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~消失~

 もともと、俺と菊池の関係なんて脆いものだった。

 ただ、小学生の頃からのクラスメイトで、勉学も運動神経もトップクラスを走っていた自分たちが自他共に認めていた唯一無二のライバル。勿論、口に出すことはしなかったけれど、それはお互いの態度や会話の端々から感じられたことで、それに間違いはなかっただろう。関係と言えば、ただそれだけ。


 中学・高校とお互いに別々の学校で、たまたま毎日乗り合わせる電車が同じだったから、なんとなく成り行きで、先に降りる菊池が電車から降りるまでの間に何言か交わすくらいの仲。関係など、絶とうと思えば容易く絶てる。それくらい脆く、軽く、薄いモノだったのだ。

 そんなこと、全国でも上位の成績を叩きだす頭を少し捻れば分かっただろうに。言葉を交わす日々を日常として送っていた俺らが普段からそんなことを考えるはずもなく、明らかに避けられるようになってから漸くそのことに気付いたのだ。……今となってはすべてが言い訳だけれど。




 菊池がいなくなってから数日。

 今まで隣に居た人物が居るはずの場所に存在しないことに僅かな違和感を覚えつつも、そんな日々になれそうになっていた頃、甘いマスクの男が現れた。茶髪の眩しい、適度に遊んでいそうな雰囲気を醸す、見るからに女にもてそうな甘い顔立ちの男は、迷いのない足取りでこちらに向かってきた。


「あんたが三橋さん?」

 面識のない相手。そんな相手が自分の名を知っていることに、同年代だということで薄れるものの拭いきれない警戒心と僅かな嫌悪感を覚えずにはいられなかった。有名人ならまだしも、自分は一般人なんだ。相手を威嚇するように睨みつけた。も、それは相手の、顔にはとてもとても見合わぬ鋭く険悪な雰囲気の前に一蹴される。

「なあ、三橋さん。何で、遥ちゃんに返事しなかった?」

 相手の言う“遥ちゃん”が指すのが菊池のことだと理解するよりも先に、目の前の男は言い募る。

「あんた、どんだけ遥ちゃんが傷ついてたのか分かってんの? テメェが女遊びを続けてる間も遥ちゃんはあんただけを想い続けて……泣いてたっ!!」

 まるでそれが自分のことのように、辛そうに、苦しそうに、唸るように吐きだす男の顔は今にも泣きだしそうだった。その顔で、無意識だろう自分の制服の襟部分を震える拳で掴む男は、必死に伝えようとしてる。全身を駆使して。菊池の味わった苦しさを。

 ようやく己の馬鹿さ加減を、最低さを理解した。


 だが、俺はそれになにも答えることが出来ない。だって……今更、じゃないか。

「ただ、振って突っ放すだけでも遥ちゃんは満足だった! 返事をするだけでよかったんだよっ! それとも、それさえも面倒くさいって感じるくらい、あんたは――遥ちゃんが嫌いだったのかよ……?」


――違う。


「何も言わねぇなら……俺が遥ちゃんを貰うよ? 少なからず、俺は本気なんで」

 挑むような口調で、見るからに挑発にかかってきた相手の真剣な目を見て口許が緩む。ここで自分が本気を出すと言ったら、目の前の男が菊池を想って身を引くことが容易に想像できる。

「……そうだな。お前が、菊池と付き合ってくれ」

「なっ!? ……あんたマジで最低だな」

 緩まれた口許を訝しげに見ていた男。しかし、俺の答えを予想していなかったのか、目を剥いて驚くと、似合わない悪意の感情――俺への嫌悪で顔を盛大に歪め、業とらしい大きな舌打ちを一つすると、鋭い眼差しでしばらくそのまま睨みつけてき、そして最後には見るのも嫌だというように勢いよく顔を逸らしてその場を去っていった。


 相手の姿が見えなくなり、朝っぱらから行われていた学生同士――しかも、一人でも注目を浴びる容姿の者同士――が喧嘩をしていたものだから、興味深そうにこちらの様子を窺っていたまわりも、来たばかりの電車に乗っていく。その電車に乗る気にもなれず、そのまま駅の壁に背を凭れさせた。

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