大族長たちの選択
「まさか、ここを使われていることに、誰も気付かないとは。恐ろしきはユージアの理術、ですわね」
大族長アンゼリカは、目の前の建築物を見ながらそう呟いた。
ここは、フォルト高地と呼ばれる場所。かつては一部の部族が拠点を築いていたが、草木も水源もほとんどない荒れた土地であり、建国と共に彼らも他の町へと移住している。
そんな高地には、かつて使われていた堅牢な砦がある。部族間の争いで用いられたそれは、難攻不落の竜の顎、ドラグブルクの名と共に恐れられていた。
もっとも、それは何年も前の話だ。ルナグレアという国が生まれた今、立地的に重要度は低くなり、半ば廃棄されていたのだが――それがいつしか、反共存派の拠点となっていたのだ。
反共存派の人数は少なくない。それだけの規模の活動が今まで発覚しなかった理由は単純。理術による隠蔽だ。
何となく視界に入らない。自然と足が遠のく。そこに何かがあるということを認識できない。そういった指向性の理術陣が、辺り一帯に組まれていた。
だが、そこに何があるかを知り、明確な目的をもって訪れた者を欺くほどの強度ではない。
「いつから準備していたのでしょうか。あのようなものまで配備して……」
砦の周囲には、巨大な岩の人型がいくつも蠢いている。二足歩行で、全長は5メートルほどだろうか。
理術人形、ゴーレムと呼ばれるものだ。万が一にも見つかった場合の警備として、ユージアが作成したと思われる。並の相手ならば、攻撃を通すこともできずに叩きのめされるだろう。
だが、対峙するのは大族長の一角だ。
「……もういっか。どうせ誰も見てないし?」
鳥人の雰囲気が変わる。大族長として身に付けた振る舞い、上品な大人としての姿。それを脱ぎ捨て、姿を見せたのは――好戦的な笑みを隠しもしない、勇猛果敢な女戦士。
「教えてあげるよ。ウチを止めるなら、岩じゃなくて鋼鉄でも素材にしなきゃいけないってさ!」
アンゼリカのつがえた矢は、正確無比にゴーレムの脆い部分を撃ち抜き、破壊していく。
天の瞳とまで呼ばれるその視力。敵の動きや風向きを予測する計算力。加えて、女性ながらに月獣の戦士として鍛えられた腕力。彼女のために作られた愛用の弓矢は、数百メートル先から岩塊を砕くほどの狙撃を可能としていた。
近接戦に特化した代わりに、動きは鈍重なゴーレムにとって、射程外から一方的に撃ち抜いてくるアンゼリカはまさに天敵だった。
「あは。やっぱり、ウチはこっちのが性に合ってるなあ! 大族長としておしとやかにー、なんてガラじゃないって」
『はっちゃけてんな。テンション上げるのはいいが、本題を忘れるんじゃねえぞ?』
1体のゴーレムが駆動を停止したのとほぼ同時に、アンゼリカの言葉に通信機の向こうから苦笑が聞こえてきた。その声は、彼女と同じ大族長のものだ。
「当然、忘れないよ。王都の様子はどうなってるんだい、ディオス?」
『大パニックってやつだな。王妃が拐われたことも、王が捕まったことも、城下にまで広まっちまってる』
「まあ、そりゃ有利な情報は流して利用するか。抑えられそう?」
『お前らが終わらせるまでくらい、やってやらぁな。あいつほどのカリスマはねえが、こんぐらいできなきゃ大族長が廃るってもんだ』
カリスマで言えば王が上でも、ディオスほど口が上手い者をアンゼリカは知らない。口八丁でその場を言いくるめるのは、彼の専門だ。
もっとも、今回は事態が事態のため、限度はあるだろう。
『わりぃな、アンゼリカ。毎度ながら、荒事は任せっきりでよ』
「あはは、お互い様でしょ。ウチは頭使うの苦手だし。誰かができないことをできる人がやって、補っていく。そういうもんじゃないの、国って?」
『は……そりゃそうか』
ゴーレムのみならず、砦の中から迎撃の部隊が姿を見せる。
アンゼリカは特に動じることもなく、先頭のひとりの足を撃ち抜いた。容赦をするつもりはないが、可能な限りは戦闘力を奪うだけに留めるつもりだ。
『グレンの目指したもんは、俺らの国は、まだまだこれからだ。こんなところで終われねえ』
「そうだね。ウチらがやってきたことを台無しにするなんて、ユージアのじいちゃんでも許さないよ」
『それに、ソフィアちゃんの事もな。あの子は、絶対に良い変化を俺たちにくれる。無くしちまうのは勿体ねえ』
「ディオスの場合、女の子だからじゃなくて?」
『バカ言え、さすがに俺も、グレンに殺されちまうのは勘弁だっての』
そんな談笑を繰り広げている間も、砦に降り注ぐ矢の暴雨。とは言え、一人の狙撃で完全に制圧するのは不可能だろう。彼女の役目は、あくまでも相手の守りに風穴を空けることだ。
「さ、やれるとこまでやってみるか! 本命は頼んだよ、みんな!」
「アンゼリカ……もう動いたと言うのか!」
報告を受けたユージアは、さすがにやや驚愕した様子であった。二人を誘拐した以上、衝突が起きることは想定していたが、それにしてもまだ事を起こして数時間である。
「この場所は儂の術で隠蔽しておるのじゃぞ。さすがに、対応が早すぎる。最初から場所を知っていたでもなければ――」
言いかけて、ユージアは苦虫を噛み潰したような表情に変わる。つまりはそう言うことである、と悟ったのだろう。
そんな時、ひとりの男が部屋に姿を見せる。
「遅かれ早かれ、こうなっておったのだ。そう狼狽えることもあるまい」
大きな足音を立てて入ってきたその人物。黒鉄のような毛並みに覆われた、黒獅狼の異名を持つ最高峰の戦士。残された最後の大族長は、ユージアの隣に立った。
「バルザーク……」
「貴様ともあろうものが、このような術に捕らわれるとはな、グレン。腕をなまらせたか?」
配下としての口調ではなく、彼本来の言葉で王に話しかけるバルザーク。その態度が、彼がここにいる理由を示している。
彼はグレイヴァルトを捕らえた結界に手を添えながら、その中でうずくまる王を見下ろす。王は顔だけを上げて、そんなバルザークの表情を見ている。
「驚いてはおらぬな。ふん、当然か。オレにこうさせたのは、貴様なのだからな」
「………………」
「まあ、良い。ユージア、アンゼリカは陽動であろう。呆けている場合ではないぞ」
「……分かっておる。恐らくは、少数精鋭による突破……お主らがよく使っていた手じゃな、グレン」
軍を整えるには、どうしても時間が必要となる。これだけ迅速に動けたのは、最低限の人数だったからだろう。そして、砦攻めとなれば正面衝突の犠牲は避けられないが、速やかに懐に潜り込まれれば、防衛拠点としての性能は発揮しきれない。
当然、それ相応の手練れでなければ成立しない策ではあるが、王を救う戦いに誰が来ているかは明白だ。ユージアも、彼らがどれだけの実力を持つかは知っている。
逆に、彼らさえ破ってしまえば、敵の戦力を大きく削ぐことができる。
「お主にも出てもらうぞ、バルザーク」
「良かろう。ふ……思えばあやつとの決着はまだ付いていなかったからな。この場で雌雄を決するのも一興だ」
バルザークは言うが早いか、最後にグレイヴァルトを一瞥だけすると部屋を出ていった。
ユージアは通信によりいくつか指示を出してから、改めて王に向き直る。




