表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抜け忍、普通の高校生を目指す  作者: ろん
第一章 抜け忍、高校に入学する
23/32

第二十三話 初めてのバイト⇒そして初めての○○○○

竜心がバイトを始めます。

中間テストが終わった週の金曜日の放課後。


竜心と浩信は2人で滝本高校から滝本駅まで伸びている坂の途中にある脇道の先の公園に向かって歩いていた。



公園に着いてから、


「そういえば、落ち着いてきたらバイトを紹介するって言ってただろ?


そろそろどうかと考えてんだけどなー」


と浩信が竜心に提案する。



「ああ、助かる。


ある程度お金は貯めてあるが、無限にあるわけではないしな。


それに昨日の放課後、バスケ部の部長に『お前、まだバイトをしていないのか? それならとりあえず付き合え』って練習に付き合わされた」


と困った顔で竜心が昨日あったことを話す。


浩信はハハハと笑いながら話を続ける。


「あの部長もお前に惚れ込んでんなー


ま、そーゆーことなら早い方がいいな。


お前に勧めるバイトは、池中市の『マジド』だ」


「マジド?」


「『マジカル・ドーナツ』のことだが……まだ行ったことねーか?」


「ああ。ドーナツが何かはわかるが……つまりパン屋のドーナツ版のようなものか?」


「うーむ。そんなに間違ってはねーけどなー


滝本駅の携帯ショップの隣に『トッテリア』があるだろ?


