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第1話 ニアとわたし

「ルル!どこ?!」


 草をガサガサと掻き分ける音と、自分の名前を呼ぶ焦ったような声で目が覚めた。


「ルルったら!返事して!」


 森の日暮れは早い。木々が伸ばした枝や葉が日光を遮るので、日が暮れだすとあっという間に森は暗闇に包まれる。


 目を開けると、辺りはすでに薄暗かった。


「お願いよ、ルル。ぐすっ。返事をして!」


 ニアがわたしに気づかないで、目の前を通り過ぎて行った。


 慌てて立ち上がる。


「ニア、わたしはここにいるよ!」


 声を上げると、ニアは身体をびくりと震わせてわたしを振り返った。わたしを見つめる大きな目から、みるみる涙が溢れていく。


 ニアは同じ孤児院にいる十四才の女の子で、孤児院では一番の年長さん。責任感が強くて、綺麗な赤い髪と青い瞳の綺麗な子なの。来月には王都の商家の三男と結婚することが決まっていて、もうじき孤児院を離れる予定なんだよ。


 ニアは幼い頃から綺麗な子だったから、院長先生はニアをきちんとしたところに嫁がせて結納金を沢山もらうつもりだったのね。だから、ニアは学校へ行かせてもらえた。その甲斐あって、三男とは言え、王都の商家に嫁ぐことができるんだよ。


 ニアは自分だけが特別扱いされることを嫌がっていたし、他の子供たちのことを気にかけてくれていたから、誰もニアのことをずるいだなんて言わなかった。


 それに。院長先生は、お金にがめつい人だけど。それくらいじゃないと孤児院を運営していくのは大変なことだから、みんな、仕方ないことだと受け入れているんだよ。


「またなのね?また、精霊の仕業なのね?」


 ニアの声に、わたしは申し訳ない気持ちになった。


 わたしは木苺を摘んでいたんだけど、疲れて少しだけ休もうと木にもたれたところから記憶がないの。たぶん、寝ちゃったんだと思う。


 この森は動物も住んでいるし、そう多くはないけど無物もいる。寝ちゃったわたしを守ろうと、精霊たちがいつものように結界を張ってくれたんだと思う。


 わたしはニアを抱き締め、彼女が落ち着くように背中を擦った。


「ごめんね、ニア。精霊たちは、わたしを守ろうとしてくれたんだと思う」


「ううっ。それはわかってるけどぉ。ルルは働き過ぎなのよ。また、休憩の途中で寝ちゃったんでしょ?」


「うん。寝ちゃったんだけどね、木苺はいっぱい採れたんだよ!ジャムして売れば、院長先生も喜ぶよ」


「はぁ。そうね。背負い籠いっぱいの木苺を集めるのは大変だったでしょう?こんなことばっかりしてたら、いつかルルは倒れちゃうんだから。いつも言ってるけど、ほどほどに手を抜きなさいよ」


「うん。心配してくれてありがとう、ニア」


 ニアはぎゅっとわたしを抱き締めてから身体を離し、わたしの後ろに置いてあった背負い籠に手を伸ばした。


「あ、わたしが背負うからいいよ!いっぱい入れたから、すごく重いの」


 わたしは精霊たちが力を貸してくれるから、木苺でいっぱいの背負い籠もあんまり重くないの。


 ひょいっと背負い籠を背負うと、それを見ていたニアが苦笑した。


「わかった。じゃあ、精霊に道案内を頼んでくれる?こんなに暗くちゃ、森を抜けることもできないわ」


「はーい。誰か、道案内をお願いしていい?」


『私が道案内をしよう』


「ゼノ、ありがとう!」


 わたしの足元を黒猫がするりと通って振り返った。わたしを見上げたその金色の瞳が、まるで空の星のように輝いている。


 ゼノは数少ない実体を持つ精霊で、実体を持つということは、ニアにもその姿が見えている。声は聞こえないけどね。


「あら。ゼノが来てくれたのね。よかったわ。他の精霊じゃ、わたしには見えないもん」


 そう言って、ニアはわたしと手を繋いだ。


 ニアには見えていないけど、わたしたちの周りには沢山の精霊が飛んでいる。おかげで、わたしには夜道でもキラキラと輝いて見えてゼノを見失うことはないの。


 歩き出したゼノのあとを追って、わたしはニアの手を引きながら歩き出した。


 わたしの名前はルル。ありふれた茶色の髪と瞳をした、痩せっぽっちの十二歳の女の子。精霊に愛されている以外は、どこにでもいる、ごくごく普通の女の子。でもそれは、表向きのわたし。


 本当のわたしはルルアーナ。【星の記憶】を持つ【神の愛し子】。髪は銀色だし、目は紫色。だから、すんごく目立つ。それで、できるだけ目立たないように名前を変えて、髪と瞳を変えて、田舎の孤児院で暮らしているんだけど………。


 お願いしなくても精霊が助けてくれるから、どうしたって目立つんだよね。


 そうそう。【星の記憶】というのは、わたしたちが暮らすこの星シュトラウスが持っている記憶のこと。シュトラウスには、すべての生命が還る竜脈が流れていて、前世のわたしも竜脈に還った命のひとつだったの。新たな生命として生まれてくるときに、竜脈にいた頃の記憶を少しだけ持って生まれてきたんだよ。


 数は少ないけれど、いるんだよ。【星の記憶】を持っている子は。


 今代の聖女様も、そうだったはず。


 確か、聖女様は幼い頃に保護の名目で家族と引き離されて。十年という修行を経て、聖女様になったんだよ。


 それで、【神の愛し子】というのは、文字通り神様に愛されている生き物のこと。病気しないとか、幸運値が高いとか、色々だね。


 シュトラウスで有名な神様は、ダンケルティーガ様とアルベルティーナ様。夫婦神なんだよ。


 わたしを愛し子として見守ってくれているのは、ダンケルティーガ様とアルベルティーナ様のお子であるゼノグレア様。


 気づいたかな?


 いま、道案内をしてくれている黒猫のゼノが、ゼノグレア様だよ。もふもふで、艷やかで、気まぐれなところが素敵な神様。神様だと知られるとよくないこともあるから、精霊ってことにしているんだよ。


「あ、森の出口が見えたわ!」


 ニアがにっこり笑ってわたしを見た。


「よかったぁ。まだ日が暮れてなかったわね。これなら、院長先生に叱られないわ」


「そうだね。今日中に苺ジャムを作れるね」


「もうっ。ジャム作りは明日にしなさいよ〜。これだから、ルルは働き過ぎだって言うのよ。わかってる?」


 ニアがそうやってわたしのために怒ってくれている間に、ゼノは現れたときと一緒で、いつの間にかいなくなっていた。


 またね、ゼノ。精霊のみんなも、道案内してくれてありがとう。


 心の中でお礼を言って、わたしはニアと一緒に孤児院の厨房へ向かった。



 








ゼノは、精霊のフリをしている神様です。

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