第十一話 部活勧誘攻勢⇒そしてあの部も……
竜心がいろんな部活に誘われます。
4月が半ばを過ぎようという頃。
1-Hの教室で、
「君が古賀君か!」
竜心・浩信・武仁・賢治のいつもの4人で話していた竜心のところに、体格のいい生徒、それも上級生が大きな声で呼びかけながら突進してきた。
竜心も他のクラスメイトも「またか……」という顔をする。
そして当事者の竜心だけは他人事ではいられず、やってきた生徒の方を向いて、対応するための準備を整えた。
それはこの2週間の間、何度も見られた光景だった。
体力測定が終わり、初めての週末が終わった後の月曜日の昼休み。
「おい名張!」
いつもの4人で学食にいた時、先輩らしき男子生徒が武仁に声をかけてきた。
「あ、部長。ちわっす」
と武仁が挨拶する。
男子生徒は部活紹介の時に壇上で「カモン!」とノリノリで声を上げていたバスケ部の部長だった。
その部長が、
「お前のクラスに古賀ってヤツがいないか?」
と武仁に聞いてくる。
「古賀ならこいつっすよ」
と武仁は竜心を指す。
バスケ部の部長は昼食を食べ終わった竜心の後ろに周り、肩をバンバンと叩きながら、
「おお! お前が古賀か!
体力測定ですごい結果を出したヤツがいたって聞いてな!
1-Hの古賀がそうだと聞いたんだ!」
と声をかけてきた。
竜心は「はあ」と気の抜けたような返事を返しながら、
(これはもしかして、前に浩信が言っていた勧誘かな?)
と思い当たった。
バスケ部の部長が続ける。
「君はまだ部活に入っていないと聞いている!
どうせならバスケ部に入らないか?
名張の友達というならちょうどいい」
それを聞いて武仁が口を挟んだ。
「部長、俺も誘ったんすけど断られたんすよ」
「なに! なぜだ?」
バスケ部の部長は竜心に向き直って聞いた。
竜心は武仁に話したことを繰り返した。
「部活をやってみたいとは思うんですが、バイトで稼がないといけないんですよ。それにバスケはやったことがありませんし」
それに対してバスケ部の部長は、
「そうなのか? だが構わん!バイトは毎日あるわけじゃないだろうし、空いている日に練習に来ればいい!
それに、バスケをやったことがないと言ったな? ならまずやってから考えてみろ!!」
と勢いよく言い切って、竜心の腕を引っ張って「こい!」と学食から出ようとした。
竜心はその行動は予想しておらず、「え? え?」となすがままに引っ張られていった。
浩信・武仁・賢治はその後を追いかける。
竜心が我に返って、「何なんですか?」と聞くと、
バスケ部の部長は引っ張りながら、
「体育館でバスケをやっているヤツがいるだろうから、そこに混じるぞ!」
と答えた。
体育館につき、バスケ部の部長が中を見回すと、ちょうどバスケ部の部員が3対3で遊んでいるところを見つけた。
竜心をそこまで引っ張っていって、「おい!ちょっといいか!」と声をかけ、
「こいつがあの古賀だ! バスケをやったことがないというから一度やらせてみようと思ってな!」
と説明した。
そこにいたバスケ部の部員も竜心のことを噂には聞いていたのか、面白そうに協力を申し出る。
バスケ部の部長は武仁にも声をかけ、協力させる。
バスケ部の部長と元からいた部員2人の3人と、竜心、武仁、そしてついでだと引っ張られた浩信の3人で、3対3をすることになる。
ゴールは一つで、ディフェンス側がボールを取ったらハーフラインまでボールを持っていくことでオフェンスに交代するシンプルな形式だ。
竜心はルール自体は本で読んだことを伝えると、バスケ部の部長側がオフェンスで、すぐに3対3が始まった。
バスケ部の部長が武仁に指示したのか、武仁は元からいた部員の1人につき、浩信はもう1人につく。
必然的に竜心がバスケ部の部長につくことになる。
竜心は、
(やりすぎてもややこしいことになるんだろうが、手を抜いたように見られてもややこしいことになるんだろうな……)
と思い、「トホホ」とため息をつきながらも武仁の様子をみながら真似てバスケ部の部長にディフェンスとしてつく。
バスケ部の部長はドリブルをつかずにボールを動かしてフェイントをかけてくるが、竜心は反応しない。
「まだルールをよく分かっていないからか?」と思い、ドリブルで竜心を抜こうとする。
竜心は、「確か進行方向の正面に回らないとファールだったな」と前に本で読んだ内容を思い出しながら、おかしなスピードにならないように気をつけてバスケ部の部長の真正面に回る。
バスケ部の部長は急に見せた竜心の動きに「うおっ」と急ストップし、進行方向を変えようとするが、その向きにすぐに竜心がついてくる。
たまらず立ち止まって、浩信がついていたバスケ部の部員が浩信を振り切ってフリーになったところにパスを出そうとすると、竜心があっさりカットする。
バスケ部の部長は、
(なんて動きをするんだ! こいつは想像以上の拾いもんだぞ!)
