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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
終章 いつか、すべてが交わる日まで
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それぞれの決着

 最上階、グレイヴァルトの捕らわれていた部屋。


「うぐ……全く、とんでもないな……」


 バルザークは、膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。

 全身に負った傷は、数え切れない。火傷、凍傷、裂傷、感電痕と、目に見えるだけでも多種多様だ。見えないものも含めれば、さらに増える。

 賢者の名は伊達ではなく、ユージアはありとあらゆる理術でバルザークを迎え撃った。その全てに対処することはできず、黒獅狼と言えども倒れる寸前まで追い詰められてしまった。


「だが……今回はオレが上回ったな、賢者よ」


 ユージアは、地面に身を投げ出した状態で、顔だけを何とかバルザークの方に向けていた。

 老いたとは言え彼も月獣の戦士、生半可なことで死にはしない。だからこそ、黒獅狼は容赦なくその拳を叩き付けた。目の焦点が揺れており、意識を失う寸前である。


「もう少し、未来を信じれば良かったのだ。悪いものばかり想像しているから、より良くする気力を失うのだ、愚か者め」


「……儂は……お主たちのようには、なれぬよ……。未来を、信じて……それが、破れて……何度も、繰り返し……その上で……そんな夢は、見れぬ……」


「グレンは、成し遂げたであろうが。どうして、あいつを信じなかった?」


「そう……ようやく、成し遂げてくれた、夢……じゃった。じゃが、次があるとは……限らぬ。だから……儂は、この……ルナグレアを……」


 ――壊したくなかった。

 きっと彼が心の底から吐き出したその願いに、バルザークは深々と溜め息をついた。


「阿呆が。お前は本物の阿呆だ、ユージア。気付いていなかったとは言わせぬぞ。その願いと、お前の行動はかけ離れていると」


「否定は、せぬよ。それでも……理屈では、抑えられない、ものも、ある……それは、お主も、知っておるじゃろう……?」


「……そうだな。だが、ソフィア様も言っていただろう? 過去を理由に傷を増やすな、と」


 バルザークは知らない。ユージアが今まで味わってきた挫折の数も、失ってきたものの量も。だから、彼がここまでの諦観と怨嗟を抱いてしまったことを、改めて責めはしない。


「少なくとも、子供たちの未来は……偏見など無い、より良い世界であってほしいと、オレは思うのだ」


「自分の、恨みは、度外視で、かの……? 器の、大きい、ことじゃ……」


「はっ。オレはただ、もうあのような思いが生まれない世界にしたいだけだ。より良き世界で生きたいのは当然であろう? オレはどこぞの老人と違って、まだまだ現役のつもりなのでな」


「…………。皮肉の、つもりかのう……」


「皮肉で済ませるだけ優しいと思え。……人間が信じられぬのならば、それでも良い。だが、次代を担う、貴様の孫たちは信じてやれ」


「お主、は……まった、く……」


 それからも、ユージアは何かを言おうとしていたようだが、バルザークの耳には届かなかった。やがて、彼は目を閉じ、完全に倒れ伏した。

 彼は、重罪人として捕らえられるだろう。その未来がどうあるかは王次第だ。少なくとも、無罪放免とは行かないだろうが。


 丁度そこで、ゼルニスからの通信が入った。どうやら、互いに終わったようだ。


「今度はちゃんと話すのだな、馬鹿者が」


 グレイヴァルトのことだ。改めて、互いのための未来を考えるに決まっている。答えなど無かったとしても、諦めずに。

 これから先、彼らは何度だって壁に直面するだろう。それでも、グレイヴァルトが諦めずそれに立ち向かう限り、それを支えるのがバルザークの誓いだ。


「ふう……オレも、未熟だな……。これでは、グレンにリベンジなど、まだまだ先のようだ」


 倒れてしまいたい身体に鞭を打ち、バルザークはユージアを抱え上げると、彼らに合流すべく歩んでいった。









 少し時間は遡り――どこか、遠い場所。


「ちっ。さすがに遊び過ぎたか」


 リーゼロッテは、目的地に向かって理力車を走らせていた。


 月獣にソフィアが殺される、という事実を作り、その映像をソルファリアに流布する。そうして争いを焚き付け、ルナグレアを滅びへと導く。リーゼロッテが望んだのはその結末だった。

