第一話 入学式⇒そしてあっさりバレる
初めて小説を書きました。ドキドキしながらの投稿です(^^;
まだ桜が満開の4月2日の朝6時半。
滝本高校の校門の前で、一人の男子高校生が佇んでいた。
彼の名は「古賀 竜心」
少し変わった背景を持つ15歳の若者である。
その容貌は、一見少しやせ気味の中肉中背だが全体的に締まった印象を与える体格と、潮で焼けたような少しだけ茶色がかった短髪。少し太めの眉が意思の強さを表しているようにも見える。
校門の上には大きな看板が取り付けられている。
『祝 第52回 入学式』
(ついに今日から「普通の」高校生かー)
九州の北に浮かぶ島というド田舎で暮らしてきた竜心には、関東の滝本市、都会とまでは言わないが田舎というには発展している街でついにスタートという感慨深い思いがある。
絶対に合格するとの想いで3月上旬の出願の前に滝本市のマンションに引っ越し、中旬に試験を受け、下旬の合格発表でホッとした思いで入学のための準備を始めた。
滝本駅から少し急な坂を登ったところにある小高い丘の頂上近くにある滝本高校は、地元では公立の高校の中では1番、私立を含めるとそこそこという位置づけにある。偏差値にすると55というところだろうか。
そんな苦労を思い返している内に、2年生、3年生が登校し始める。
なんとなく声をかけにくい雰囲気が出ているのか、彼に声をかけるものはなかなかいない。
(ん?)
落ち着いた雰囲気の女生徒が竜心のいる場所に向けて歩いてきて、声をかけた。
「おはよう」
それまでなかなか声をかけられなかったので、何となく「そういうものか」と思っていた彼は少しあわてて挨拶を返した。
「あ、おはようございます」
「新入生?」
「あ、はい」
「ずいぶん早いのね。入学式の集合時間は9時よ?」
「あ、ええ。今日からここに通うんだという実感を早く確かめたくて、早めに家を出ました」
女生徒は少し驚いた風に目を見開いて、感心したように、
「ふふっ。そんな風に思い入れを持ってもらえて嬉しいわ。私はこの滝本高校の生徒会長をしている『村上 静』よ。よろしくね?」
「あ、俺は『古賀 竜心』です。よろしくお願いします」
「古賀君ね。竜心って格好いい名前ね。珍しいからすぐに憶えられそうだわ」
「そうですか」
同じ名前の者がいないド田舎に暮らしていた竜心は、名前の珍しい、珍しくないがよく分からなくて少し戸惑った。
静は時計を見て時間を確認すると、
「ふふっ。そろそろあなたたちの歓迎の準備をしに行くわね」
「あ、はい。声をかけてもらって、ありがとうございました」
「ふふっ。ご丁寧にどうも。それじゃ、ね」
軽く手を振りながら歩いて校門に入っていく静に竜心は軽く頭を下げた。
静の後姿を見送った後、竜心はそっと胸をなで下ろす。
(はー。生徒会長さんから声をかけられるとは思わなかったな。気を遣ってくれたのかな?)
