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追放された無能令嬢、精霊王と建国。元婚約者が泣きつく頃には女帝です  作者: 月雅


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第6話:傲慢な再会と、拒絶の輝き


バルデル帝国の王都に、かつての華やかさは微塵もなかった。

街を彩っていた精霊石の街灯は立ち消え、人々の顔には不安と飢えが色濃く張り付いている。

その一方で、裏市場では一つの「噂」が爆発的に広まっていた。


「北の荒野に、本物の聖女様がいるらしい」

「あの黄金の果実を食べれば、どんな病も治るとか」


その噂を耳にするたび、皇太子ジュリアンの心は焦燥と屈辱で焼き尽くされそうになっていた。

彼は今、精鋭の騎士団を引き連れ、北へと向かう馬車の中にいる。

その目的は、公的には「異常現象の調査」だが、本心は別だった。

帝国を救うため、そして自分を裏切った(と彼が勝手に思い込んでいる)奇跡の力を手中に収めるためだ。


「……あり得ん。あの無能なエレナに、そんな力があるはずがない」


隣に座るセフィラが、青ざめた顔でジュリアンの袖を掴む。

彼女が纏う高級なドレスも、今では加護を失って輝きが失せ、どこかみすぼらしく見えた。


「そうですよ、殿下。きっと、悪い魔法使いか何かが、偽りの幻影を見せているだけですわ。私が……本物の聖女である私が、正体を暴いて差し上げますわ」


セフィラの言葉に、ジュリアンは短く鼻を鳴らした。

今の彼にとって、彼女の言葉はもはや気休めにもならなかった。


やがて、一行の前に「それ」が現れた。

赤茶けた砂漠が突如として途切れ、目の眩むような鮮やかな緑の世界が広がっている。

空には、第4話で報告があった通り、巨大な虹色の結界が天を突くように輝いていた。


「なっ……なんだ、これは……」


ジュリアンが絶句する。

結界の向こう側には、水晶でできた壮麗な宮殿がそびえ立ち、その周囲には黄金の果実が鈴なりになった森が広がっている。

帝国のどんな避暑地よりも美しく、生命力に満ちた光景。


「止まれ! 誰の許可を得て、エレナ様の聖域に足を踏み入れる!」


森の入り口から現れたのは、かつて帝国を追放された精霊技師のカイルたちだった。

彼らは今、帝国の騎士たちにも劣らないほど上質な麻の衣服を纏い、その手には精霊の加護が宿った杖を握っている。


「……カイルか? 貴様、死んだのではなかったのか」


ジュリアンが馬車から降り、傲慢な足取りで前に出る。

カイルはかつての主人を前にしても、一歩も引かなかった。


「死にかけましたが、エレナ様に救われました。殿下、ここはもはやあなたの国ではありません。お引き取りを」


「黙れ! 私は帝国の次期皇帝だ。この大陸のすべては私のものだ」


ジュリアンが剣を引き抜こうとしたその時、風が止まった。

結界が静かに揺れ、中から一人の女性が歩み寄ってくる。


銀髪を風に靡かせ、純白のドレスを纏ったその姿。

足元には、一歩ごとに心地よい音を響かせる、あの透明なガラスの靴。

かつて「無能な悪役令嬢」と呼ばれ、泥を投げつけられて追放された私、エレナ・フォン・ロゼリアだ。


「お久しぶりですね、ジュリアン殿下。いえ、もう私とは縁のない方でしたかしら」


私の声は、精霊たちの力によって透き通るように周囲へ響き渡った。

ジュリアンは私の姿を見た瞬間、言葉を失って立ち尽くした。

彼が知っていたエレナは、いつも俯き、彼の顔色を伺う地味な女だったはずだ。

けれど今、目の前にいる私は、どんな女王よりも威厳に満ち、眩いばかりの光を放っている。


「エ、エレナ……。その姿はどういうことだ? その力は、一体……」


「申し上げたはずですよ。私は自分の持ち物をすべて引き上げると。その結果が、今のあなたの国であり、そして今の私です」


私は優雅に、けれど冷徹に微笑んだ。

私の隣には、いつの間にかライゼルが立っている。

漆黒の髪に金の瞳。その圧倒的な存在感に、帝国の騎士たちが怯えて後ずさりした。


「主よ。この虫ケラ共が、お前の気分を害しているようだ。今すぐこの場から消去してやろうか?」


ライゼルの言葉は冗談ではなかった。

彼の周囲で、高位の精霊たちが殺気立って渦巻いている。


「待って、ライゼル。話くらいは聞いてあげるわ。……それで、わざわざこの死の大地まで、私を殺しに来たのですか?」


私の問いに、ジュリアンは慌てて首を振った。

彼は私の美しさと、周囲に満ちる圧倒的な魔力に、完全に気圧されていた。


「違う! エレナ、私は……私は、お前を許してやろうと思って来たのだ!」


「……許す、ですか?」


私は思わず吹き出しそうになった。

この男は、まだ自分が優位に立っていると信じているらしい。


「そうだ! セフィラの毒殺未遂も、何かの間違いだったということにしてもいい。お前がその力を持って帝国に戻り、枯れ果てた土地を元に戻すというのなら、再び私の妃としての地位を与えてやろう。感謝しろ、エレナ!」


ジュリアンが自信満々に手を差し出す。

その背後で、セフィラが「殿下、何を仰っているのですか!」と悲鳴を上げているが、彼は無視した。

彼にとって、今の私は利用価値のある「最強の道具」に見えているのだろう。


私はゆっくりと、彼が差し出した手を見つめた。

かつては、その手に触れてもらえるだけで幸せだった日々があった。

けれど今、私の心にあるのは、ただ一点の曇りもない軽蔑だけだ。


「ジュリアン殿下。一つ、勘違いをされているようですが」


私は一歩、彼に近づいた。

ガラスの靴が、結晶化した地面を鋭く叩く。


「私は、あなたに許される必要などありません。そして、私が戻る場所はどこにもない。ここは私の国、私の楽園です。あなたが何を囁こうと、私の耳にはもう、あなたの不快な声は届かないのですよ」


私がそう告げた瞬間、ライゼルが歪な笑みを浮かべて指を鳴らした。

結界の輝きが増し、ジュリアンと私の間に、不可視の壁がそびえ立つ。


「何を……エレナ! 戻れ! これは命令だ!」


ジュリアンが必死に叫ぶ。

けれど、彼の声は結界に弾かれ、霧散していく。

私は背を向け、ライゼルの差し出した手を取った。


「行きましょう、ライゼル。お茶が冷めてしまうわ」


「ああ、そうだな。お前のために、最高級の茶葉を精霊たちに集めさせたところだ」


ライゼルは優しく私の肩を抱き寄せ、私たちは水晶の宮殿へと歩み出す。

背後では、ジュリアンが結界を叩きながら何かを喚き続けていたが、精霊たちが奏でる美しい旋律にかき消され、私の元には届かなかった。


主体的に選んだ、この自由。

それを邪魔するものは、たとえかつての夫であっても容赦はしない。


私は一度も振り返ることなく、光溢れる我が家へと帰っていった。


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