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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
終章 いつか、すべてが交わる日まで
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闇夜を穿つ流星 2

 ゼルニスは目の前の蜥蜴に素早く足払いをかけ、バランスを崩した相手の顎に掌底を叩き込む。それだけで蜥蜴は白眼を剥いて仰向けに倒れた。

 続けて、側面から迫る鹿と熊には、それぞれの攻撃を避けつつ回し蹴りを浴びせる。脇腹を蹴り飛ばされた二人は吹き飛ぶと、激痛に地面でのたうち回った。


 元より、鍛えられたしなやかな肉体に、天然の身軽さを合わせ持つ彼は、素早く翻弄する戦いを得意としていた。一方、弱点はやはり体格であり、一撃の重さはどうしても軽くなる。

 だから、彼は考えた。威力が足りないならば、それを補う手段を編み出せば良い、と。


 理力の衝撃への変換。それが、彼の習得した戦闘技術。

 格闘の際、拳や足に圧縮した理力を纏わせ、打撃の瞬間に相手の体内に注ぎ込む。それは筋肉をすり抜け、身体の内側まで容易にダメージを与える。神経を損傷させ、耐え難い痛みを味わわせる。

 容赦のない、相手の肉体を破壊することに特化した技術。戦場を生き延びるための、まぎれもなく命を奪うための技だ。


 ゼルニスの尾に叩かれた鷲が悲鳴を上げる。たったそれだけで、鋼鉄の鞭に打たれたような激痛だった。怯んだところで素早く背後に回り込むと、一気に両腕をへし折った。ありとあらゆる一撃が、戦いを決する致命打となる。


「一応、死なない程度の加減はするさ。あいつはそれを望まないからね」


 溜め息混じりの言葉。裏を返せば、死なない限りは容赦しない、という宣告だ。


 背中から振り下ろされた爪。しかし、それがゼルニスの首筋に届く前に、狐は全身の動きを硬直させた。

 ぱくぱくと、口を開閉するしかできない男。その股座に、ゼルニスの踵がめり込んでいた。当然、理力を込めた容赦ない蹴り上げだ。ただでさえ痛覚を抉る一撃が、特に痛覚の集中する急所に叩き込まれた。それは、痛みにも慣れているはずの月獣の戦士に、許容量を超えた莫大な苦痛の濁流として襲い掛かった。

 そのまま崩れ落ちた狐は、激痛に息もできず悶え苦しみ、吐瀉物混じりの泡を噴きながら力尽きた。


「奮起しただけの理由はあるんだろう。聞けば同情できる話だって、あるのかもね」


 青年が一歩踏み出しただけで、集った戦士たちは思わず後ずさる。ゼルニスの纏った覇気は、それに値するものであった。


「だけれど……それはそれ、だ。僕は、君たちを許さない」


 山猫は駆けた。ここに集まった大馬鹿者たちを、友人の代わりに殴り飛ばすために。


「あいつが何のために、ここまで努力してきたと思っている。あいつが救いたかったのは、誰だったと思っている!」


 誰も取りこぼしたくないと、グレイヴァルトはそう語ったのだ。だが、彼が救おうとしたはずの民は、彼の思いを何も理解しないまま、こうして反旗を翻した。


「ソフィアさんが、どれだけの覚悟でこの国に来たと思っている。彼女の行いを、少しでも見たのか。人間であれば、何をしても認めないと言うのか? 彼女がこの国を、どれだけ思ってくれているかも知らないで!」


 ゼルニスにも分かっている。数多の人の上に立つとは、そういうものだ。それでも、ふたりの友人として、個人的に怒らずにはいられないだけだ。


「覚悟しなよ。全員、後悔しきれないぐらいの痛い思いをしてもらうからさ!!」


 ひとり、またひとりと、ゼルニスの攻撃は戦士をなぎ倒していく。「いかに相手が強かろうとこれだけの数がいれば」という見通しがどれだけ甘かったのかを、彼らは思い知ることになった。

 王を捕らえた時点で、彼らはどこか勝利に浮き足立っていた。ルナグレアという国を、自分たちで甘く見ていた。だが、桁違いの領域にいる者は、グレイヴァルトだけではなかったのだ。


 半ば恐慌にかられながら、ゼルニスに挑みかかる戦士たち。しかし、統率も取れておらず、士気も急速に落ちていく。そのうち、逃げ出す者も現れる始末だった。


 ――だが、その直後。逃げた数名は、大きく吹き飛んで部屋の中へと叩き返された。


「…………!」


「まったく、これだけ数の理がありながら、一撃も与えられぬとはな」


 そして、姿を見せたのは、身の丈ほどもある剣を片腕で振るう巨漢。黒い毛並みを持つ、爪角の大族長。彼が、逃げ出した者に制裁を加えたのだろう。

 ゼルニスは、さほど驚いた様子もなく、黒獅狼と対峙する。


「配下の不手際は、上に立つ者の不手際だと思いますが?」


「お守りまで引き受けたつもりはないわ。……その気取った口調を止めろ、ゼルニス。毛がざわつく」


 言われて、ゼルニスは溜め息をつく。

 バルザークは大族長であり、歳もゼルニスの10近く上だが、かつて二人とグレイヴァルトは肩を並べて戦っていた。戦士としての振る舞いこそ苛烈なものの、その一方で豪快ながら気配りもできて、気の良い兄貴分のような男だった。友人と呼べる関係を、三人で築いていたのだ。


「もちろん皮肉だよ。何をしているんだい、大族長バルザーク殿?」


「何を? 何をしている、と来たか」


 バルザークはせせら笑った。分かりきったことを聞くな、とでも言いたげに。


「ここでオレの答えによって、貴様の行動は変わるのか? 無駄な問いかけをするでない、馬鹿者が」


「………………。そうだね。君の言うとおり、僕のやることは変わらない。たとえ、相手が何であっても!」


 ゼルニスが構えたのを見て、バルザークは満足げな表情を浮かべる。

 ふたりは戦友であり、競い合う関係でもあった。総合力ではバルザークが上回るが、ゼルニスの技が勝ち星を奪うことも少なくなかった。

 もっとも、仲間であった以上、本気でぶつかり合ったことはない。もしも相手を殺すつもりで戦えばどちらが勝つのか、その答えが出ることはないとどちらも思っていた。ならばこそ。


「始めるぞ、ゼルニス。爪角の頂点、このバルザークの力……改めて、思い知らせてやろう!!」


「ああ。あれからお互いにどこまで腕を上げたか……行くぞ、バルザーク!!」



 そうして――両者は、同時に駆け出した。

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