変化と兆し
婚姻の儀から、半年が経とうとしていたある日のルナグレア王城。
「ほう。では、予定していた倍近い速度で課題を終えたのか?」
王の私室には、ソフィアとエルマが集まっていた。
エルマは定期的にソフィアの理術講師をしているのだが、今日は王にも少し時間があったので、エルマから直接ソフィアの状態を聞いていた。
そして、あれから変化したことがひとつ。エルマがグレイヴァルトに向ける表情は、ふんわりとした優しい笑顔だった。
「そうなのよ、グレン。ふふ、ソフィちゃんは本当に優秀な生徒なんだから」
ゼルニスの一件が皮切りとなり、王は己の振る舞いを徹底はしなくなった。
もちろん、民の前では今までと変わらないが、プライベートな時間では、素直な本来の姿を見せるようになったのだ。
かつて親しかったエルマとも、ソフィアとゼルニスの仲立ちのもとに、かつてのような関係を取り戻すことになった。
それと同時に、ソフィアはゼルニスの時と同じく、友人として関係を改めることを望んだ。エルマも喜んでそれに応え、今に至る。
そして、エルマの素はおっとりして世話好きな姉気質である。ソフィアの実姉とは全然タイプも違うが、それこそ姉妹のように二人は絆を深めていった。
グレイヴァルトはソフィアの手作りクッキーをつまみながら、機嫌良く尻尾を揺らす。こんな談笑の時間も取る程度に、彼は柔らかくなっていた。
「エルマがそこまで誉めるならば、本当に大したものなのだな」
「ええ。治癒の術は、私ももう敵わないくらいですもの。これも、ソフィちゃんがみんなに優しい性格だからかしらね」
「そ、その褒め方は、さすがに……?」
反応に困ったらしいソフィアに、エルマは楽しそうにくすくすと笑う。内容は本音ではあるのだろうが、彼女は割とからかい好きだ。
「だけど、ソフィちゃん。使いすぎは駄目よ? 自分の理力を枯渇させてしまえば、あなたの方が倒れてしまうことは忘れないでね」
「分かっていますよ、エルマ」
「なら良いのだけれど。あなた、目の前で倒れている人がいたら、全員を救うまで自分を省みない性格でしょう?」
「それは……えっと」
「……目に浮かぶようだな」
「グレンも人のことは言えないわよ?」
即座に返ってきた指摘に、王も小さくうめく。自覚が無いわけではない。
「それはともかく。実は、課題をひととおり終わらせたソフィちゃんに、ご褒美を用意してあるの」
「ご褒美、ですか?」
「ええ。あんまり早いものだから、間に合わないところだったけれどね」
そうしてエルマが取り出したのは、何か複雑な紋章のような精巧な銀細工だった。ソフィアの掌に収まる程度のサイズである。
「これは……」
「私が作った護符よ。ちょっとした理術が込めてあるの」
「エルマの護符か。俺も昔から助けられてきたな」
彼女は元々、ユージアの弟子として、理術を込めた道具をよく作っていたそうだ。最近の革新的なもののみならず、伝統の術具も得意としている。
曰く、持ち運んでいれば、特定の条件を満たした時に発動してくれるらしい。込めた理術に応じて、条件も効果も様々だ。
「ありがとう、エルマ。ちなみに、これはどんな効果があるんですか?」
「それは内緒」
「えっ?」
「ふふ、悪いことは起きないから安心して。おまじないみたいなものよ」
「効果は教えておいた方が活かせるのではないか?」
「こういうものは、言ったらそれを前提に頼っちゃうから良くないの。例えば、傷を治す護符を持ったからと、傷を省みなくなっては本末転倒でしょう?」
「む……なるほどな」
保険があるという安心感は、時に無謀を助長する。その理屈には、グレイヴァルトも納得した。
「こういうものも作れるなんて、あなたは本当に多才ですね」
「私もユージア様にいつまでも任せきりではいられないもの。あの方の弟子として、知識を引き継いでいかないとね」
「ユージア様の理術は素晴らしいものと聞きます。通信などは、あの方のおかげで急速に発展しているそうですね」
「そうだな。俺が王となってから、技術と理術の融合を進めてきたが……それは彼の存在に大きく支えられている」
グレイヴァルトの閃きを、ユージアが形にする。そうして産み出された道具の数々は、月獣の文明を豊かにしつつある。今は高価なものが大半だが、やがては多くの人が当たり前に使えるものになっていくだろう。
「ところで、エルマ。急な頼みで悪いのだが、この後に時間はあるか?」
「ええ、大丈夫よ。どうしたのかしら?」
唐突なグレイヴァルトの言葉に、エルマは小首をかしげる。そんな彼女に向かい、彼はどこか真剣な表情をしていた。
「少し、お前に確認してもらいたいものがあるんだ」




