第二十一話 遊園地からの帰り道(後編)⇒そして小話その2
帰り道での雑談の続きです。
停車駅で乗客の半分ほどが降り、座席が空いたので、レディーファーストで那美・灯・千香・静を座らせた。
女性陣は一息ついたが、一人思い切り遊園地でのことを暴露されてしまった静だけは気持ちが収まらない。
「もう! 私だけネタにされてずるいわよ!
他のみんなの話はないのかしら?」
7人はお互いを見回すが、浩信と賢治の目が竜心のところで止まった。
「そーいやー 遊園地でのネタじゃないけど最近のがあったなー」
「そうだねー」
浩信と賢治がお互いの言いたいことがわかったように言い合う。
「何? 古賀君の話? 聞きたい聞きたい!」
千香が浩信と賢治に促す。
静も口には出さないが、散々恥ずかしいところを見せてしまった竜心のネタを聞きたいのか、少し体を前に倒して聞く姿勢に入っている。
那美と灯も聞きたそうにしている。
竜心は「何のことだろう?」と、今日はともかく、いつもからかわれているので、どのことを話そうとしているのかわからない。
「GWに入る前に、竜心とケンと俺の3人で100均ショップに行ったんだけどな……」
浩信はその時のことを語り始めた。
……
3連休前の5月2日の放課後。
武仁がバスケ部の練習に向かった後、竜心・浩信・賢治の3人が話していた。
竜心がふと思い出したように聞いた。
「この辺に弁当箱などが安く買えるところはないか?」
賢治がすぐに答える。
「最近、ウチの近くに100均ショップができたんだよ。
そこに行けばいろいろあるんじゃないかなー」
「100均ショップ?」
「あー、竜心は知らねーのか。
……連れて行けば面白い反応が見れそうな気がすんなー」
浩信が想像してクククと笑う。
「ん? どんなところなんだ?」
竜心は弁当箱を買うための店で何が面白いのかがわからない。
「まあ、今説明するより、行ってみた方がいいんじゃないかな」
賢治がそういって、3人で賢治の家の近くの100均ショップに向かうことになった。
「これは……」
滝本駅近くの竜心がよく使うスーパーと同じくらいか、それ以上の広さの100均ショップを見て、また「全品105円」とデカデカと書かれた看板を見て、竜心がショックを受けている。
その竜心を見て浩信と賢治は「まーそうなるよな」と考えながら、「うんうん」とうなずく
放っておくといつまでも放心してそうなので、「とりあえず入んぞ」と浩信が竜心の肩を叩いて正気に返らせる。
店舗の中に入ると、いろいろな商品がずらりと並んでいて、竜心は「おおー」と感嘆の声を上げる。
キョロキョロしてどれから見ようか迷っている竜心の肩をまた浩信が叩き、「とりあえず弁当箱だろ」と声をかける。
竜心は我に返って、食器・行楽用品と書かれたコーナーに向かう浩信についていく。
その後ろを笑い声を抑えながら賢治がついていく。
「おおー」とまた竜心が感嘆の声を上げる。
弁当箱だけでも20種類ほど並んでいる。
竜心は手に取って一つ一つ眺め、材質も確かめてみる。
「これは……これだけのものが全て105円なのか!!」
と本気で感動している竜心の様子が、まるでテレビ通販の宣伝みたいに見え、浩信と賢治はもちろん、通りかかった他の客もクスクス笑いながら通り過ぎていく。
竜心は全て確かめ終えて、黒一色でプラスチックの四角い弁当箱を選び、
「これが一番頑丈そうだし、色も気に入った」
と後ろにいる浩信と賢治の方を振り向いてものすごく嬉しそうな顔で言った。
賢治は顔がニヤけるのを必死で抑えながら「……そう……よかったね」と何とか答えた。