あれのハンバーガーがドーナツに変わったものって考えた方が近いだろーな」



そこでようやく大体のイメージがわかった竜心は、


「なるほど。トッテリアにも入ったことはないが、雰囲気は大体わかる。


しかし、何と言うか、俺には合わない気がするんだが……てっきり天地さんの家の仰天亭のようなところを勧めてくると思っていた」


と困った顔で浩信に尋ねる。


「まー俺もお前が合わないのはわかってるぜ」


と浩信が即答する。


竜心は「あっさり同意されるとそれはそれで納得がいかないな」と思いながら、「どういうことだ?」と尋ねた。



浩信は少し真面目な顔になって説明する。


「まー俺なりに考えていることはある。


まず、池中市のマジドの店長は俺の兄貴の友人でな。俺もそれなりの付き合いがある。


あと仰天亭のようなタイプの店よりシフト……いつ仕事に入るかのスケジュールの融通が利きやすい。


それに何より、働く人間も客も俺らと近い年代が多いからな。『こっちの普通』の雰囲気を掴む意味でもいいだろ」


「うーむ」と竜心は浩信が言ったことの意味を考える。



浩信はそんな竜心を見て説明を補足する。


「普通の店だとバイト一人あたりの重要性が高くなるからな。


ある程度拘束されることは覚悟しないといけねーんだ。


それが、トッテリアやマジドだとバイトの数が多いし、シフトの替えが利くから、ある程度はこちらのスケジュールが組みやすくなる。


それも知り合いだから余計にこっちに配慮してもらえるしな。



あと、俺が今いろいろ動いている面で、お前に手伝ってもらいたいことが出てくるかもしれんしな、そっちの意味でも予定が空けやすくなってると助かるんだ」


「前にも言った通り、俺にできることなら手伝うつもりだ。


いざという時のために予定を空けやすくしておいた方がいいだろうな」


と竜心は納得する。



浩信が続ける。


「それと、お前も周りとの付き合いの面では大分進んでいるとは思うが、高校って範囲だけじゃなくて、もう少し広げておいた方がいいだろうって考えもある。


高校の常識と社会の常識はもちろん共通点も多いが違う面もあるからなー


こっちの人間が当たり前のように感じている常識を身に付けるなら、そこまでやった方がいいだろーな」


「なるほど。確かに高校の外では『こっちの普通』通り振る舞えないのが問題なのはわかる」


竜心は深くうなずいた。



「んじゃ、早速だが明日マジドに話をしにいくか?」


と浩信が提案する。


竜心はすぐに「問題ない」と答える。



浩信が続ける。


「じゃあ、向こうの店長にアポをとっとくとして……後は交通手段だな。


ここから電車だと急行で2駅、自転車だと普通なら40分弱って場所だ。


お前ならもちろん走った方が速いんだろうが、その選択肢はねーしな。


まー自転車が無難かなー」


「自転車か……今まで必要がなかったから乗ったことはないな」


「でもすぐに乗れるようになんだろ?」


「それは問題ないと思う」



浩信は「ふむ」と少し考え、


「じゃあ今すぐ自転車を買いに行くか」


と言った。




竜心は浩信の案内で、滝本駅から商店街の方ではなく、さらに坂を下り、川を渡ったところにあるバイクと自転車を置いている「バイクショップ坂元」に来た。


浩信が店に入って、「どーも」とバイクの修理をしている40代くらいの男性に声をかけた。


その男性は振り返って、レンチを片手に、「おう! ヒロ坊か! どうした?」と声をかけてくる。


「おっちゃん、ヒロ坊はやめてくれって」


と浩信が珍しく困った顔で男性に文句を言う。


「ハッハッハ! 今更変わらんぞヒロ坊!」


と男性は気にもかけずに返してくる。



作業が一段落したようで、男性が竜心と浩信のところまでやってくる。


「おう! ヒロ坊の高校の友だちか?」


竜心をみて声をかける。


「初めまして。 ヒロと同じクラスの『古賀 竜心』といいます」


と竜心が自己紹介をする。


男性は少し驚いて浩信の方に、


「おいおいヒロ坊! また真面目なヤツをつれてきたなー


悪さとか教えるんじゃねーぞ!」


と言ってくる。


浩信は手を振りながら呆れて、「それはねーよ」と返す。


男性はまた竜心の方に向き直って、


「ハッハッハ! いやー話をそらしてすまんな。


俺は『坂元さかもと 道夫みちお』ってんだ。ヒロ坊とは古い付き合いだなー


竜心君はタケ坊やケン坊も知ってるのか?」


「はい。タケもケンも同じクラスです」


「また悪ガキが集まってんなー


ケン坊も見た目は真面目そうなのに結構な悪ガキだしなー」


坂元の言うことに、竜心は「確かにそうかもな」と思いながらうなずく。


「ハッハッハ! その様子じゃ竜心君もよくわかってるみたいだな。


まあよろしく頼むぜ!


……ところで、用があってきたんだろ?


竜心君の自転車か? ヒロ坊がバイクでも買おうってのか?」


浩信が苦笑しながら、


「なんで俺がヒロ坊で竜心が竜心君なんだよ……


まあいいや。俺じゃなくて竜心の自転車を見繕いに来たんだ。


まだ俺はバイクの免許は取ってねーよ」


と返した。



「そうか!


じゃあ竜心君、どんな自転車がいいんだ?」


と坂元が竜心に尋ねる。


「あーそうですね……」と竜心が答えあぐねていると、


「こいつはまだ自転車に乗ったことがねーんだよ。


でもこいつは運動能力が異様にたけーから、すぐに乗れると思う。


とりあえずは池中市のバイト先までの往復に使うんだ」


と浩信が事情を説明する。



「ハッハッハ! 相変わらずヒロ坊は面倒見がいいな!


とりあえずそれならカゴがあった方がいいな。


まあ、ママチャリでいいか?」


といいながら坂元は竜心たちをカゴ付き自転車のコーナーに案内した。



坂元はカゴの大きなタイプの自転車を引き出してきて、


「とりあえずこれで試してみるか?」


と竜心に聞いてくる。


「はい。お願いします」


と竜心が答えると、坂元は店の表にその自転車を出して、スタンドを立てる。


竜心がサドルに跨って早速乗ろうとすると、


「自転車に乗ったことねーのにいきなりで大丈夫か?」


と心配そうに坂元が聞いてくるが、竜心は「大丈夫だと思います」と答えてスタンドを上げてペダルを踏んで進む。


最初にペダルを2周回したあたりでバランスの取り方なども把握してスイスイとあたりを回る。



坂元はそれを見て浩信に、


「本当に初めてなのか?」


と聞くと、


「あいつはあーゆーヤツなんですよ」


と浩信は「もう慣れている」というように答えた。



段変換のある自転車やロードレーサー型の自転車などもいろいろ試し乗りさせてもらいながらも、結局は段変換なしでカゴが一番大きい典型的な「ママチャリ」を購入することにした。



「毎度あり!


