第十二話 合宿研修前日⇒そして二人は話し合った
竜心がまた一歩前に進みます。
竜心に対する部活の勧誘があらかた一巡し、落ち着いてきた頃。
「明日と明後日は合宿研修よー
必要なものを忘れてこないようにねー」
1-Hの授業後のホームルームで担任の茜が注意を促す。
クラスメイトの男子生徒が「茜ちゃんが忘れんなよー」と茶々を入れられて、茜は「もー」と頬を膨らす。
すっかり「茜ちゃん」が定着してしまっている。
滝本高校では一年生が集団生活を学ぶため、そして交流を深めるためという名目で4月の下旬の土日に合宿研修がある。
土日にあるため、建前上は自由参加だが、ほとんどの場合参加するようだ。
研修という名称ではあるものの、ほとんど泊りがけの遠足のようなものなので生徒にとっても人気のある行事となっている。
ホームルームが終わり、明日からの合宿研修の話でクラスは盛り上がっている。
竜心・浩信・武仁・賢治のいつもの4人も同様だ。
武仁が嬉しそうに他の3人に話かける。
「明日が楽しみだな! 外で作って食う飯はなぜかうまいんだよなー」
「そうだね」
賢治も嬉しそうに応じる。
竜心は、
「そういうものなのか?」
と首をひねっている。
浩信が思い当たり、竜心に、
「お前のいた島では当たり前だったのか?」
と聞くと、
「割とよくやっていたな」
と答える。
武仁と賢治も竜心がかなりの田舎である島から来たことは知っていたが「そこまでド田舎だったのか」と改めて驚いている。
竜心は、
「こちらではそれが普通じゃないのはよくわかってるよ」と苦笑しつつ、
「でも、生活の一部ではなくて、みんなで騒ぎながら外で食べるのは確かに楽しそうだな」
とその光景を想像しながら少し口元を緩めて言う。
武仁は気を取り直して、
「慣れてるんならなかなか頼りになりそうだなー」
と竜心に話しかける。
竜心は「どうかな?」とまた首をひねりながら、
「まあ、今は家でも作っているからそれなりに戦力にはなるかもな」
と言うと、賢治が、
「そうなんだ。確かに君なら割とマメに家事とかこなしそうだねー」
と言う。
浩信が竜心に向かって、
「お前、女子よりうまかったら恨まれるぞー
那美なんかラーメンしか作れねーだろーし」
と冷やかす。
すると、近くで他の女子と話していた那美が、
「ヒロ! あんた私がラーメン屋の娘だからってそれはないでしょ!
ちゃんと家ではお母さんを手伝ってるんだからね!」
と浩信に向かって怒り、肩を叩く。
「いてーなー お前みたいなガサツな女がまともなもんを作れんのか?」
と浩信が軽口を叩くと、那美は、
「ちゃんと作れるわよ! 明日はみてなさいよ!」
と応じる。
賢治が「二人とも仲がいいよねー」と茶化すと、
「どこがだ!」「どこがよ!」
と浩信と那美はハモって反論する。
賢治が微笑みながら「そういうところがね」というと、二人は「う……」と黙る。
竜心が「ヒロがやりこめられるのは珍しいな」と思ったことを口にすると、
「うるせーや」とボソッと小さく浩信が文句を言う。
武仁が竜心に、
「この二人はいつもこうなんだよ」
としみじみと言うと、竜心は「なるほどな」とうなずく。
那美は、
「ちょっと古賀君! 真に受けないでよね!」
と文句を言う。
いつもより少し騒がしいやりとりをしている中で、武仁が「俺はそろそろ部活に行くわ」と離れると、賢治も用事があると離れ、那美も女友達に呼ばれて離れ、竜心と浩信で帰ることになった。
竜心と浩信は、校門を出て滝本駅に向かう坂を下る。
浩信が先ほどとは違って少し真面目な表情で、
「少し公園に寄っていこーぜ」
と竜心に声をかけ、竜心は同意する。
もう定番となった脇道の先にある小さな公園に着いた。
前に来た時も、その前に来た時も、竜心がまともな高校生活を送るための方策とその確認をしたので、竜心は浩信がまたその話をするものだと思い、少し緊張した。
浩信が竜心に話しかけた。
「ここで第二段階として、人付き合いを広げることと、こっちの『普通』に馴染むことの話をしたな」
竜心は「ああ」とうなずく。
浩信は続ける。
「人付き合いについては、俺が想定していたよりも進んだと思う。
お前はクラスでもかなり受け入れられているし、部活の勧誘もひと段落したしな。
バスケ部の部長にはびびったが」
竜心は無理やり体育館に連れて行かれてバスケを体験させられたことを思い出して、
「俺もあの時は驚いた」
と同意した。
「茜ちゃんを助けた時のことも、まあうまく収まったしな。
あん時にお前が言っていた、日常を守るためになら力を使うってのも、俺はいいと思っている」
そういう浩信に、竜心は「そうか」と嬉しそうに言う。
「こっちの『普通』に馴染むって話だが、カラオケとかの遊び場や、買い物なんかはまだあんまし行ってねーが、こっちの『日常』の感覚にはだいぶ馴染んできたようにも思えるな。
