第十五話 三人の事情⇒そして間取りは1LDK
武仁、賢治、浩信が事情を語ります。
合宿研修が終わり、バスが滝本高校に着いて解散した後。
竜心・浩信・武仁・賢治は、深夜の話の続きをするため、竜心の家に行くことにした。
「そういえば、入学式の前、お前の家に行くわーみたいな話になったよなー」
竜心の家に向かう途中、浩信が竜心に向かって話しかける。
竜心も入学式の前の1-Hで初めて浩信と話した時のことを思い出し、
「そういえばそうだったな。
まあ、あの後忍者ということがバレて、こっちでやっていくために協力してもらうことになって……といろいろあったからな」
と答えた。
竜心が住んでいるマンションの前に着く。
武仁がそのマンションを見ながら、
「ここだったのか!
割と最近できたところだよなー
考えてみれば、滝本高校に近いマンションといえばここくらいしかないか」
と気付く。
賢治も、
「滝本市は最近少しいろいろできてきたけど、基本はまだまだ田舎だしね。
ほとんどみんな一軒家だからマンションなんて限られるよね」
と続ける。
「ルネサス滝本」と玄関に書かれているそのマンションは、13階建てのそこそこ大きな建物だ。
滝本駅の近辺は割と古い一軒家が多く、高い建物はあまり見当たらないため、余計に目立つ。
丘の上に立っている滝本高校からでもよく見える建物だった。
竜心がマンションの玄関の近くにあるポストが集まっているところに行き、505号室と書かれているところに入っていたチラシを取ってからエレベーターの前に戻ってくる。
武仁が、
「何か手馴れてるカンジだな」
と竜心に声をかけると、
「もう一ヶ月以上住んでいるからな」
と竜心が答える。
16人乗りのエレベーターが2基あり、1階で待機していたため、5階まですぐに上がる。
竜心が505号室の前で鍵を取り出し、ドアの鍵を開けてから、3人に「入ってくれ」と声をかける。
3人が入ると、1LDKの間取りで一人暮らしには十分なほどに広い。
浩信がリビングを見て、
「しっかし……マジで何もねーな」
と呆れたように言う。
テレビ、冷蔵庫、炊飯器、食器棚、ちゃぶ台、座布団、ゴミ箱……それだけしかない。
リビングが12畳とそれなりに広いため、余計に物のなさが目立つ。
武仁が部屋の一つが和室になっているのを見て、
「竜心らしいな」
と言うと、浩信と賢治も「だな」「だね」と同意する。
竜心が座布団を押し入れから持ってきて、
「とりあえず待っていてくれ」
と湯を沸かす。
「男の部屋に入ったら家探しってのが相場だが……これはどう考えても何も出てこなさそうで、する気にもならんなー」
と武仁が呆れ、
「パソコンがない生活なんて僕なら考えられないなー」
と賢治が言う。
浩信が賢治に、
「携帯であれだけ苦戦していた竜心がパソコンなんて使えると思うか?」
というと、「ないね」と賢治は即答した。
竜心が「とりあえず、茶だ」とちゃぶ台に急須と湯呑を置く。
武仁が、
「何か菓子とかは……ねーよな」
と言う途中で、竜心が合宿研修の行きのバスで駄菓子デビューだったことを思い出し、自分のバッグから合宿研修で余った菓子を取り出す。
ずぞぞぞ……と4人同時にお茶をすすり、落ち着いたところで武仁が口火を切る。
「それじゃ……腹を割って話をするか。
竜心の事情だけ聞いて、俺の事情は言わないってのはないからな」
と前置きし、武仁は自分のことを話し始めた。
「まあ、竜心のようにすごい秘密があるってわけじゃない。
俺が話すのは家の事情だな。
俺の家では、俺のお袋が、俺が小学校に上がる前に亡くなってな。
親父と妹と俺の三人家族になった。
親父は、俺を見ると意外かもしれんが、弁護士をやってて、仕事が忙しいってのに俺たち2人の面倒とか家事とかもこなしてた。
まだ小さかった俺から見ても親父が無理してるってわかったんで、妹の面倒とか家事とかを俺が手伝うようになって、だから俺はあまり遊んだりはできなくなった。
そんな俺たちと遊んでくれたのがヒロとケンさ。
ヒロの姉貴や兄貴、ケンの兄貴も俺たちの面倒をみてくれたっけな。
だから、学校と家事以外何もする余裕がなかった俺もいろいろ遊んだりできたし、妹にも寂しい思いをさせずに済んだ」
思い出しながら一息入れた武仁に、竜心が話かけた。
「合宿研修の時に料理ができるって言っていたのは、家事をずっとやってたからなんだな」
「ああ、そうだ」
と武仁は答え、続きを話し始めた。
「俺が中学に入ったころに、親父が再婚するって言ってきた。
相手は親父よりかなり若い人で、そんでもって、めちゃくちゃいい人だった。
俺たちの事情を分かっていて、その上で親父を好きになって結婚するんだと。
俺も妹もその人のことが気に入って賛成した。
その、今のお袋が、俺に『もう好きなことをやっていいんだよ』って言ってくれて、俺はそれからバスケを始めたんだ。
それから親父と今のお袋の間に1年前に子供が生まれて、弟ができた。
……こんなところが、あんまり周りに話していない、俺の事情ってところかな」
武仁は話し終えて「ふー」と深く息を吐いた。
竜心は「そうか」と深くうなずいた。
「次は僕の事情かな」
と賢治が言い、お茶を一口飲んでから話し始めた。