改めて自分の姿を振り返ってみると、不審人物に見えてもしょうがない気もしてきた。
(朝早くからずっとぼーっとしてたから結構浮いていたのかな? 最初から悪目立ちしてしまったかも……)
トホホと一つため息をつき、これ以上悪目立ちしないようにと校門から校内に入る。
校門からまっすぐ進むと体育館が見える。入学式の準備のために2年生、3年生が頑張っているようだ。
右手に三階建ての校舎がある。コの字型の構造になっていて校門から向かうと開いた部分が手前に見える。
生徒はまだほとんど登校していないからか、校門に近い場所にある職員室以外ではあまり気配を感じられない。
校舎のコの字の内側が中庭になっていて、新入生の集合場所という立て看板が置いてある。
コの字の閉じたところで1階がない部分に道が通り、その先に先ほど通ってきた校門より小さな裏門が見える。
体育館と校舎の間を通り抜けるとグラウンドがある。グラウンドの右手に見えるプレハブは部活で使っている部室のようだ。
用もない生徒がブラブラしているのが不自然なのか、竜心は校門前の時ほどではないがジロジロ見られている視線を感じる。
居心地が悪くなり、竜心は校舎に入って時間を潰すことにした。
校舎の生徒用玄関でカバンに入れてあった上靴に履き替え、校舎を歩いていく。
教室の扉の上にかけてあるプレートを見ると1階に1年生の教室があるようだ。
1-Aから1-Hまでの8クラス。生徒用の机が6列で40個ほど置かれている。
1学年は320人弱。竜心にはかなりの大人数に思える。
竜心の地元では子供の数が少なく、学年別で1クラスずつ、時には2学年で1クラスの時もあり、
1クラスに10人以上いた試しがなかった。
そんな事情もあって、受験の時に一度校舎に入ったことがあるのに、
(すごいな……)
と思ってしまう。
1-Hの教室で、扉に鍵がかかっていないことに気付き、静かに扉を開けて教室に入ってみる。
1人で教室にいるとより広く感じる。
真ん中の列の一番後ろの席に座ってみる。
なぜか心が浮き立ってきて口元が緩んでくる。
そのままその感覚を味わうようにぼーっとしていると、ふと校舎の1階に1人入ってきた気配を感じる。
教室ごとに立ち止まり、また歩き出す。何かを確かめているかのように。
1-Hの教室の前に立ち止まり、窓から1人の男子生徒が教室の中を覘き、竜心と目が合う。
その男子生徒はニヤリと笑い、扉に回って教室に入ってきた。
男子生徒は、背は竜心より少し背が低いくらいで、少し染めてあるような焦げ茶色の髪を伸ばし、全体的に軽い雰囲気に見える。
「よう」
男子生徒が竜心に向けて声をかけてくる。
竜心が男子生徒の意図が分からず戸惑っていると、
「お前、校門の前で目立ってたなー それにその後の行動も不審者みてーだったぞ」
クククと笑いながら言ってくる。
「う……そんなにか?」
気まずげに竜心が言うと、
「おう。かなりな」
と返してくる。
竜心はトホホと大きくため息をつきながらがっくりとうなだれる。
「まー見ていて変な奴で面白そうだと思ったんでな。そんで声をかけてみようと思ったわけよ」
竜心は顔を上げて細目で男子生徒をみながら「そーですか」と返す。
「お前も新入生なんだろ? 俺もそうなんだ。俺は『山本 浩信』ってんだ。まーよろしく頼むぜ」
「あー俺は『古賀 竜心』だ。よろしく山本君」
「なんか他人行儀だな。俺はよくヒロって呼ばれているんだ。それで頼むぜ」
「ああ」
「お前のことは竜心でいいのか?」
「ああ」
「元気ねーな」
「変な奴って言われて元気が出るわけないだろ」
「そんなに気にすんなって」
竜心は軽いノリの浩信につられるように少し笑って、
「そーする」
と返す。
会話をするくらいの気力は戻ったとみて、改めて浩信が竜心に話しかける。
「俺はここから割と近いところから来てんだ。中学も滝本。お前は?」
「俺は九州の北にある沙桜島って島から来たんだ。正直な話、早速話せる奴ができてほっとしてるよ」
「またかなり遠いとこからきたなー 親の転勤か何かか?」
「いや、そういうのじゃなくて。地元から一度離れてみたくて一人で出てきたんだ」
