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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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ロマンチスト•エネミー

作者: コケイ
掲載日:2026/11/06

とある日の都内某所__仲夏

「先生こんにちは」


次の日も

「やっほ〜」


また次の日も

「今日いい天気だね」


そのまた次の日も

「……先生」


「お前、また…」


そう言いかけた瞬間、腕や頬…至る所に傷を携えた少年が目に入った。


この少年が怪我をして、保健室に来ることはよくあった。

 いつも通りの、日常的な光景…のはずだった


「サボりじゃないし…」


いつもはケロッとした笑顔を浮かべているくせに今日は目に涙が溜まっていた。

初めて見る表情に、苦虫を潰したかのような感覚に陥る。


「…なんて顔してんの」

「で、誰にやられた?」


呆れたように腕を組み、品定めをするような目で少年を見据える

 きっとこの少年は何も言わずに、また目を逸らすんだ


「………」


あぁ、ほら。


「お前なぁ、もう何回目だ?」

「毎回毎回、傷だけ増やして帰ってきて」


「ほら、早く座って」


棚からガーゼと消毒液を取り出しながらも、目は大人しく座った少年から離さなかった。


「……毎度思うけど、ほんと何も言わないな」

「殴られてんのか、自分から突っ込んでんのかすら分からんわ」


消毒液を含ませた綿棒を少年の方に向けて、足を組み直す


「先生な、別にお前の事情に首突っ込む気ない」

「けど、さすがに限度あるわ」


「そうだよ、これは俺の事情なんだ」

「だから俺はコレを許すし気にしてないから」


「…その年で言うような台詞じゃないだろ」


不意に、少年の制服の襟が掴み上げられてグッと引き寄せられる


「お前が許す?ふざけんな」

「許したって傷つけた加害者はのうのうと笑ってすごしてるんだぞ」


至近距離で苛立ちをぶつけるかのように睨みつけた

きっと、酷い顔をしていたはずだ



「…ねぇ、先生」

「俺ね、宇宙人と会ったことあるんだ」


数秒の沈黙の後、真顔で、至って真剣なことを言うかのように目の前の少年はそう呟いた


「…って言ったら信じる?」


「……はぁ?」

「今先生、すっごい真面目な話してたよな?」


今までの経験上、この生徒には何を言ってもダメだ

ここは一つ話にのってみよう、そう思い立ち再び口を開く


「……信じるかは中身次第」

「一旦話してみな」


「言葉の通りだよ」

「歩いてたら急に宇宙人が現れたの」

「…嘘っぽい?」


「嘘って言うか…意味わからんわ」

「UFO見たとかならまだ分かるで?」


「…お前、話逸らそうとしてる?」


「してないよ」

「俺がしてるのはずっと同じ話しだよ」

「これまでも、これからも」


「歩いてたら急に襲われました、それも男が男に」


「信じられんやろ?」


つまりこの少年が言いたいのは、宇宙人に会ったという突拍子のない話を信じれないのなら、この話も信じれない。…そういうことだった


組んでいた腕が解けて、だらりと力なく垂れ下がる


「宇宙人に会った話…信じる」

「だから、お前を襲ったやつの特徴教えろ」


「あはっ、信じるって」

「宇宙人の話は嘘なのに」


話にそぐわない無邪気な笑み、あまりにも残酷な対比だった


「…宇宙人の話"は"」


点と点が繋がった、それも最悪な方向に

「信じられんやろ」…つまりは信じなくていい、どうせ関係ない。という線引きだった

 突拍子もない話で煙に巻いて、核心から遠ざけては近づけて

随分と小賢しい……防衛術だった。



「あっ!あれ見て!」


何かに気がついたのか、少年は嬉しそうに窓際に駆け寄る。


「先生っ、今日はもう月が見えるね」


まだ夕方だと言うのに、夏だからか空は明るく、月が薄らと顔を出していた。

 …なんて見事な話題転換なのだろうか


追い詰めにかかった瞬間、するりと抜け出すその姿は、まるで野良猫のような身のこなしだ。


しかし追わなかった…追えなかった

だって、窓辺に駆け寄る少年の横顔が…あまりにも無邪気に見えたから