パンクしたり、何かあったらウチに持ってこいよー」


「ありがとうございます!」


最後に挨拶を交わして竜心と浩信は店を出た。



「明日は朝10時に滝本駅前集合にするか。


その自転車でこいよー」


浩信は竜心に明日の予定を告げて別れた。



竜心は初めての自転車に、「これはなかなか楽しいな」と面白がっていた。


ゆっくりと自転車を漕ぎながら、大きく遠回りして住んでいるマンションに向かう。


自転車の強度についてもその間にだいたい把握できた。


(自分が周りを気にせず走るスピードで漕いだら間違いなくこのチェーンが切れるな。


乗る時にはかなり気をつけて乗らないと)


移動手段としての自転車が自分の足より遅いという、ある意味本末転倒な悩みだが、乗ること自体が楽しかったのでそれはそれでよかったと思う竜心であった。




翌日の朝10時前。


滝本駅前で待っていた竜心のところに浩信がやってきた。


「おはよう」「おう」


浩信の自転車はロードレーサー型とまではいかないが、それなりにスピードが出るクロスバイク型のものだった。


「それは昨日試し乗りさせてもらった中にもあったな。


それもなかなか乗りやすくてよかった」


と竜心が浩信の自転車を見ながら言う。


「そうか。まあ買ってから1年くらいだが、それなりに愛着はあるな」


と浩信は嬉しそうに言う。



浩信が前を走って竜心がついていく。


ママチャリとクロスバイクではスペックが違うが、浩信はあまり気にせずスピードを出す。


竜心は「これくらいなら大丈夫なんだな」とスピードの感覚を覚えながら、楽しげに走る。




それなりのスピードで走ったので、のんびり走ったら40分ほどのところを20分ほどで目的地に到着する。


『マジカル・ドーナツ 池中店』


という看板が店の入り口のドアの上に、店の端から端までの幅で掲げられていた。



竜心と浩信は駐輪場に自転車を置いて、店に入る。


「いらっしゃいませー」


店のカウンターにいる男性1人と女性2人のバイトが明るい声で挨拶してくる。


つい竜心もペコリと頭を下げてしまう。


浩信は笑いながら、


「おい、行くぞ」と竜心を促す。


カウンターに行くと、


「いらっしゃいませ。


こちらでお召し上がりですか? お持ち帰りですか?」


と男性店員が聞いてくる。


浩信は


「あーいや、高山店長と約束があるんですが」


と返す。


「ああ、伺っていますよ。奥にどうぞ」


と男性店員がカウンターの脇の通路から入るように促す。


「失礼します」と断りを入れながらカウンターから奥に入っていく。


食器を洗う大きな洗い場の横を通り過ぎて、その奥のドーナツを作っているキッチンも通り過ぎる。


竜心はドーナツの作り方も知らないし、どのように店に出ている数のドーナツを作るのかも知らなかったので、「おおー」といろいろキョロキョロしながら前を歩く浩信についていく。