「僕の場合は学校以外の活動の事情だね。
僕には5つ年上の兄さんがいるんだけど、その兄さんが高校生の時からゲームを作ったりしていて、僕も中学校に上がる前からそれを見たり手伝うようになったんだ。
竜心にゲームって言っても分からないかもしれないけど……例えば、こんなの」
と賢治はスマートフォンのゲームを起動し、竜心の前で動かして見せた。
竜心は、賢治が指を動かすとスマートフォン上のキャラクターが動いて、またその動きに反応して画面上でいろいろな動きが出るところを見て、「ほう」と目を見開いた。
賢治はそれを見ながら満足げにうなずいて続けた。
「これも兄さんと僕が作ったものなんだけど、こういったものを作ったり、会社で使うソフトを作ったりってことを今でもやってるんだ。
それでお金ももらってる。
一昨日も夜遅くまで手伝っていたから合宿研修の行きのバスでは寝ちゃったんだけどね」
竜心は賢治が行きのバスで周りがうるさくても起きなかったことを思い出して、「そうだったのか」とあいづちを打つ。
賢治が続ける。
「あと、ネット上の知り合いとソフトを作ったり、情報をやりとりしたりもしてるね。
……ネット、インターネットってわかる?」
竜心は首を横に振る。
「だろうね。
例えばこんなの……」
とスマートフォン上でブラウザを立ち上げSNSサイトを開く。
「こんなカンジでいろんな人とやり取りをしたり、情報を集めたりしているんだ。
電話で話すように、情報のやりとりが離れた場所で同時にできたりね。
パソコンではもっといろいろできるんだけどね。
……こういったことが僕の事情かな」
と賢治が話を終える。
竜心は「うーむ」と頭で整理したうえで、
「つまり、ケンは機械を動かしたりすることや情報の操作や収集ができるってことかな?
それを収入が得ることができるほど習熟していると」
と賢治に質問すると、「そんなカンジ」と賢治は微笑みながら答えた。
「最後は俺だな」
と浩信が続いた。
「俺が人脈が大事だと考えてること、いろんなところにコネを作っているってことは話したな?
だが、その背景についてはまだ話していなかったな。
俺の家は起業家一家でな。
親父もお袋も、兄貴も自分で会社を作って起業している。
姉貴は今は大学で経営学を専攻してその準備をしてんな。
俺はそんな家族の中で育って、そして俺は俺なりに、親父たちの真似じゃなくて、自分なりに何かやろうと考えるようになった。
だが、いきなり何かができるわけじゃねー
だから、まず自分の身の丈にあったことをやって力をつけよーってことで、人脈作りも兼ねて中学の時からいろんなことを手伝って回るようになった」
ここで武仁が、
「そういえば生徒会の手伝いとかもやってたなー」
と思い出しながら言う。
浩信は答えながら続けた。
「ああ。俺が中一の時の生徒会長は今の滝本高校の生徒会長だから、それで知り合いなんだ。
そうやって、学校内もそうだが、学校の外でも人脈を作ってきた。
人脈ってのは作るだけじゃなくて維持もしていかなきゃなんねーからな。
時には連絡を入れたりして繋がりを保つようなこともしてる。
昨日俺が眠かったのはそっちの方で動いていたからだ。
ウチの家訓っつーか薫陶っつーか、その一つが『情けは人の為ならず』でな。
いろんなところに『貸し』を作ってくことが、今の身でできることだと思ってる。
ゆくゆくは俺も何か新しいことで起業しようと考えているが、まだ早いからな。
高校にいる内は、中学の時とは違った形でいろいろやろうとは考えている。
何をやるかはまだ決めてねーけどな」
竜心が浩信の話を聞いて、
「その『貸し』を作っていく中で、俺も『借り』ができたわけだな。
ヒロがそういった考え方じゃなかったら、今頃俺はどうなっていたかわからんな」
と微笑みながら浩信に向けて話した。
浩信は、
「ま、人の縁もわからんもんだ。
高校に上がってまだ一ヶ月も経ってねーが、これだけ色々あったんだ。
これからも面白くなるだろーぜ」
と笑いながら言った。
竜心は「違いないな」と笑いながらうなずいた。
竜心は改めて、浩信・武仁・賢治を見回して、
「俺は沙桜島から出てきて、初めて高校でできた友達がみんなでよかったよ。
それぞれ事情がある中でお互いの事を知り、こういう風に話せるような友達ができるとは、島にいた時には考えられなかった。
本当に嬉しく思っている」
と心の底から感謝を込めて言った。
「何を水臭いことを言ってんだ」
と武仁が照れながら言い、
「ははっ。そうだね」
と賢治が微笑みながら言う。
浩信も何となくこそばゆいような心地で誤魔化すように、
「そーいや、腹減ったな。
竜心、なんか作ってくんねーか?」
と竜心に頼んだ。
竜心は「おう」と答えて立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認し、手早く昼食を作り始める。
そんな竜心の背で、
「そーいや、来週はゴールデンウィークだなー」
「連休は部活がない日もあるし、どっか行くか?」
「いいねー」
と、初めて他人が入ったリビングで、居ることが当たり前のような雰囲気で話が交わされるのだった。