浩信は声を出すと笑いが止まらなくなってしまいそうで抑えることに集中している。
「なあ、他の物も見て回っていいか?」
竜心が、もう尻尾があればちぎれそうなくらいに振っているだろうというくらいの輝かしい笑顔で2人に行ってくる。
「ダメだ……と言っても気かねーだろ。いいぜ」
と浩信が言う。
ちなみに浩信が「ダメだ」と言った瞬間にいきなりしゅんと落ち込み、「いいぜ」と言った瞬間にぱーっと顔が輝いたように見えた。
今度は賢治が腹を押さえながら笑いが噴き出して止まらなくなりそうなところを必死で抑えている。
竜心は食器コーナーで、「茶碗まで……」「箸も……」と買い物カゴに入れ始め、近くの調理器具コーナーで穴あきお玉や包丁なども入れて、台所用品コーナーで三角コーナーやふきん掛けなどを見て「これは……」と説明が書かれているところを真剣に読み込んでカゴに入れた。
あっというまにカゴが一つ埋まる。
浩信が「持っててやるよ」とカゴを受け取ると、竜心は「ありがとう」と言うやいなや、不自然じゃない限度ギリギリの競歩で買い物カゴを取に行き、またポイポイと入れ始める。
浩信と賢治が顔を見合わせて、「そろそろ止めないとマズイよなー」「だねー」と意見を交わし、浩信が「また来たらいいんだからほどほどにしとけよ」と竜心に声をかける。
竜心はハッと我に返り、浩信・賢治・竜心が一杯になったカゴを一つずつ持った状態でとりあえず打ち止めとなった。
最後に入れた小さめの座布団がかさばっている。
レジに持っていくと全部で5,000円近くになった。
浩信が竜心に、
「ったく、お前は弁当箱を買いに来ただけだろーが。典型的な100均マジックにひっかかりやがったなー」
と呆れたように言う。
竜心は全く気にせず「いい買い物をしたー」と満足げに買った商品を袋に詰めていた。
……
「ってなカンジで、ホクホク顔で大荷物をしょって帰ってたよなー」
と浩信が話を締めくくる。
「うんうん。瞬間的には遊園地に行くって話になった時より喜んでたもんねー」
とうなずきながら賢治が感想を述べる。
「古賀君もカワイイ……」と笑い声を抑えてプルプルしながら千香が言う。
那美と灯も同じように口を押さえて震えている。
武仁は「アッハッハ」と笑い声を抑えず、周りも賑やかな車内でも響きわたる。
静は「100均ショップ」に行ったことがないので、竜心がはしゃいでいた舞台の光景は思い描けないが、微笑みながら竜心を見ている。
竜心は照れながらポリポリと頬をかく。
「んで、あれからまた100均ショップに行ったのか?」
と浩信が竜心に聞く。
「ああ」と竜心は即答する。「次の日に」
7人は一斉に「ぶふーっ」と吹き出す。
「待ちきれなさすぎだろ」と浩信が代表して言う。他の6人もコクコクうなずいている。
「だって欲しいものはまだまだあったんだ。
タオルとかハンガーとか、あとソーイングセットも欲しかったし、お茶請け用のお菓子もあったし」
と竜心が当然のことだというように主張する。
7人はより一層笑いが止まらなくなる。
「古賀君、ホントカワイイ……」と千香が言い、那美・灯・静も口を抑えながらコクコクと同意を示す。
何とか笑いが止まらなくなる状態が落ち着いた辺りで8人が乗る電車は滝本駅に着いた。
「じゃあまた、学校でねー」と声をかけながら、灯と千香は静を迎えに来た車に便乗して帰っていき、那美も仰天亭が併設されている家へと帰って行った。
「さて、と」と浩信が武仁と賢治を見据えながら言った。
「お前らには聞きたいことがあるんだがな。とりあえず、竜心の家にでも行かねーか?」