 失敗しても、あの竜であればソフィアを始末はできる。月獣の国で王女が死んだという事実だけでも、衝突させる材料にはなっただろう。

 ユージアの実力だけは認めていたので、まさか王を逃がすとは思っていなかった。おかげで、()()()()を使わざるを得ない。


「あのジジイも、勘違い男も、とことん役に立たないね……良いだろう。ここまで来たら、全員消し飛ばせば――」


「――残念ながら、そういうわけにはいきませんね」


 突如として聞こえてきた、涼やかな声。

 それと同時に、車体が大きく振動して、停止した。


「なっ!?」


 転がり落ちるように、リーゼロッテは外に放り出される。

 理力車の外は、すでに多数の騎士に囲まれていた。その先頭に立つのは、銀の騎士団長。


「フローリアン……どうしてあんたがここに!?」


「なに。私は、とある月獣と懇意にしていましてね。そこから情報を受け取ったのですよ」


 大族長会議の際、彼は通信越しに会話を聞いていた。共謀者であるバルザークにはその事実が知らされ、二人は面識を持つに至った。それからは、裏で情報共有をしていたのだ。

 ソルファリア側もリーゼロッテの動きは掴みきれなかったが、最終局面で自ら行動を起こしたのが仇となり、バルザークが彼女の情報を把握、フローリアンに連携し、ソルファリアの調査と合わせて所在の特定に至った。


 慌てて理術を練ろうとしたリーゼロッテだったが、そこでさらなる異変に気付く。理術が、全く発動しない。


「最新の術具を使わせていただきました。使用者を中心に、しばらく理術の行使を封じる結界のようなものですね」


「なんだい、それは……そんなものを、いつの間に!?」


「これもルナグレアとの共同開発ですよ。あなたが侮った月獣の知恵は、あなたが小細工をしている間に、多くの発展をもたらしてくれましたよ」


「……っ!」


「もっとも、素材が非常に貴重な上に、消耗品なのが欠点ですがね。一度使えば国家予算が揺らぐほどです」


 本来は個人に使うものではないが、ここで彼女を逃がせば、それどころではない損害が出る。それに、ソフィア達の命が懸かっている以上、ルキウスも使用を即決した。


「あなたのことです。大方、失敗したら爆破でもできるようにしていたのでしょう。最初からそれを使っていれば、こちらの負けでした。落としどころを、見誤ったようですね」


「く……そ!」


「さて。大人しく従ってもらえれば、手間が少なく済むのですが?」


 フローリアンの戦闘力は、リーゼロッテもよく知っている。幼少よりルキウスに師事を受け、数多の武を学び、人間の身で敵うもの無しとまで唄われる最強の剣士。だが、彼女はその降伏勧告に、頷くことはなかった。


「……ふ、ふふっ。あはは……! あたしもヤキが回ったもんだ。惨めな崩壊をさせてやろうと思ったんだけどねぇ……それで自滅するなんて、我ながら滑稽なもんさね?」


「不思議なものですね。あなたほど聡明な方が、ここまで目を曇らせるとは。何故、それほどまでに月獣を憎んだのですか?」


「誰が、あんたなんかに教えるかよ。……あのお花畑にも忠告しときな。これで終わったと思うなよ。あいつの甘ったるい理想が押し潰された時……存分に、笑ってやろうじゃないか」


「………………」


「ああ、ほんとに……気に食わないよ。あんなケダモノたちの国も! それと仲良しごっこを始めたソルファリアも! あんたら全員……まとめて滅びちまえ!!」


 リーゼロッテは、怨嗟の叫びを上げながら、ナイフを持って突撃してきた。フローリアンはひとつ息を吐くと、剣を抜く。

 神速の剣が、一閃。それは正確にナイフだけを捉え、その刃を切り落とすという離れ業をやってのけた。そのまま、彼女に素早く接近すると、当て身を喰らわせた。

 リーゼロッテの全身から力が抜けたところで、拘束する。ふたつの国家を揺るがした魔女の最後は、呆気ないものだった。彼女を配下に運ばせてから、フローリアンは珍しく物憂げな表情で呟いた。


「ままならないものですね、リーゼロッテ様。あなたほどの賢者でも、憎悪からは逃げられなかった」


 月獣と人間の悲劇など、数え切れないほど起きてきた。互いの命はいくつも奪われ、血を流してきた。リーゼロッテが何故これほど憎悪に溺れたか、フローリアンには知るよしもないが。

 いずれにせよ、恨みの深さ故に、彼女は本来の思慮深さを捨て、彼らをより苦しめるための策を選んだ。それが敗因となったのは、皮肉でしかない。


「彼女の言うとおりです。これで最後、とは行かないですよ、ソフィア様、グレイヴァルト様」


 リーゼロッテはあくまでも表面に出てきた一人だ。あるいは彼女すら、より大きな掌の上で転がされていただけの可能性もある。

 溜まってきた恨みの渦は、この一度だけで消し去れるものではない。いつかまた、噴出する日が来るのだろう。



 ――それでも、彼らならばきっと、いつか。

 そんな風に考える時点で自分も染まったな、などと苦笑をこぼして、フローリアンは部隊ごと引き上げていった。

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