とニヤリとしながら、ボールをどことなくぎこちなくドリブルしてハーフラインに持っていく竜心を追いかける。
今度は竜心側がオフェンスになり、バスケ部の部長側はディフェンスにつかれていた者にそのままディフェンスにつく。
竜心のディフェンスはもちろんバスケ部の部長だ。
竜心がボールを持って周囲を見ていると、武仁がディフェンスを振り切って、手を頭の前に持っていきながら「ヘイ!」とパスを呼ぶ。
バスケ部の部長はそのコースをカットしようとするが、竜心はそれをすり抜けて武仁の進行方向に行くようにパスを出すと、武仁の手に吸い込まれるようにボールが飛ぶ。
武仁はあまりに取りやすくちょうどいいところにボールが来たので一瞬戸惑うが、すぐに気を取り直し、ディフェンスが追い付かないうちにシュートを決める。
そのような形で、ただの人数合わせの浩信が足を引っ張りながらも竜心側が有利に進めていった。
予鈴が鳴る数分前に、バスケ部の部長が「そろそろ切り上げるか」と告げて3対3は終了する。
バスケ部の部長は、かなりの上機嫌で竜心の肩をバンバン叩きながら、
「素質はあるんだろうと思っていたが、想像以上だな!
お前なら即戦力でもいけるぞ!!」
と言ってきた。
バスケ部の部長は続けて、
「どうだ? バスケは楽しいだろう?
バイトの合間にでもいいからやってみようとは思わないか?」
と竜心と誘ってくる。
竜心は「この人は本気なんだな」と思い、本音で話すことにした。
「いえ、俺はバイトをする必要があることも理由ですが、何もできなかった島からこちらに出てきて、自分に何ができるかを探しているところなんです。
なので、今は遠慮させてください」
とバスケ部の部長の目を見ながらはっきりと答えた。
バスケ部の部長は言葉に込められた竜心の意思が固いとわかり、
「そうか…… わかった。
だが、バスケ部に入りたくなったらいつでも言ってきてくれ」
と諦めた。
体育館から教室に戻る途中、武仁が竜心に話しかけた。
「部長が強引で、なんか悪かったな」
竜心は、
「いや、なんだかんだで楽しかったよ」
と口元を緩めながら答えた。
武仁はほっとして、
「そいつはよかった。
しかし、お前が入らないのは残念だなー
あのディフェンスとかパスとかすごかったぜ。
なんか相手の動きがわかってるっていうか」
と言うと、竜心は、
「そうかな」
と誤魔化した。
それからバスケ部が竜心を勧誘した話が広まり、その時に一度体験させた話まで広がった。
そして運動系の部活の者がしょっちゅう1-Hの教室にくるようになった。
卓球部の部長がラケットとピンポン玉を持ってきて机の上で試合をしかけ、
水泳部が持参した水着を押し付けてプールに引っ張ろうとし(さすがにこれは断ったが)、
バレー部が教室にいきなりボールを打ちこんできたり、
柔道部が技をしかけてきたり、
剣道部が竹刀を投げてきてキャッチしたところに打ち込んできたり……
勧誘だけでなく、竜心を試そうとする者、果ては竜心で遊ぼうとする者まで現れて、最初は面白がっていたクラスメイトも呆れてきた。
そんな中で、クラスメイトが「おおっ」とどよめいたのは、生徒会長の静が放課後に1-Hの教室に現れたときだった。
「古賀君」
と静が帰る準備をしていた竜心に話しかけた。
「いろんな部活から熱い勧誘を受けているみたいね」
「あ、はい」
竜心は、なぜ静がこの教室にきたのかがわからず、戸惑いながら答えた。
静が続けて、
「ふふっ。ところで、私も勧誘に来たの」
というと、竜心は驚いて「ええっ」と声を上げた。
気を落ち着かせて、
「生徒会にですか?」
と竜心が聞くと、静は勘違いさせたことに気付き、
「ああ、生徒会じゃなくて、弓道部の、よ。
私は弓道部の部長でもあるの。……言ってなかったかしら?」
と訂正した。
竜心は「はあ」と気の抜けた返事をする。
静がふざけて、
