパンマンが暴れてる! っつーかリアルで暴れたら怖いっつーの!」
ちなみに静はシュールすぎて笑えないでいる。
竜心は自分を映像で客観的に見て「やはりアニメと同じようにはいかないな」とうなずきながら確認している。
組長と幹部5人の「ご」「め」「ん」「な」「さ」「い」は静もウケて、二回目の浩信と賢治もウケて、武仁は呼吸困難になって声が出ないくらいにウケている。
竜心は「これはいい出来だな」とうなずいている。
一通り説明が終わり、竜心たちが学校を休んでいる間の学校の状況を武仁から聞いている時、竜心はふと不安になって武仁に聞いた。
「タケ。お前は俺たちが怖くなったりはしないのか?
ある程度こっちの生活に馴染んできて、俺たちが、特に俺が普通ではないことは今回のことでよく分かっただろう?
お前が一番、この中では日常に生きている。
俺を、化け物だと思ったりはしないのか?」
静は自分にも似たようなことを聞き、竜心の中で根深い悩みだということを理解して胸が苦しくなった。
浩信と賢治も少し神妙な顔をする。
しかし武仁は、
「何言ってんだお前?
お前が何でも完璧というわけじゃないことも知ってるし、何よりイイ奴だって知ってるしな。
すごいなって思うことはあっても、怖がるとかありえないだろ?」
とあっけらかんと言い切る。
あまりの言い切りっぷりに一瞬4人はポカンとするものの、
(この中で一番の大物はこいつかもしれないな)
という共通した感想を持つのだった。
そして、日常の危機は終わり、日常に戻る……
ようやく、ようやく第一章が終わりました~




