憎悪の光
「邪魔を……するな!!」
ロヴィオンは、正面にいた騎士の武器を剣で弾いたかと思うと、素早く両腕を斬りつける。続けて、横にいた戦士の顎に膝蹴りを喰らわせつつ飛び上がり、体重を乗せた踵でさらに奥の相手が持つ盾を砕く。剣を放り投げると拳でひとりを吹き飛ばし、もう片手で剣を拾って逆サイドの相手へ刺突を放つ。
剣術と体術を流れるように切り替え、変則的な動きで相手を撹乱しつつ、最善の一手を繰り出す。天才的なセンスに支えられた、父バルザーク仕込みの戦闘術だ。
ここに集った人間たちの技量は、決して低くはない。だが、ロヴィオンは月獣でも上位の戦士だ。そうでなければ王族の護衛になど選ばれない。そもそもの身体能力の差もあって、彼はひとりで集団をなぎ倒していく。
「道を開くわ、ロヴくん!」
そして、エルマの理術が部屋に暴風の壁を生み出す。凄まじい風圧は、武装した兵をもあっさりと吹き飛ばし、壁まで叩き付けていく。ロヴィオンの正面、ソフィアまでの道が、はっきりと開いた。
黒狼は、己の全力をもって、その道を駆ける。エルマも、その後ろに続いて走った。彼女もまた歴戦の月獣、術師と言えど身のこなしは戦士にも負けていない。
リーゼロッテの写し身は、その様子を何をするでもなく眺めていた。
「ソフィア様……いま、お助けします!!」
ロヴィオンの剣が、ソフィアを壁にくくりつけていた鎖を、見事に断ち切った。そして、壁から彼女が切り離されたところで、その膂力で彼女の四肢を縛る拘束を砕く。
その瞬間。
床から赤い光が立ち登り、ソフィアとロヴィオンを包んだ。
「えっ……!?」
「……うっ……ぐ……!?」
突然の事態にソフィアが声を上げたのとどちらが早いか、ロヴィオンが剣をその場に落とし、両手で頭を抱え込んだ。
「なんだ、これはっ……う、あ……!!」
「ロヴくん!? いったいどうしたの!」
「あ……あ、ああああぁっ……! あ、頭、が……割れるっ……あつ、い……!!」
遅れて駆け付けたエルマの言葉にも応える余裕はなく、ロヴィオンはそのままうずくまった。
――地面に、紋様が広がっていく。何らかの理術が、ソフィアが捕らわれていた場所を中心として刻まれていた。
『……ふ。ははは……あっははは!! 本っ当に、おめでたい頭だよ。やけにあっさりと救えそうだと、疑問に思わなかったのかい? そんな頭もないか、犬っころにはねぇ!』
リーゼロッテの悪意に満ちた笑い声が部屋に響く。紋様はさらに広がり、エルマも光に包まれた。しかし、彼女はロヴィオンと異なり、微かに顔をしかめた程度だ。ソフィアも、さして異常はない。黒狼だけが、声を上げて苦しんでいる。
「この不快な感覚は、何……!?」
『へえ? あんたは、本当に人間を恨んでいないのかい。面白くないねえ。まあ、そこの犬だけで十分か』
「ロヴィオンに何をしたの、リーゼロッテ!!」
『なに。少しばかり、解放してあげただけですよ』
「何ですって……? 」
『あなたを助けに来る月獣たち。いいですね、種族を超えた忠義! ですが……果たして、種族の溝はそう簡単に埋められたのでしょうか? 彼は人間に対して、暗い感情を抱いてはいないのでしょうか?』
リーゼロッテは、見ていたはずだ。ソフィアを拐う直前、ふたりのやり取りを。その問いの答えを知った上で、悪趣味に問う。
『あたしはただ、彼が抑え込んだそれを、表に出してあげようというだけですよ』
「……あなた、まさかあの、騎士たちに使った理術を!?」
『……あは。正解だよ! それも特別性……あの鰐ジジイが編んだ理術を、あたしがアレンジしたものさ! あのジジイ、術のことだけは評価してやるよ!』
件の襲撃者たちに刻まれた、感情の一部を増幅させる理術。彼らへの作用は、せいぜい判断を踏み越えさせる程度だった。しかしそれは、微弱な出力で使われたからだ。
もしも最大出力で術が行使された場合――理性を砕き暴走させることすら可能だと、エルマは結論づけていた。慌ててロヴィオンに保護の理術を刻もうとしたが、もう遅い。
「ロヴィオン、しっかりして!」
「……だ、めだ……早く、逃げ……おれ、から……離れろおおおおぉっ……!!」
そう叫んだロヴィオンは、少しだけ完全に動きを止める。だが、すぐにゆらりと立ち上がると、ソフィアとエルマの方を向いた。
片手には、先ほど落とした剣をしっかりと握り直して。
「……人間。人間……人間、は……!」
「ロヴィオン!!」
「駄目、ソフィちゃん! 下がって!!」
エルマは即座にソフィアの前に立つと、結界を全力で展開する。ロヴィオンの目は、憤怒に血走った猛獣のそれだった。
「人間、が……おれに、近寄るなああああぁ!!」
咆哮を上げたロヴィオンは、思い切り剣を振り上げ、叩き付けた。結界が受けた衝撃は、術師のエルマへと反動を伝える。




