桃の皮むき、防衛要塞
リリィ6話目
こんなに続くとは思わなかったものの、いつ終わってもおかしくないので、このまま短編で続けます。
リリィがベッドの上でぼんやりしているとドアをノックする音がした。
「はーい……」と気乗りしない声で扉を開けると、そこには見知らぬ少女が立っていた。黄金の羽衣を身にまとった彼女は、森の泉の女神だと名乗る。
クッキーの包み紙が偶然泉へ落ちて、それを捧げ物として受け取ったのだという。しかし、泉から出てくるのに手間取っているうちに、リリィとハムスターは去っていってしまい、追いかけてきたのだと申し訳なさそうに説明した。
話を聞いたリリィは、すかさずお願いしてみることにした。
「それなら、お腹にいる『すやりんスライム』を取って」
すると少女は「そこまで女神力がなくて……本当にすいません」とぺこりと頭を下げて謝ってきた。
諦めきれないリリィは「じゃあ、お金がたくさんほしい!」とおねだりしてみたが、それについても力不足で申し訳ないと重ねて謝られてしまう。
「あはは、そっか。じゃあ、 なにか困ったとき、助けられそうだったらよろしくね」
リリィが笑顔でそう言うと、女神はパッと表情を明るくした。
「せっかくだから桃の皮をむきやすくする力を授けますね! えいっ!」
押し付けるように力を授けると、森の泉の女神は光となってそのまま消えてしまった。
「ルカ、見て見て! 女神様からすごい力を授かっちゃったの!」
工房では、居候中のハムスターが「いらっしゃいませーー!」と元気に接客をしており、ルカは緑色の薬品を混ぜながら呆れ顔で振り返る。
「今度は『桃の皮をむきやすくする力』そんな小技が女神の祝福なのかい?」
「たしかにもらったばかりは同じ気持ちだったけど! これ、本当に『すーっ』てむけるんだから!」
リリィは近くの市場で買ってきた桃を取り出し、指先を滑らせた。すると、まるで魔法のように桃の皮だけがツルリと綺麗に剥がれ落ち、みずみずしい果肉があらわになった。
その瞬間、ルカの目が怪しく光った。
「……待てよ。その能力、皮と果汁の『境目』の結合を瞬時に無効化しているのか……? 傷ひとつつけずに完璧に剥離させるなんて、錬金術でも高等技術だぞ」
ルカは目にも留まらぬ速さで本棚から古い魔術書を引っ張り出し、リリィの手元を食い入るように観察し始めた。
「リリィ、これを試してくれ!」
ルカが差し出したのは、カチカチに凍りついた紫色の桃だった。
「皮だけを綺麗に剥がしたいのに、実が繊細すぎていつも成功しない」
「えぇ? 桃?……えいっ!」
リリィが触れると、なんとカチカチの紫桃の皮が「すーっ」と綺麗に剥がれ、中の毒々しい実だけが傷一つなくきれいに残ったのだ。
「素晴らしい、 完璧だ!!」ルカは大興奮でリリィの手を握りしめた。「君のその『桃皮剥き力』は、高純度素材の抽出において革命的な能力だよ!失敗すると猛毒の果汁が飛び散る紫桃をこんな簡単に」
「毒があるって聞いてないよ? !」
「先に知識があると、失敗する確率が上がるからね。紫桃の毒は巨大モンスター討伐にも使われるほどだ」
ドカァァァァン!!!
「きゅわーっ!(大爆撃の時間だーっ!)」
ドォォォォォン……ッ!!!!
突如として、雷鳴のような大爆音が周囲の空間を激しく揺らした。窓の外が一瞬で真っ白な光に包まれ、作業台の上の思考するフラスコや試験管が「カタカタカタ!」と悲鳴を上げて狂ったように跳ね踊る。
「ひゃあああっ!? なに、なにごとっ!?」
あまりの衝撃に、紫桃を手に持ったまま尻餅をついたリリィが悲鳴を上げる。
その傍らでは、ハムスターが「ぇぇーーっ!?」と裏返った悲鳴をあげながら、ルカの頭の上へと這い登っていた。
爆煙の隙間から見えたのは、空を悠々と舞う、白くて極上の毛並みを持つ「あの毛玉」の姿だった。
「きゅ〜〜〜〜っふふふ!!(挨拶代わりのプレゼントだーっ!!)」
そう、かつてリリィとハムスターを森で散々に振り回し、大砲で空の彼方へと消えていったあの凶悪な癒やし系生物『ふわもふ』である。
ふわもふは、どこからかかき集めてきた森の危険物『天然ボム(衝撃を与えるだけで大爆発を起こす狂暴な天然鉱石)』を短く丸い両手に抱え、ルカの工房の屋根や壁に向かって、ドヤ顔で次々と投げつけ始めていたのだ。
ドカァァァン!! チュドォォォォン!!!
