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抜け忍、普通の高校生を目指す  作者: ろん
第一章 抜け忍、高校に入学する
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第二十六話 日常に迫る危機(前編)⇒そして状況は動く

大分日が空いてしまいましたが、第一章最後の話をアップします。

前後編もしくは前中後編になる予定です。

「会長さんの周りがきな臭くなってきた」



その連絡を受けてから、竜心は自宅で浩信を待っていた。


「詳しいことは直接会って話す」と言われ、竜心は「どういうことだ?」と焦燥感を募らせながら、ただ待っている。


マンションの出入りの気配を感じとり、大体わかった体格で「これは違う」と判断する。


3人目の気配で浩信と一致する体格の気配を感じ、ドアをじっと見つめる。


3人目の乗ったエレベーターが5階に止まる。


505号室の前に着くやいなや、「バン!」とドアを開け、


「どういうことだ!」


と竜心はそこにいた浩信に怒鳴り、浩信は505号室のインターホンのボタンを押そうとする姿勢のまま目を見開いて固まっていた。



「すまねーな。焦らせたまま待たせることになっちまったか」


浩信はちゃぶ台の前に座り、苦笑しながら竜心に話しかける。


竜心は珍しくお茶も出さずに浩信の前に座り、押し殺した声で、


「どういうことだ?」


ともう一度聞く。



「込み入った話になるんだがな」


と浩信は前置きして話し始める。


「会長さんの家、村上家がそれなりの名家だってことは知ってるか?


古くからいろんな事業を運営して、いろんな慈善事業もやってるな。


お前が前に行った愛心保育園もその一環だ」


竜心は保育園の件もあってそれなりに大きい家なのだろうと考えていたので、うなずく。



浩信が続ける。


「その村上家で最近ややこしいことになっている。


今の村上家全体の当主は本家の『村上むらかみ 厳吾げんご』。


……会長さんの祖父にあたる。


その当主が今年の2月に体調を崩し、村上家の采配を揮うことができなくなっている。


それを今代行し、次期党首と考えられてんのが会長さんの親父さんだ。


そして、会長さんの親父さんがまだ村上家を掌握していない時を狙って、村上家の分家で怪しい動きを始めた連中がいる」


「そいつらが会長を狙っているのか!?」


竜心が身を乗り出して聞くのを抑えながら、浩信は「まあ最後まで聞けって」と落ち着かせる。



「そんな単純な話じゃなくてな。


村上家がゴタゴタしているところを嗅ぎつけて利益を得ようって連中がいるんだ。


それが『沼井組』。


下川山市を拠点にしているおヤクザさんだ。


どちらかといえば、その沼井組が村上家の分家連中を焚きつけた可能性がある。


村上家の分家に実権を握らせて、同時に後ろ暗いところを押さえて利益を貪ろうってとこだろうな」



「そいつらを潰せばいいのか?」


竜心が抑えた声で浩信に尋ねる。


浩信は苦笑しながら答える。


「今話したことはまだ全部裏が取れているわけじゃない。


沼井組のヤツが既に滝本市に来てるってことと、会長さんの動向を探ってるらしいって情報が入ってきてな。


次期当主自身より、狙いやすい会長さんをターゲットに何か考えてんじゃねーかと疑ってるところだ」


「どうすればいい?」


「お前には、しばらくマジドのバイトを休んでもらって、会長さんの護衛をやってもらおうと考えてる。


何かあってからじゃ遅いんだが、はっきりしないうちに何か手を打つってのも難しいからな。


お前がついてりゃー少なくとも会長さんは安全だろ。


状況が動くまで、それでしばらくは様子見ってことになるな」


「わかった」


竜心は即答した。


「まーお前ならすぐに引き受けると思ったぜ。


今回の件は誰かに頼まれたってわけじゃねーが、俺たちの日常を守るため、できることはやっていこうか」


浩信はニヤリと笑いながら竜心に返した。



それから浩信は細かい段取りを竜心に話していく。


「まず、俺は村上家や沼井組の動きを引き続き調べていく。


その上でケンの手も借りようと思っている。あいつの情報収集能力はすげーからな。


お前は会長さんの登下校と休日の外での活動に張り付いていてくれ。


会長さんにバレないようにな。


その上で気を付けることは、沼井組から何かアクションがあってもお前はできるだけ手出しをするな。


連中にできるだけ手札を見せないようにしておきたい」



竜心は手出しを禁じられることに抵抗を覚えたが、「根本的な解決のために必要なのであれば」とうなずいた。


「じゃあ、明日の朝からついてもらうことになるぞ。


後、マジドの高山さんには俺から連絡しとくぜ」


と浩信は竜心に告げ、帰って行った。




翌日の朝。


竜心は早朝から浩信から聞いていた静の家の近くに張り込み、静が出てくるのを待った。


7時ちょうどに静が家から出てくる。


竜心は静に気付かれないように距離を空けてついていった。


通常の尾行の距離は1~100mの間、最適な距離は15mと言われているが、竜心は300m空けてついていく。


視界から外れても気配で行った先が分かるために可能な尾行だ。


竜心は静だけでなく、周りの者の動きも察知しつつ、怪しい動きをしている者がいないかも探る。


静の家から滝本駅まで、特に怪しい動きをする者は見つからなかった。


静が滝本駅から滝本高校までの坂を上るところで竜心は引き返し、浩信に「朝は異常なし」とメールを打った。



その放課後。


竜心は静が生徒会の業務を終えて生徒会室から出たことを確認し、また静を尾行した。


校門を出てからしばらくは人が多くてなかなか識別できなかったが、周りに人が少なくなった辺りで3人がそれぞれ異なった距離で静の進む方向を明らかに意識して動いていることに気付いた。


