表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
終章 いつか、すべてが交わる日まで
56/62

邪悪なるもの

『ははははは!! 間抜けな顔だな王女よ!! そうだ、俺が見たかったのはお前がうちひしがれるその顔だ!!』


 見上げるような巨竜の口から、ヒトの時と同じ声が聞こえる。

 カルロだった竜は、歓喜の咆哮を響かせた。まだ意識のあった周囲の人間も悲鳴を上げている。こんなものが存在していることは知らされていなかったのだろう。


「竜の形をした呪いの塊……何を考えているの!? こんな理術、この世に存在してはならないわ!」


『はっ、誰かが決めた線引きになんて興味はないね。役に立つ理術なら何だって使うし生み出す、それだけさ』


 エルマの指摘に、リーゼロッテは鼻で笑う。


『種ぐらいは明かしてあげるさ。あたしがそいつに施したのは、本人の意志に応じて肉体を変貌させる術だよ。強い肉体を得るためには、それだけ()()()()()が必要になるけれどね』


「……あんな、汚れた竜になるだけの意志……」


 邪竜の全身から広がる黒い波動。本人の言動からして、その原動力を察することはできた。

 憎悪だ。無尽蔵の憎悪こそが、あの怪物を生み出している。


『ああ、誤解はしないでおくれよ? その理術を受け入れることを決めたのはそいつ本人さ。あたしが強要したわけじゃない』


『そうだ、利用ぐらいいくらでもされてやるとも! この怨嗟だけが、俺を生かした……! この身が灰になろうとも構うものか! 貴様たちの全てに、報復できるならばな!!』


 元より思い込みの激しかった彼は、投獄されてからの日々で、ただひとつ残されたその感情を肥大化させていった。元々が勘違いであることなど、さして意味はない。彼は本気で、そう思っていたのだから。むしろ、思い込みが物語を組み上げ、補完し、それは憎しみにひたすら燃料を注ぎ続けた。

 そしてそれは、人の心には有り余るところまで膨らんでしまった。会話など、最初から成り立っていなかったのだ。男の精神はとうの昔に壊れ、変質していた。


『ソフィア様。……ああ、もういいか、そろそろ面倒だ。恨むなら獣に身を売った自分を恨むんだね! やりな、カルロ!』


『言われるまでもない。まずは……邪魔な塵の掃除からだ!』


「っ!!」


 竜の前脚が、エルマに向かって勢いよく叩きつけられる。

 咄嗟の結界が張れていなければ、即死だっただろう。守りを固めてなお、結界はまるで紙のように引き裂かれ、衝撃は彼女を吹き飛ばす。


「あ、ああぁ、あっ……!!」


 何度も身体を跳ねさせて、エルマは遥か後方まで転がった。

 ロヴィオンのすぐ近くまで吹き飛んでから、彼女はぐったりと項垂れ、起き上がらない。息はしているが、意識があるようには見えない。


「え、エルマ……!!」


『さて……』


 さらに竜は、その太い尾を部屋の扉へと叩き付けた。出口は無惨に破壊され、瓦礫の山が退路を塞ぐ。


『さあ……二人きりですね、ソフィア様。ゆっくりと、ゆっくりと……思い知らせて、あげましょう』


「……っ!!」


 舌なめずりをして、竜は彼女へと近付いていく。

 弾かれたように、ソフィアは走った。その向かう先は出口ではなく、竜とは逆の方向。


『はっはっは! 鬼ごっこをするならば、付き合ってあげますよ。せいぜい、惨めな顔を……なに?』


 無様に逃げている。邪竜も魔女も、最初はそう思った。だが、彼女が向かった先は、倒れた仲間たちの元だった。

 彼女はそこで跪くと、二人の身体に手をかざす。暖かい光が、二人を包んだ。


「二人とも。どうか、目を醒まして……!!」


 ひとりで逃げ切るのは不可能、ならば、今の自分にやれることは、これしかない。

 そして、彼女はやはり、ロヴィオンのことも諦められない。どう見ても死に向かうしかない彼にも、等しく癒しの力を注ぐ。


 己の命すら危ういこの状況で。ソフィアはまだ、何一つ諦めていなかった。


『……本当に、癪に障る。夢を見るのも大概にしなよ、お姫様さぁ?』


「あなたの、教えでしょう……? 理術は、何だってやれるのだと……! だから、私は……最後まで、諦めない……!!」


『ああ……ああ、もういい、うんざりだ。だったら、思い知りな。どれだけ夢を描こうが、どうしようもない現実があるってことをね! ……カルロ!』


『ふん……良いだろう。ならば、先にそいつらを完全に潰してやるとしよう』


 彼女がふたりを救うつもりならば、あそこから動くことはない。少しずつ追い詰めるように、邪竜はゆっくりと歩みを進める。

 狂いそうなほどに、怖い。それでも、ソフィアは逃げない。逃げることは、二人を見捨てることだ。


「私に、力を貸して……グレンっ……!!」


 思わず口にしたのは、愛すべき男の名。

 彼ならば、何にも折れない。どんな絶望的な状況でも諦めない。だから、彼女は神ではなく、彼に祈った。立ち向かう勇気を、今だけでも――。




 入り口の瓦礫が、吹き飛んだ。




「え……」


『なに……!?』


「おおおおおおおおぉッ……!!」


 まさに雷光のごとき勢いで、何かが駆ける。それは迷うことなく邪竜に突撃すると、その尾に爪を突き立てた。


『がっ!?』


「ソフィアに……俺の、妻に……!!」


 ソフィアは、聞いた。誰よりも望んでいた声が、自分の名を呼ぶのを。

 ソフィアは、見た。何よりも待ち焦がれていた男が、そこにいるのを。


「手を、出させるものか!!」


 そのまま、尻尾は中ほどから両断されて宙を舞った。

 邪竜が、痛みに咆哮を上げた。どす黒い血が、切断面から溢れる。


 男は素早く飛び退くと、竜の眼前に降り立つ。彼女の元には行かせない、と宣言するように。


「あ……ああっ……!」


 この国で最強の戦士。頂点に立つ王。そして、誰よりも信じ、愛する人。

 夢のようだ。だが、確かに彼は、そこにいる。

 だから、ソフィアは口を開く。求めてやまなかったその名を、叫ぶ。


「……グレン!!」


「ああ! 俺はここだ、ソフィア!!」



 引き裂かれた太陽と月は、ここに集った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