七年連載して感想ゼロ! そんなことある!? ここにある作品の話をします
初のエッセイです。
小説家になろうに作品を投稿しはじめた頃から度々作者さん達の経験談を耳にしていました。
流行から外れた作品は読まれない。
感想も貰えない評価もされない。
私の作品もそうなるかもと不安になりました。
後に七年の長期連載になる作品「オトギの国のルイス」は流行から外れた内容で連載開始して結構経っているのに、確かに読者さんは少ないし感想貰えてないし評価もされてないし……
しかし、こうも思っていました。
私の作品は違う!
いずれ読まれるし感想貰えるし評価されるし!
ランキングに載って書籍化もしてコミカライズもアニメ化も映画化もするし!
某掲示板には専用スレッド立って感想が飛び交って、二次創作もされて、私という作者の手を離れて一大コンテンツ化する!
感想なんて貰いすぎて読みきれないくらい貰える!
いわゆる "妄想" を本気で信じていました。
ですが、結果はやはり私も感想一つ貰えませんでした。
なぜなのか?
このエッセイでは感想だけを考察してみます。
なぜ、感想ほしい作品に感想が来ないのか。
やはり流行から外れた作品だからでしょう。
その作品にしかない個性的な内容なんですよね。
素晴らしい長所のはすが短所でもあるのだということはよくあります。
その作品にしかない長所はすなわち短所なのです。
他に無い独自性のある作品は感想が書きづらいということです。
流行の例えば、ざまぁのある作品になら "ざまぁ" について感想を書けばいいんだとわかります。
しかし、流行外の感想ガイドが無い作品はどこについて感想を書けばいいかわからないのです。
どこについて書けばいいか?
どこでもいいのです。
ここについてくださいとガイドがあるかもしれません。タグのワードについてでもいいかもしれません。
もし無ければどこか。
全てです。全てについて書けばいいのです!
多くの作者さんは言っています "作品について何でもいいので感想ください!" と。
なんでもいいのです。
私もそう思い、そのように感想を催促してきました。
ただただ感想待ってます!と。
何度も七年の間で覚えてないくらい何度も願いました。
こうしたら感想来るよというアドバイスはほぼ全てやってみました。後書き、新章、活動報告、少しの間でしたがTwitter、ネット小説大賞の感想サービス。
もうさすがに感想クレクレうざがられるかもしれないから止めようと思うくらいには感想ほしいアピールしました。
しかし、一度も貰えず終いでした。
そんな辛く長い連載のなかで作品に対するモチベーションを完全に喪失して小説家になろうを一年以上離れていた時期もありました。
そして戻ってきて連載を再開した時も感想を期待しました。
同じような状況で連載再開した作者さんが "連載再開待ってました!" という感想を貰えたという話を耳にしていたからです。
私の作品にも、そんな感動の感想が貰えるかもと。
しかし、そんな感想は貰えませんでした。
ああ、誰も待ってなかったんだなと悲しい思いをしただけでした。
そこで、こう思って自分を慰めました。
この作品の読者さんはシャイで恥ずかしがり屋だから感想書かないんだと。
サイレント読者というものだそうで。こんな感情的なエッセイを書く私でさえ、作品に感想を書く時は一旦冷静になって考えてやっぱり感想を送るのを止めて、静かに読み終わり去ることもあるので、サイレント読者は多く読者の九割くらいとも聞きます。
しかし、何年も経つと、この慰めには疑問が出てきました。
何年もの長きに渡る間に作品を読んだ全員がシャイで恥ずかしがり屋で感想書かなかったサイレント読者だったなんてことがあるだろうかと。感想書いてくれるはずの一割はどこに行ってしまったんだと……流行りの異世界転生してしまったんでしょうね、それで書くに書けなくなった、きっとそうです。
真面目に考えて読者さん側の原因でないなら作品に原因がある。
しかし、作品がこうだから感想貰えなかったと原因を書くと自分の作品も同じ原因で感想貰えないのかもと誤解を与えてしまうかもしれませんので、原因究明はやめておきます。
感想とは貰えるときは貰えます。
急に来た、よくわからないけど嬉しい! そういうものです。
その嬉しさを七年待ったのですがね……十年待てば来てたかもしれないですかね。待つ辛さにもう耐えられなかったです。
辛い思い出はまだまだあります。
長い連載のなかで正確には一度、感想が来ました。
それは少し前に問題になったAIによる丁型文で書かれた偽感想でした。あなたのを読んだから (実際は読んでない)私の作品も読んで評価をくれという相互評価狙いのヤツです。
作品を読んだ純粋な読者さんからではありませんでした。
七年、想いを込めて一途に独自性を大切にして書いてきた作品に来た感想がそれだけ。
こんな悲劇があるでしょうか、こんな不運な作品があるでしょうか。
作品を完結させるために連日更新していた最中の出来事でしたので、計り知れないダメージを受けました。
完結します宣言して連日更新して、ああ、やっと感想来てくれたと思ったら相互評価狙いの偽感想。
今思い出しても涙が出てきます。
こんな悲しいことがあるでしょうか?
