第十四話 合宿研修(後編)⇒そしておばあちゃん扱い
竜心が自分の意志で打ち明けます。
「実は俺……忍者なんだ」
入学式の日に、浩信に自分が忍者であることを明かした時に告げた言葉を、今は武仁と賢治に告げる。
武仁と賢治はその時の浩信のように、竜心が何を言っているのかがすぐには理解できず、頭が真っ白になる。
みな無言だが、浩信の時とは違い、林の葉が風ですれ合う音がサワサワサワ……とその場を包む。
まず、武仁が口を開いた。
「何言ってんだ?」
竜心は答えない。
武仁は続ける。
「こんな時間に呼び出しといて、何だそれは? なあケン」
竜心が言ったことも、今の状況全体もよく理解できずに武仁が少しイライラしながら賢治に同意を求める。
賢治は右手を口に手を当てながら、考えている。
少し納得したような顔をしながら、武仁に答える。
「いや……竜心がこんな真剣な顔で冗談を言うはずがないよ。ヒロだって冗談を言う雰囲気じゃないし。
それに突飛過ぎて驚いたけど、今までの竜心を見ていて感じた印象と『忍者』というのが、僕の頭では妙に一致するんだ」
武仁は思わぬ賢治の返答にポカンとした顔をして、それから竜心や浩信の顔を見て、少し落ち着いた様子で話す。
「そう言われてみれば、そうだな。
ヒロならともかく、竜心がこんな冗談を言うわけないか」
その納得の仕方に浩信は苦笑する。
賢治が竜心に向かって、
「竜心が忍者だっていう、証拠をみせてくれないかな?」
と頼む。
竜心は「わかった」とうなずき、次の瞬間、武仁と賢治の後ろから、「これでどうかな?」と話しかけた。
「うわっ!」「わっ!」と武仁と賢治は驚いた。
正面にいた竜心が急に姿を消して、それに気付くか気付かないかのタイミングで後ろから話しかけられて、驚かないはずがない。
何度か竜心の体術を見てきた浩信も「何度見ても慣れねーな……」と少し目を見開きながらつぶやく。
武仁は驚き過ぎて戸惑うばかり、賢治は「心臓に悪いよ……」と胸を押さえている。
先に気を取り直した賢治が、
「今、本当に消えたみたいだったけど、どうやったの?」
と竜心に聞く。
竜心はすぐに答えた。
「今、3人のまばたきのタイミングや、それぞれの拍子の隙間を縫って動いたんだ」
賢治がまた驚きながら、
「まばたきのタイミング……それだけでもオカシイと思うけど、拍子って何?」
と聞く。
竜心はどう説明しようかと言葉を選びながら、
「拍子というのは……人はみな、常に一定の意識で動いているんじゃなくて、それぞれの拍子……リズムと言った方が分かりやすいか、それで強弱をつけながら動いている。
手を伸ばそうと考えて実際に伸ばすリズム、走るリズム、飯を食うリズム……
そういったものの総合的な意識のリズムみたいなものかな」
と説明する。
賢治は、
「わかったようなわからないような……竜心の説明が悪いとかじゃなくて、感覚的につかめないというか……
つまり、竜心はその拍子を感じ取ることができて、しかも複数同時にできて、なおかつその一瞬でこの距離を移動できるってことかな?」
と現実味がない、しかし目の前で見た以上認めるほかない、というような素振りをしながら、自分なりに理解した言葉で確認する。
竜心は賢治の理解力に少し驚きながら、
「ああ、その理解で構わない。
これで俺が忍者だと信じてもらえたか?」
賢治は、
「忍者なのかどうかはともかくとして、竜心には僕の常識外の能力があるってことはわかったよ。
よければ他にも何か見せてもらえないかな?」
と少し興味が出てきて竜心にお願いした。
竜心は「ふむ」と何を見せようか考えながら、浩信にバレた時のことを思い出して、
「これならどうだ?」と言いながら、その場で跳躍し、10mほどの高さにある木の枝の上に立った。
先ほどまで何が何だかわからなくなっていた武仁も、これはわかりやすかったようで、
「こいつはスゲー!」
と素直に感動する。
浩信も入学式の時の動きが「あの程度の動きなら島の奴ならどんなに動きの鈍い奴でも軽くできる」程度だと言っていたのを思い出し、
「これを基準に考えていたのなら、あの時の動きは確かに何でもねーな」
とつぶやく。
竜心が枝から飛び降りる。
何も音を立てずに着地する。
それに賢治が更に驚いた。
「いきなりあの高さに跳びあがったのにも驚いたけど……あそこから降りてきて何も音を立てないってのもとんでもないね。
確かに『忍者』のイメージにぴったりの動きだったよ」
武仁は、
「俺はもう、とにかくスゲーとしか言えねーよ」
と開き直ったように言った。
浩信は肩をすくめて、「確かになー」と同意した。
武仁と賢治が納得したところで、竜心は浩信にすでに話していることを2人に向けて話し始めた。
沙桜島のこと。
主筋の沙桜一族とそれに仕える十支族のこと。
竜心の古賀家が十支族の一つであること。
古賀家が十支族の中で最弱の支族として地位が低かったこと。
竜心が古賀家でも落ちこぼれだったこと。
「逆身法」のこと。
竜心が「逆身法」を突き詰めたこと。
沙桜島で「こんな島でずっと生きていくのか」と一人考えていたこと。
2年前にテレビで滝本高校のことを見て、その光景に憧れたこと。
3年に一度の御前武試のこと。
「抜け忍」の制度のこと。
「抜け忍」の制度を使う時に付けられた条件のこと。
浩信にバレた時のこと。
浩信が協力を申し出たこと。
竜心のキャラ設定のこと。
浩信が第一段階として武仁と賢治を紹介したことと、その裏の意図。
浩信が第二段階として周りとの付き合いとこっちの「普通」に慣れることを設定したこと。
そして浩信が第三段階として武仁と賢治に事情を明かすことを提案し、竜心がそれを受け入れたこと。
竜心は、時折浩信に補足されながら、これまでの経緯を武仁と賢治に話し終えた。
武仁と賢治は話を聞き、今までの竜心や浩信の動きを思い返しながら、理解していった。
誰からともなく、「ふー」と4人息をつく。
少しの間、みな無言になるが、竜心が「俺は忍者だ」と告げた時とは違い、どこか落ち着いた空気があった。
そして、武仁が竜心に話しかけた。
「竜心、お前は俺たちに隠しごとをするのがイヤになった。
それだけ、俺たちを仲間だと思ってる。
……そう考えていいんだな?」
竜心は深くうなずきながら、
「ああ」
と力強く答えた。
武仁は、
「はっはっは! いやー嬉しいぜ!
