第二十七話 日常に迫る危機(中編)⇒そしてまた一人バレる
前中後編になりました。後編が長くなりそうです(^^;
静は混乱していた。
車がいきなり自分の方へ向かってスピードを上げて突っ込んできたこと。
いきなり竜心が目の前に出てきて車を蹴飛ばして進む方向を変えたこと。
竜心の浩信との電話を聞いて、竜心が何者か分からなくなったこと。
電話で話している竜心は、これまでに見たこともないほどに激昂し、これまでに見たこともないほどに打ちひしがれ、何を言われたのか、最後には気を取り直したようだった。
竜心が携帯電話を切ったところを見計らって、静は、
「古賀君」
と声をかけた。
竜心はハッと今気付いたように振り返り、
「会長、誰も怪我はありませんでしたか?」
と尋ねた。
静はいつもの竜心のいつもの調子を見てとって、
「ええ。古賀君のおかげでみんな無事よ」
と微笑みながら答えた。
竜心はその言葉で先ほど忍者の体術を静の目の前で見せたことを思い出し、
「あー、えーと。会長にはいろいろ話さないといけないことがあるんですが、その前に。
保育園の子どもたちの家が狙われるかもしれないので、守るために園児の名簿をデータで送ってくれとヒロが言っていました」
とまず最優先の要件を切り出した。
静は少し考え、
「山本君にはウチの子たちが狙われる心当たりがあるのね?
それと守る手段にも」
と竜心に尋ねた。
「はい」
と竜心はうなずいた。
「わかったわ。山本君がいろいろ対策を講じてくれているからこそ、古賀君がここで私たちを助けてくれたのよね?
あなたたちを信じるわ」
と静は自分なりに考察して答えを出し、保育園内に戻っていった。
竜心も静に促され、ついていく。
「静ちゃん、いったい何があったの!?」
途中で事態を把握できていない梢が静に尋ねる。
「さっき車が私たちの方に突っ込んできたんです。
古賀君のおかげで助かりました」
静は嘘は話していないが全てを話しているわけではない言い方で答える。
列の前の方にいて静の後ろでよく見ていた園児が追随する。
「そーだ! おにーちゃんがヒューンってきてバーンてとばしちゃったんだよ!」
「うんうん! おにーちゃんかっこよかったー!」
梢は余計にわからなくなって、
「まあとにかく、誰も怪我してないし、無事なのね?」
と一番大事なことだけ確かめようと質問し、静は「はい」と答えた。
静は理事長室の自分用のパソコンを立ち上げた。
静は創立者の一族として、運営者のトップである園長の保奈美と同じだけのアクセス権を有しており、愛心保育園の中のデータには全てアクセスできるようになっていた。
手早く最新の園児名簿のファイルをメールに添付し、浩信のメールアドレスに送信する。
竜心は後ろから見ていても何をやっているのかほとんど分からなかったが、「終わったわ」という静の声で、浩信から頼まれた用件が完了したことを知った。
静は竜心に応接ソファに座るように促し、自分は室内にあるポットと茶葉で紅茶を入れ、それから竜心の前とその向かいにカップを置いて、竜心の向かいに座った。
静は一口紅茶に口をつけてから竜心に尋ねる。
「いきなりいろいろあり過ぎて、頭の中がこんがらがっているのだけれど、確認するわね。
まず、さっき電話で古賀君が私と園児が襲われたって言ってた。
車で『轢かれそうになった』じゃなくて、『轢こうとしてきた』ともね。
さっきの車は私を狙ってきたのかしら?