と断ることを許さないような口調で言った。
武仁と賢治は「ああ」「うん」と苦笑しながら答えた。
竜心は状況がよくわかっていないながらも「俺は構わないぞ」と答えた。
2週間ほどぶりに浩信・武仁・賢治は竜心の部屋に入る。
3人は前回来たときと比べてあからさまに物が増えている竜心の部屋に「まるで別の部屋みたいだな……」と思いながら入っていった。
明らかに100均グッズと思われる商品があらゆるところに置かれている。
入り口からして、玄関マットやスリッパ、スリッパ置きが用意されているし、前にはなかったサンダルも2足置かれてあった。
「お前……マジで100均中毒になりそうだなー」
と浩信が苦笑しながら言う。
「中毒……もうそのケがでてるよねー」
と賢治も苦笑しながら同意する。
「まー何もないよりいいだろう」
と武仁が笑いながら言う。
竜心が「そうだろう?」というように心なしか得意気な顔をする。
リビングに入り、竜心がお茶を用意する。
ちなみに食器棚も閑散としていた状態から、今はグラスや湯呑や茶碗、皿などが埋まるほどに置かれている。
お茶とお茶請けの用意ができ、竜心もちゃぶ台の前についたところで、浩信が武仁と賢治に聞く。
「お前らと宝田と片瀬で最初から仕組んでいたんだろう?」
賢治が悪びれなく、「まあね」と答える。
「言い出したのはタケか片瀬、細かいところを詰めたのはケンってところか?」
「さすがだね。言い出したのは片瀬さん、細かいところは僕というのは合ってるよ」
ここで竜心がよくわからずに、「どういうことだ?」と疑問を口にする。
浩信が解説する。
「昼飯食った後で4人ずつに別れようってこいつらがいっただろ? あれは座る配置からこいつらが仕組んで口裏も合わせてたって話だ」
「ああ」と竜心は納得する。
「何だか演技をしているような気はしていたんだが、そういうことだったのか。
でもどうしてそんなことをしたんだ?」
浩信はすこし逡巡して答える。
「あー……俺と那美を2人にするためだろうな。おまけに竜心と会長も一緒にしてしまえってことだったんじゃないか?」
「そうだったのか」
と理由はわかっていないながらも竜心は納得した。
「それにしても」
と今度は賢治が浩信に尋ねる。
「まあこっちの意図通りだったんだけど、よくあれから2人ずつに別れたね」
「あー」と浩信がまた言いにくそうにしているところで、竜心が言ってしまう。
「あの後、子供が迷子になっているのを見つけたんだが、その子にヒロが怖がられてしまってな。
それで別行動をすることになったんだ」
「言うなよ! ったく」
と浩信が思い出して落ち込みながら文句を言う。
武仁と賢治は遠慮なく笑い出す。
「ヒロは割と子供に好かれる方だからな。
余計にショックだったんだろ」
と武仁がわざわざ解説する。
「あーまあそれでな」
と浩信が話を変えるように言って、
「まー仕組まれたのは少しムカッときたが、どーゆーつもりでやったのかはわかってるし、おかげで那美と久しぶりに気兼ねなく話せたからな。
一応感謝しとくぜ」
と礼を言う。
武仁と賢治は「どういたしまして」と返す。
そして浩信がニヤリと笑い、
「それでだな」
と武仁と賢治に向かい、
「お前ら4人もなんかいい雰囲気だったじゃねーか。
どうだったんだ? 聞かせろよ」
と今度は嬉しそうに言う。
「あはは」「まーな」と2人は誤魔化す。
浩信はニヤリとした顔を変えずに、
「まー、俺や那美が一緒じゃないところでお前ら4人が遊ぶのは初めてじゃなかったか?