 「男に襲われている」と自白した人間と同一人物とは思いたくもなかった


「……」


のっそりと窓際まで歩き、少年の横に並んでしまう

 同じように月を見上げるが、少年の目に映る月ほど綺麗には見えない


「夕月か。七月やもんな、まだ明るいわ」


あぁ、乗ってしまった。聞き出す絶好の機会を逃しながらも月を眺めている。

 ちらりと少年を横目で見れば、悪戯っぽい笑みを浮かべていて、もしやコレも計算された笑顔なのかもしれない


「……お前さ」

「月が好きなの」


「うん、なんかロマンチックだし」

「大きくて綺麗で、優しくて」

「…すごくいいところ」


それが月のことだけを指していないことは、文脈から明らかだった。

月を見ながら語る少年の声はどこか遠くて、儚くて悍ましかった


「へぇ、いいところね」

「月にでも言ったことあるような口ぶりだなぁ」


宇宙人ネタの意趣返しだった。

ただし今度の問いには明確な意図がある

 「いいところ」…それが何を意味するのか。

家、学校、それとも少年にとっての安全な場所が他にあるのか


「さっきからお前、話のスケールがおかしいわ」

「宇宙人に月に、普通の高校生がそんなワード出てこんやろ」


西日の残滓が二人の影を長く伸ばしていた。

 月を見ているふりをしながら、隣に立つ少年の横顔をじっと眺め見極める。

 この少年の望む「ロマンチック」その裏側に何があるのかを。


「宇宙人も月も分かりやすい例えだよ」

「スケール大きい方が面白いでしょ?」


「…先生は俺がいるから困ってるんだよね」

「どうにかしたくて、たくさん聞いてくるんだよね」


「じゃあさ、これもらってほしいんだけど」


そうして、鍵を半ば無理矢理手に乗せられた

至って普通の鍵だった。


どこにでもあるような、なんの変哲もないただの鍵。


「…鍵?」

「どこの鍵だよ」


もらって。その本質は処分なのか、持っていてほしいのか


「これね、月に会いに行ける鍵」


「…どっかどう見ても普通の鍵やわ」


鍵をまじまじと見つめても、裏返しても、光に透かしてみても

当然何かが起こるということはなかった


「月に会いに行けるって…これ回したらロケットでもでるん?」


「あははっ、そんなわけないじゃん」

「先生も冗談とか言うんだね」


少年は散々ファンタジーをかましておいてこのツッコミ、理不尽にも程があるな。


「……それで、この鍵を先生が持ってたらどーなる?」

「お前狙ってるやつらが、この鍵探しに押し掛けてくる…とかそういうオチじゃないよな?」


「俺、そんな最低なことしないよ」

「これ先生が持ってたら、先生の悩みが一個なくなるんだ」


なんて笑いながら言うもんだから、無意識に握っていた鍵が汗ばんだ

なんとも胡散臭くて、日曜の夜にくる新興宗教の勧誘文句みたいな…


「…悩みね、そりゃ山ほどあるわ」

「書類の整理とか、備品の在庫確認とか」


とぼけた返しをしたが、このタイミングで渡される鍵なんてこの少年に関する事でしかないのは、分かりきっていた


「お前の言ってる悩みってのは、俺がお前のこと心配してる云々の…」


「うん」

「先生が持ってたら、俺と会わなくて済むよ」


予想外…いや、一番言われると分かっていて…一番言われたくない言葉で、思わず顔がひきつる。


「誰がそんなこと頼んだ」

「誰がいつ?先生がか?」

「言ってないやろ、お前にいなくなれなんて」


「結局、こうなる運命だったんだよ」

「俺と先生は友達でもなければ、家族でもない」

「…ましてや、恋人でもない」


「ただの、先生と生徒なんだから」


神経を、嫌に逆撫でされた気分だった

正論だ、何も間違っていない

教員と生徒の関係は本来そういうものだ。

超えてはいけない線があって、そこから先は赤の他人。


「……そうだな」

「俺とお前は先生と生徒だ、それ以上でもそれ以下でもない」


ぽつりと自分に言い聞かせるかのように


「…だったらもう帰れ、用ないやろ」


見たくない現実から目を背けるように背を向けて、デスクに備え付けられた椅子にドカッと座る


「……うん」

「ありがとね先生」


「…俺の、初恋だった」


ふっと優しく笑いながら悲しそうな顔をしていたのだろう。

少年はそれだけを独り言のように言い残しては、ここを後にした


がらりと引かれた引き戸が閉まる音だけが、やけに反響して聞こえる


初恋"だった"