こんな悲しいことしかない作品なら早く終わらせよう。
そんな心境になったのも覚えています。
そして完結させました。
もう活動報告にも作品の後書きにも感想ほしいとは書きませんでした。
明確に要望して期待をして、それでも貰えなかったら、さすがに悲しみに耐えられないと思い自分から感想をねだるのは止めておきました。
しかし、心の中では期待していました。
完結すると "完結おめでとう" という感想が貰えるという話を耳にしていたからです。
七年も連載してやっと完結した作品になら "やっと完結したんだ" みたいな感想が来るのを期待しました。
ですが、やはり感想は貰えませんでした。
七年の連載を終えて得たものは、私は感想を貰えない側だったんだという結果だけです。
流行から外れた作品は読まれないし感想も貰えない評価もされない。
その通りでした。
私もそんな作者の一人になりました。
しかし、悲しみだけではなかった得るものはあったとも最後に記しておきます。
七年連載して完結させたという経験自体は素晴らしいもので、かけがえのない幸せな貴重な時間でした。
たとえ読者さんから感想が貰えなくとも作者一人で味わえる喜びや楽しみや達成感はありますからね!
自分で作品を読めば感想はいくらでも出てきますし!
作品の感想を誰かと語り合いたい、語り合えない、そのモヤモヤは解消出来ませんが。
そんな孤独な作品を完遂させた (作品は俺達の戦いはこれからだ!みたいな実質打ち切りの終わり方でしたが)その事実は凄く力になった気がします。
孤独に強くなったみたいな。
感想無くても書き続けられるメンタルは知らずに手に入っていたんだと。
しかし、やはり感想はほしい!
やっぱり本当に感想ほしい作品に感想貰えるようになりたいなと思います。
それが長期連載を終えた私の感想と課題です。
読んでくださりありがとうございました。
三月三日追記。
悲しみのままに勢いで書いたものでしたので、冷静になってから少し加筆いたしました。
連載中の悲劇の歴史を持つ作品としては名を残せそうかなと思います。この作品を上回る作品が無いこと今後出てこないことを祈ります。
そしてこのエッセイで、うわぁあー! 感想ほしいー!! と泣きついたことで (最終手段、禁じ手のようなものですよね。悲しみに耐えられなかったとはいえ少し反省しています。同じ悲しみを抱えた作者さんも七年とは言いません、五年感想貰えなかったらエッセイにしてみてください、きっと感想貰えます、私も気づいたら書きます)
「オトギの国のルイス」に初めて感想を貰えました!
七年目にしてやっと嬉し涙を流すことができました。
このエッセイを読んだ作者さんの作品にも感想来たれ!
このエッセイを読んだ読者さんはどんな作品にも感想を一言でも書いてみてくださいね。