そんでお互いを意識したってところかねー」
と続ける。
武仁は頭をガシガシかきながら「まー大体そんなところだな」と認める。
「意外と話があったりしてね」と賢治も認める。
「竜心も会長とイイカンジだったみてーだし、いろんな意味で今日はいい日だったってことかねー」
と浩信が今日1日を振り返り、武仁と賢治は笑いながら同意する。
竜心だけは話の流れは何となくしかわからなかったものの、最後の今日はいい日だったというところに深くうなずいた。
お茶をすすったりお茶請けに手を出していたりしながらのんびりしていた時、浩信が武仁に向かってニヤリと笑いながら言った。
「そーいや、会長も言ってたが、もうすぐ中間テストだな。
タケは大丈夫なのか?」
「うおっ」
と武仁は飲んでいるお茶を吹き出しそうにしながら焦る。
そして武仁は3人を見回しながら、
「もしかして……中間テストで焦るのは俺だけか?」
と凹む。
賢治はもともと成績がかなりいいし、浩信は要領よくこなせる方だし、竜心はいつもの真面目ぶりをみれば問題はないとわかる。
「くわーっ もう再来週なのかー 来週からテスト期間だもんなー」
と武仁はみるみるテンションが落ちてくる。
そして部屋の中をいろいろ見回しているうちに竜心が視界に入り、「そうだ!」と何かをひらめいたように声を上げる。
「竜心、何か勉強に役立つ忍術とかねーか?」
と竜心に聞く。
浩信と賢治が「あちゃー」というように顔に手を当てて天井を仰ぐ。
(困った時の忍者頼み……てなところまで切羽詰ってるのか)
と共通の思いを抱く。
竜心は少し言いづらそうにためらった後、
「ないことはない」
と言った。
聞いた武仁も本当にあるとは思っていなかったのか、3人とも「えーっ」と驚きの声を上げる。
武仁が最初に気を取り直し、「あるのか!」と竜心に迫る。
竜心はこくりとうなずき、説明を始める。
「ああ。
『不忘の術』という物事を忘れないようにするための術がある」
「おお!」と武仁が救われたような声で感嘆の声を上げる。
「ただ……」
「ただ?」
「これは今はほとんど使われることがない術でな。
絶対に忘れてはいけないことに対してだけのみ使うんだ。
昔は忍者同士の符丁がいくつもあって、仲間かどうかを確かめる時にも使われていたからな。
それを忘れてしまえば敵として攻撃されても文句は言えない。
記憶できるかどうかは命がけのものだったんだ」
「おおー」と武仁はその「不忘の術」が本当に使われていたことに希望を持つ。
「決してオススメはしないぞ。
『不忘の術』は、憶えたいことを心に念じながら体を傷つける。
そうすればその傷を見た時に、記憶したことが思い出される、という術だ」
「……できるかー!!!」
武仁が希望を持った分、その希望が一気に裏切られたように感じてキレた。
浩信と賢治はゲラゲラ笑っている。
「途中からなんかおかしいなと思ったよ」
と賢治が言う。
「そうだな」
と浩信は同意する。
武仁がずーんとうつむいて凹んでいる中で、他の3人が話を続ける。
「しっかし、その『不忘の術』ってやつ。
なんか心理学の本か何かで似たようなことを書いていたような気がするな。
傷つけるまではいかなくても、何かを憶えながら普段触らないところを触ると、そこを触った時に思い出すってやつだ」
と浩信が自分の知識から関連するものを引き出して話す。
「ふーん。
多分忍者の方がそれを考えた心理学者よりも昔から実践していたんだろうね。
経験から学んだ知恵ってやつなんだろうね」
と賢治が感心したように言う。
武仁はバッと起き上って、「それならいけるんじゃないか!?」と浩信に食いつくが、
「俺が知ってるのは自分の決意とか、初心を思い出すために使うって手法だったからな。
テストにゃ向かねーだろ」
と浩信が切って捨てる。
竜心が、
「まあ、地道に努力するのが一番だと思うぞ」
と武仁の肩を叩きながら言い、
「結局それかよ……」
と武仁は自業自得ながら「上げて落とす」を食らった身をしみじみと嘆くのだった。
100均の話、書いていて自分でも最初に行った時の感動を思い出しました(^^)
ちなみに「不忘の術」は創作ではなくて本当にあった術だそうです。
よい子は真似しないでくださいね(笑)




