闇夜を穿つ流星
「お主も、お主の周囲も、無茶をしたがるものじゃな。……今ならば止められるぞ、グレン? お主が素直に折れれば、衝突は止まるであろう」
「……俺が、折れたとして。ソフィアは、どうする……?」
「……ソフィア嬢については、ソルファリア側の代表者に引き渡しておるよ。お互いの王族に関してはお互いの好きにする。それが、協力を結ぶ条件であったからの」
つまり、グレイヴァルトがユージアに降伏しようが、ユージアにソフィアの扱いを変える権限はない。それならば迷う必要もない、とばかりに、王は口を閉じた。
「数年来の親友たちの命と天秤にかけてもなお、あの娘を選ぶか」
「勘違い……するな。俺は……もう、誰かを取りこぼす道など、選びたくない。だから……ゼルたちを、信じる。それ、だけだ」
「そなたならば、そう言うのじゃろうな。しかし、いかにゼルニスとて、バルザークと他の者全てを相手にできるかの?」
現実を見ろ、とでも言いたげに、ユージアはそれを突き付ける。
「見たであろう、グレン。お主にあれだけ忠誠を誓っていたバルザークも、怒りと憎しみの前ではそれを覆す。あやつが人間に抱いていた感情を甘く見ておったな」
「……あなたが、攻勢に出たのは……バルザークの、協力を、得たからか」
「あれの協力はまさに僥倖じゃった。お主を除いて、誰かの上に立つ風格と実力を兼ね揃えたのは、あやつ程度じゃろうからな」
「バルザークを……俺の後釜に、するつもりか?」
「そうじゃ。絶対的な力の元に、新たな秩序を築く。そのシンボルとして、あれほどの適任はおるまい? あやつであれば、そのまま従う者も多かろう」
「………………」
「良いじゃろう。ならば、大人しく見ておくがいい、グレン。そなたが抱いた理想……それが犠牲を生む前に折れてくれることを祈っておるよ」
――その声がどこか悲しげに聞こえたのは、グレイヴァルトの願望だったのかもしれない。
「よし……!」
そして、アンゼリカの援護を受け、ドラグブルクへの突入を果たした人影が3つ。
この救出作戦の要となる、ゼルニス、エルマ、ロヴィオンの3名だ。彼らだけではなく、ルナグレアの戦士でも選りすぐりの精鋭が、いくつかの小隊に分かれて撹乱を行っている。
ロヴィオン以外の護衛たちも、危険を承知で全員が志願した。そうして、黒狼の背中を押し、道を切り開いてくれた。
「ここまでは上手くいったわね……」
「情報は確かみたいだ。だとすれば、二人が捕まっている場所も間違いないだろう」
「砦の最上階に陛下が……そして、地下にソフィア様が、ですか」
とある経路からもたらされた情報。この砦が反共存派の拠点であることをはじめ、どのルートの警備が薄く、目的の人物はどこにいるのか。それを基に、作戦は立てられている。
「予定通り、僕は上に行く。爺さん達は、何よりも僕を止めようとするだろうからね」
王を救い出せれば、彼を戦力とすることもできるだろう。そして、ルナグレアの戦士をゼルニスが引き受ければ、ロヴィオンとエルマは行動しやすくなる。
「その間に、君たちはソフィアさんの元に向かうんだ。やれるね、ロヴィオン?」
「はい。何があろうと、ソフィア様は救い出してみせます……!」
「人質に取ってくることも考えられる。エルマ、その時は君の理術でフォローを頼むよ」
「分かったわ。あなたも無茶をしたら駄目よ、ゼル。……それから、ユージア様は……」
「やれるだけ、やってみるさ。もう、昔のような戦いは終わりにしたんだからね」
今から始まるのは戦いだ。そこでは一瞬で命が失われていくことを、彼らはよく知っている。だからこそ、繰り返したくはないのだ。それを誰よりも願う男の元に、彼らは集ったのだから。
そしてロヴィオンもまた、覚悟を固め直していた。
(おれが感情に振り回されたから、ソフィア様は捕らえられた。どれだけ詫びても、許されることではない)
だが、今は後悔している場合ではない。懺悔は、ソフィアを取り戻してからだ。そのためならば、何が相手でも戦える。
「ロヴくん、頼んだわよ?」
「承知……! エルマ様、おれから離れすぎないようにしてください!」
「心配しないで。私も、グレン達と一緒に戦っていたのだから!」
かつてこの場所に滞在したことのあるゼルニスによって、事前にルートは確認済みだ。ふたりは、速やかに地下への道を駆けていった。それを見届けてから、ゼルニスも駆け出した。
責任を感じているのはロヴィオンだけではない。託されたソフィアを守れなかったのは、ゼルニスやエルマも同じだ。常に自分が見ておくべきだった、という後悔は尽きない。それでも、まだやれることがある以上、立ち止まってはいられない。
「さて……ここからは、簡単には行かないよね」
迫る足音には、とっくに気付いていた。上階への階段、その手前の部屋にて、さっそく敵の集団と鉢合わせする。
「いたぞ。ゼルニスだ!」
反共存派の戦力はいま、この砦に集中している。この部屋だけでも、軽く見渡しただけで数十名。それに、後続はどんどんなだれ込んでくるのだろう。
どうやら、若い戦士が多いようだ。その一方で、かつて共に戦った者も何人か見付けて、ゼルニスは息を吐く。
「それにしても、たったひとりとはな。それで突破するつもりか?」
「……それは、君たちの目の前にいるのが、誰かを理解した上での発言かい?」
「はっ。王を相手に戦いを挑んだ俺たちが、今さら肩書きに怯むと思うなよ!!」
血気盛んな若い虎の月獣が、勢いよくゼルニスに殴りかかる。相手は2メートル近い巨漢だ。対してゼルニスは、月獣としては小柄な体格である。
だが、彼に焦りはない。連続で振るわれる虎の拳を、素早く捌いていく。虎は舌打ちしつつ、渾身の力で腕を振り上げた。
当たれば必殺の一撃。しかし、ゼルニスはそれを避けるでもなく、素早く懐に潜り込んで、逆に己の拳を突き出した。
虎は、想定外の速さに避けられないことを悟る。そして、一発ぐらいなら甘んじて受け、そのまま己の攻撃も通すことを選んだ。
――そして、直後。虎の表情が、凄まじい苦悶に染まった。
「ぐぶっ……!? げぼぁっ、がばっ……ごえぇ!!」
腹を抱えながら、虎は胃液を吐き散らした。屈強な月獣の戦士が、悶えながら膝をつき、そのまま倒れる。そして、盛大に嘔吐を繰り返してから、うずくまり動かなくなった。
若い戦士たちには、動揺が広がる。まさか、これだけの体格差がある相手が、一撃で破れるとは思わなかったのだろう。
「……様式美ってやつだ。名乗りでも上げさせてもらおうかな」
名乗りとは、意味のない行動ではない。自分たちの前に立つのが何者か、その名を突き付けることによる威圧だ。
ゼルニスは、幼少の時よりずっと、グレイヴァルトの鍛練に付き合ってきた。種族差によるハンデを背負いながらも、少しでも彼に近付こうと研鑽を重ねてきた。革命の戦場を、彼の隣で駆け抜けてきた。
その努力と経験により磨き上げられた彼の実力は、いつしかこの国での五指に入るものとなっていた。そんな彼に、王が与えた役割。
「ルナグレア近衛戦士団、戦士長ゼルニス・メテオリーテ。この名を飾りと侮るなら、かかってくるといいさ!」
「……っ、総員、突撃!!」
指揮官の号令に、前線が一斉にゼルニスへと飛びかかった。




