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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
終章 いつか、すべてが交わる日まで
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集う牙たち

 それから、少しだけ時は遡る。


「グレンよ。まだ、折れるつもりはないかの?」


 ユージアは、襲撃者の訪れを待ち構えつつ、グレイヴァルトに再び問いかける。

 彼に刻まれた呪術は、王の気力も体力も蝕み続けていた。意識を保つだけでもやっとの様子だ。それでも、彼の目はまだ、光を失ってはいなかった。


「どれだけ、問おうと……同じだ」


「そなたとて、死にたくはないじゃろう? 死ねば、理想も何もかも終わりじゃぞ」


「ああ……そう、だな。俺だって……怖い」


 ずっと、死を覚悟して戦ってきた。それでも、恐怖が無くなったわけではない。むしろ最近は、より死を恐れる気持ちが強くなってきた。大切なものを、手に入れてしまったから。


「死ねば……全て、失ってしまう。それは、たまらなく、怖い……だが……ぐっ! ごほ、ごほっ……」


「……もう限界じゃろう? 儂とて、そなたを殺したいわけではないのじゃ。意地を張るのも、いい加減にするとよい」


「それ、でも。ここで、首を縦に振れば……俺は、志も、夢も……大切な人も、失ってしまう。死ぬのと、同じだ」


 その返答に、ユージアは何度目かの溜め息をついた。

 きっと、彼がグレイヴァルトを殺したくないのは本心だ。だからこそ、こうして説得しようとしている。


「お主は本当に、若いな。理想に燃え、理想に死ぬのが望みというのならば……」


「……誤解、してくれるなよ」


「……なんじゃと?」


「俺は、己の命も、志も、夢も、大切な人も……ここで捨てるつもりはない、と言っているんだ!!」


 力強く言い放つと、グレイヴァルトは――四肢の拘束を引きちぎり、立ち上がった。


「何と……!?」


 続けて、王は呼吸を整えつつ、拳を突き出した。それは彼を捕らえていた結界を、一撃で砕いた。二重の束縛が、あっという間に突破される。


「馬鹿な、そんな体力が残っておるはずが……いや、もしや。()()()()()()()()しおったか?」


「……完全では、ないがな。何とか、この程度をこなすぐらいは、できた」


 己の身体の中で理力を巡らせることで、呪いを相殺する。原理は単純、しかし繊細な制御と強大な理力が必要だ。グレイヴァルトの能力があってこそ成せた技である。

 ユージアも最初こそ驚愕していたが、すぐに状況を判断し、冷静さを取り戻す。


「じゃが、失った体力が回復したわけではない。未だ、立っているのがやっとじゃろう?」


「……そうだな」


 呪いは完全には消えていない。少しずつ蝕まれているのは同じだ。今は残った体力をかき集めて、気力で動いているような状態である。ユージアは、王を逃がさないように、広範囲に結界を張り巡らせる。


「舐めるでないぞ、グレンよ。そこまで衰弱したお主であれば、儂とて負けるつもりはない!」


「そう、だろうな。このままでは、あなたの、勝ちだ」


「…………?」


 その言い種に、老鰐は違和感を覚えた。

 王は弱りきっている。それでも、ユージアは知っていた。彼は理想家でこそあれ、夢想家ではない。勝算のない戦いを挑むことはないと。


 ならば、今の王が持つ勝算とは何か。


「ユージア。あなたは、バルザークを王に仕立て上げると言っていたな」


「……それが、どう――」


 言いかけたところで、ユージアは気付いた。己の背後から聞こえる足音に。


「だ、そうだが……()()()()()()()()


