第三話 浩信の協力⇒そしてラーメンマシマシ
浩信が竜心にどのように協力するか、話を進めていきます。
「俺が協力してやるよ」
竜心は浩信が言った言葉の意味が理解できなくて、戸惑いながら聞き返す。
「……え?」
竜心は目を見開いて、落ち込んでいたさっきとは違った間抜け顔になる。
浩信は苦笑して続ける。
「俺が、お前が『普通の高校生』になれるように協力してやるって言ってんだよ」
「……なぜ?」
竜心は浩信の意図がわからず、いぶかしげな顔になる。
浩信が続ける。
「お前みて―な面白そうなヤツはなかなかいねーからな。これからも面白いもんをみせてくれそうだし。
それを近くで楽しめんなら少しくらい手を貸してやるってもんだ」
竜心はそんな軽い動機で手間を惜しまないという感覚がわからずさらに聞く。
「それだけで協力しようと思うものか?」
浩信は少し考えた様子をみせ、そして少し真面目な表情になって話し始める。
「俺は人脈ってやつが大事なもんだと思っていてな。これまでもいろんなとこで顔を繋いできた。
先輩にも後輩にも、大人にもそれなりにコネがある。
今までつくってきた人脈の枠から大きく外れたお前のようなヤツとツレになんのも、俺にとってはプラスになるかも……くらいの打算はあるぜ」
竜心は納得したように、
「なるほどな……正直な話、お前が協力してくれるという話は本当にありがたいと思う。
それに、ただ協力されるだけというより、それくらいの打算があった方が安心できるよ。
ただ、俺にも何かお前に協力できることがあれば協力するけど、人の道に外れるようなことはさすがに聞けないぞ?」
浩信はうなずきながら返す。
「ああ、お前がそんなことができそーもないのは見ててわかんよ。
それじゃ、当面の話について詰めてくか」
「当面の話?」
「ああ。近々ありそうなことを想定して、お前がどう振る舞うかを決めていかねーとな」
浩信が学校でみせていたふざけた雰囲気と異なる、理知的な雰囲気で話を進めていく。
竜心は「こいつも思ったよりいろいろクセがありそうだな……」と思い、少し戸惑いながらも頼もしく思った。
浩信が話を続ける。
「お前もどう過ごしていくか何も考えていなかったわけじゃねーだろ? どうするつもりだったか話してみろ」
竜心は入学前に考えていたことを話す。
「どうするかを考えるにも、考えるもとになる情報が俺にはなかったからな……
今はテレビがみれるから、家ではニュースをみて、あとは街を歩いて回ったり、くらいしかしていない。
あとはとりあえず周りを観察して合せていけばなんとかなるか……って考えてたんだけどな」
「全くなんとかなってねーけどな」
浩信がつっこむ。
竜心は苦笑して、
「ああ、わかってる。ただ、ここまでダメだとはさすがに思ってなかったよ……」
とまた落ち込む。
浩信は「ふーむ」と少し考えて、話し始める。
「まあ周りに合せるということ自体はそんなに間違ってねーからな。
とりあえず、しばらくは俺が張りついてアドバイスしてやるよ。
またうかつなマネをしたくなかったら、基本的には勝手に動かないことってのが当面の方針になるかな」
竜心はほっとした顔で感謝する。
「面倒をかける。本当に助かるよ……」
「ただし」
まだ安心するなとばかりに浩信が続ける。
「俺が張りつくだけで問題がなくなるわけじゃねーし、俺ができるのはその場のフォローだけだからな。
まずはお前の基本的なキャラ設定っつーか、立ち位置を決めないとな」
「立ち位置?」
「ああ。お前がいきなり『普通の高校生』として動けるわけねーしな。
そういわれてもお前は見当もつかねーだろ?
だから、そのままのお前を、『普通の高校生』に近づけていく方向で考える」
竜心は真剣にうなずきながら聞いている。
浩信は続ける。
「まず一つは、お前がやろうとすることを常識の範囲内におさめることだ。
高校生の上限、下限、それに平均くらいでどんなものかを知って、その範囲で動かねーとな。
まあお前の体つきからして上限に近いくらいで動いても構わないと思うが、例えばさっき風船を取った時に跳んだ高さだが、高くても1mちょいくらいが限度だな」
「なるほど」
竜心は深くうなずく。
「あと、まだ見てねーが……」
と、浩信はいきなり竜心の顔に向けて右手でストレートを放つ。
竜心は「なんだ?」と思いながら、当たるまで数ミリというところまで動かず、紙一重で頭を動かしてかわす。
浩信は、よけると考えていたが、当たってしまったと錯覚するような、竜心の顔を拳がすり抜けたように見えるような、神業のようなよけ方に驚く。
一呼吸おいて、浩信が話を続ける。
「今みてーな反射的な動きだ。ってかマジで当てちまったかとびびったぜ……
よけるにしても、もっと大げさによけるのが普通の反応だ」
竜心は感心して、
「ああ、わかった。それにしても、そんなことにまで気付けるのはすごいな。
言われなければまず間違いなくボロを出していたと思う」
と浩信に伝えた。
「まーそれだけ動けるなら反応もそうなんだろーなと考えたんだがな。まー当たりだったか」