滝本駅に停車している車と、滝本駅から静の家に向かって10分ほど歩いた辺りに停車している車から静を観察していることにも気付いた。


竜心は、尾行者たちに何かアクションを起こそうという気配はなく、観察者に徹しているという印象を受けた。


静が自宅に戻ったことを確認し、何事もなかったことにほっとする。


それと同時に、確かに静が狙われているということを、浩信の話を疑っていたわけではなかったが確信する。



竜心はすぐに浩信に電話をかけた。


「おう。どうだった?」


「ああ、会長は今帰宅した。


間違いなく会長は尾行されていた。


尾行者は3人、それぞれかなり手馴れている気配だったな。


あと、滝本駅と駅から徒歩10分ほどの距離のところで張っていた車があった。


今のところ手出しをするつもりはないようだった」


それから竜心は憶えていた車のナンバーを伝える。



少し考えた後、浩信が返す。


「なるほどな。おそらく連中は会長さんの行動パターンを調べてるんだろーよ。


攫うにしても襲うにしても、一番やりやすい場所でアクションを起こすつもりなんだろーな。


向こうもそれなりに慎重らしい。


それなりに人手もかけているようだし、かなり本気の気配がするな。


明日、今日と少しでも違う動きがないかもチェックしてくれ」


「わかった」



竜心は尾行者の気配が無くなったことを確認して撤収した。



翌日の朝も何事もなく、放課後は静が授業終了後すぐに愛心保育園に向かった。


竜心はその後を追うが、他の尾行者が若干焦りながら追う様子も察知していた。


(いつもと行動パターンが違ったからか?)


と竜心は昨日の浩信の話から推測した。



静は愛心保育園で他の保育士とともに、まだ親が迎えに来ていない子どもたちの相手をしている。


竜心は尾行者がその様子を観察していることを察知していた。


(ここ自体も村上家が運営している以上、狙われる可能性があるのか?)


竜心はその可能性を思い浮かべて怒りを覚え、今はまだ動くべきではないとその怒りを抑える。



夜9時になって静は車を呼び、迎えに来た車に乗って愛心保育園から家に帰って行った。


尾行者が静が乗った車を追いかけないことを確かめ、竜心は浩信に電話をかけた。


「おう。今日は遅かったな」


「今日は会長が愛心保育園で働いていた。


会長が放課後すぐに学校を出て行ったからか、尾行者が慌てていた様子だった。


愛心保育園もずっと観察されていた」


「……なるほどな。会長の行動パターンが少し変わっただけで慌てたってことは、まだ観察を始めてから日が浅いってことなんだろうな。


あと、愛心保育園か……」


「子どもたちが狙われる可能性はあるのか?」


「ない……とは言い切れんが、可能性は薄いと思う。


ただ、会長さんが愛心保育園にいるところを狙われる可能性はあるな」


「そうか……」


「まあ今のところは会長さんの動きを追うのが最善だろうな。


今探っているところでは、会長さんの親父さんの周りでは動きがないみてーだし、会長さん狙いであることは間違いないだろうな」


「……わかった」


竜心は不安そうに答えた。


「まあ、心配なのはわかるからな。


愛心保育園の周りで怪しい動きがないかどうかは、こっちの伝手で探っとくよ」


「よろしく頼む」


「ああ。


明日は会長さんは朝から愛心保育園でボランティアの予定らしい。


長丁場になるが、よろしくな」


「わかった」




翌日の土曜日の朝。


竜心が静の家の近くで張っていると、静は朝6時半に家を出た。


静は子供たちの相手をするのが楽しみなようで、学校に向かう時よりも楽しそうな顔をしている。



昨日も一昨日も朝は何もなかったが、今日は竜心以外に静の家の周りで張っている者が2人いた。


昨日、一昨日と比べると尾行者に妙な緊張が感じられる。


竜心は嫌な予感を覚えながら、尾行者に気を付けつつ静の後を追った。



静が愛心保育園に着き、他の保育士やボランティアの人と一緒に準備をして、やってきた園児と保護者を迎える。


「静おねーちゃーん」「おねーちゃーん」と子どもたちが笑顔で静のところに走って行って抱きつく。


静は嬉しそうに笑いながら「みんなおはよう」と挨拶して、抱きついてきた子どもたちの頭を撫でる。



竜心はそんな微笑ましい光景を視界に収めながら、愛心保育園を観察している者が5人に増え、少し離れた場所に車が2台待機したことに気付き、「何かアクションを起こすつもりか?」と緊張していた。