「そうなのか? それなら滝本なんかよりいっそもっと都会に出た方がよかったんじゃねーか?」
「あー、沙桜島は本当に田舎でね。あまり都会過ぎても馴染めないかなと思って」
「なるほどねー ま、ここでも馴染めてねーけどな」
「うう……まーそうだけども」
「まあそれでも都会よりはマシか」
「ああ」
浩信が竜心をからかいながら話を進める。
「それにしても一人暮らしかー。いいな」
「そうか?」
「色々縛りがないだろ? まー俺の家は緩いからいいんだけど、もっと自由なのが羨ましいぜ」
「そーゆーもんか」
「ああ。まーお前の家に入り浸るってのもありだなー」
「入り浸る……のはちょっと困るが、ウチに来るのは構わないよ」
「そん時はよろしく頼むぜ!」
「ああ」
話しているうちに8時半になり、中庭の方に生徒が集まり始めて外が騒がしくなってきた。
浩信が竜心に声をかけた。
「そろそろ他の奴も集まってきたな。中庭に出るか」
「ああ」
中庭では大きな掲示板に人だかりができている。
クラス分けの紙が張り出されているようだ。
2人で中庭に出ると、浩信に声をかけてくるグループがあった。
「おっすヒロ! お前先に来てたのか!」
「おう、先に来てぶらぶらしてた」
どうやら浩信の友人らしい。
竜心は邪魔するもなんだと思い、「じゃあな」と声をかけてグループから離れようとする。
「おう、また後でな」
竜心の背に浩信の声がかけられる。
(後で……と言っても、8クラスもあれば次いつ会えるかわからないだろう)
と思いながら竜心もクラス分けの紙を見に行く。
掲示板の前はすごい人だかりだが、かなり目がいい竜心は離れた場所でも何が書かれているかを見ることができた。
(俺は……1-H?さっきまでいたところか。偶然だな……)
つい先ほど浮き立つ感覚を感じた場所が自分の居場所になるというのが何だか嬉しい。
ついでに浩信の名前を見ると、同じ1-Hのようだ。
(さっき「また後でな」と言ったのはこれを知っていたからか? それにしてもクラス分けの紙を見る前だったのによく知っていたな)
ふと疑問に思うがとりあえず気にしないことにした。
9時になり、担任と思われる教師が前に並び、男女別に並ぶように指示を出してきた。
1-Hは背が低めの若い女性が呼びかけている。
スーツを着ているから教師だとわかるが、制服を着ていたら学生と見分けがつかないほど若く見える。
「1-Hのみんなはここに集まってくださーーい」
何となく間延びした声で呼びかけている。
竜心も並ぼうとそちらに向かうと、同じように並ぼうとしていた浩信に声をかけられる。
「おう、同じクラスだな!」
「知っていたのか?」
「まーな」
浩信は誤魔化すように列に並び、竜心は浩信の後ろに並んだ。
大体並び終えたころに学年主任らしき厳めしい雰囲気の40代くらいの男性教師が「静かに!」と大声で告げると、それまで騒がしかった新入生たちはシーンと静まる。
1-Aから順に体育館へ向かう旨が伝えられ、男性教師は1-Aの担任でもあるのか、先頭を歩いていく。
1-Hは最後に担任の「私についてきてくださいね~」という声に従ってついていく。
浩信が歩きながら後ろを向いて竜心に話しかける。
「なんか可愛らしい先生だなー」
「そーだな」
「学生が背伸びしてるカンジに見えねーか?」
「……それはひどいな」
竜心は同意しながらも苦笑して返す。
体育館に入るとまず保護者、その前に2年生、3年生が立って拍手をしながら迎えている。
新入生は前の方が所定の位置になっているようだ。
1-Hが所定の席に着くと、司会らしき女性が「全員、着席」と告げ、ザッとみな椅子に座る。
竜心はこういった形の式に出るのは初めてなので、周りを見ながら動作を真似る。
それを見て浩信が何度も小さくクッと笑い声を立て、竜心はふてくされる。
校長の入学の挨拶、来賓と思われる初老の男性の挨拶などが長々と続き、在校生が早々にダレてきて、新入生も露骨ではないもののダレてきている。
竜心は背筋を伸ばして微動だにせず真剣に話を聞いているが、そのせいで逆に周りから浮いてしまっている。