過去形で、もう終わったことなのだと

きっともう俺と会うつもりはないのだろう、あの鍵も手に握られたままなのだから。


初恋、あのガキが、あんな優しそうにいう言葉なんかじゃない

もっと泣いて縋って、メチャクチャに感情をぶちまけて言うもんだ。

それを、「ありがとね」で済まして出ていきやがった


勢いよく腰掛けていた椅子が地面に転がる

鍵を強く握り直して、勢いよく飛び出した


廊下に出るも、少年の姿があるはずもなかった

夕焼けの廊下はオレンジ色に染まっており、人の気配は感じられない。


兎にも角にも、居ても立っても居られずに学校中を駆け回る

もしかしたらもう学校にはいないかもしれない

 それでもどこかで、自分が探すのを期待していて欲しいという…至って教師の発想ではない何かが頭を支配して離れなかった


「どこ行きやがった…あのクソガキ…っ!」


ものの数分で息が上がり、体が悲鳴を上げる

 夏に差し掛かった夕方は、いるだけでも体力を奪うというものだ。


スマホを開いたとて、少年の連絡先があるわけもなく…ただひたすらに脳も体も動かすしかなかった


…ひらりと、白南風とも言い難い、熱風に紛れて薫風がいるような、そんな風が頬を掠めた

微かに橙色の光が上からこぼれ落ちる


__ひどく、嫌な予感がした。


猛然と階段を駆け上る

 屋上の重い鉄扉が荒く開かれて、金具が悲鳴をあげた

忙しなく視線を動かしていれば、柵にもたれかかる少年の姿が目に入る。


「っ…やっと見つけた!!」


呼吸を整える暇もなく、つかつかと少年の方へ歩みを進めた。


「ははっ…なんでそんな…必死になってんの」


顔を歪める少年は、嬉しそうと悲しいの両方を携えた複雑な様子だった


「当たり前だろ…アホか…!」

「お前なぁ、初恋がどうとか言うて出ていって、屋上で一人で黄昏て」


「少女漫画か、ベタすぎて腹立つわ」


いつものように軽口を叩くものの、見つかったという安堵でわずかに声が震えてしまう


「いーでしょ、結構ロマンチストなんだよね」


表情を隠すかのように少し目を伏せた後、またしても漫画のように空を見上げた。


「知ってる?今日、花火上がるんだって」


「花火……」

「あぁ、花火な、ガキは好きやなぁそーいうの」


きっと「なんで」「どうして」…って問い詰めるべきなんだろうな

それでも、もう来ないと言った少年が何を口遊んでくれるのか期待している自分がいた


「だって、花火ってすごい綺麗で夢みたいじゃん?」

「だからこれは悪い夢なんだって思わせてくれんの」


あぁ、そうだきっと悪い夢だ

 こんな年下の少年に振り回されるなんて、悪い夢以外の何者でもない


「…その、悪い夢はいつ覚める予定なん、?」


「…俺はロマンチストだからね」

「現実の損得なんかよりも、心惹かれる感情のが大事なの」


いつのまにか暗くなっていた空に、鮮やかな花火が打ち上がって少年の輪郭をなぞる


「ねぇ、センセイ」

「今日も月が綺麗です」


こんな綺麗な花火があんのに、月を見てんのはお前ぐらいやわ…って軽口を返せたらよかったのに


「…月に会いに行ける言ってたけど、俺が月なんか」

「ほんと、お前には驚かされてばっかりで…」


「っなぁ、こんなことやめにして…いつも通り保健室戻ろ?」

「まだお前は若いんだから!」


いつもの呆れた声でも、軽口を叩く声でもない…ただ必死で、余裕なんて欠片もない。


「先生はさ、いつもそうだよね」

「俺が傷ついてたら心配して、理由を聞いて、どうにかしようとしてくれる」


「でもそれって全部、先生だからでしょ?」


「あのね、そんなこと言う先生が…俺にとっては一番の敵なんだよ」


てき、テキ、敵。

そう言われて初めて気がついた。

いつのまに俺は、ヒーローを気取っていたのだろうと


「俺のことを好きになってくれたらいいのに」

「俺だけを見てくれたらいいのに」

「そう思うたびに、先生は先生でしかなくて」


「ねぇ、分かる?」

「俺にとって、先生は現実そのものなんだよ」


「でも…!」


言葉を最後まで紡ぐ前に、少年に口を挟まれる


「センセイは俺のこと好き?」

「…ほら、花火の音で聞こえてないからさ」



「っ………好きだよ」

「解釈は、お前に任せる」


言わなきゃ駄目だと思ったんだ

だって、ここから一歩飛び出せば



「……そっか」


ひどく嬉しそうに笑った後、少年は柵を乗り越えた。



「両思いの相手が花火を背景に飛び降りたら…それはもうロマンチックで、夢になれちゃう」


「苦い思いでも、苦しい過去も今日この時のために存在していたんだって」


「そう思えるから」




「だから一生好きでいて」

「そっちのが、"ロマンチック"でしょ?」

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