私が狙われる理由を古賀君や山本君は把握しているの?」
竜心は「はい」と答え、浩信から聞いている経緯を話した。
村上家の分家が現当主である静の祖父の後釜を狙っていること。
その分家の様子を知った沼井組が分家に手を貸すことで利益を得ようとしていること。
どちらかと言えば、沼井組が村上家の分家をそそのかした可能性があること。
沼井組が次期当主である静の父よりその娘である静の方が狙いやすいとしてターゲットに定めた可能性があったこと。
昨日、一昨日だけでも静に尾行や監視がついていたこと。
静は話を聞いて「ふーっ」とため息をつき、話し始めた。
「なるほどね。後釜を狙おうって分家の人たちなら心当たりがあるわ。
ただ、そのために何か行動を起こそうとするほど行動力がある人たちではないわ。
きっと行動の部分は沼井組が全部請け負うという形で、メリットだけをぶら下げられたんでしょうね。
うまくいっても利益を吸い尽くされるだけなのに、そんなことにも気付かないなんて、私まで情けなく思えてくるわ。
任された事業も傾けさせてお父様が引き受けて建て直したこともあったのに、村上家全体を運営できるだなんてどうして考えられるのかしら。
きっと権利には義務がついてくるってことをポーンと忘れちゃってるお気楽極楽な人たちなのね」
竜心は静の思わぬ毒舌に驚いている。
静はそんな竜心を見て「はっ」と気付いて、
「あー、そんなことをお父様からよく聞かされていたのよ。
それにその人たちのせいで家族の時間が減らされたこともあってね。
反面教師になさいってお母様からも諭されていたの」
と恥ずかしそうに補足する。
竜心は「そうですか」と相槌を打つ。
「それよりも」と静が話を変えるように言い切る。
「古賀君のあの動きね。
急に目の前に現れたと思ったら、こちらに向かってきた車を蹴飛ばして方向を変えたでしょ?
自分の目で見なかったら『何の冗談?』って信じなかったでしょうけど、見ちゃったものね。
あんなことができる、あなたは一体何者なの?」
竜心が高校に来てからまだ2ヶ月ほど。
その間にもうすでに2回言っている言葉をまた繰り返した。
「実は俺……忍者なんです」
「……」
静は思ってもいなかった答えが返ってきて一瞬思考が停止する。
それから竜心の表情がいたって真面目であること、入学式以来の竜心の言動と先ほどの動きを思い出して、
「冗談じゃなくて、本当のことなのね?」
と確認する。
竜心は深くうなずく。
「そのことを知っているのは山本君だけ?」
と静が続けて尋ねる。
「いえ、最初はヒロでしたが、タケとケンにも話しました」
と竜心が簡潔に答える。
静は「そう」とうなずいて、少し考え、
「それなら、名張君や清永君に話した時と同じように説明してもらえるかしら?」
「わかりました」
それから竜心は静に説明した。
沙桜島のこと。
主筋の沙桜一族とそれに仕える十支族のこと。
竜心の古賀家が十支族の一つであること。
古賀家が十支族の中で最弱の支族として地位が低かったこと。
竜心が古賀家でも落ちこぼれだったこと。
「逆身法」のこと。
竜心が「逆身法」を突き詰めたこと。
沙桜島で「こんな島でずっと生きていくのか」と一人考えていたこと。
2年前にテレビで滝本高校のことを見て、その光景に憧れたこと。
3年に一度の御前武試のこと。
「抜け忍」の制度のこと。
「抜け忍」の制度を使う時に付けられた条件のこと。
浩信にバレた時のこと。
浩信が協力を申し出たこと。
竜心のキャラ設定のこと。
浩信が第一段階として武仁と賢治を紹介したことと、その裏の意図。
浩信が第二段階として周りとの付き合いとこっちの「普通」に慣れることを設定したこと。
第三段階として武仁と賢治に事情を明かすことを提案し、竜心がそれを受け入れたこと。
そして、浩信から静が狙われているという話を聞いて静の護衛をすると決めたこと。
浩信が浩信の家族と賢治の兄に竜心のことを明かし、今回の対策を考えていること。
竜心が話し終えるまで、静は口を挟まずにうなずきながら聞いていた。
「そう」
竜心が話し終えてから、静は一つ深くうなずいた。
竜心は話し終えたあと、どこか不安げな表情をしている。
静は冷めてしまった紅茶に一度口をつけてから、
「あなたは、周りに知られてしまう危険を負ってまで、私たちを助けてくれたのね。
本当にありがとう」
と感謝を込めて竜心に話しかけた。
竜心はそれを聞いてほっとしながら、
