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獣国の花嫁 〜月の獣王は太陽の姫をその腕に抱く〜  作者: あかつき翔
終章 いつか、すべてが交わる日まで
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分かたれた未来

 数秒の沈黙。

 ユージアの表情は、いつもとさして変わりはなかった。


「突然、何をおっしゃるのですかな、陛下?」


「数日前……ソルファリアより、私を襲撃してきた騎士たちに対する調査の結果を受け取った」


 いかにも身に覚えがない、そう振る舞うユージアに、グレイヴァルトは静かに言葉を続ける。


「彼らに、何らかの理術が使われていたことは分かっていた。理術そのものは、彼らを捕らえてすぐに浄化されたがな。一見すると、身体強化の術式に近いものだった」


「戦場に赴く者ならば、身体強化の理術を刻むことはそう珍しくはありますまい? 特に人間は、そうして身体能力を補うと聞きますぞ」


「その通りだ。だが、私はどこか、裏があるように思えてならなかった。だから、サンプルを回収して、解析してもらっていた」


 エルマが護符に理術を込めるように、触媒に理術を移す手段は確立されている。そうして数ヶ月、ソルファリアと連携して調べた結果が、ようやく出た。


「身体強化に隠蔽されていたそれの正体は……精神に影響を与える理術だ」


「精神に……?」


「ソルファリアの理術とは異なる系統との見解だ。私と、居合わせたエルマも確認した。……根幹は我ら月獣の術である、とな」


 解析に数ヵ月を要したのも、多重に施された式の隠蔽によるものだ。ともすれば見逃したまま終わっていた。この結論に至ったのは、ひとえにルキウスとフローリアンがグレイヴァルトの直感を信じ、調べ続けてくれたおかげである。

 王は理術を行使こそしないが、幅広い知識を持っている。そしてエルマも、術師としての知識はユージアに次ぐ。ふたりが確認して、誤りである可能性は極めて低い。


 それを聞いても、ユージアは実に落ち着いたものだった。


「確かに理術であれば、この国でも多くの知識を持つという自負はございます。しかし、だからといって儂を疑うと? 理術を扱う者は、この部族の中だけでも数多く存在するでしょう」


「理術が使えるだけならば、な。だが、あれは高度な理術だ。それこそ貴公か、エルマ級の術師が関わっているのは確実だ。そうなれば、候補は絞られる」


「なるほど。感情を増幅させるほどの理術を扱えるものが限られているのは、否定しませぬがな。しかし――」


「――私は、精神に影響を与えるとしか言っていない。なぜ、感情を増幅させるものだと分かったのだ、ユージア?」


 その指摘に、ユージアの表情から穏やかな笑みが消えた。

 グレイヴァルトの言葉だけならば、他にも候補はいくらでもあるはずだ。しかし彼は、術の正体をぴたりと言い当てた。それは、正解を最初から知っていたからに他ならない。


 老鰐は、深く溜め息をついた。


「儂も歳じゃな。こんな古めかしい誘導に引っかかってしまうとは」


「随分と、素直に認めるのだな。もう少しは抵抗するかと思っていたが」


「お主に指摘された時点で、問答は戯れじゃろう? これ以上、互いに無意味な時間を過ごすこともあるまい」


 仮にこの場でごまかせたとしても、王に疑念を持たれた時点で破綻している。確信が無ければ、指摘などする男ではないのだ。

 グレイヴァルトは、小さく溜め息をこぼした。どれだけの証拠が揃っていようと、違っていてほしいという思いは、胸の中にあった。だが、そのささやかで大きな願いは、もう叶わない。


「しかし、証拠に対して即座に儂と結びつけるとはな。今の理論であればエルマを疑ってもよかろう? 思いの外、信用がなかったようじゃ」


「他にも、理由はある。今のはあくまでも、結論を補強する証拠にすぎない」


「ならば、どこで気付いたのじゃ?」


「……少なくとも。こうして刺客を忍ばせている時点で、反意は確実であるからな」


 王が、そう告げた途端。

 突如として現れた戦士たちが、グレイヴァルトを取り囲んでいた。ユージアの理術により身を潜めていたのだ。

 それは、月獣だけではない。半分に近い人数が、人間だった。


「気付いておった上で余計な問答をするとは。王を続けて、性格が悪くなったのではないかの、グレン?」


「……何故だ、ユージア。貴公は平和というものを、どの大族長よりも望んでいただろう?」


「だから、じゃよ。儂が求める平和はお主の元では得られぬと、そう悟ったまで!」


 どこか悲しげな王の問いを一蹴すると、ユージアは腕を上げた。周囲の殺気が、膨れ上がる。

 ユージアが素早く距離を取ると同時に、四方から刺客がグレイヴァルトへと襲い掛かった。


(練度が高い。この前の騎士とは話が違う)


 初動でそれを悟る。ここにいるのは、慢心もなく、ただ自分を葬るために集った者たち。

 背後から月獣の爪が迫る。側面から息の合った剣技が放たれる。後衛の放った矢は正確にグレイヴァルトを狙い、理術の産み出した氷塊が頭上から落とされる。

 まさしく、息つく間もない猛攻。並の相手ならば、開幕の数秒を耐え凌ぐこともできなかっただろう。



 だが、彼らが対峙しているのは、最強の月獣だ。

 迫る爪は軽くいなし、放たれた剣をまとめて叩き落とす。矢は最小限の動きで回避して、氷塊は腕のひと振りで粉々になった。

 さらに、立て続けに王は回し蹴りを放つ。それは、迫っていた月獣の屈強な戦士たちをまとめて吹き飛ばし、一撃で戦闘不能に追いやった。


「共通の敵を、打ち倒すために……か」


 グレイヴァルトは気付いている。人間の部隊と月獣の部隊は、王を挟み込むように、それぞれが分かれて展開している。

 この陣形は、彼らの構図そのものだ。手を取り合っているわけではない。ただ、間に障害が挟まったから、どちらも取り除こうとしているだけにすぎない。

 そこから障害が消えた時に残されるのは、対立したふたつの陣営だ。ならば、彼らの選択を肯定するわけにはいかない。


「それが貴様たちの選択ならば、良いだろう。ルナグレアの王として……私は、この国の秩序を乱す者を許しはしない」


 彼らがどうしてこの道を選んだのかは分からない。だが、それが国を乱し、愛しい人を危険に晒すのならば、止めなければならない。

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