狂ったように天然ボムを連打投下してくるふわもふ。工房の周囲は一瞬にして連鎖爆発の嵐に見舞われ、激しい炎と黒煙、そして衝撃波が容赦なく建物を呑み込んでいく。
普通の建物であれば、最初の二撃ほどで跡形もなく吹き飛んでいたことだろう。
しかし——。
「フッ……甘いね。甘すぎるよ、あの毛玉害獣め」
ルカは頭の上にハムスターを乗せたまま、前髪を静かにかき上げた。その顔には焦りなど微塵もなく、むしろ不敵な笑みが浮かんでいる。
「ル、ルカ!? 建物が吹き飛んじゃうよ!? 早く逃げないと逃げ遅れて私たちまで粉々になっちゃう!!」
パニックになり、取り乱してルカの服の裾を引っ張るリリィ。だが、ルカは胸ポケットから怪しげな真鍮製の起動キーを取り出すと、親指で中央の赤いスイッチを優しく、そして誇らしげに押し込んだ。カチリ、と静かな金属音が響いた。
「安心したまえ、リリィ。僕が何の対策もなしに、こんな危険な錬金薬品や爆発素材を日常的に扱っているとでも思ったかい? いつか君のような歩くトラブルメーカーがやらかしたり、天変地異が起きるのは想定済みさ、そう『こんなときのため』に、僕は工房の防衛システムを最高レベルに引き上げておいた!」
工房の壁や天井から、重厚な駆動音が湧き起こった。
建物全体を覆うように、壁の隙間から高純度のオリハルコン製装甲板が高速でスライドし、すべての窓とドアを完全に密閉。さらに、屋根の頂点に設置された魔導クリスタルが眩い青紫色の光を放ち始めた。
『防衛要塞】発動』
次の瞬間、工房の周囲に目に見えるほどの濃密な「立体魔導結界」が球状に展開された。
ドガァァァァン!! チュドバババババッ!!!
外ではふわもふが投下し続ける天然ボムが次々と結界の表面で炸裂している。しかし、凄まじい爆発のエネルギーは、結界に触れた瞬間に「波紋」となって表面を揺らすだけで、内部には衝撃波ひとつ届かない。
それどころか、結界は爆発の熱と圧力をエネルギーとして吸収し、蓄電回路へと変換し始めていた。
「な、なにこれ……!? 外ですごい爆発が起きてるのに、全然揺れない……!?」
リリィが目を丸くして天井を見上げる。先ほどまでガタガタと揺れていたフラスコも、今は何事もなかったかのようにピタリと静止していた。
「ふふん、驚くのはまだ早いよ」
ルカはニヤリと笑うと、リモコンのレバーを一段階押し上げた。
「この【防衛要塞】システムは、ただ攻撃を防ぐだけじゃない。『全自動・反撃&素材回収機能』が備わっているんだ。……行け、防衛ゴーレム[掃除機くん1号]!」
工房の地下ハッチが勢いよく開き、中から金属製の吸入ノズルを装備した自律型錬金ゴーレムが飛び出していった。
外の結界が一瞬だけ部分解除され、ゴーレムが空中へ向かってアームを伸ばす。
「きゅ、きゅーっ!?(な、なんだこのメカはー!?)」
空中でドヤ顔を決めていたふわもふは、突如現れた防衛ゴーレムの巨大ノズルによって、投下しようとしていた天然ボムごと「ズボボボボボッ!!」と強烈な吸引力で吸い寄せられた。
「きゅわぁぁぁぁぁっ!?」
必死に短い足をバタつかせ、空気を爆縮して「とんずら」をかまそうとするふわもふ。しかし、ゴーレムは容赦なく吸引力の変わらない強力な吸い込みで追い詰めてゆく。
「きゅぴ〜〜〜〜っ!?」
目を回したふわもふは、抱えていた天然ボムを打ち合わせて誤爆、そのまま遙か彼方の森の空へと、吹っ飛んで行った。
残された天然ボムは、ゴーレムの特殊冷却ポシェットへ安全かつ完璧に回収され、「カチャン」と保管完了の音が響く。
「よし、撃退完了。ついでに貴重な天然ボムまで手に入った。大収穫だね」
ルカがスイッチを解除すると、重厚な装甲板がスムーズに格納され、再び柔らかな光が窓から工房の中に差し込んできた。被害はゼロ。
「す、すごーい!! ルカ、天才!! 天才錬金術師!!」
リリィは感激して目を輝かせ、パチパチと拍手を送った。頭の上のハムスターも安堵の表情で万歳をしている。
「ふっ、当然だよ。僕の工房を舐めてもらっては困る。どんな災厄が降りかかろうと、僕の知識と準備があればマーベラスに防いでみせるのさ」
ルカはドヤ顔で胸を張り、フラスコを手に取り直した。
「さあリリィ、害獣の邪魔も入らなくなったことだし、作業を再開しようか。さっきの紫桃の皮むきを」
「あ」
リリィが声を漏らした。
安心した拍子に、解凍しはじめていた紫桃にちょっと力を入れたリリィは、女神の祝福により皮をつるんとむき、桃は床に落ちた、傷んだところから勢いよく汁が吹き出して、飛沫が二人と一匹に付いた。
「……あ」とルカ。
「……あ」とリリィ。
「もうおしまいだよ」とハムスター。
ルカはマーベラスに対処できなかったので、みんな瀕死になったけど、なんとか助かりました。