キッチンを通り過ぎるとそこには事務室があり、20代と思われるカウンターやキッチンで働いている店員とは少し色や形が違う服を着た男性がいた。



「高山さん、どもっす」


と浩信がその男性に声をかける。


「ああヒロ、よくきたね」


と男性は浩信に笑いながら挨拶する。


そして竜心の方を向いて、


「君が古賀君だね。


ヒロから話は聞いてるよ。


僕は『高山たかやま 久士ひさし』です。


ヒロのお兄さんの『繁信しげのぶ』と友達で、それでヒロとも付き合いがあるんだ。


よろしくね」


と挨拶してくる。


「初めまして。『古賀 竜心』です。


よろしくお願いします」


と竜心は挨拶を返す。



久士は「ああ、座って座って」と竜心と浩信に椅子を勧め、2人が座った後、久士が話し始める。


「君の人柄はヒロから聞いているし、ヒロの目を信用してもいる。


それに実際会ってみて、君が真面目な子だということくらいはわかる。


あと、ずっと田舎暮らしで、こっちの常識があまりないということだったけど、マジドのことは知ってた?」


「いえ、知りませんでした。


俺の住んでいたところは九州の離れ島で、何か用事がなければ出ることもなかったので、滝本市に移ってからの2ヶ月で見聞きしたことしかわかりません」


「なるほどね」


と久士は少し考えてから続ける。


「ならこの店の中も初めて見るものばかりかな?」


「ええ。ドーナツ自体よく知らなかったんですが、キッチンを見て、こういう風に作っているものなのかということも初めて知りました」


「ふむふむ」


と少し口元を緩めながら久士が続ける。


「自分が見聞きしたことしかわかっていない、その自覚があって、わからないものを知ろうとする意欲もある。


そんな君なら少しくらい常識に疎くても、すぐについていけるようになると思うよ」


竜心は久士の言葉を聞いて嬉しそうに「そうですか」と答えた。



「あと条件面で確認させてもらうね。


古賀君は突発的な用事が入るかもしれないってことはヒロから聞いてるよ。


ウチはバイトが30人以上いるから、直前とかじゃなければ対応してあげられると思う。


それと、一人暮らしで生活費の足しにするためって聞いてるけど、それなら結構多めにシフトを組んだ方がいいのかな?


土日のどちらか1日で長めに組んで、平日は3日を基本にして、週20時間くらい、それだと月8万円前後は稼げると思うよ」


竜心はチラリと浩信の方を見て、うなずいているのを確認してから、


「はい。それでお願いします」


と答えた。



久士はうなずいて、


「よし! 決まりだ!


じゃあ竜心君、君を採用させてもらうよ。


よろしくね」


と右手を差し出してくる。


「よろしくお願いします」


と竜心はその手を握る。



「じゃあ」


と久士が席を立って、棚から袋を取り出す。


「早速働いてみる?


