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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
終章 いつか、すべてが交わる日まで
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闇に閉ざされて

 物量で取り囲む刺客たちだが、その攻撃は、王の身体を掠めることすらできない。四方八方から押し寄せる攻撃の全てを捌き、返しの動きで的確に無力化していく。

 ただでさえ、王獣の肉体は桁外れに強靭だ。そして、今のグレイヴァルトは本気だった。


 グレイヴァルトは、理術がうまく使えないのではない。むしろ、才能があると評価されており、日常生活で使えるようなものは存分に使用している。例えば、以前に街中で使用した、毒見を行う理術。あれも、非常に複雑で高等なものだ。


 なぜ戦闘において使わないのか、理由は単純。その方が力を発揮できるからだ。

 理術の元となる理力は、術式として発動させずとも扱うことができる。その中でも、身体に張り巡らせて身体を強化するのは、多くの戦士が活用している。

 ならば、元より圧倒的な身体能力を持つ王獣が、その強大な理力を全て身体強化に回せばどうなるか。グレイヴァルトの戦闘力が、それを証明していた。


 一切の無駄をそぎ落とし、肉弾戦に特化した戦法。単純であるからこそ洗練され、生半可な相手では戦いにすらならない。


「これが、王の力……!」


「か、怪物が!!」


「降伏しろ。命までは取らん」


「王となってから、さらに力を増したか……! じゃが!」


 それでも、彼は無敵でも不死身でも、一人で無限に戦い続けられるわけでもない。

 ユージアの理術により生み出された熱線を、素早く避ける。照射された地面は、一瞬で黒く焦げて崩れた。即席でこれだけの威力を発揮できるユージアも、また最上級の術師だ。その実力を知るからこそ、己の全力でグレイヴァルトは駆けた。


(ユージアの本気の理術を浴びれば、俺でも危うい。速やかに、決着をつける)


 戦闘用の理術の欠点は、強力なものほど発動に大きな時間が必要とされることだ。発動を許す前に止めることが、術師を相手取る基本である。

 グレイヴァルトは閃光のような勢いでユージアに肉薄する。もちろんユージアもそれは想定の範囲で、強力な結界が彼の周囲に展開されている。王は結界に向けて、その剛腕を叩き付けた。


「っ……本当に規格外じゃな、お主は……!」


 ユージアの結界は王の一撃を何とか受け止めたが、そう何度も止められるものではない。次こそその守りを砕くべく、腕に力を込めて――




「…………な」



 ――そして、見た。

 ユージアの後ろに、いつの間にか何かが現れていた。巨大な、黒い鳥。だが、それはうっすらと透明で、まるで彫刻のように無機質だ。生物ではない、理術が形を持っただけ、とグレイヴァルトが理解するのに時間は必要なかった。



 だが、問題なのはそこではない。

 その脚に、無造作に掴まれているのは――



「ソ、フィ、ア……!?」


 ――紛れもなく。彼が守るべき、最も愛する人だった。


 鳥に掴まれたソフィアは、反応がない。何らかの手で、眠らされているようだ。

 グレイヴァルトの思考が凍り付き、動きが止まった。それは、時間にして1、2秒ほどの、一瞬の隙。すぐに彼は、いかにして彼女を助け出すかに切り替えて動くだろう。


 だが、その僅かな隙こそが、ユージアに必要だったものだ。

 グレイヴァルトが気付いた時には、彼の足元に札のようなものが投げられていた。そして、禍々しい黒い光がそこから立ち上ぼり、王の全身へと吸い込まれていく。

 途端、グレイヴァルトの全身から、急速に力が抜けていった。


「……ぐぅっ……!?」


「……お主に真っ向から勝てるなどと思っておらぬ。だからこそ……儂はこの時のために備えておったのじゃ」


 立っていられないほどの目眩に、膝をつく。全身にまとわりつく、おぞましい気配。目の前が白く染まってしまうほどの、凄まじい苦しみがグレイヴァルトに襲い掛かった。


「最悪の気分じゃろう? 我ながら趣味の悪いものじゃからな、これは」


「か、はっ……これは……ごほっ!」


「衰弱の呪術……それも、お主に効くように、数ヶ月かけて練り上げた特別製じゃよ。お主でなければ即死しかねないほどの、な。……気絶しなかったのは想定外じゃが」


 とにかく苦しくてたまらない。ひどく気持ちが悪い。まるで、体内を何者かにかき回されているようだ。

 身体中の機能が低下していく。頭が割れるように痛む。ひどい吐き気がする。息が上手くできず、嫌な汗が止まらない。指先すら動かせなくなるのに、さほど時間はかからなかった。


「ぐっ、はぁっ、うぐ……!」


「ゼルニスとエルマをソフィア嬢の守りに残したのはお主らしいがな。あやつらとて、全ての事柄に対処できるわけでもない。采配を誤ったの、グレン?」


 ユージアは、グレイヴァルトの性格をよく理解している。彼は確かな能力を持つが故に、己で事を起こそうとする。信頼する相手は当然いるが、だからこそ大切なものを守らせることを優先するだろう、と。


「……気付いておったならば、移動の最中で儂の首を跳ねれば良かったじゃろうに。説得でもしようとしたか? 非情になれぬところが、お主の敗因じゃよ」


 その場合の備えもしていたが、と語りつつ、ユージアはグレイヴァルトの全身を包むような結界を生み出していく。捕縛のための理術だ。これに捕らわれれば、外からは隔絶された暗闇の中で身動きも取れなくなる。


「ユージア……待て……ソフィア、は……!」


「深く眠っておるだけじゃよ。今はまだ、な。卑怯と謗るならば好きにせい。お主たちを相手取るのに、手段など選んではおれぬよ」


 ユージアは、どこか疲れたような、自分に言い聞かせるような声で告げる。


「安心するがよい。まだ、お主を殺すつもりはない。ソフィア嬢は……ソルファリア側の協力者次第じゃがな」


「彼女に、危害を……う、げほっ……!」


「……悲しいな、グレンよ。お主は、王としては……綺麗な理想に燃えすぎたのじゃ」


「ユージアっ……!!」


 祖父のように慕った男の、そんな言葉を最後に――グレイヴァルトの視界は、漆黒の闇に閉ざされた。





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