第二話 竜心が島を出た理由⇒そしてなぜかウケる
竜心の事情説明です。
「実は俺……忍者なんだ」
竜心の発言に、浩信の思考が一瞬真っ白になる。
(………………忍者?)
竜心が何を言っているのかを理解し、浩信は反射的に「何ふざけてんだ!」と返しそうになるが、自分が見た光景とその言葉が符合すること、竜心の顔がウソを言っているように思えないことから思いとどまる。
竜心は浩信の様子を見て「うーん」とうなり、頭をかきながら続ける。
「説明すると長い話になるんだけど、いいか?」
浩信は何がどうなっているかを判断するには情報が少なすぎると思い、
「ああ、ぜひとも聞かせてもらいてーな」
と返した。
竜心は少し間を取って、どう話すかを頭の中で整理し、語り始めた。
「俺が暮らしていた沙桜島っていうのは、俺だけが忍者ってわけじゃなくて、住んでいる住民のほとんどが忍者なんだ。
主筋の沙桜一族と、それに仕える十支族がいて、その支族の一つが俺の古賀家になる。
この体制は戦国時代から続いてるって話だから、もう400年以上の歴史があるみたいだ。
必要なものは食べ物も含めて島の中で賄っていて、島の外とやり取りするのはほとんどが沙桜一族の者で、他の者が外に出るのは任務の時くらいだ。
そんな昔から続く閉じた世界で、しきたりとか、支族同士の競争とか、上下とか、優劣とかいろいろややこしくてな。
俺の周りは誰も疑問に思っていなかったけど、俺は『こんな島でずっと生きていくのか』って考えるようになった。
本当にこっちに比べたら何もないところで、新聞も、ラジオもない、もちろんインターネットなんてできない。
テレビだけはあったけど、俺の家にはなかったし、あっても映るのは衛星放送くらいだった」
浩信は、自己紹介で田舎とは聞いていたけれど、そこまで田舎だとは思わず、驚きながら、うなずいて先を促した。
「2年前、たまたま衛星テレビで滝本高校が出ているのを見たんだ。
空手か何かの大会で誰かがいいところまでいったって内容だったかな。
その時に映っていた高校生の様子がなんだかすごく眩しく見えてな。
なんていうか……みんな自分は何者にもなれるって信じているカンジというか。
とにかくすごく羨ましくなった。
そして俺もあんな場所に出てみたいって思ったんだ」
浩信は、竜心の話を頭の中で整理しながら疑問をはさんだ。
「それだけ閉鎖的なところなら出たいっつっても出れるもんじゃないだろ?」
竜心はうなずいて疑問に答える。
「沙桜島では3年に一度、御前武試というのがあってな。
年齢別とか、一族全体とかの括りで、鍛えた技を試し合う機会なんだ。
そこで勝ち抜けばそいつが属する支族の格が上がるし、いろんな特権が得られる。
そしてその中に一族のしきたりから抜けられる、『抜け忍』の資格があるんだ」
浩信がまた疑問をはさむ。
「『抜け忍』っていうと、勝手に抜けて、仲間から制裁を受けるようなイメージがあるけどな」
竜心はすぐ答える。
「ああ、でも沙桜島では『抜け忍』ってのは資格なんだ。
ただ、この『抜け忍』はずっと使われていない制度でな。
前に使われたのは200年以上前だとか。
『抜け忍』の資格を得られるくらいに御前武試で結果を出した奴は、誰も抜けようなんて思わないんだそうだ。
そして、俺は2年前の夏、『抜け忍』の資格を得るだけの結果を出して、すぐには使わずに島の外の任務をこなしたりしながら機会を待った。
そして今年の正月に『抜け忍』になると宣言して、一気に島の外に出る段取りを進めたんだ」
浩信は「ふーん」とあいづちを打ちながら新たな疑問をはさむ。
「それにしても、200年以上使われていないような制度がよく使えたもんだな」
竜心は苦笑しながら、
「それだけ、しきたりで定められていることは絶対なのさ。
ただ、使われた当時のことを知っている者が誰もいないような制度だし、他の者に余計な影響を与えたくないって話にはなった。
だから、『抜けたあとは沙桜島から遠く離れたところに移ること』『島の者に行き先を知らせないこと』『忍者であることが周りに知られないようにすること』っていう条件は付けられたよ。
近くにいてもらっても困るし、遠くに行っても島の者と関わりを持つような可能性もできるだけ潰してしまいたいんだと。
俺は『普通の高校生』になれたらそれでよかったから、それまでに任務で行ったことがある場所に移ろうかと考えていたんだけどな。でもその条件を聞いて、それなら俺が『普通の高校生』に憧れるきっかけになった滝本高校で、と考えたんだ」
竜心は大体の事情を話し終えて、「ふーっ」と息をつく。
浩信は、納得したような顔で、
「まーお前が忍者だってことには、いろいろ説明がついたような気がするぜ。
普通なら、『それは何のマンガの話だ?』とかつっこむところかもしんねーが、あんなとんでもない動きを見た後だしな」
竜心は少しばつの悪そうな顔をする。
浩信はそれを見て思い当たり、
「それにしても、なんでいきなりあんな正体がばれるような動きをしたんだ? とても隠すような気があるとは思えねーんだけどなー」
と理由を尋ねる。
「う……」と竜心は言葉に詰まりながら、わけを話す。
「いや、あの程度の動きなら島の奴ならどんなに動きの鈍い奴でも軽くできるんだよ。だからこの程度なら……と」
浩信は呆れて言う。
「お前……そんな調子じゃ、俺だけじゃなくて誰にでも忍者だってばれんじゃねーか?」
「うう……やっぱりそうか?」
「当たり前だろ」
「はーっ」と二人とも似たような、しかし意味の異なるため息をつく。
竜心は、先のことを考え、かなり凹んだ。
(はー……どうしよ。初日からこれか。先が思いやられる……どころじゃないな。何をやっても浮いてしまうし、すぐにボロが出そうだ……)
竜心は、ついさっきまで意思の強さを表していた太めの眉を見事なハの字にして、しょぼくれている。
浩信はそんな竜心の様子を見て、捨てられた子犬を見るような思いがしてきた。
そして竜心と子犬を重ね合わせて考えてみると、止めようがない笑いがこみあげてくる。
「くっくっく……わーはっはっはっはっはっは!!!! お前おもしれーわ! サイコー!!」
竜心は「人ごとだと思いやがって……」と恨めしそうな目で見る。
浩信はさらにボリュームを上げて、
「あっはっはっは!!! ひー ひー やばい!! 腹筋が痛くなってきた!!!」
体をくの字に折って笑い続ける。
竜心が「こいつは……」と思いながら浩信の笑いの衝動がおさまるのを待った。
浩信は、「ふー ふー」と呼吸を整え、涙目になりながら「わりーわりー」と謝る。
呼吸が落ち着いたところで、浩信は竜心に向けて言った。
「俺が協力してやるよ」