実は昨日聞いて倉庫から制服を取ってきてあったんだ」


それを聞いて思わず浩信が声を上げる。


「高山さん、準備早いっすね!」


久士はにっこりと笑いながら浩信に理由を話す。


「ふっふっふ。ヒロが僕に何かを頼んでくるのってすごく久しぶりだったからね。


それにシゲからヒロが焦ってるみたいだって話も聞いていたんだけど、昨日の電話ではそんな印象は受けなかった。


それでこれは僕の直感だけど、ヒロが面倒を見ている古賀君が何か関係あるのかなって思ったんだよ。


そんな子がバイトに入ってくれるのは面白そうだからね」


浩信は苦笑しながら、


「これだから高山さんはやりにくいんだよな」


とつぶやく。



久士は改めて「どうする?」と竜心に聞く。


竜心は「お願いします」と答える。



浩信は「ま、決まってよかったな」と竜心の肩を叩きながら言って、「それじゃ俺は失礼します」と帰って行った。



竜心は久士に更衣室に案内してもらい、借りた制服に着替えて事務室に戻る。


久士は「なかなか似合ってるよ」と竜心に声をかける。


「ありがとうございます」と竜心は少し照れながら答える。



「よし! それじゃ基本的なことから始めようか。


まずは身だしなみ……なんだけど、古賀君は問題ないね。


それじゃ基本的な言葉遣いと挨拶から。


言葉遣いもほとんど問題ないけど、お客様の前では自分のことは『私』って言うようにしてね。


あと、店に来た人は『お客様』って呼ぶこと」


「わかりました」


「うん。あとは基本的な挨拶だけど、ここに書いてある通りなんだ」


と久士は事務室に置かれている冷蔵庫の扉の、「あいさつ」と表題が付けられた紙を指さす。


「じゃあ、僕が言ったら古賀君も続いてね」


「はい」



「いらっしゃいませ!」


「いらっしゃいませ!」



「こちらでお召し上がりですか?」


「こちらでお召し上がりですか?」



「お持ち帰りですか?」


「お持ち帰りですか?」



「オールドファッションがお1つ」


「オールドファッションがお1つ」



「お会計は126円になります」


「お会計は126円になります」



「ありがとうございました」


「ありがとうございました」



久士はパンっと手を叩き、


「オッケーだよ。


カウンターでは今くらいのことで基本的に大丈夫だから、あとは仕事をしながら覚えていってね。


あと、ドーナツの名前は憶えてもらわないといけないね。


いちおう、カウンターの店員から見える方にもドーナツの名前を書いた紙は貼ってあるんだけど、憶えておかないと対応が遅くなっちゃうからね」


「はい、わかりました」


「うんうん。


それじゃあ、まあ『習うより慣れよ』ってことで実地で学んでもらおうかな。


赤城くーん」


久士が店の方に大声で呼びかけた。


「はーい」


と先ほどカウンターで竜心と浩信に対応してくれた男性店員が事務室に来る。



久士が竜心の肩をポンと叩いて、


「彼が今日からここで働くことになった古賀君。


早速だけど赤城君にカウンター周りのことを教えてもらおうと思うんだけど」


「わかりました!」と男性店員は答える。



「こちらはバイトのリーダーをやってくれている『赤城あかぎ さとし』君。


今日はこの赤城君についていろいろ教えてもらってね」


「わかりました」と竜心は答える。


そして竜心は智に向かって、


「初めまして。『古賀 竜心』といいます。


よろしくお願いします」


と挨拶した。


智はにこやかに笑いながら、「ああ、こちらこそよろしく!」と答えた。




それから竜心は智についていき、まず洗い物から教えてもらうことになった。


竜心は食洗機の使い方や食器の置き場所などを教えてもらい、実際に1時間ほどこなしていく。


その間、接客の様子も見ているように言われたのでしっかり観察する。


トレイの持ち方やトングの持ち方などもだいたい決まっていることなどを把握する。



洗い物を1時間やったあと、


「それじゃ、接客もやってみようか。


しばらく俺が後ろについているから安心していいよ」


と久士が声をかけてくる。



竜心はぎこちないながらもなんとか接客をこなす。



たまに客から「あらお兄ちゃん新しく入ったの? がんばってね!」と声をかけられ、「はい! ありがとうございます!」と嬉しそうに答える。


1時間ほどして久士がポンと竜心の肩を叩き、


「2時間に1回休憩をもらえることになってるんだ。


好きなドーナツ1個と、飲み物を持っていっていいよ」


と声をかけてくる。


竜心はとりあえず一番よく注文が入るオールドファッションとホットコーヒーを持って、智について事務所に下がる。



竜心は事務所で席に座って「ふーっ」と深く息をつく。


慣れないことに気を張り詰めていて、精神的に疲れたようだ。


久士と智が笑いながら「お疲れ様」と竜心に言ってくる。


「慣れないことばかりで、緊張しました」


と竜心が素直な感想を言う。


「ハハハ いや、初めての割にちゃんとできてたと思うよ」


と智が竜心を褒め、「そうですか?」と竜心が嬉しそうに聞く。


「ああ。ちゃんと洗い物をしている時に接客をみてたんだね。


動作やかける言葉もしっかりしてたよ」


と智が答える。



「ふっふっふ。僕の目に間違いはなかったってことだね!」


と久士が嬉しそうに言う。


「何で店長が威張ってんですか」と智がつっこむ。



「あはは。まあそれはそうと、ドーナツも食べちゃってね。


古賀君は初めてなんだろ?」


と久士が竜心に声をかける。


竜心は「はい」と答えて、持ってきたオールドファッションにかぶりつく。


竜心が目を見開いて「うまいです!」と言う。


残りももぐもぐと一心に食べて、すぐに食べきる。



「あはは。ドーナツ一つでここまで感動するのも今時珍しいねー」


「そうですね」


と久士と智がなごむ。




それから竜心は休憩時間が終わって仕事に戻り、ドリンクの入れ方やコーヒーメーカーのセットの仕方などを教えてもらいながら接客の仕事を続ける。



休憩してから1時間くらい経った頃。


竜心が見覚えがある顔ぶれが入ってくるのを見つけ、


「いらっしゃいませー」


と挨拶する。



「アハハハハ! 古賀君、マジで店員さんになってるー」


と千香が吹き出しながら言ってくる。


「千香! 笑ったらダメだって」


と灯が千香をつっつきながら注意するが、その灯の顔も笑っている。



他にも、浩信・武仁・賢治・那美・静の遊園地・勉強会メンバーが勢ぞろいしている。


浩信はニヤニヤしながら、「みんなに知らせといたぜ」と言ってくる。


那美と静も声は出さないものの笑いをこらえている。


武仁と賢治はしっかり笑っている。



それを目にしながら竜心は、


「いらっしゃいませ。


こちらでお召し上がりですか? お持ち帰りですか?」


と何ともいいがたい照れや恥ずかしさを隠し、平然とした表情を取り繕いながら決まった挨拶を続けるのだった。

竜心にバイトさせることは最初から決めていたんですが、バイトを始めるシーンを書くのは結構大変でした(^^;

初めてのバイトする時の緊張感、というのが随分と昔の話なので、ちゃんと書けてるか微妙です~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