まだ会ってからそんなに経ってないが、俺はお前のことを気に入ってんだ!
そのお前が俺たちに心を許している。
お前が大事に考えている。
そいつは、たまらなく嬉しいな!!」
と大声で笑いながら、竜心の肩をバンバンと叩き、竜心に言った。
竜心は口元だけでなく顔全体を緩めたように笑顔をつくり、
「ありがとう! タケ!!」
と答える。
賢治も、
「僕も同じ気持ちだよ。
僕は、君を、今まで会った誰とも違う、面白い人だなと思っていた。
それに、なんていうか、どこまでも人がいいな、ともね。
そんな君が、これまでより深い付き合いを望むというんだ。
僕も、たまらなく嬉しいよ!」
とニコニコと笑いながら竜心の肩をポンと一つ叩く。
竜心は賢治の方を向き、笑顔をさらに深めながら、
「ありがとう! ケン!!」
と答える。
浩信は、竜心の正面に立ち、
「まー俺もな。
最初見たときからおもしれーヤツだなと思ったが、お前に協力しているうちに、本気で気に入っちまった。
他にない人脈って考えたのがキッカケだったが、近くで見ていて、お前ほど信頼できるヤツにはこの先もなかなか会えねーだろうなと思ったしな。
まーこれからもよろしく頼むぜ」
と右手に拳を作って、竜心の胸をポンと一つ叩きながら、嬉しそうな顔で言った。
竜心は、
「ああ。これからも頼む! ヒロ!!」
と嬉しくてたまらないという顔で答えた。
少し、竜心の目じりに涙が浮かび、それに気付いた浩信が「泣いてんのか?」とからかう。
竜心は「何を言っているんだ」と誤魔化し、武仁は「はっはっは!」と笑いながら大きく肩を叩き、賢治はまたニコニコと笑っている。
少ししんみりしていた4人は、いつもの教室での4人に戻り、しかし少しだけいつもより距離が近くなったような、そんな形で笑いあっていた。
翌日の朝。
4人はそれぞれ少し寝不足ながらもどこか清々しく、「おはよう」「おっす」「よう」「やあ」と挨拶を交わす。
昨日の余韻を残しつつも、もういつもとほとんど変わらない4人は連れだって顔を洗いに行く。
「朝食の準備をするから手伝えるものは集まれ」と声がかかり、竜心と武仁はそちらに向かい、浩信と賢治は合宿所に戻っていく。
那美と料理ができる方の友人も来ていて、「おはよう」と挨拶を交わす。
教師は学年主任を始めとして5人ほど、生徒は15人ほど集まっている。
1-H担任の茜の姿はない。武仁が「茜ちゃんは、昨日騒ぎ過ぎてまだ寝てるんじゃないか?」と笑いながら言った。
作り始める段になって、竜心に期待の視線が集まる。
竜心は戸惑いながら、教師陣に、
「何を作るんですか?」
と尋ねる。
学年主任が代表して、「お前に任せる」と告げ、他の教師も、なぜか周りの生徒もうんうんとうなずく。
竜心は「はあ」と気の抜けた返事をしながら、いつも作っている純和風の朝食でいいかと考え、その旨を周りに伝え、動き出す。
竜心は昨日のバーベキューの残りを具にして味噌汁を作る。
味見をした那美が「おいしい!」と感動の声を上げ、他の生徒がわらわらと味見を希望し、みな那美と同じように感動の声を上げる。
竜心は昨日のバーベキューと同じく、出汁の出方や具の煮え方に忍者としての技術を使い、可能な限り味を引き出していた。
武仁は昨日の話を思い出しながら、「これはヒロじゃなくても呆れるな」と心の中でつぶやいていた。
生徒が全員揃ってからの朝食では多めに作った味噌汁があっさりとなくなり、文句を言うものが続出した。
那美が言った、
「何だか古賀君の作った味噌汁って、長年の経験が詰まったおばあちゃんの味だよね」
という言葉に、それを聞いていた周りの者がうんうんとうなずき、竜心は「おばあちゃん……」と複雑な顔をするのだった。