「何? バスケ部とか卓球部の話を聞いても私の話は聞いてくれないの?」
とすねてみせると、竜心は慌てて首と手を振りながら、
「そんなことないです!」
と返した。
静はそんな竜心を見て笑いながら、
「ふふふっ。冗談よ。
他の部のみんなが古賀君にいろいろやらせてみてるっていうから、私も古賀君に弓を引いてもらいたいなって思ったの」
と1-Hに来た理由を説明した。
竜心がまた「はあ」と気の抜けた返事をすると、
「何? 他の部はよくてもウチの部はだめなの?」
とまた静がすねてみせる。
竜心は「はー」とため息をつき、「わかりましたよ」と答えると、
静は「嫌々なの?」とさらにごねてみせ、竜心は「いえ、喜んでいかせていただきます」と答えた。
静と竜心が教室を出ていくまで、教室に残っていたクラスメイトは、いつも凛とした姿しか見せない生徒会長がふざけている姿を見てぼけーっと呆けていた。
弓道場に向かう途中、静が竜心に聞く。
「古賀君は弓道の経験はある?」
「いえ。ないですね。
弓を触ったことならありますが……」
と竜心が答えると、静は意外に思い、
「そうなの?」
と聞き返す。
竜心は、
「弓道の和弓ではなく、手作りの簡単なものですけどね」
と答えた。
静が、
「へえー それはおもちゃとして?」
と聞くと、
「いえ、鹿を狩ったりするときに使いました」
と竜心が答え、静は意外過ぎて驚いて目を見開いて少しの間声がでず、
「……それは本格的ね」
と答えた。
実際のところ、竜心は小さい頃に弓を鹿狩りに使ったことがあるが、それよりも野球のバッティングピッチャーのように、飛び道具に対する訓練の手伝いで使っていたことの方が多かったが、それは黙っておく。
弓道場に到着し、静にTシャツ姿になるように言われ、竜心は上着とカッターシャツを脱ぐ。
服の下のがっしりとした体に「なかなか頼もしいわね」と思ったことは内緒にしつつ、弓道用の胸当てを渡す。
他の生徒も竜心の噂を聞いているのか、じっと注目している。
静は、竜心がなんとなく居心地が悪そうにしているところを見て少しおかしく思いながら、
「とりあえず、型は気にしなくていいから弓を引いてみてもらえるかしら」
と竜心に声をかける。
竜心は「わかりました」と素直に応じ、弓道の本にまでは目を通していなかったので、島でやっていたことを和弓に合わせてやってみることにした。
島で使っていた弓と矢と弓道の和弓と矢の違いを把握し、イメージを調整した上で、狙いを定めて弓を引く。
矢は的の中央に命中した。
続けて引く。
先に射た矢と同じ高さで、中央の周りの黒いライン上のちょうど真ん中に当たった。
また続けて引く。
また先に射た矢と同じ高さで、先ほどの黒いラインの周りの白いライン上のちょうど真ん中に当たった。
弓道のそれとは違い、「中った」というより正に「当てた」という風にではあり、竜心の動作も弓道の射法八節を全く踏襲していないが、また別の「技術」がそこにあった。
竜心としては和弓の形状から矢がどう飛ぶかを見て取ってやってみただけのことだったが、弓道部の者はみな呆けて竜心を見ていた。
その様子を感じ取り、
(今回はそれほど常識の範囲を超えたことはしていない……よな?)
と、少し自信がなくなってきた。
静も竜心の姿勢や動作に何か完成されたものを感じて「きれいね……」と呆けていたが、気を取り直し、
「さすが古賀君、すごかったわね」
と竜心に声をかけた。
竜心は照れながらも「大丈夫だったみたいだな」とほっとしていた。
そんな部活勧誘攻勢に、竜心といつもの浩信・武仁・賢治の3人、それに他の1-Hのクラスメイトが巻き込まれながらも学校生活に慣れていき、4月半ばに新たに迎えたチャレンジャーは、
「我々はカバディ部だ!古賀君がいればオリンピックだって目指せるんだ!!」
と熱い言葉を教室に響かせるのだった。