 王の言葉は、ユージアに向けられたものではない。ユージアの背後に向かって、グレイヴァルトは問いかけた。そして。


「当然……そんなものは()()()()()()願い下げだ!!」


 部屋に響き渡る重音の宣言と共に――ふたつの影が、大きく飛び上がった。


「ゼル、合わせろ!」


「言われなくても!」


 二人はぴったりと息を合わせ、それぞれ結界へと一撃を加える。最高峰の戦士たちのコンビネーションの前には、いかに大族長の術であろうとあえなく砕かれた。

 反動によろめきながら、老鰐は目を見開いた。ユージアの結界を打ち砕いたのは、山猫の青年。そして――。


「バルザーク……!?」


 今度ばかりは、完全に想定外だったのだろう。ユージアの反応に、いかにもしてやったりという顔で黒獅狼は笑った。


「なんだ。随分と愉快な顔をしておるな、ユージア?」


「そなた、何をしておるのじゃ……! 裏切りおったか!?」


「聞こえの悪い。裏切りとは、味方に仇なすことだろう? 敵の企みを阻止することを裏切りとは言うまい!」


「…………っ!!」


 当然のごとく告げられた言葉に、ようやくユージアは全てを悟った。彼は、()()()()()()()()()()()()()()、と。


「謀った、な……!」


 おかしいとは思っていた。グレイヴァルトが自ら己の拠点まで止めに来たことも。この本拠地が即座に襲撃されたことも。だから、内側に敵がいる可能性にまではユージアも思い当たっていた。

 それでも、目の前の男を疑うことはしていなかった。彼の憎むに値する過去を知っていたから。――そもそも計画の前提を覆すその可能性を、考えたくないという無意識もあったのかもしれない。


「ふん。付け加えれば、オレは一度も嘘は言っていないぞ? オレの言葉を、貴様が都合よく解釈していただけではないか」


「君ってほんと、そういうところは良い性格しているよな?」


「がっはっは! 貴様に言われたくはないな、ゼル。それとも、兵をぶつけたことを根に持っているのか? 貴様があの程度を凌げないはずがない、と信頼していたゆえなのだがな」


「まったく……信頼が厚くて涙が出るよ!」







 以前、大族長会議を行ったあの日。

 バルザークは、己が疑われることに激しく反発し、王に怒りすら見せた。だが、通信が切れた直後。


『……これでよろしかったでしょうか、陛下?』


『ああ。苦労をかけるな、バルザーク。不快なことを言ってしまい、済まぬ』


『なに、十分に気遣ってくれたではないですか。オレこそ不遜な態度を取り申し訳ございません、陛下、ソフィア様』


 うってかわって、穏やかな声音で王と言葉を交わす姿に、ソフィアは目を瞬かせる。そんな彼女に、王は先ほどの会議の裏を語るのだった。

 バルザークは、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを隠し、わざと反抗心があるように見せかけたのだ、と。


『どうして、そのようなことを?』


『相手をおびき寄せるためでございます。オレが人間への、陛下への反意を見せていると思わせれば、黒幕はオレを利用しようとするでしょう。オレに罪をなすりつけるなり、オレを取り込もうとするなり』


 大族長バルザークが利用できるならば、それはどう使おうと強力な手札になる。あの中に敵がいるのならば、多少のリスクはあろうと使いたくなるはずだ。

 しかし、バルザークが忠臣であることは、大族長も全員が知っている。だから、王がいかにもバルザークを疑っているように見せ、忠誠を裏切られた彼は反意を持つ、というシナリオを演じたのである。


『では、バルザーク様は、人間のことは……?』


『誤解を恐れず言えば……憎い人間、ならば存在します。ですが、人間が全て同じに見えるほど、オレの目は曇ってはおらぬつもりですよ』


 憎むべきは、全ではなく個。荒々しい武人の振る舞いの奥で、バルザークはとても理性的な人物なのだ、とソフィアも知った。


『大族長を任せられる視野を持つ男だ、と言ったであろう? 爪角は戦に長けた者が集う。それを任せるには、私が特に信頼する者でなければならなかったのだ』


『勿体なきお言葉ですな。それで、この後は如何様に?』


『お前を犯人に仕立て上げた場合、私も騙された振りをして機を伺う。もしも取り込もうとしたならば潜り込み、私に情報を。ただし、過程で犠牲が出そうならば未然に阻止してほしい』


『承知。ははっ、これは腕が鳴りますな!』



 かくして、狙い通りに黒幕から打診を受けたバルザークは、内側に潜り込み、秘密裏にグレイヴァルトへと情報を伝えていった。

 用心深いユージアは、なかなか己の姿を晒しはしなかったが、計画が最終段階に入ると、ついに正体を明かした。そして、バルザークは隙を見て、王へとその事実を知らせたのだ。


 だが、あと一歩及ばず、本拠地の情報と彼らの狙いをバルザークが掴むのと入れ違いで、グレイヴァルトとソフィアは捕らわれた。

 それを知り、ならば救助を確実のものとするため、ゼルニス達に内部の情報を流し、自らは内側から破壊工作をしたのである。

 そうして、ゼルニスと衝突する振りをして、ふたりで月獣の戦士たちを無力化しながらここに駆け付け、今に至る。

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