昼になって、保育園でお弁当の時間が始まったころ、竜心は観察している者と車で待機している者が何人か交代した気配を察知した。


交代要員まで用意してあったと知り、いよいよ竜心は緊張を高めていた。




昼過ぎになって、園児が20人ほどグラウンドに集まり、静が前で「みんな並んでー」と声をかけた。


近くの山に散歩にいくらしい。


保育士の梢が「静ちゃーん、先に行っててー」と声をかけて建物の中に入っていく。


静は梢に「はーい」と答えて、子どもたちの先頭に立って保育園の門を出ていく。



竜心は、静たちがグラウンドに出てきてから、観察者が慌ただしくなった気配と、車が近づいてくる気配を感じていた。


「何をするつもりだ?」と竜心はいよいよ身構える。



離れた場所に待機していた車が保育園に向かって走っている。


保育園の前を通る道路にその車が曲がって入った時、急に車のスピードが上がった。


アクセルを全開にするまで踏まれてエンジン音がうなり、静たちの方に向けてハンドルが切られた。



竜心は静だけでなく子どもたちもその進路上にいるところを見て、すぐに動いた。


竜心は静の前に瞬時に移動して、向かってきた車の左側面を右足で左方向に押し出す。


向かってきた車は静や子供たちの横を通り過ぎてその先の電柱に激突する。



ガーーン!!!



大きな音を立てて車が止まる。


「クソッ! なんなんだ!」


「とにかくマズイ! 逃げんぞ!」


車に乗っていた者たちは悪態をつき、全面がボコボコに凹んでいるものの車はまだ動くようで、少しバックして電柱から逃れ、そのまま車は走り去っていった。


竜心は追おうと思ったが、他にも観察者や車が保育園の周りにいることを考えて留まる。



何があったかよく分かっておらず、茫然としていた子供たちが泣き出す。


その泣き声を聞いて静も茫然としていた状態から気を取り直し、子どもたちを保育園に戻すために先導する。



その様子を見て、竜心はその場ですぐに浩信に電話をかけた。


浩信が「どうした?」と声を出す前に、


「ヒロッ! 今会長や子供たちが襲われた!


車でまとめて轢こうとしてきた!」


「何だと!?」


「どうすればいい! どうすればみんな守れるんだ!!」


「おい! まず落ち着いて状況を話せ!」


「俺はもう耐えられない!


俺の日常なんてどうなっても構わん!


今回の件に関わる奴等を全て『処理』して俺はここを去る!


奴等の居場所を教えてくれ!」



「バカヤロウ!!!」



浩信が、竜心が浩信に出会ってから初めて本気で怒鳴り、竜心は一瞬頭が真っ白になった。


その隙に浩信は続けた。


「今仮に俺が分かってる連中の居場所を教えたとしてだ。


それでお前がそこにいる奴等を『処理』してどっかに行っちまったら、残った連中がまた会長たちを襲うぞ。


そうなったらお前は会長たちを見捨てることになる」


「……なら、どうすればいいんだ……」


「まず、何があったか冷静に話せ」


竜心は無力感に駆られたまま、今日の状況を浩信に話した。



「……なるほどな。用意周到だと思っていたが、俺が思っていたよりもなりふり構わない奴等だったか。


俺の読み違いだな、すまねえ」


「いや……」


「会長だけでなく保育園の子どもらも、下手すりゃその家さえも狙われかねねーな。



……お前に一つ頼みがある」


「なんだ?」


「俺の家族とケンの兄貴にお前のことを明かしてもいいか?


守る範囲が増えると俺たちの手には負えなくなる」


「構わない」


「そうか。


それなら、まず会長に愛心保育園に所属している園児の名簿をデータで俺に送るように伝えてくれ。


俺のコネと親父たちのコネで向こうに対する監視体制を構築する。


園児の家に手を出されそうになった時の情報網も作るつもりだ。


もちろん、情報に引っ掛かった場合の撃退はお前に任すことになる。


いいか?」


「ああ」


「よし!


ならお前はしばらく愛心保育園で待機だ。


全部、うまくいってみんなで日常に戻れる策をちゃんと考えてやる。


また連絡するから待ってろよ!」


「ああ!」




浩信は携帯電話を切った後、目をつむって自分の感情を抑えていた。


(竜心のヤツ……初めて本気でキレてやがったな。


あいつが守りたいもんを壊そうとするような真似をされたんなら当然か。


……俺だってはらわたが煮え繰り返りそうになってんだぜ。


せっかく楽しくなってきた俺たちの日常と壊そうとするヤツは……完膚なきまでに叩き潰してやらぁ)


それから浩信は自分の両頬をパーンと張り、気持ちを入れ替えて冷静になり、何を達成すべきか、そのために必要なもの・使えるものは何かを考え始めた。


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