「こちらにきてから、俺の存在が不自然だということがだんだん、身に沁みるように理解できるようになってきました。
俺の話で、会長に化け物のように見られても仕方がないなと思っていました」
と心の底から吐き出すようにつぶやいた。
静はそれを聞いて少し怒ったように返した。
「あんまり私を見損なわないでほしいわね。
古賀君がどんな子かはこの2ヶ月でそれなりに見てきたつもりだし、自分の力をむやみに使おうとしたりひけらかしたりしていないことも分かっているわ。
それに助けられた身で、そんなことを思うと思っているの?」
竜心は慌てて首を振る。
それを見て静は「ふふっ」といつものように笑い、
「やっぱり、今の話を聞いても古賀君に対して感じる印象は変わらないわ。
真面目だけど、どこか抜けてる、ちょっと普通じゃない子よね」
と微笑みながら伝える。
竜心は抜けていると言われて少し複雑な顔で「そうですか」と答える。
「でも、今までの古賀君の言動でいろいろ納得できることもあったわね。
入学式の時に朝早くから校門の前でぼーっとしていたり、初めて触る和弓で驚くほど的を射たり、空手部の小山君に勝っちゃったり、そういった背景があったのなら当然よね」
と静は言ってうなずく。
そして少し恥ずかしそうに続けた。
「あと、私も古賀君が大事にしたい日常に含まれているというのは嬉しかったわ。
保育園のみんなも、私も、守ってくれるのよね?」
「はい!」
竜心は力強く即答する。
そんな竜心を見て、静はどこか嬉しそうに、
「こんなときに不謹慎だと思うけれど、ナイトに守られるお姫さまみたいね。
守ってくれるのはナイトじゃなくて忍者だけれど」
とつぶやくのだった。
浩信は賢治に電話をかけ、事情を説明し、協力を求めていた。
「……と、今こんな状況になってんだ。
ケンの力を借りたい。後、できればケンの兄貴の力も借りてーんだ」
「わかった。もちろん協力させてもらうよ。
兄さんの力も必要ってことは、竜心のことを話しても大丈夫ってことだね?
それでも構わないくらいに大がかりなことをやるつもりだね?」
「ああ! ケンが相手だと話がはえーな。
情報収集だけならケンだけでも大丈夫だと思うんだが、奴等を監視するためのシステムの構築と運用も頼みたいと思っている」
「なるほど。
監視を人手じゃなくてシステムでやるのは竜心の存在をできるだけ隠すためだね?」
「っ! さすがだな! その通りだ!
その条件を満たすシステムはできそーか?」
「今すぐにはっきりとは言えないけど、何となくイメージはできるよ。
兄さんと相談して、具体的な案を固めてまた連絡、という形でいいかな?」
「ああ! 頼む!
こっちも解決までの大体の道筋は考えたんだが、親父たちと詰めて固めてから連絡する」
「了解!」
浩信は携帯電話を切り、考えた作戦の重要な柱の一つを賢治に任せることができ、「うしっ!」と右手の拳をぐっと握って小さくガッツポーズを決めた。
(後は親父たちの協力を取り付けねーとな。
一人で何でもやってみせるなんて俺のちっぽけなプライドはどうでもいい。
使えるもんは全部使って、まるっと円満解決といくぜ!!)
と浩信は気合を入れて、1時間後に浩信が招集した家族会議に向けて、現状と打開策をどのように話すかを詰めていった。
18時過ぎになり、竜心の携帯電話に浩信から着信があった。
竜心はすぐに出る。
「どうなった!」
「おわ!」
大声で出られて浩信が驚く。
「スマン」
「いや、いーんだ。待たせたな!
こっちの策は固まったし、必要な協力体制も整えた!
あとは解決まで突っ走るぞ!!」
「そうか!」
竜心の顔が喜色満面になる。
それを脇で見ていた静も明るい顔になる。
「ただまあ、今すぐに解決ってわけにはいかねー。
まず、お前には会長さんをつれてバレないようにお前の家で潜伏してもらう。
作戦のために必要な資料や資材は今から俺が集めて持っていく。食料も含めてな。
その時に作戦とお前にやってもらうことも説明する。
解決するまでは学校は休んでもらうぞ。
俺、お前、会長さん、ケンはみんな揃って食中毒になったことにするからな」
事態は解決に向けて動き出す。
2/12 0:10 最後の浩信のセリフで潜伏場所を愛心保育園から竜心の家に変更。
やっと、プロットを最初に作った時から書きたいことを書く準備が整いました!
後編は自分でも書くのが楽しみです(^^)
がんばって書きます~