隣に座っている浩信はその様子を見て声を出さないように笑いをかみ殺している。
「在校生代表挨拶! 在校生代表 生徒会長 村上静!」
と司会の声が上がり、
校門で竜心に話しかけた静が壇上に登る。
校門では内心焦っていて竜心は考えていなかったが、長い黒髪が似合うかなり整った顔立ちで、凛としているが、浮かべた微笑みが全体の印象を柔らかくしている。
「新入生のみなさん、このたびは入学おめでとうございます。私たち在校生一同は、みなさんが私たちの仲間になることを心から歓迎します」
ありきたりな内容だが、心が込められて胸に響く挨拶で、ダラけ始めていた新入生はみな集中して聞いている。
浩信は小声で竜心に話しかけた。
「校門でお前に声をかけてくれた会長さんだな」
「……」
竜心は答えない。
浩信は、「こいつ真面目過ぎんだろ」と思いつつ、竜心と話すことをあきらめた。
「以上をもちまして、私からの歓迎の言葉とさせていただきます」
静が挨拶を終え、最後に竜心と目が合って微笑んだような気がした。
竜心は、
(俺に気付いてくれたのかな? それにしても、心から歓迎してもらっている言葉というのは嬉しいもんだな)
と感動していた。
1-Aの新入生代表が挨拶し、司会の「それでは第52回滝本高等学校入学式を終了いたします」の声で、1クラスごと退場していく。
1-Hが体育館を出た後、
「おめー真面目だなー」
浩信がバンバンと竜心の肩を叩きながら笑いながら話しかける。
「こんな大人数でちゃんとした式は初めてなんだよ。普通真面目に聞くものじゃないのか?」
「いやみんなテキトーだって。またお前浮いてたぞー」
「うう……そうか」
竜心は度重なる「浮いている」発言にまた凹む。
1-Hの教室に担任、生徒が入室し、担任の「みんなこの紙に書いてある通りに出席番号順に座ってねー」の声に生徒は自分の席を確かめながらに座っていく。
竜心は教卓に向かって左側の後ろの方の席、浩信は右側の後ろの方の席だ。
担任は生徒がみな着席したのを確認し、教卓の後ろに立って話し始める。
「みんな、入学式お疲れさま!私はこの1-Hの担任の『藤堂 茜』です。よろしくね」
なぜか微笑ましい印象の担任の挨拶に、実際に微笑ましく見守る生徒たち。
「それでは、まず最初に、これから1年間を一緒に過ごすみんなに自己紹介してもらいます。出席番号順ね」
順に生徒たちが無難に名前と出身中学を中心に自己紹介していく。
竜心の番がきた。
「古賀 竜心です。九州の北にある沙桜島からこちらに来ました。田舎者ですがよろしくおねがいします」
遠方からわざわざ滝本高校にくることなどほとんどないからか、「おおー」「へー」という声が上がる。
その後も無難な自己紹介が続き、浩信もここでは無難にこなして自己紹介が一巡する。
茜が続ける。
「みんなありがとう。それでは私も自己紹介するね。私は国語の先生をやっています。去年先生になったばかりの新米だけど一生懸命がんばるからよろしくね!」
その後、翌日のオリエンテーションの説明があり、教科書はその後で受け取ることなどが伝えられ、昼前の茜の「それじゃ、今日はこれでおしまい!明日もよろしくね!」の声で下校となった。
茜の終了の掛け声と同時に、浩信は真っ直ぐ竜心のところにやってきて、
「一緒に帰ろうぜ! まー昼飯でも食いに行こうや」
と声をかけてきた。
竜心は周りで同じ中学の者同士が集まろうとしているのを見て気を遣って、
「俺じゃなくて、同じ中学の友達と一緒じゃなくていいのか?」
と聞いた。
浩信は笑いながら、
「いやー今日はずっとお前に笑わせてもらったし、もうちょっといろいろ話したいと思ってなー」
と返してくる。
「何だそりゃ……まあ俺は構わんよ」
「それじゃ行こうぜ!」
途中、何度も浩信が友人に声をかけられ、その都度「今日はこいつと帰るわ!」と返しながら校舎を出て坂を下る。
他の新入生や在校生はほとんどがまだ学校から出ていないようで、閑散とした道を二人で歩く。
「それにしてもお前は物好きだな……」
竜心が呆れながら話しかける。
「ん?そっか? いや、いろいろ気になってなー」