浩信が気を取り直して続ける。
「とりあえず、体を鍛えてたってことと、島ではなんか格闘技でもやっていたってことにするのが無難かな。
そーすりゃ、少しくらいボロがでにくくなんだろ。
なんかお前がやってることに近い格闘技を知ってるか?」
竜心は「うーむ」と考えて答える。
「空手、ボクシング、剣道、柔道あたりはどんなものか知ってるが、近いのというのは難しいな……」
浩信は「ふむ」と少し考えて設定を伝える。
「それならその島に伝わっている古武術でもやってることにするか。
実際似たようなもんだろーしな」
「まあそうだな」
浩信は「ふー」と一息ついて今までの話の結論を告げる。
「とりあえずはこんなところか。
お前が気を付けるのは、『常識の範囲内の動きにおさえる』ってことと、『島で古武術をやってた』って設定だ。
オーケイ?」
「わかった」
竜心はうなずいた。
「それなら、ちょいと遅くなったが飯食いにいこーぜ! ラーメンでもいいか?」
「ああ」
浩信の先導で、浩信行きつけのラーメン屋に向かった。
『仰天亭』
滝本駅から伸びている商店街を通り過ぎ、その先にある大通りから一本脇の細い道に入ると、その特徴的な名前のラーメン屋があった。
「仰天……何に仰天するんだ?」
竜心が聞くと、浩信はニヤリとしながら言った。
「それは見た方が早いな。 ところでお前は結構量を食べる方か?」
「まあそこそこ食べる方だと思うぞ」
滝本に来てから他の店で頼んだ定食の量などから推測して竜心が答えた。
ガラガラガラ……と引き戸を開けて入ると、
「らっしゃい!!!」
かなりのボリュームの複数の掛け声が二人を迎える。
中はカウンター席が10席、2人掛けのテーブルが4つ、4人掛けのテーブルが4つあり、少し昼食には遅い時間になったからか、客はほとんどいない。
「こちらへどうぞ!!」
20歳くらいの若い店員が4人掛けのテーブルに案内する。
「何にしやしょう!!」
客にかける声がいちいち大きいが、竜心は「これが『仰天』か?」と判断する。
竜心がメニューを確認する前に、
「俺は大盛り一つ! こいつには仰天盛り一つ!」
と浩信が勝手に注文する。
竜心が文句を言う前に店員が「大盛り一丁!! 仰天盛り一丁!!!」と注文を厨房に通してしまう。
店員が厨房に戻った後、「おい!」と竜心が文句を言おうとすると、
「まー仲間になった歓迎ってことで、ここは俺が奢ってやるよ」
と浩信に言われ、「いいのか? ありがとな」と感謝する。
「はいお先に大盛り一丁!!」とさっきの店員が浩信の分を持ってくる。
別の店で頼んだラーメンより一回りくらい大きい器にみえる。
「おい……」とさっきとは違う意味で竜心が声をかけようとすると、
「はい!! 仰天盛り一丁!!!」と、浩信のラーメンの量の4倍は入ると思われる器を両手で重そうに抱えて持ってこられる。
そっと置かれたにもかかわらず「ドンッ」と重い音がした。
浩信の大盛りでも通常の麺の2玉分くらいあるが、竜心の前に置かれた器には少なくとも8玉分はあるようにみえた。
(これが『仰天』か……)
竜心が呆気にとられていると、
「早く食わねーと麺が伸びちまうぞー」
と浩信が暢気に声をかけてきて、浩信は自分のラーメンにとりかかる。
竜心も自分の分にとりかかった。
ズゾー
ズゾー
2人は無言で食べ続ける。
5人ほどのまだ店にいた客がその量に呆気にとられた顔をしているのが竜心の目にもみえる。
浩信はすぐに食べきって、今は竜心をニヤニヤ眺めている。
竜心は半分ほど食べたところで既に限界が見え始め、7割食べたところで胃が完全に埋まっているのを感じ、8割を過ぎたところで「……もうダメだ……」とダウンした。
「はっはっはっはっは!」と浩信は大笑いし、話すのもつらい状態になった竜心は浩信を「お前……」と睨んだ。
「残りは俺がもらうわ」と浩信は竜心の残した分を食べる。
浩信が食べ終わった後、竜心が恨み言をいう前に、
「いやー 今日はお前に驚かされてばっかりだったからなー とりあえずお返しだ。
お前でも飯を食う量はフツーなんだな」
「……まあな」
竜心はふてくされる。
厨房の奥から身長が190cmを超えたやたらとガタイのいい熊のような男が出てきた。
「ヒロ!! 今回は一応食べきったんだな!!」
その男は親しげに浩信に話しかける。
「ああ大将! こいつが意外とがんばったからなー」
浩信が答える。
「どういうことだ?」と竜心が2人に視線を向けると、その男がヒロの背をバンと叩きながら竜心に向かって言った。
「こいつはたまに初めてここに連れてきたやつにさっきの仰天盛りを食わせるんだよ。そして俺は仰天盛りを頼んだ以上、食い切れなかっても食い終わるまで帰さねえ。閉店時間まで残っていたヤツもいたなー」
くっくっくと笑いながら浩信が言う。
「まー結構健闘したから最後は手伝ったんだよ。感謝しろよな」
「……こいつが歓迎か」
「おうよ。……ちなみに、こいつは『普通』じゃねーからな」
浩信が「いいことを言った!」というような表情で言い放った。
2013/1/2 ラーメン屋のエピソードを追加