その辺は自分ではどう思う?」
と浩信が問うと、竜心は少し考えて、
「ああ。何ていうのかな……2年前に衛星テレビで見た滝本高校の映像、そこに映っていた生徒や校舎とか、それらが作っている雰囲気とか。俺には遠いと思っていたもの、ここに来てばかりの頃も近づいたとなかなか思えなかったものが、今は確かに手が届いていて、俺もその一部になれている……そんな実感が今はある。
それがこっちの『日常』の感覚に馴染んできたということかなと思う」
と答えた。
浩信は「ふむ」とうなずき、「そーだな」と同意した。
そして、竜心が「次の課題がくるのかな」と思って待っていると、浩信はしばらく黙っている。
話そうと思っていることがあるが、迷っている。
そういう風に思えた竜心は浩信に、
「何かあるなら話してくれ」
と促した。
浩信は「ああ」と答え、話し始めた。
「次の段階……というかこれが最後になる。
それにこれは、俺がやった方がいいと思うだけで、最善かどうかはわからん。
聞いた上でお前が決めてくれ」
と前置きし、
「まずは前提の話だが、お前は『普通の高校生』になりたい。
そして、抜け忍になる時に島で突き付けられた条件は、『抜けたあとは沙桜島から遠く離れたところに移ること』『島の者に行き先を知らせないこと』『忍者であることが周りに知られないようにすること』ってことだったよな?」
と竜心に確認する。
竜心は「ああ」と肯定する。
「この島で突き付けられた条件は、島の他の者に余計な影響を与えないために付けられた条件だったよな?」
と再度竜心に確認する。
竜心はまた「ああ、間違いない」と肯定する。
「この目的が満たされる範囲で条件を解釈していいってことになるよな?」
と竜心に質問し、竜心は「どういうことだ?」と聞き返す。
浩信は自分を親指で指し、
「例えば、『俺がお前が忍者であることを知っている』というのは、島の者に影響を与えないのであれば問題ないと考えていいのか?」
と例に挙げる。
竜心は「ふむ」と少し考えた上で、
「それで問題ないと思う」
と答えた。
「それなら、信頼できる者に、お前が忍者だと知る者を知らせることを提案しようと思っている。
ま、具体的に言うとタケとケンにだな。
これは、最初から俺一人が協力者と言うよりは、複数の方がいいだろうと考えていたんだが、お前が『こっちの日常を守るためなら力を使う』と言ったのを聞いてから、よりそう考えるようになった。
行動する上での制約を外す意味で、俺以外がいないときにしか話ができない状態を解消する意味もあるが、お前が実態を隠さずに話せる人間を増やしておいた方がお前自身、楽になるんじゃねーかと思ってな」
浩信はそう切り出した。
竜心は即答はできず考えた。
浩信も答えを急かさなかった。
二人の間に少しの間、沈黙が訪れる。
考えがまとまって、竜心が答える。
「そうだな。
確かに、タケとケンが俺の実態を知ることで今後動きやすくなると思う。
もちろん、知る者が増えればそれだけ周りに漏れる危険があることも理解しているが、タケとケンなら問題ないと思っている。
……それに、タケとケンにずっと黙っているというのは、どこか心苦しいとも思っていた」
浩信は少し間をおいて、「そうか」とうなずいた。
竜心は浩信に聞く。
「それにしても、最初からそこまで考えていたのか?」
浩信は「ああ」とうなずいて答える。
「協力者が俺一人というのは手が足りないってことは最初から見えていたからな。
だからといって簡単に増やすわけにもいかねーところだ。
タケとケンをお前に紹介して、馬が合うようならこの2人で考えて、万が一ダメだったら別の手段を講じようとは考えていたぜ。
……まあそこはあまり心配してなかったがな。
とりあえず俺一人で面倒を見れるところは見て、折を見て切り出そうと思っていた」
竜心は浩信の配慮の深さに驚きながら、「そうだったのか」とつぶやく。
「それに」
と浩信が続ける。
「最初に言ったように俺にとってもプラスになるように考えているからな。
まーこれについてはタケやケンが一緒にいる時に話すが、俺がやろうとしていることにお前らを巻き込もうって考えている」
竜心はうなずいて、
「わかった。お前にはいろいろ世話になって、本当に俺はお前に感謝しているよ。
俺ができることなら協力しよう」
と心の底からの感謝を込めて浩信に言った。
浩信はいつものニヤリという笑いではなく、珍しく素直に嬉しそうに笑いながら言った。
「よろしく頼むぜ」
その後、浩信が
「いつ話すかだが、明日の夜がいいかもなー
明日から行く合宿所は山奥だし、夜に4人で抜けて話すにはちょうどいいだろ」
と武仁と賢治に話すタイミングについて提案し、竜心は「そうしよう」と同意した。
(明日、いつもの4人の関係が、少し変わるかもしれないな)
竜心は期待と不安が相半ばしながらそう考えていた。