浩信が返す。
「気になる?」
「ああ。お前……田舎者っていっても、それだけだと考えにくいくらいにおかしかったからなー」
「そんなにか……」
竜心が改めてがっくりとうなだれる。
「いちいち落ち込むなって。ま、それでもうちっと詳しい事情を聞こうかなと」
「ん……そうか」
「お前、いったいどんなところから来たんだ?」
少し話す内容を考える間を置いて、竜心は答えた。
「沙桜島から来たってのは言ったな。まーそれだけじゃわからないだろうけど、島に住んでいる者の名前と顔をほとんど知っているくらいしか住んでないところさ。俺は小学校も中学校も沙桜島で、島から出ること自体ほとんどなかったよ」
「はー……なるほどね。まーお前の不審者っぷりの原因は分かったような気がする。けど、なんで滝本に来たのかがいまいちよくわからんなー。都会過ぎないところなんて九州にもいくらでもあっただろ?」
浩信は更に質問を重ねる。
竜心は答えにくそうにしながら答えた。
「まあそうなんだけどな。なんていうか、前とは関係ない全く新しい場所で暮らしてみたいと思ったのさ」
「そうか……その理由までっつーとちょいと踏み込み過ぎかな。まー何となくわかったぜ」
浩信は竜心が言いづらそうにしているのを見てとって話を切り上げる。
竜心はほっとしながら、「助かる」と答える。
滝本駅の近くまで降りてきたところで、子供が2人いるのが見えた。
2人とも上を見ながら、1人は号泣と言っていいほど大泣きしている。
その子たちの視線を追うと、10mほどの高さの木の5、6mほどの高さの枝の先の方、道路に張り出しているところに風船が引っかかっているのが見える。
(あー。あれは取れないな……)
と浩信が考えていると、竜心がその木に向かって急に走り出した。
木の2m前で跳び上がり、3mほどの高さで木を蹴り、枝の先まで跳ぶ。
風船の紐をつかみ、道路の中央あたりに着地する。3階の窓より高いような位置から降りたのに、なぜか着地音が聞こえない。
(は?)
信じられないものを見て、浩信の目が限界まで見開き、顔が固まる。
「ほら、もう離すなよ」
竜心は泣いている子供に声をかけて風船を手渡す。
子供2人は大喜びで「兄ちゃんありがとー!」「兄ちゃんすげー!」と囃し立てる。
竜心は満更でもない様子でにっこり笑い、少し照れながら浩信に「行こうぜ」と声をかける。
固まっていた浩信は竜心の手を引っ張り、子供たちの「ありがとなー」という声を背に、一つ道を入った狭い道に竜心をつれて無言で駆けていく。
「おいおい、何だよ」
と竜心が声をかけると、
まだ目が見開いたままの浩信は一呼吸置いて、
「……なんじゃありゃーーーー!!!」
と叫んだ。
竜心は浩信の反応に驚きながら、
「何かまずかったか?」
と聞くと、浩信は「いやまずいとかそんなもんじゃねーし……」ともごもごつぶやきながら気を落ちつけようとしている。
竜心は決定的な何かをやらかしてしまったのではないかと冷や汗をかき始める。
「いやー、島では鍛えていてさ。あれくらいならできるんだよ」
と竜心が取り繕おうとすると、また浩信が激しい反応を返す。
「何言ってんだ! あんなのオリンピック選手でもできねーよ!」
オリンピックの走り高跳びの世界記録でも2m50cmに至らない。
それを背面跳びでもなく3m跳び上がり、更にそこから木を蹴って3m跳ぶなど考えるまでなく人間業ではない。
竜心は冷や汗だけでなく脂汗もかきながら心の中で「まずい」を連呼する。
「えー……目の錯覚とか」
「んなわけねーだろ!」
竜心は諦めずに言い訳を考える。
(どうする? 他にいい理由はないか? 靴にバネを仕込んでいる……は苦しいか? 気絶させて夢だったと思わせる……不自然過ぎるか? 文字通り口封じ……いやいや、そういうことが嫌だから島から出てきたんだろ! 暗示をかけて忘れさせる……そんな器用なことができるか! 何かないか? 他にないか? うむむむ……ダメだ……思いつかない。)
竜心はついに観念して、浩信に告げた。
「実は俺……忍者なんだ」
4/20:最後のシーンで竜心が言い訳を考えるところを追加しました。